第二話 辺境の町
陰陽寮を離れて三日後、鷹宮玄十郎は一つの町に辿り着いた。
街道の外れ、山と森に挟まれた小さな集落。
地図には名前だけが載っているような場所だが、人の気配はまだ残っている。――いや、正確には「人以外の気配」も、濃かった。
「ここか……」
町の入口に立った瞬間、肌がひりつく。
結界は張られているが、雑だ。急ごしらえで、しかも何度も継ぎ足している。術者の力量不足ではない。――恐らく、何度も破られているのだ。
玄十郎は小さく息を吐き、町へ足を踏み入れた。
昼だというのに、通りは静かだった。
店の戸は半分閉まり、人々は道の端を足早に歩く。視線は自然と、影や屋根の上、路地の奥へと泳いでいた。
「……妖怪慣れしすぎだな」
恐怖が日常になると、人はこうなる。
玄十郎が宿を探していると、背の曲がった老人に呼び止められた。
「お客人かね?」
「ああ。しばらく世話になるかもしれん」
老人は一瞬、玄十郎の腰元に下げられた呪符入れに目をやり、顔をしかめた。
「……陰陽師、ですかな」
「元、だ」
それだけで、察したらしい。
老人は深くため息をついた。
「なら、忠告しておきます。ここは長居する場所じゃない」
「妖怪か?」
「ええ。それも、ただの小物じゃない」
玄十郎は、老人――町の長老だという源蔵の話を聞いた。
ここ半年、子供が夜に消える。
血も争った形跡もない。ただ、朝になるといなくなっている。
陰陽寮に依頼は出した。若い陰陽師が二人来たが、一晩で逃げ帰ったという。
「『数値が合わない』とか言ってな……」
源蔵は自嘲気味に笑った。
「翌日には、結界が三重に張られとったが、全部破られた」
玄十郎は結界の継ぎ目を思い出す。
無理に重ねれば、弱点になる。基本中の基本だ。
「今夜も、何か起きるかもしれんのですか」
「十中八九な」
玄十郎は頷いた。
「なら、今夜は外に出るな。戸締りをして、灯りを落とせ」
「……あんた、一人で大丈夫かね」
その問いに、玄十郎は答えなかった。
夜。
町は、完全に眠ったふりをしていた。
月明かりの下、玄十郎は通りの中央に立つ。
呪符を一枚、地に落とし、軽く踏んだ。
「派手なのは嫌いなんでな……」
小さく呟き、結界を張る。
目立たない、音も光もない結界。だが、町全体を包むように、確実に“境界”が引かれた。
その時だった。
くすくす、と。
どこからか、子供の笑い声が聞こえた。
玄十郎は視線を動かさない。
追わない。探さない。ただ、待つ。
「……出てこい」
風が、ぴたりと止まった。
屋根の上、路地の影、木の枝。
気配が一つ、二つと集まり始める。
玄十郎は、腰の呪符入れに手をかけた。
「攫った理由を聞こう。それ次第で、話は変わる」
闇の中で、何かが息を呑んだ気配がした。
次の瞬間――
甲高い声が響く。
「……まだ、そんなことを言う陰陽師が残っていたのか」
玄十郎は、わずかに目を細めた。
懐かしい匂いだった。
妖怪の名を、呼べる匂いだ。
「……ああ」
静かに答える。
「俺は、そういう陰陽師だ」
月が雲から顔を出し、闇が一段、濃くなる。
辺境の町での仕事は、今、始まったばかりだった。




