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追放されたおっさん陰陽師、人間社会では無能、妖怪社会では“本物”として無双する  作者: 遠野ゲン


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第八話 壊さないという選択

 夜は、完全に荒れていた。


 町のあちこちで、付喪神が動きを見せている。

 壊すわけでも、襲うわけでもない。ただ、怒りと不安を撒き散らすように、騒いでいた。


 人々は戸を閉め、祈ることしかできない。


 神代恒一は、通りの中央で立ち尽くしていた。

 呪符は残っている。術力も枯れていない。

 それでも――手が動かなかった。


「……全部、俺のせいだ」


 補強した結界。

 安全係数を積み上げた判断。

 正しいはずだった選択が、すべて裏目に出ている。


 そこへ、足音が近づいた。


「立っていられるなら、十分だ」


 玄十郎だった。

 いつもの調子で、淡々としている。


「……どうして、怒らないんですか」

 神代は、絞り出すように言った。

「俺が、全部――」


「怒っても、状況は直らん」

 玄十郎は言った。

「反省は後でいい。今は、片づける」


 玄十郎は、町の中心に歩み出る。


 呪符を取り出すが、貼らない。

 術式も、組まない。


 ただ、地面に膝をつき、掌を当てた。


「……聞こえるか」


 低い声だった。

 誰に向けたものか、分からない。


 だが――

 空気が、わずかに震えた。


 付喪神たちの動きが、止まる。

 怒りが、戸惑いに変わる。


「抑え込まれて、苦しかったな」

 玄十郎は続ける。

「閉じられて、逃げ場がなかった」


 神代は、息を呑んだ。


 ――話している。

 術ではなく、命令でもなく。

 ただ、対話している。


「元は、人に使われたものだ」

 玄十郎の声は、静かだった。

「役目が終われば捨てられ、壊れ、忘れられる」


 付喪神が、かすかに音を立てる。

 同意のようにも、嘆きのようにも聞こえた。


「だから、壊さない」

 玄十郎は言い切った。

「壊せば、楽だ。だが――歪みは残る」


 彼は、懐から一枚の古い呪符を取り出した。

 新しくも、派手でもない。


 それを、そっと地面に置く。


「これは、通り道だ」

「……通り道?」

 神代が、思わず呟く。


「逃げ道とも言う」


 呪符が、淡く光る。

 結界が“消える”のではなく、流れを変える。


 付喪神たちの気配が、少しずつ散っていく。

 怒りが、重さを失い、地に溶けるように。


 町に、静けさが戻っていった。


 しばらくして――

 玄十郎は、ゆっくりと立ち上がった。


「……終わりだ」

「……全部、収まった……」


 神代は、その場に膝をついた。


「俺は……間違っていた……」

「間違ってはいない」

 玄十郎は言った。

「足りなかっただけだ」


 神代は顔を上げる。


「数値も、理論も、必要だ」

 玄十郎は続ける。

「だが、それで測れないものがある」


 町の人々が、恐る恐る外に出てくる。

 源蔵が、深く頭を下げた。


「……助かりました」

「仕事だ」


 だが、その言葉とは裏腹に、

 町の視線は、はっきりと玄十郎に向いていた。


 神代もまた、深く頭を下げる。


「……ありがとうございました」

「礼は、次に活かせ」

「はい」


 夜が明け始める。


 玄十郎は空を見上げ、小さく息を吐いた。


 壊さないという選択は、

 遠回りで、面倒で、

 だが――一番、後を残さない。


 その背中を、

 町の人間と、

 若き陰陽師は、

 確かに“本物”として見ていた。


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