7 クロさん
ちょろちょろとしか出せなかった水がジョウロからサラサラと溢れるように指の先から流れていた。その先にあるのは新鮮な野菜たちだ。水の玉を弾いてキラキラと輝いている。水魔法がかなり上手くなったと思う。
洗濯が出来るとはしゃいだが風魔法の加減は難しい。風でぐるぐる回していたら盥の水が勢いが付きすぎて外に溢れてしまった。失敗したのでスカートがぐっしょりと濡れた。冷たいので風魔法で乾かした。
後ろでくすくす笑う声がする。クルークだった。その後ろに青年がいた。見たことのない人だ。誰か分からないが挨拶をしなくてはと思った。
「こんにちはアンジーと言います」
「やあ、元気そうになって良かった。私は君たちが名付けてくれたクロだ」
「えっ!恩人のクロ様ですか?黒い格好はしてないのですね」
「黒い格好だからクロってネームセンスが酷いな……。君達だから許すけど。あれは仕事の時だけだよ。もう抜けたんだ。あれを放っておく王家に仕えるのがほとほと嫌になった。
金があるから彼方此方旅行しようかと思ってる。友人と君の顔を見たかったし旅立ちの挨拶をしようと思って立ち寄ったんだ。今あれは大変なことになっている。聞きたい?」
よく見ればクロは白いシャツと黒いパンツにグレーのマントを肩に掛けた姿でトランクを手に持っていた。何処にでもいそうな風貌だった」
「水魔法上達したね。毎日練習しているからだね。さあ二人共家に入ろう」
せっかく来てくれた友人に一切興味がなさそうにクルークが二人を室内に促した。
リビングでクルークがお茶の支度をしてくれた。あっという間にお菓子が並べられ紅茶が淹れられた。魔法ではないのに相変わらず優雅な手付きだ。
「さあどうぞ」
「わあ~美味しそうです」
「嬢ちゃん肩の力が抜けたのか。今の話し方の方が良いな」
「えっ?五歳児の身体に引っ張られているからでしょうか。そんなに違いますか?」
「うん、ガチガチの令嬢言葉で遠慮がちだった。まああれが相手だとああなるよな。今でも五歳児にしては大人っぽいけど」
アンジェリカは婚約者として過ごした辛い日々を思い出し俯いてしまった。
「あ~あ、変な事を言ってアンジーを泣かせるな」
知らない内に頬をぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。クルークが慌ててハンカチを出し拭いてくれた。
「ごめん、ごめん。そんなつもりは無かったんだ」
「私こそすみません。子供のせいか感情の制御が難しくなって…それで大変なことって何ですか?」
「嬢ちゃんが事故死したこと(になっている)で王家に不信感を抱いている貴族が増えていて、支持率が酷く低下をしている。いつ自分がそうなるかと思うと支持出来ないと思うようになったらしい。
それが平民にも広がり始めてるんだ。嬢ちゃんのお父上のカラナビ公爵が裏にいるんじゃないかって俺たちの間では囁かれていた」
「お父様が……。王子がどうなっても興味はないですが、あれに死なれると困ります。呪いが解けなくなってしまうので」
「そうだよな。嬢ちゃん孤児院に行ったり教会に行ったりしてたから評判が良かっただろう。そんな婚約者の葬儀にも出なかった王子に対する評判がガタ落ちになってるんだ。事故の原因は王子ではないのかってね。
王子付きではない仲間が見張っているから安心してくれ。死ぬ前には縛ってでも連れてきてもらうよ」
「視界に入れたくないので、阻害認証の魔法を覚えたいですし、魔法を発動出来なくする物も作りたいです」
「それは俺がやってやるから、アンジーは焦るな。クロは人間らしくなったな」
「人間らしいって何だ。人間だ、人間そのものだ」
「出会った頃は感情が無かったじゃないか。まるでホムンクルスのようだった」
「気が付いた時にはそういう訓練をされていたんだ。仕方がないだろう。嬢ちゃんのような人間を見て心が少しずつ心が動くようになったんだ」
「それで助けてくださったのですね。ありがとうございます。あのままだと本当に直ぐ死んでいたと思います」
「気にしないでくれ。奴は見てきた中でも最低の人間だ。呪いはそこの大魔法使いが解いてくれるよ。俺が見込んだんだ、間違いはない」
「それはどうも。気合を入れて取り組んでいるんだが、元がぽんこつ魔法なので余計難しい。解呪する前にもし放逐されたら連れてきて時間の止まる異空間にしまっておく。死なない魔法を掛けてね。嫌がらせをしても楽しそうだな」
「それがいいな、仲間に言っておくよ。それにしても甲斐甲斐しく世話を焼いているんだな。そんな男だったか?」
ぽかんとして二人のやり取りを見ていたらクルークが無視をするように話しかけてくれた。
「アンジー怖い話ばかりしてごめんね。お菓子食べて」
話題の割に温かな気持ちになったアンジェリカはお菓子を口に入れ、冷たくなっても美味しいミルクのたっぷり入った紅茶を飲み干した。
お読みくださりありがとうございます!クロさんが出てきました。二人の楽しい(?)妄想は終わらないようです。




