魔力封印
いつのまにか庭石の上で眠ってしまったようだ。お腹の上が重く、熱をもっていて、見るとタマが丸くなって眠っていた。重いのは耐えられるが暑苦しかったのでペシッとはたき落とした。
「ウニャー」
非難するタマを無視して寝返りを打とうとするが、体が動かない。
金縛り?
そう思ったが固い場所で眠っていたからただ少しからだが痺れているだけだ。ゆっくりと上半身を起こす。
「うーん、だるい」
ん?
ついだるいと呟いてしまった。冷静になって体の具合を見てみると、確かにだるくて調子が悪い。ビックリした。
調子が悪くて、とても快適な気分だ。
無駄に溢れそうになる力がなく、精神的に圧迫されていないからすっきりさわやかだ。
原因は庭石の整流回路のおかげだろう。おれのエネルギー放出量が抑えられているのだ。だから肉体的にはいつもよりだるく調子が悪い気になっているが無駄なエネルギーが放出していない分精神的に調子がよい。
整流回路とは要するにおれの溢れるエネルギーを調整する回路だ。
上半身を起こしたままおれは前で不満げに毛繕いをしているタマを見る。おれに無理矢理起こされて不満げにしている。だから自分は毛繕いでいそがしいから、かまうなオーラを出している。だったら目の前でわざわざしなければいいものを、所詮はケモノの浅知恵でしかない。現に耳がこちらを向いているのが間抜けだ。
タマは相変わらずいつも通りだ。整流回路はおれにしか影響がない。
時間を観ると二時間ほど庭石の上で眠っていたようだ。その短時間のうちに庭石はおれの力を吸収して何故か出力を押さえたらしい。力が良い感じに抜けている。
ふと、これがおれだから問題ないがもし一般ピープルか同じような事になったら貧血で倒れてしまうかもしれないと思った。
……
まあいい。おれにしか作用しないし、そもそもおれがよければそれでいい。
「ってことは、今ならもしかしたらいけるかもしれない。おいタマ」
おれはタマを持ち上げた。
不満な声を上げるタマを無視して、おれは自分の指を軽く噛んでタマに血を舐めさせた。三口ほどタマがおれの血を舐め取ると暴れだした。おれはタマを放した。
しばらくタマは唸っていたが急に静かになってその場に伏せて動かなくなった。同時にタマから白い煙が発生する。白煙は人の形になる。
「現れたか。この庭石は良いぞ。まさにおれの為にあるみたいだ」
白煙が形作るモノにおれは笑っていった。やがて白煙が固定され、そこには白い羽根の翼をもった天使がいた。ただおれはそれが堕天使であることを知っている。
こいつはおれの魔力を喰らって力を得たいと考えている呆れた野郎だ。もっともそれを依頼したのはおれだったりする。おたがい相当の馬鹿者な気がする。
「久し振りだな堕天使。調子はどうだ」
堕天使に調子の良し悪しがあるとは思わなかったが挨拶は大事だ。
「ひさしぶりです。こうして自分を出現させたということは、まだ暴走はしていないようですね」
「ああ、それより暴走する前に封印できるかもしれない。お前が見たところどう思う?」
堕天使がじっとこちらを見つめる。堕天使は切れ長の目を細めておれを見つめてくる。いまなら自分の力をコントロールできるから封印できそうな気がする。堕天使もそれを感じただろう。
「やってみる価値はありそうです。夜見川彰人、あなたは本当に魔力を封印する気があるのですか」
おれは「ある」と即答する。
「じゃなければお前と一緒にいないだろう?」
「そうですね。では成功するか分かりませんが封印してみましょう」
堕天使が上方移動しながら大きくなる。
おれは立ち上がって両手を大きく広げた。
「さあこい」
「では用意して下さい」
堕天使の姿が崩れて白煙に戻って、白煙がおれの体に向かってくる。タイミングを合わせておれは魔力を心臓に集めた。凝縮するイメージを思い描く。
あつまれ、そして凝縮しろ。
ドクン。
おれの心臓が足掻くように大きく鼓動を打つ。ダメだ。おれは自分の心臓を止める。
ギュゥ。
心臓を締め上げると鼓動が止まった。
「いまだ」
白煙となった堕天使がおれの心臓を突き刺す。
ゴソッと何かを持って行かれるイヤな感覚。おれの背中に白煙が出現する。白煙は円を描いておれの前に戻り、再びおれの心臓に向かってくる。やがてそれは楕円となって高速で循環し始める。
おれは心臓を止めたまま呪文を呟いた。さすが少し苦しい。
といっても別に大した事はない。このくらいなら余裕で耐えられる。だから普通に目を開いて楕円だった白煙が真円になるのを見る余裕があった。
おれが呪文を唱えるにしたがい幾何学模様の魔方陣が出現して白煙に取り込まれていく。ひとつひとつが強力な封印呪文だ。
おれが自分で封印呪文を唱えて魔方陣を出現させて堕天使がそれを使っておれの魔力を封印しているのだ。おれが唱えている呪文なのだから封印できない訳がない。
あとは堕天使が耐え切れるかどうかだ。
いままでは堕天使が耐えきれず途中で失敗し続けていた。しかし今回はいけそうだ。
「このまま行くぞ」
自分に気合いを入れる為にそう言って、両手の手首を合わせるようにして掌で球をを作りそれを白煙の中に入れる。一瞬で白煙がおれの掌の収まる。
おれの掌で白煙が凝縮する。
プラズマ化している。自分の掌にあるエネルギー質量は莫大だこれを解放したら太陽くらいの恒星を作れそうな気がする。気がするだけでやってみたいとは思わないけどね。
あぁ、そう言えば結界を張っていなかったことに気付く。まあおれは大丈夫だからいいか。
おれは一気に自分の心臓に向かって掌の白煙を叩き込んだ。
すさまじいエネルギーがおれの体を駆け巡り爆発する。その衝撃でおれの魔力が物質化して一瞬で気化する。そして白煙と混じり溶け合う。
「こ、これは、さすがにきつい」
おれはその場にしゃがみ込んで血塊を嘔吐する。庭石がジュッと音を立てて溶ける。もう一度吐血しそうになるのを耐えておれは心臓ごと白煙を掴み出して、放り投げる。
空洞になったおれの胸はすぐに封印紋章で埋め尽くされて一気に再生していく。
ゼイゼイ。死ぬかと思った。
放り投げたものから堕天使が現れた。どうやら無事なようだ。
「夜見川彰人、成功したようだ。キミの魔力は私のなかにある」
そうか、最後はかなり難儀したがうまくいってよかった。
「よし、これでおれの魔力はほぼゼロになった。お前は大丈夫か」
堕天使はいつもと同じ表情でいるがときおりパチパチと小さな電光が走っていて若干不安になる。まさかおれの魔力に耐えきれないなんて落ちは、勘弁してほしい。
「お前がおれの魔力に耐えきれないと話しにならんだろう。これでお前がかなり有利になった、はずだよな?」
「魔力を失った夜見川彰人は確かに弱くなったけれど、それでも私の勝率は二割にも届いていないようだ」
やはりそうか。堕天使の言う通りおれもまだまだと感じている。正直この状態でも負ける気が全然しない。
おれはまだまだ弱くならないとダメだ。
「出来る事はまだあるから、もう少し待機していてくれ。そうだなハンデとして神力もゼロにすればお前の勝機ももっと上がるはずだから、それまで待て」
魔力と神力がなくなればいくらおれでも負ける。かもしれない気がする……。
それでも自分が負ける想像ができない。
いやいや、さすがにそうなったら実感すうはず。
おれはそう思うことにした。そうしないとやってられない。
「私はまたこの猫の中で眠ろう。しかしキミの規格外の強さは呆れるしかない」
「ほっといてくれ。さっさと戻れ」
おれがそう言うと堕天使はタマの体の中に戻っていった。
とにかく今までできなかった魔力封印ができたのだ。この地にあるこの整流回路があれば、おれははじめて負ける事ができるかもしれない。だからおれは、この学園に転入する事に決めた。
庭石から降りる。
「あっ」
周りの花壇がたいへんな事になっていた。台風が去ったあとのように、全ての草花が飛び散っている。おれが結界を張り忘れた結果、庭園が見るも無惨になってしまった。
これはまずいかもしれない。もし犯人がおれだと分かったらこの学園に転入する事は、おれが学園長だったらノーと言うだろう。
こっそり逃げる事にした。
「ちょっとあなた」
ビクッ!
まだか誰かがいるとは思わなかった。少し間隔がぼけているらしい。おれにしては迂闊だった。振り返ってみると女の子がいた。当たり前だが制服を着ている。
「キミは?」
質問される前におれはそう尋ねた。主導権をとられたらおれがここを荒らしたことがバレる。それだけは何としても誤魔化さないといけない。
「わたしは鈴木蘭。この学園の高等部の二年生よ。あなたはだれ? 学園の生徒には見えないけれど」
不審者を見る目付きで問い詰められた。
いきなりピンチになる。
困った。
いっそ殺してしまおうか迷った。でも割と可愛い娘なので止めておいた。しかたがない。
「実はおれの飼い猫が迷い込んでしまったから、連れ戻しに来たんだ。ほら、そこに猫がいるだろう。タマ、こっちにおいで」
おれが指さしたところにはタマがいた。なんかフラフラしつつもこちらに歩いてくる。それを見た凜の表情がわずかに崩れたのを見逃さなかった。この娘は猫好きに違いない。
「どうも調子が悪いみたいで、これから獣医さんに見せに行こうと思っているんだ。だからちょっと急いでいるんだ。ごめんね」
おれは自分に親指を立てて賞賛した。これでタマを確保して走って逃げればいい。
と思っていたら、ひょいっと女の子、凜がタマを抱き掴んだ。
あー、そのくらい避けろよ。おれは心で中指を立ててブーイングする。
「あたし良い獣医知っているから、連れてってあげる」
そういうと早足で走りだす。
「おーい、そんなことしなくてもいいんだよ」
「何か言った? それより早くしないとこの子、確かにどこか悪そうだよ」
なぜか凜に手を引っ張られてしまう。
凜さん、それはおれの魔力を取り込んだからで消化不良みたいなものです。放っておけば治ります。それにあなたは、庭園をあのままにして何とも思わないのですか?
「この子の名前はタマっていうの? べつに人様の事だからかまわないけど、もう少し普通の名前にしてあげた方がよかったのでは?」
「放っといてくれ」
「ニャー」
「ほら、タマちゃんも文句言っているし」
タマよ、おまえが同調してどうする。はっ?! まさか実はタマという名前が気にいってなかったのか?
あっという間に学園の校門でてすぐの獣医に連れ込まれてしまう。
ん、ちがう。まだ学園内だ。
扉をくぐるとかなり広いロビーだった。市民病院レベルの広さがあるのではないか。おれは受付に向かっていく凜に相変わらず手を引かれながら周囲を観察した。
他にも人はいる。みな、ケモノをつれている。モンスターとかモンスターとか。
「凜、ここはどこだ? 家畜病院ではないだろう」
どうみても普通の動物以外しかいない。
クルッと凜が振り返る。何を言っているの? みたいな顔付きをしてこちらを見ている。
「ど、どうした?」
「ここは使い魔を治療する為の病院よ。だってこの猫、あなたの使い魔でしょう? あ、あたしが手続きしとくから、そのへんに座ってて」
そう言うとおれの返事を聞かずに受付に行ってしまった。待ち行列はなかったのでそのままタマがスタッフに捕まって診察室に連れて行かれる。
タマが助けを求めるようにおれに一言鳴いた気がするので手を振って注射をするジェスチャーをして見送った。タマの手が伸びるがおれはそれを掴むことはできなかった。
まあ、がんばれや。
こうなると座って待つしかない。飼い主の自分が付き添わないでいいのか気になったけれど畜生は言葉を喋らないから飼い主がいてもどこが悪いのか分からないから意味は無いし、たぶん凜が飼い主だと思われているのだろう。
さて。
おれは立ち上がって受付までいく。
「あのう、さっき猫の診察にきた女の子の連れですけど、用事があるので先に返るって伝えてもらえませんか」
タマよさらば。
おれは凜に事情を話すのが面倒くさかったのでこのまま逃げる事にした。タマの事はしばらく面倒見てくれるだろうし、もし捨てられてもタマなら生きていける。
学園に転入できた後にタマを回収するば問題ないだろう。
「ちょっと、そういう伝言は困るんですが」
「まあ、そう言わずに」
おれはそのまま背を向けて病院から出て行った。
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