第二十八話 想定外
最初の報告は、小さなものだった。
『理由不明の体調不良』
『集団発生ではない』
『妖怪反応値、正常範囲』
どこにでもありそうな案件。
国家指定どころか、注意喚起にもならない。
「……関連性、なし」
朝霧澪は、淡々と結論づけた。
都市部から少し離れた、住宅地。
夜刀のいた区域とは、直接の関係はない。
「被害者は、数名」
「重症者はいません」
「原因も、特定できていない」
数字上は、問題なし。
管理対象にもならない。
「想定内です」
環城宗一は言った。
「統計的には、誤差の範囲」
誰も反論しなかった。
---
だが、その“誤差”は、止まらなかった。
数日後。
別の地区で、同様の症状が報告される。
頭痛。
倦怠感。
理由の分からない不安。
「妖怪反応は?」
「出ていません」
「数値、正常です」
朝霧は、画面を見つめる。
「……関連性が、見えない」
見えない。
だから、繋げられない。
---
一方。
玄十郎は、別の町にいた。
「……来たな」
風が、重い。
夜刀のいた土地とは、方向が違う。
「流れが、ぶつかっておる」
葛葉が言う。
「逃げ場を失ったものが」
「弱いところから、滲み出る」
玄十郎は、目を閉じる。
「数字に出ない形で」
「人の身体に、心に、な」
---
夜。
朝霧は、偶然にも同じ町に来ていた。
小さな診療所。
簡易な処置を受ける人々。
「原因は分かりません」
医師は言う。
「検査結果も、異常なしです」
「……妖怪の影響は?」
「考えにくい」
数値は、正常。
だから、管理対象外。
その時、背後から声がした。
「そういう時ほど、妖怪だ」
振り向くと、玄十郎が立っていた。
「あなた……」
「数字は?」
「正常です」
「だろうな」
玄十郎は、診療所の空気を嗅ぐ。
「これは、妖怪の“仕業”じゃない」
「……?」
「妖怪が、いなくなった結果だ」
朝霧は、言葉を失った。
「どういう……」
「流れが、詰まった」
「詰まりは、弱い所から漏れる」
玄十郎は、低く言う。
「ここは、人の心が弱い」
「疲れている」
「不安が溜まっている」
朝霧は、拳を握る。
「でも……」
「制度は、正しかった」
「夜刀は、危険だった」
「その通りだ」
玄十郎は即答する。
「判断は、正しい」
朝霧は、顔を上げる。
「……それでも」
「それでも、起きた」
沈黙。
「これを」
朝霧は言った。
「どう報告すればいいんですか」
玄十郎は、少し考えた。
「報告するな」
「……え?」
「できない」
「制度に、言葉がない」
朝霧は、唇を噛む。
「じゃあ……」
「俺が、やる」
玄十郎は、診療所の外へ出る。
「後始末係の仕事だ」
---
その夜。
簡易的な儀式が行われた。
派手さはない。
結界も、祓いもない。
ただ、流れを少しだけ通す。
数時間後。
症状は、ゆっくりと和らいでいった。
「……治っている」
朝霧は、目を見開く。
「公式記録には、残らない」
「数値にも、出ない」
「だが、確かにあった」
玄十郎は、手を拭う。
「これが、“想定外”だ」
「制度が、悪いわけじゃない」
「だが、拾えない」
朝霧は、震える声で言う。
「これが……増えたら?」
「増える」
「必ず」
玄十郎は、空を見る。
「夜刀が消えた代価だ」
「そして」
「管理が、成功した代価だ」
遠くで、誰かが安堵の息を吐く。
事件にはならない。
失敗にもならない。
だが、“想定外”は、
静かに、確実に増え始めていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




