第十四話 公式記録
陰陽寮の文書庫は、いつも通り静かだった。
紙の匂いと墨の気配。
積み上げられた記録の山は、過去の失敗と成功を等しく飲み込んでいる。
神代恒一は、机に向かい、筆を止めていた。
「……どう書けばいい」
目の前には、今回の案件報告書。
古戦場の沈静化、鬼の里との合意、被害の抑制。
結果だけを並べれば、優秀な成果だ。
だが――
「制圧ではない」
「殲滅でもない」
「再現性は、低い」
どれも事実だった。
神代は、深く息を吐き、書き始める。
『本件は、鷹宮玄十郎の判断により――』
その名を書いた瞬間、指が止まる。
追放されたはずの陰陽師。
だが、事態を収めたのは確かだ。
報告書は、ほどなくして会議にかけられた。
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会議室。
幹部たちが、静かに文書を読み進めている。
「……結果は出ているな」
「被害は最小限」
「鬼の里との衝突も回避」
一人が、鼻を鳴らした。
「だが、手法が曖昧すぎる」
「数値がない」
「再現性がない成果は、評価できん」
別の幹部が、口を開く。
「それでも、成果は成果だ」
「鷹宮玄十郎……使えるのではないか?」
空気が、わずかに動いた。
「戻す必要はない」
低い声が言う。
「組織に入れれば、管理できなくなる」
その言葉に、数名が頷いた。
「外部協力者として呼べばいい」
「必要な時だけ使う」
「責任は、こちらが持つ形で」
神代は、そのやり取りを聞きながら、胸の奥がざわついた。
「……それは」
思わず、口を挟みかける。
だが、言葉が続かない。
「何だ、神代」
「いえ……」
幹部の一人が、結論をまとめる。
「正式復帰は見送る」
「だが、鷹宮玄十郎には協力要請を出す」
「条件は、こちらが決める」
会議は、それで終わった。
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その頃、辺境の町。
玄十郎は、宿の裏で呪符を干していた。
いつもと変わらない、地味な作業だ。
そこへ、葛葉が現れる。
「……嫌な匂いがするのう」
「人の世のか」
「そうじゃ」
葛葉は、腕を組む。
「評価された」
「だろうな」
「だが、認められてはいない」
玄十郎は、苦笑した。
「分かりやすい話だ」
「使えるが、信用できない」
「だから、管理したい」
葛葉は、鼻で笑う。
「人間らしい」
「否定はしない」
玄十郎は、呪符をしまう。
「だが――」
「戻る気はない、か」
「ああ」
葛葉は、少しだけ真面目な顔になる。
「玄十郎」
「何だ」
「人の世は、便利なものを手放さぬ」
玄十郎は、空を見上げた。
「だからこそ、距離が必要だ」
その夜。
神代は、町に向かう準備をしていた。
報告書は提出した。
だが、心は晴れない。
「……伝えなければならないことがある」
彼は、自分がまだ“組織の人間”であることを、強く意識していた。
一方で――
玄十郎という存在が、組織にとって“異物”である理由も。
人の世の評価は、始まった。
だがそれは、歓迎ではない。
管理し、利用し、枠に収めようとする――
いつものやり方だった。




