整流回路
おれは凜との試合に勝利したため、天草学園への編入試験に合格した。
後日正式な書類が作成されることになるがさっそく明日から通うことができる、とその場に残っていた学園長に言われた。
聞くとおれのことは益田女史が世話をすることになっていたらしい。成績優秀者には個別の担当がついて学園生活をサポートする制度があるとのことだ。おれは必要ないと断った。
「まあ、拒否権はない。これは要するに成績優秀者の力を監視する意味もある。もし益田先生がキミを監視できない場合は、別途、そうだな国から専用の監視要員が派遣される可能性がある」
校長がニヤリと笑う。
「ちなみにマッチョがふたり派遣される可能性が高い」
それは勘弁してほしい。気づいたら腕の一,二本くらいへし折ってしまいそうだ。
「選びたまえ」
「ん? でもおれは鈴木凜っていう女の子に勝っただけだし、彼女は学園では最低レベルの実力なんだろう? なぜにおれに監視がつく?」
凜と戦ってその実力を知ったおれは、校長の説明に違和感があったので尋ねてみた。
「最低レベルの実力者な訳がなかろう。それではキミの実力は分からないではないか。
彼女はトップレベルの実力者だ」
確かにそのとおりなのだろう。
しかし益田女史はそうは言っていなかった。
「益田先生から聞いたのは彼女の通り名だ。彼女はワーストと呼ばれている」
「トップレベルなのに?」
「ああ。実力、生活態度、考え方、態度、物事に対する取り組み姿勢全てにおいて品行方正まさに完璧なのだが、ただなんというか結果がともなわない。これはもう運がないとしか言いようがない。何故か彼女が出向く現場は最悪な結果になってしまう。別に任務が達成されるんだ。それは完璧に」
「意味が分からない。ハッキリ言ってくれ」
今のような校長のものの言い方は好きではない。
「色眼鏡を掛けてしまうことになるから、キミ自身が判断してくれ。校長が話すには不適切な内容だ」
殺すか。
そう思ったが別におれをからかっている様子もないし、今は気分がいいので我慢することした。後で直接聞けば分かるだろう。
「ところで、おれの過去はどこまで調べたんだ?」
もうひとつ気になる点を確認する。筆記試験もあきらかに高等学校レベル以上だったし、学園のトップと戦わせておれの実力を見ようとしたからには、ある程度おれの事を調査したはずだ。
それなりの履歴書を提出したはずだが、さすがに誤魔化しきれなかったようだ。おれが知りたいのはどこまで、何を知っているかを知っておきたい。それによって今後の行動を決める必要がある。
「何も調べていない」
意外な答えが返ってきた。
「政府機関に照会しただけだ」
「どんな回答が返ってきた?」
「教える必要はないと思うが」
「命は大事だろう?」
おれは凜から奪ったままの棍棒。なんとなく神具な気がするが、少し力を入れて折り曲げて校長に放った。
「脅迫か、まあいい。最重要軍事機密に関わる内容に接触するため全ての情報提供を拒否された。ただし一点だけ、注意事項としてNGワードが返ってきた」
「そうか」
そんなものを伝えたら察しの悪い人間でもおれが何者か分かってしまうだろう。所詮政府には愚者しかいない。
校長からNGワードを聞いた凜はその言葉から何か気付いてはいないとは思う。”暴君ヤミカゲ”自体はあまりに有名になりすぎていまではバカ、アホと同じく相手をけなす雑言として使われている。おれがそれに敏感に反応するだろうとしか思わなかったのだろう。
ちなみに校長はかなり顔色を悪くしている。
政府からの回答とおれの反応、そして凜をあしらった実力から何かピンと来たようだ。
「住居その他、全ては学園で用意する。詳しい事は明日、益田先生から説明をしてもらってくれたまえ」
益田女史が凜の乗った救急車に同乗して病院に行ってしまったのでおれの世話係がいないので今日はこれで終了ということになった。
異論はなかったので頷いた。それに聞きたいことも聞けた。
「ではまた明日」
おれは挨拶をしてその場を離れかけた。
「ところでおれのことは不干渉でいてくれると助かる。ちなみに助かるのはおれでなく校長だから。それも言葉通り”助かる”だ。伝わった?」
「ああ」
さすがは学園のトップ。虚栄かもしれないがなかなかの態度だった。おれはすこし校長を見直す。
おれは校長と分かれて、独りになったことを確認して裏庭に向かった。
日曜日の午後も大分回っているので学園生徒はいない。拾い庭園にも人影はなかった。おれは庭園のやや奥の方にある大きな庭石に向かった。
不釣り合いな庭石だ。もしかしたら岩根なのかも知れない。高さは二メートル、幅は五メートルくらいあり庭園の雰囲気をぶち壊している。
「こんなものがここにあるとはね」
奥多摩が特殊なのか、この学園が特殊なのか。どちらでもかまわないが無造作に庭岩の上に飛び乗った。
寝転ぶ。
奥多摩を訪れた理由がこれだ。
おれは自分の力を制御することができない。
恥ずかしいができなものはできない。
だから能力を制御する整流回路を求めて各地をさすらっていた。訪れる先の実力者には来訪者としての仁義を通すために毎回挨拶にいくのだが何故か大抵はその場で戦闘になってしまう。
おれのせいではない。
たぶん。
おれが尋ねたのに合う時間が無いなどの理由で門前払いするヤツに対しては後からもめない為に住居を全壊させて天罰をくだしたり、会ってもこちらをバカにしたヤツはその手足をたたき折ったりしてどちらが上かどうか諭したりはしたが、戦闘になるのはおれのせいではない。実力を見間違えて喧嘩を売ってくる方が悪い。
だから奥多摩を訪れたのも偶然だった。
この学園のことも知らなかった。
何かありそうな予感。おれの予感は実は予言と同じレベルだから予感には無条件で従うことにしている。この時も予定外ではあったが予感に従って途中下車をした。降りた場所が奥多摩だった。
おれは目的もなく散策していると連れ猫のタマが突然おれの肩から飛び出して茂みの隙間かに入って行ってしまった。タマの入って行った先が天草学園だった。
タマを放置して先に行ってしまおうとホンキで考えたけれど飼い主としての責務がまだあったので結局タマの後を追うことにした。
茂みは隙間はおれが入るほどの隙間は無かったので、三メートルくらいの高さの鉄柵を乗り越えることにした。鉄柵と言っても無骨なものでなく幾何学模様があしらわれている凝ったモノだった。始めは壊して侵入する事も考えたがその幾何学模様を解析して面倒になりそうだったので止めておいた。
人間は三メートルも道具無しでジャンプする事はできないが、鉄柵だったらどうとでもなる。おれはジャンプして三メートルの高さにある槍先に似た部分を軽く摘んで、自分の体を引き上げた。
グン。
勢いよく体が持ち上がり柵の真上で逆立ち状態になる。一瞬体がバランスをとり停止する。その好きに着地出来そうな場所を探した。学園の敷地の方に体重を移動させて目的の場所に向かって体を倒してタイミング良く掴んでいた手を押し放す。
スタ。
微かに乾いた音を立てて着地したおれはタマの気配を探りながら歩き出した。
すでに放課後になっていたから生徒が外に出ている。おれは私服だったから制服を着た学生とすれ違う際には必ずじっと見つめられてしまう。
悪目立ちしているのは自覚しているし、多少は落ち着かないけれど気にしないことにした。別に堂々としていた方が不審がられないはずだ。
もし誰かに咎められたらそいつの制服を奪えばいいだけのことだ。
タマが前方百メートルくらい先にいた。
顔をおれの方に向けているから気づいているくせにおれを無視してタマは角を曲がって歩いて行ってしまう。
「オレを無視するとはいい度胸だ」
殺気を放つ。
たかが猫の行動にいちいち苛立ってしまうほど心狭い人間でないつもりだが飼い主として躾は必要だ。
ちなみにまったく関係無いが、おれは人間だ。
大抵の神族や魔族に比べたら強いけれど人間を止めたつもりはない。
それにきちんと母親の母体から生まれた記憶があるからそれはもう完璧な人間だ。
たまに神や悪魔と喧嘩してやっつけてしまうことがあってもそれはそれだ。人間が神や悪魔に喧嘩して勝ってはいけないなんてルールはない。
人間であることは譲れない。
もしおれがおれを人間と認めなかったら、
他種生物として人間を見てしまったら、
たぶん世界の半分を滅ぼしてしまう。多種生物が地球を支配しているなんておぞましいことだ。
ちなみになぜ半分しか滅ぼさないかというと、女性は愛でる対象だから保護するためだ。滅ぼすのは男だけでいい。
馬鹿な事を考えながらタマを追っていくと、目の前に庭岩があった。
違和感と既視感。その岩がおれが求めていた整流回路であることがおれの本能が告げていた。
足元を見るとタマが毛繕いをして「ニャー」と鳴いている。
「知っていたのか」
タマにそう呟く。猫に話しかける危ないヤツになってしまったがここには誰もいないから問題ない。それよりもとにかくおれはその庭岩を調べる為に岩の周りを一周した。
自然石だと思われる。ただ不自然な部分が皆無なので逆に人工石っぽさを与えている。
もし自然石でなく人工石の場合は少々面倒くさい。もしかしたら何者かが封印されている可能性があるから。その時には封印を解いて滅しないと整流回路の機能が安定しないのだ。
それでは意味がない。
庭岩の上に登る。
おれはその場に横になってみると体が整調されるのが分かる。他の場所に比べて比較にならないくらい力強い。
「当たりだ」