第三十一話 正しさの暴走
変化は、目立たない形で始まった。
「また、鷹宮に回せばいい」
「公式案件じゃないんだろう」
「記録にも残らないしな」
そんな言葉が、会議室の外で交わされるようになった。
陰陽寮の判断は、相変わらず正しい。
基準に満たない案件は、管理対象外。
誰も、間違っていない。
ただ――
“面倒なもの”の行き先が、自然と決まり始めていた。
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夜。
玄十郎は、三件目の現場を終えたところだった。
いずれも事件ではない。
制度が動く理由もない。
だが、放置すれば確実に悪化する歪み。
「……増えたな」
葛葉が、屋根の上から見下ろす。
「呼ばれてもおらぬのに」
「呼ばれているようなものだ」
「世界から、か」
玄十郎は、黙って頷いた。
歪みを通し、澱を流し、形にならない不調をほどく。
やっていることは、これまでと変わらない。
変わったのは――
それを“前提”にされ始めたことだった。
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翌日。
朝霧澪は、机に積まれた資料を見下ろしていた。
「……これは」
管理対象外。
基準未満。
だが、数が多い。
「全部、後回しにすると」
「後でまとめて、もっと重くなる」
彼女は、息を吸い、端末に新しい分類を作った。
【非公式対応案件】
善意だった。
混乱を防ぐため。
現場を守るため。
「鷹宮さんがいるなら」
「ここに集約した方が、被害は少ない」
朝霧は、そう判断した。
誰も反対しない。
誰も責任を問わない。
なぜなら――
それは“制度の外”だから。
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同じ頃。
環城宗一は、報告を受けていた。
「非公式対応件数が、増加しています」
「結果は?」
「被害は抑えられています」
「数値も、改善傾向です」
環城は、しばらく黙っていた。
「……制度は、壊れていない」
「はい」
「むしろ、安定しています」
それが、一番厄介だった。
「鷹宮が拾っているな」
「止めますか」
「理由がない」
環城は、低く言った。
「正しい判断だ」
「彼がいることで、被害は減っている」
それは事実だった。
だからこそ――
「だが」
環城は、言葉を切る。
「彼を“前提”にするな」
部下は、戸惑った。
「……既に、現場では」
「分かっている」
環城は、目を閉じる。
「正しさが、加速している」
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夜。
玄十郎は、河原に腰を下ろしていた。
疲労は、顔に出さない。
だが、足取りは重い。
「……なあ」
葛葉が言う。
「少し、間に合わなくなっておる」
玄十郎は、答えなかった。
代わりに、遠くの町を見る。
「全部、拾えると思っていたか」
「思ってはいない」
玄十郎は、低く言う。
「だが」
「拾わない理由も、ない」
葛葉は、険しい顔になる。
「それが、一番危険じゃ」
「分かっている」
玄十郎は、立ち上がった。
「正しい判断が積み重なると」
「世界は、止まらなくなる」
誰も悪くない。
誰も間違っていない。
だから、誰も止めない。
その中で――
後始末係だけが、消耗していく。
「……暴走だな」
玄十郎は、そう呟いた。
制度が、ではない。
善意が、でもない。
**正しさそのものが、止まらなくなっていた。**
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