第六話 若手エリート陰陽師
その男は、昼過ぎに町へやって来た。
派手な装束ではないが、無駄のない仕立て。
腰には最新式の術具一式。呪符も真新しく、癖一つない。
「陰陽寮所属、神代恒一だ」
宿の前に集まった町人たちを見渡し、男は淡々と名乗った。
年は二十代後半。若いが、背筋の伸びた立ち姿には自信が滲んでいる。
「妖怪被害の再調査と、必要であれば制圧を行う」
その言葉に、町人の間にざわめきが走った。
源蔵が一歩前に出る。
「……昨夜は、もう問題は起きておらん」
「一時的な沈静化でしょう」
神代は即答した。
「報告書では、未解決案件として処理されています」
玄十郎は、宿の縁側からその様子を眺めていた。
神代の視線が、彼に向く。
「……あなたが、ここにいる陰陽師ですか」
「元、だ」
それだけで、空気が変わった。
「追放された方が、なぜここに?」
「縁だ」
神代は、わずかに眉をひそめた。
「失礼ですが」
丁寧な口調のまま、言葉は鋭い。
「この案件は、個人で対応できる規模ではありません」
「そうか」
「ええ。数値が合わない」
神代は、懐から術式盤を取り出す。
光の線が走り、町の周囲に結界予測が浮かび上がった。
「妖怪反応値、想定以上。昨夜の沈静化は偶然です」
「偶然じゃない」
「証拠がありません」
玄十郎は、肩をすくめた。
「証拠が欲しいなら、今夜まで待て」
「……分かりました」
神代は一礼した。
「今夜、正式に制圧を行います」
その言葉に、町人たちの顔が強張る。
夜。
神代は町の中心に立ち、複数の呪符を展開していた。
若手ながら、動きは洗練されている。
努力してきたことは、一目で分かった。
「術式《八重環封呪》、部分展開」
光が走る。
結界が、幾重にも重なって町を包み込む。
だが――
玄十郎は、眉をひそめた。
「……重ねすぎだ」
案の定、結界の一部が軋み始める。
妖怪の気配が、反発するように膨れ上がった。
「問題ありません」
神代は汗を滲ませながらも言い切る。
「理論上は――」
その瞬間。
ぱきり、と乾いた音がした。
結界の一角が、崩れた。
歪みが連鎖し、町全体に揺れが走る。
「な……!」
妖怪の気配が、一斉に暴れ出す。
付喪神が騒ぎ、路地の影が蠢く。
「制御不能……?」
神代の声が震えた。
玄十郎は、静かに立ち上がった。
「……やれやれ」
彼は神代の横を通り過ぎる。
「待ってください!」
「今は、見ていろ」
玄十郎は呪符を一枚だけ取り出し、地面に置いた。
派手な光はない。
音もない。
だが、崩れかけた結界が、ぴたりと止まった。
「……なにを」
「隙を塞いだだけだ」
玄十郎は淡々と続ける。
「重ねるな。結界は“張る”ものじゃない。“通す”ものだ」
妖怪の気配が、徐々に静まっていく。
神代は、呆然とその光景を見ていた。
「……理論では、説明がつかない」
「現場は、理論の外にある」
玄十郎は振り返らない。
「今夜は、これ以上やるな」
「……はい」
神代は、かすれた声で答えた。
町に、再び静けさが戻る。
玄十郎は空を見上げた。
月は、まだ高い。
人の世が誇る“正しさ”が、
現実の前で、初めて躓いた夜だった。
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