続き
「きみには死んでほしくない」
益田女史が切々な表情を浮かべて言った言葉に驚愕した。そのとき、おれは言葉として理解したが、意味が理解できていなかった。
死んでほしくない。
それが何を意味するのか、おれはしばらく考える事ができなかった。
死んでほしくない?
生きてほしいということか?
何故生きてほしいのか?
いや、べつに生きてほしいとは言っていない。死を望んでいないだけで生を望んでいるわけではない。
ただ死と生は対比するものだろう、であれば生きてほしいという事なのか?
まて、意識がない状態、昏睡がある。それに封印とかも、死んでいるわけではない。
どういうことなんだ。
つまりそう言うことだ。
おれのことを研究したいってことだろう。おれの能力をちょっとでも解析することができれば、最強になることができる。天使に対応する程度の力は容易に手に入る。
「きみは何か勘違いしている」
そっと益田女史が手を握ってきた。
「はっきり言うぞ。私は本気できみのことが好きなのだ。だからきみには生きてほしい。だから死ぬために能力を捨てることをやめてもらいたいのだ」
「生きてほしい? おれを生かして解析したいのか」
「ばかもの!!」
刃で斬りつけられるような鋭い怒声に、おれは驚きながらも停止していた思考が動き出す。益田女史の手を握り返す。
「まだ分からないのか? きみと一緒にいたいから死んではだめだと言っているのだ。きみと一緒にいたい。好きなのだ。だからきみが死ぬのは耐えられない」
あっ?。
益田女史の目から涙がこぼれる。それを見た瞬間、おれはやっと理解した。
本気だということが。
おれのことを好きになってくれる人がいることが。
生きてほしいと言ってくれるひとがいることが。
初めてのことだった。いままで誰からも好かれたことがなかったおれなのに。益田女史は本気で好きと言ってくれていたのだ。
そのことに今初めて気づくことができた。
「あ、ありがとう」
おれも泣きそうになる。
…。
…。
…。
でも泣かないけど。
「益田女史の気持ちはとてもうれしい。生まれて初めて、人から生きてほしいって言われた気がする」
「わかってくれたか」
益田女史が真っ赤に上気した顔を上げて見つめてくる。笑みを浮かべている。
「ああ。益田女史の思いは確かに伝わった」
「そうか、ではもう死にたい、とか言わないでくれるか」
益田女史。
「ちなみにこの指輪程度では、おれの神力を押さえきることはできないから。つまりおれの子供は産めないぞ」
「ちっ!」
舌打ちしやがったよ。
ビシッ!
おれは益田女史にデコピンした。(軽く)
「痛!」
「まったく」
おれはため息をつく。その時、丁度予鈴が鳴った。
「しょうがない。やはり凜に直接外させるか。益田女史は授業があるだろう、早く支度した方がいい」
おれは立ち上がり進路相談室のドアを開いた。部屋を出る際、益田女史の方を向く。
「ありがとう」
「おい!」
おれはドアを閉めた。
うーん。
顔が熱い。
最後にわざと雰囲気をぶちこわしたのは、少し照れていたせいだ。