第十話 鬼の名代
その気配は、夕暮れと共にやって来た。
町の外れ、山道の入口。
空気が重く、湿り気を帯びる。
人のものではない。
だが、敵意もない。
「……来たか」
玄十郎は、道の脇に立ち、視線を向けた。
現れたのは、二人の男だった。
一人は大柄で、筋骨隆々。もう一人は小柄で、どこか影が薄い。
どちらも人の姿をしているが、纏う気配は明らかに異質だった。
「失礼する」
大柄な方が、低く名乗る。
「我らは、鬼の里より参った者」
「用件は分かっている」
玄十郎は遮るように言った。
「酒呑童子の名代だな」
二人の目が、わずかに細くなる。
「……話が早い」
「噂は、回る」
鬼の里。
妖怪の中でも、武と誇りを重んじる一派。
その長が、酒呑童子だ。
「百目の件」
小柄な方が言った。
「壊さず、逃がしもせず、使い道を与えたとか」
「事実だ」
「鬼のやり方ではない」
「知っている」
玄十郎は、気にしない。
「だからこそ、確認に来た」
大柄な鬼が言った。
「貴様が、どの程度の覚悟でそれをやったのか」
覚悟。
力比べではない。
鬼が見ているのは、そこだった。
「試すか?」
玄十郎は聞いた。
「いや」
鬼は首を振る。
「試さぬ。名代の役目は、持ち帰ることだ」
小柄な鬼が、一歩前に出る。
「この町の外れに、古戦場がある」
「あるな」
「そこに、まだ“怒り”が残っている」
玄十郎は、目を細めた。
「鬼の怒りか」
「人と鬼、双方のな」
戦で死んだ者たちの怨嗟。
それを、鬼の里は長く放置してきた。
「殲滅すれば、簡単だ」
大柄な鬼が言う。
「だが、それをすれば、鬼が鬼でなくなる」
玄十郎は、少しだけ口元を歪めた。
「……らしい言い分だ」
「貴様に任せたい」
鬼は、はっきりと言った。
「我らは力で鎮めることはできる。だが、後が残る」
「だから、人間に頼む?」
「違う」
鬼は、玄十郎を真っ直ぐに見た。
「“壊さない人間”に頼む」
しばし、沈黙。
玄十郎は、ため息をついた。
「面倒が、格上げされたな」
「誇りに思え」
「断る選択肢は?」
「ある」
鬼は答える。
「その場合、鬼の里は力で片づける」
「……なるほど」
玄十郎は、しばらく考えた。
「分かった」
「引き受けるのか」
「仕事だ」
鬼の二人は、深く頭を下げた。
人間相手にするには、異例の礼だった。
その様子を、少し離れた場所から神代が見ていた。
彼は息を呑む。
「……鬼が、頭を下げた……」
葛葉が、いつの間にか隣に立っていた。
「見たか」
「……はい」
「これが、お前の理解できなかった“強さ”じゃ」
神代は、黙って拳を握りしめた。
鬼たちが去り、山道に静けさが戻る。
「酒呑童子が、直接出てくるかもしれんぞ」
葛葉の言葉に、玄十郎は肩をすくめた。
「来るなら来い」
「強気じゃの」
「違う」
玄十郎は、山の方を見る。
「面倒の度合いを、測っているだけだ」
夕闇の向こう。
古戦場の方角から、微かに風が吹いた。
それは、怒りと誇りが混じった――
鬼の匂いだった。




