やり返してやる
おれは庭石の上に戻ってくると、足を踏み外して下に落ちてしまう。
「危ない!」
益田女史と凜が駆けつけてくる。
僅かに凜が早く、おれはギリギリのところで地面に激突することを免れた。
「どうした? わたしたちの目の前から消えたと思ったら、こんな衰弱してフラフラになって」
心配そうにその場にゆっくり横にされる。
どうやらそんなに時間は経っていないようだ。一瞬だったのかもしれない。
「なんでもない」
おれは目を閉じてふたりを安心させようとしたが、益田女史に頭をやさしくなでられて、
「ウソをつくでない。キミがこんなに弱ってしまうとは、相当な事があったのだろう」
通じなかった。
目を開くと間近にふたりの心配そうな顔がある。ちょっと自分がなさけない。
がんばれ、おれ。
ゆっくりと上半身を起こしてみる。大丈夫そうだ。支えてもらいながら立ち上がる。
「少しすれば回復すると思う。済まないが今日は寮で寝るから、連れて行ってくれないか」
「「もちろん」」
益田女史と凜が同時に答える。良い奴らだ。
おれは軽く笑った。
「すまない」
まさか自分ひとりでは歩くこともままならないまで追い詰められる事があるとは想像もできなかった。あの悪魔、必ず殺してやる。
おれはそう心に誓った。
寮にもどり横になると、両手足、つまり体の大部分の感覚がおかしくなっていることにようやく気がついた。普通よりも遙かに敏感だった感覚がさらに高まっている。いまなら目をつぶっても僅かな空気の揺れや気配を感じることで目で見る情報以上のものを得られそうだった。
そして同時に体の中に違和感、異物が混在している感覚がある。
その感覚がイヤでないことが逆に気分を害させる。
おれの見た目は変わっていないことはさっき確かめた。
しかし、おれは悪魔にはんば喰われたのだ。いままで通りではいられないだろう。それにこの異物感が、自分の体がロンギヌスの槍と一体化している事をおれに思い出させる。
認めない。認めたくない。
初めての感情におれは戸惑っているようだ。自分よりも強いかもしれないヤツとはじめて出会ったのだ。それは、
恐怖ではない。
起き上がり、鏡を見た。
そこに映っているおれは笑っていた。
「そうだ、おれは喜んでいる」
ふっ。はははぁ!
楽しくてしょうがないのだ。
タマには悪いがおれを倒すのはあの悪魔かもしれない。少なくともタマよりは可能性が高い。
「もっとも」
唇を三日月の様にしながらおれは目を見開いた。
「もっとも、おれを怒らせた代償はきっちり、かっちり、完璧に払ってもらうけれど」
あの悪魔を殺す事はおれの中では決定事項になっている。殺すまで殺される気はない。いろいろ手はあるからいちばんおれが楽しめる方法であの悪魔を弄くろう。
そして最後に殺してやる。
ひさしぶりに眠れぬ夜をおれは過ごした。