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月影の森の猫館

作者: 日御碕 出雲
掲載日:2026/10/27

【第32作目】今回のお話は、「猫又屋敷」と「かまくら(身代わり)地蔵」の昔話を脳内リミックスしてみました。

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薬師がひとり、月影の森で行方不明になった。

冒険者シグルドが依頼を受けたのは、それだけの理由だった。


討伐依頼でもなければ秘宝探しでもない。

単なる捜索依頼。

危険な魔物の目撃情報もなく、報酬もそれなり。

簡単な仕事のはずだった。


月影の森は深かった。

昼だというのに木々が空を覆い隠し、薄暗い。

薬師の足跡らしきものを追いながら、シグルドは森の奥へと進んでいった。


しかし日が傾き始めても薬師は見つからない。

さすがに焦り始めた頃だった。

木々の隙間から、小さな建物が見えた。


石造りの古い洋館。

森の中にあるには不自然すぎる建物だった。

「こんな場所に屋敷?」

シグルドは思わず呟く。


だが都合は良かった。

日没が近い。

野宿よりは遥かにましだ。


ひと晩泊めてもらい、明日改めて捜索を続ければいい。

そう考えたシグルドは門をくぐった。


館の玄関扉を叩く。

しばらくして扉が音もなく開いた。


現れたのは若い女性だった。

黒髪。

整った顔立ち。

そして頭の上には猫の耳。

腰の後ろにはしなやかな尻尾。

猫の獣人だった。


「どちらさまでしょう?」

穏やかに微笑む。


足元では数匹の猫がシグルドの周囲を歩き回っていた。

一匹の白猫が座り込み、じっとシグルドを見上げる。

まるで品定めをするような視線だった。


「突然ですまない。森で道に迷ってしまってな。一晩だけ屋根の下を貸してもらえないだろうか」

侍女は少し考えるような表情を見せた。


「申し訳ありません。私だけでは判断できませんので、主人に確認して参ります」

そう言うと館の奥へ消えていった。


シグルドは玄関で待つことになった。

猫たちだけが静かに周囲を歩き回っている。

近くの柱では黒猫が黙々と爪を研いでいた。

ガリ。

ガリ、ガリ。

乾いた音だけが広い館に響く。

人の気配はほとんどない。

不思議と静かだった。

静かすぎるくらいに。


やがて侍女が戻ってきた。

「主人から許可をいただきました。どうぞお入りください」

シグルドは礼を言い、館の中へ案内された。


客間は驚くほど綺麗だった。

暖炉には火が灯り、冷えた身体を温めてくれる。


しばらくすると食事も運ばれてきた。

肉料理。

温かいスープ。

森の中の屋敷とは思えないほど豪華だった。

「ありがたいな」

シグルドはスープを口に運びながら息をつく。


窓辺で丸くなっていた黒猫がゆっくりと目を開いた。

金色の瞳が真っ直ぐシグルドを見つめている。

その視線に妙な居心地の悪さを感じた。


「ぜひ主人にも礼を言いたい」

シグルドが言うと侍女は少し目を伏せた。

「主人は病で伏せております」

「そうなのか」

「ですのでお会いになることは難しいかと」

どこか寂しげな声だった。

シグルドは頷き、それ以上は聞かなかった。


だが別のことを思い出す。

「そういえば、人を探しているんだ」

その瞬間。

侍女の耳がぴくりと動いた。

「そうですか」

「薬師なんだ。この森で行方不明になったらしい」

侍女はすぐには答えなかった。


暖炉の火がぱちりと弾ける。

沈黙がやけに長く感じられた。


「この館には来なかったか?」

シグルドが尋ねた。

その瞬間だった。

部屋にいた猫たちが一斉に顔を上げた。

十数個の瞳がシグルドへ向く。

まるで会話の内容を理解しているかのように。

侍女は猫たちを見回し、ゆっくりと首を傾げた。

「来たのかもしれません」

「何?かも?」

シグルドは眉をひそめる。

意味が分からない。

「どっちなんだ?」

侍女は困ったように微笑んだ。

「私にはお答えできません」

「答えられない?」

「はい、最近侍女になりましたので」

彼女は静かに紅茶を注ぐ。

「ですが」

穏やかな声が続いた。

「探しておられる方は、きっと帰りたいと思っているでしょうね」

「会ったことがあるのか?」

「どうでしょう」

悲しげな笑みだった。

「この森には、迷われる方が時々いらっしゃいますから」

ぞくり、と背筋に寒気が走る。

だが理由は分からない。

その時。

足元へ茶色い猫が近づいてきた。

シグルドの靴に頬を擦り付ける。

甘えるような仕草だった。

しかし見上げてきた瞳には妙な知性が宿っていた。



その夜。

与えられた客室で眠りについた。

だが夢を見た。

奇妙な夢だった。

身体が重い。

手を見る。

指先が毛に覆われている。

爪が伸びる。

耳が変形する。

口元が尖る。

鏡に映る顔は人間ではなかった。

猫だった。

自分が少しずつ猫になっていく。

何も抵抗できないまま。

何かに侵食されるように。

変わっていく。

夢の中でシグルドは叫んだ。

だが声は鳴き声にしかならなかった。


遠くの闇の中から無数の瞳がこちらを見ている。

黄色い瞳。

青い瞳。

緑の瞳。

すべて猫の目だった。

その視線だけが妙に鮮明だった。


目を覚ました時には朝だった。

嫌な汗をかいている。

だが所詮は夢だ。

疲れているのだろう。

そう自分に言い聞かせ、出発の準備を整える。


玄関には侍女が立っていた。

足元には数匹の猫が並んでいる。

まるで主人を見送る従者のように。

「世話になった。助かったよ」

シグルドが言う。

侍女は微笑んだ。

しかしその笑みはどこか悲しげだった。

「どうか、お気をつけて」

そう言った後。

少しだけ間を置いて続ける。

「……町へ戻れるといいですね」

シグルドは眉をひそめた。

「どういう意味だ?」

侍女は首を横に振る。

「いいえ」

それだけだった。



森へ戻り薬師を探す。

一日中歩いた。

だが見つからない。

手掛かりひとつない。

そして再び夕方が訪れる。

今日はもう引き返そう。

そう考えたシグルドは町の方向へ歩き始めた。

しかし。

いつまで歩いても森から出られない。

陽は沈み。

辺りは暗くなり。

それでも出口へ辿り着けない。

おかしい。

方向は間違えていない。

何度も確認している。

なのに。

やがて木々が途切れた。

開けた場所へ出る。


そしてシグルドは言葉を失った。

目の前に館があった。

昨夜泊まったあの館だった。

「……嘘だろ」

理解できない。

森から出ようとしていたはずだ。

館へ向かった覚えなどない。

だが館はそこにある。

まるで待っていたかのように。

不気味なものを感じながら門をくぐる。


その瞬間だった。

扉の前に人影が立っていることに気付いた。

若い女性だった。

旅装束を身に着けている。

やつれた顔。

だが見覚えがあった。

依頼書に描かれていた似顔絵。

失踪した薬師だった。


「あなたが薬師か!」

シグルドが駆け寄る。

薬師は涙を浮かべながら笑った。

「すみません。そしてありがとう」

「助けに来たんだ。無事だったんだな」

薬師は静かに首を振った。

「いいえ」

そして言った。

「これで、ようやく帰れます」

シグルドは息を呑む。

「何を言っている?」

薬師は悲しそうに微笑んだ。

「次はあなたの番」

背筋が凍った。


「昨日、あなたを迎えた侍女を覚えてる?」

もちろん覚えている。

「あれは私よ」

思考が止まった。


薬師は館の呪いについて語った。

この館は人を捕らえる。

逃がさない。

そして少しずつ猫へ変えていく。

夢は呪いの始まり。

森から出られなくなった時点で終わりだ。

やがて耳が生え。

尻尾が生え。

獣人となる。

最後には完全な猫になる。

そして館の住人になる。

永遠に。


「助かる方法はひとつだけ」

薬師は言った。

「次の満月までに森へ迷い込んだ人間をこの館へ泊まらせること」

シグルドは顔をしかめる。

薬師は苦しそうに笑った。

「身代わりを作るの」

「そんな……」

「そうしなければ解放されない」

残酷だった。


あまりにも。

「館の執事室に日記がある」

薬師は最後に言った。

「全部書いてあるわ」

それから彼女は門へ向かった。

そして柵の外へ一歩踏み出す。

何事もなく。

自由に。


シグルドは慌てて追いかけた。

だが。

見えない壁に弾き返された。

まるで透明な檻があるかのように。

何度試しても出られない。


薬師は振り返った。

その顔には申し訳なさが浮かんでいた。

「ごめんなさい」

そう言って森の闇へ消えていく。

シグルドは取り残された。

呆然と立ち尽くす。


ふと足元に視線を落とす。

月明かりに伸びる自分の影。

その影に。

二本の長い尻尾が揺れていた。

ゆらり。

ゆらりと。

まるで生きているかのように。

シグルドの喉が鳴る。


館を見上げた。

二階の窓。

そこには無数の猫が並んでいた。


あの白猫も。

黒猫も。

茶色い猫も。

皆、こちらを見つめている。


そしてその奥。

暗闇の中で。

猫のような耳を持つ巨大な人影が微かに笑った気がした。


満月まで、あと十日。

シグルドは選ばなければならない。

自分が猫になるか。

誰かを身代わりにするか。

あるいは。

呪いそのものを破る方法を見つけ出すか。


月影の森は静かだった。

まるで、その答えを待つように。

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最近お得意の投げっぱなし展開です。 ジャンルは、弱いホラーな昔話?…中途半端…

昔話って、バッドエンドの物も多いのに最近見かけない…


5分程度で読める短編ばかり書いています。 もしよければ以前の作品も読んでみてみてくださいませませ。(ギャグ系多め)

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