第二十七話 残ったもの
異変は、騒ぎにならなかった。
警報も鳴らず、結界も展開されない。
報告書に上がるような事件でもない。
ただ――
人が、少しずつ減っていった。
「最近、店を畳む人が多いですね」
朝霧澪は、現地視察の最中にそう呟いた。
再開発区域の外縁。
夜刀が根を張っていた一帯だ。
「治安は良くなっています」
随行の職員が答える。
「妖怪被害もありません」
「数値上は、です」
朝霧は、閉じた店の前で足を止めた。
「理由は?」
「特に……」
「生活が合わなくなった、と」
曖昧な答えだった。
だが、否定はできない。
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同じ頃。
玄十郎は、町外れの空き地に立っていた。
「……やっぱりな」
風の流れが、変わっている。
悪いわけではない。
ただ、循環していない。
「夜刀が、ここを通していた」
葛葉が、辺りを見回す。
「人の感情と、土地の気配」
「うまく混ぜて流しておった」
「数字にすれば、ノイズじゃな」
玄十郎は、地面に触れる。
「今は、澱んでいる」
「溜まっている、か」
「行き場を失ったものは、必ず形を変える」
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夕方。
朝霧は、住民への聞き取りを続けていた。
「特に困っていることは?」
「……いえ、別に」
老女は、首を振る。
「静かになりました」
「前より、安心です」
「ただ」
一瞬、言葉が止まる。
「ただ?」
「……何となく、居心地が悪くて」
それ以上は、語られなかった。
数値には出ない。
被害でもない。
だが、“住めなくなる”という変化。
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夜。
玄十郎は、朝霧と鉢合わせた。
偶然ではない。
互いに、同じ場所に引き寄せられていた。
「……あなたでしたか」
「視察か」
「ええ」
朝霧は、周囲を見回す。
「何も起きていません」
「数字上はな」
「それ以上のものが、見えるんですか」
玄十郎は、少し考えた。
「残ったものだ」
「残った……?」
「夜刀が、ここでやっていたのは」
「守ることじゃない」
「流すことだ」
朝霧は、眉をひそめる。
「流す?」
「怒り」
「不満」
「行き場のない感情」
玄十郎は、静かに言う。
「人は、それを全部自分で処理できない」
「土地も同じだ」
「……それが、妖怪の役割?」
「一つのな」
朝霧は、言葉を失った。
「それは……」
「制度には、載らない」
玄十郎は、はっきり言った。
「だから、切られた」
「……」
「そして今、残った」
沈黙が落ちる。
「このまま放置すれば」
玄十郎は続ける。
「人は、静かに去る」
「事件にはならない」
「だから、誰も止めない」
朝霧は、拳を握った。
「それでも」
「制度は、正しい」
「……そう思いますか」
玄十郎は、朝霧を見る。
「正しい」
「だが、足りない」
朝霧は、視線を落とす。
被害は出ていない。
数字は、勝利を示している。
それでも――
この場所は、確実に“痩せて”いた。
「……報告書には、書けません」
「だろうな」
「でも」
朝霧は、小さく息を吸う。
「忘れません」
「それでいい」
玄十郎は、背を向ける。
「後始末は、これからだ」
「……誰が?」
「世界が」
夜の風が、静かに吹いた。
事件は、起きていない。
失敗も、していない。
だが、
夜刀が消えた場所には、
確かに“残ったもの”があった。
それは、
数字では測れない歪みだった。
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