第一話 時代遅れの陰陽師
※この物語には、派手な成り上がりや万能な英雄は登場しません。
※問題を解決しても、世界は簡単には良くならず、
正しい判断が、必ずしも誰かを救うとは限りません。
それでも――
壊れきる前に手を入れる者がいなければ、
世界は静かに崩れていきます。
これは、
組織に戻らなかった陰陽師が、
誰にも評価されない「後始末」を続ける話です。
陰陽寮の会議室は、いつもより静かだった。
白木の長机を囲むように、幹部陰陽師たちが並んでいる。壁際には若手の術者たちが控え、誰もが前方の図面に視線を注いでいた。宙に浮かぶ術式図――最新式の殲滅結界。その完成予想図が、淡い光を放っている。
「以上が、新型対妖怪制圧術式《八重環封呪》の概要です」
説明役の若手陰陽師が、誇らしげに言い切った。
妖怪の発生源を特定し、広域結界で一気に焼き払う。被害の長期化を防ぎ、管理コストも削減できる。数字と効率で塗り固められた、いかにも“今の時代”の術式だった。
「異論は?」
陰陽寮幹部の一人が問いかける。
一瞬の沈黙。誰も口を開かない。
――やれやれ。
その沈黙を破ったのは、部屋の端に座っていた男だった。
「ある」
低く、ぶっきらぼうな声。
視線が一斉に集まる。
「……鷹宮玄十郎」
幹部が、苦いものを見るように名前を呼んだ。
玄十郎は四十を越えた陰陽師だ。白髪交じりの黒髪を後ろで束ね、派手さの欠片もない狩衣を着ている。術具も古く、腰に下げている呪符入れは何度も修繕された跡があった。
「その術式は封印じゃない。ただの殲滅だ」
「結果的に妖怪が消えれば同じでしょう」
若手の一人が鼻で笑う。
「違う」
玄十郎は淡々と続けた。
「殲滅は禍根を残す。土地に歪みが残り、次はもっと厄介なものが湧く。これは……地雷を埋める行為だ」
会議室に、冷たい空気が落ちた。
「感情論だな」
「またその話ですか」
「時代遅れの理屈だ」
囁き声が、隠そうともせず飛び交う。
玄十郎は肩をすくめた。
「理屈のつもりはない。経験だ。……妖怪は、数じゃ測れん」
「十分だ」
陰陽寮幹部の一人が、手を上げた。
「鷹宮玄十郎。お前の意見は記録には残す。だが、採用はしない」
それで終わりかと思った、その時。
「――なお、お前の今後についてだが」
嫌な予感がした。
玄十郎は黙って続きを待つ。
「度重なる規律違反、組織方針への非協力的態度を鑑み、陰陽寮からの除籍を決定した」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
若手たちがざわめく。
中には、驚きよりも安堵の色を浮かべる者もいた。
「……追放、ですか」
玄十郎は、ゆっくりと言葉を反芻した。
「そうだ。今日限りで、お前は陰陽寮の人間ではない」
判決のような声だった。
玄十郎は立ち上がり、一礼した。
抗議もしなければ、弁明もしない。
「分かりました」
それだけ言って、踵を返す。
背後から、若手の声が聞こえた。
「古い陰陽師がいなくなって、せいせいしますね」
「これで組織も前に進める」
玄十郎は、振り返らなかった。
寮舎を出ると、冬の風が頬を打った。
長年過ごした場所だが、不思議と未練はなかった。
「……面倒な時代になったな」
空を見上げ、そう呟く。
効率、数値、管理。
それで世界が回るなら、妖怪などとっくに消えている。
だが現実は違う。
だからこそ――自分のような陰陽師が、まだ必要なはずだった。
もっとも、人の世がそれを認めないなら、仕方がない。
玄十郎は荷をまとめ、陰陽寮を後にした。
行き先は決めていない。ただ、妖怪の匂いが濃い方へ。
それが、仕事だからだ。
人の世に居場所がなくなった陰陽師は、まだ知らない。
この追放が、自分を“本物”として再び表舞台に引き戻すことになるとは。
その始まりが、今であることを。
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