第十八話 戻れば楽だ
使者が再び現れたのは、数日後だった。
前回とは違う。
装束は地味だが、纏う空気が重い。
肩書きがなくとも分かる――幹部級だ。
「鷹宮玄十郎殿」
「また来たか」
玄十郎は、町外れの縁側で茶を飲んでいた。
立ち上がらない。迎えもしない。
「今回は、正式な打診です」
「前回もそう言っていたな」
「“条件付き”ではありません」
その言葉に、わずかに空気が動いた。
「話せ」
「復帰です」
「正式な」
「はい」
使者は、巻物を開く。
「地位は、以前より上」
「裁量も与えます」
「案件の選別権も、あなたに」
並べられる条件は、破格だった。
陰陽師としては、頂点に近い。
「楽になります」
使者は、静かに言った。
「もう、辺境を渡り歩く必要はない」
「妖怪と直接向き合うこともない」
「責任は、組織が持ちます」
神代や霧島の顔が、玄十郎の脳裏をよぎる。
「……随分と都合がいい」
「必要なのです」
使者は、はっきり言った。
「あなたの判断力が」
「あなたの経験が」
「今の陰陽寮には、足りない」
玄十郎は、茶を一口飲む。
「条件は?」
「最終判断は、陰陽寮」
「……そこは変わらないか」
使者は、黙って頷いた。
「あなた一人に、決定権は与えられない」
「再現性がない」
「属人性が高すぎる」
玄十郎は、目を閉じた。
分かっていた。
これが限界だ。
「戻れば、楽だ」
使者は、最後にそう言った。
「もう、あなたが矢面に立つ必要はない」
「後始末は、部下がやる」
「あなたは、判断するだけでいい」
それは、救いの言葉でもあった。
だが――
「……なあ」
玄十郎は、目を開ける。
「俺が戻ったら」
「はい」
「現場は、育つか?」
使者は、答えなかった。
「俺が判断し続けたら」
「失敗は、減るだろうな」
「だが、それは“俺がいる間”だけだ」
玄十郎は、静かに言う。
「俺がいなくなったら?」
「……」
「同じことを、また繰り返す」
使者は、視線を逸らした。
「それでも」
「それでも、今は必要だと言うんだろう」
「はい」
玄十郎は、立ち上がった。
町を見渡す。
人と妖怪が、同じ空気の中で暮らしている。
「楽な道は、もう知っている」
「だから?」
「選ばない」
使者は、深く息を吐いた。
「返答は?」
「変わらない」
玄十郎は、はっきりと言った。
「俺は戻らない」
「理由を」
「簡単だ」
彼は、使者を見る。
「俺を必要とする時点で」
「お前たちは、もう失敗している」
使者は、何も言えなかった。
「これは、拒否ではない」
玄十郎は続ける。
「距離の話だ」
「……どういう意味ですか」
「俺が中に入れば」
「この世界は、変わらない」
使者は、深く頭を下げた。
「……承知しました」
その背中は、どこか重かった。
夜。
玄十郎は、一人で町を歩いていた。
戻れば楽だ。
だが――
「楽な道は、壊れるのが早い」
彼は、そう呟いた。
決断は、もう揺るがなかった。
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