17 その後
アンジェリカはクルークと結婚し名をアンジーヌとした。あまりかけ離れた名前だと呼ばれたときに反応に困るからだ。
魔法で山を均して大きな屋敷を建てた。王都には戻りたくないとアンジェリカが言った為だ。王家からの慰謝料は国宝級の家具や絵画を揃えても余る程莫大な金額だった。
以前の小屋は二人にとって大切な思い出の場所なのでそのままにしてある。
公爵家に打撃を与えられず悔しいアンジェリカは持参金と称して大金を貰った。それはアンジェリカの資産として銀行に預けた。この先子供が出来たら有意義に使うつもりだ。勿論以前訪れていた孤児院や養老院にも寄付をした。
侍女のカミラとザイル他数名の護衛も一緒に来てくれた。その中には家令として公爵家で補佐をしていたロイナードもいた。
貴族だとか平民の使用人だとかで態度を変えないアンジェリカに憧れていたらしい。
長い間悲しそうな顔をされていて、今にも倒れそうな風情なのに、健気に登城していたのを心配して胸を痛めていたと聞いたら、嬉しくなってしまった。
その上亡くなったと知った時には神様はいないのかと一度は世の中に絶望したと告げられた。
そんなお嬢様が実は生きていて大魔法使い様と結婚し幸せになられたのだ。是非お仕えしたいと手を挙げてくれた。それほど慕われて雇わないという選択はなかった。
クルークを便利に使いたがる公爵に
「今の立場がお有りになるのは、あれと婚約をさせて私が闇魔法にかかっても構わなかったからですわよね。
あのままですと死んでおりましたし、こうして生きておりますのはクルーク様のお陰ですわ。義弟にも会わせて貰えなかったのはそれが図星だからでございましょう?
公爵様まさか恩を仇で返すおつもりではございませんわよね。
それに大魔法使いですのよ。怒らせればこの国など一瞬で滅びますわよ」
と脅した。大人しかった娘からの反撃によろめいた公爵は
「うっ、もう父とは呼んてくれないのか。微塵もそのようなことは考えてはいなかった。信じてくれ。王家からの申し出を断れなかったのだ」
と言いクルークを動かすようには言って来なくなった。
義弟は遠縁の再従弟に当たる優秀な青年だった。
「義姉上がご無事で良かったです。このまま公爵家に帰られて後継になられませんか?」と言った。
「もう公爵の駒になるのはうんざりなの。一度死んだ人間よ。生き返るつもりはないわ。旦那様とのんびり暮らしたいの」
「そうですか、もしも返して欲しくなられたら言ってくださいね。そうだ、義姉上に子供が生まれたら公爵家の跡継ぎにしましょう。誓約書を作りますよ」
「いいえ、もう関わりたくないわ。また王家と繋がるかもしれないなんてぞっとするもの」
「この度のことは僕も腹に据えかねているんです。そうそう思うようにはさせませんよ」
「あら、気が合うわね。私達仲のよい義姉弟になれそうね」
「ええ、義姉上の下僕として是非お使いください」
「嬉しいわ」そう言うとアンジェリカはぞっとするような美しい笑顔を浮かべた。
★
「アンジェ、朝ご飯出来たよ、起きて。君の好きなエッグベネディクトだよ」
「う~んもうちょっと眠りたい。えっ!エッグベネディクトなの?起きるわ」
エッグベネディクトはこの頃のアンジーヌのお気に入りだ。それにダージリンを合わせ平和で穏やかな時間を楽しんでいる。
「カミラ奥様の支度をして」笑いを含んだクルークがご機嫌で食堂に行った。
「おはようございます、奥様。今日も美しくていらっしゃいます。さあ髪を梳かしましょう。デイドレスは薄い桃色にされますか?それとも緑色でございますか?」
「緑のデイドレスにして頂戴」
「かしこまりました。旦那様の色ですね。仲がよろしくて何よりでございます。旦那様は料理の腕を又上げられましたね。愛されてますね、素敵です。良かったですね、塵と別れられて。窮地に陥ったお姫様を助けた大魔法使い様って評判でございますよ」
「嫌だわ、誰にも漏らしていないのに私達のことだとばれたの?」
「恋愛小説のようなお話ですからね、何処からか漏れたのでしょう。女性はロマンチックなお話が好きですから。社交界に出られるわけではありませんから知らぬ存ぜぬを貫かれたら良いのですよ。そのうち収まります」
「一年程新婚旅行に行こうかしら。その間に次の面白い噂が出て忘れられると良いのだけど」
「噂はともかく新婚旅行はよろしいと思います。ずっと狭い場所で頑張っておられたのですし。さあ旦那様が待ちくたびれておいでです。参りましょう」
緑色のデイドレスは艶のある白銀の髪と赤い瞳によく似合っていた。それに小さめのダイヤモンドの魔石の付いたネックレスとピアスを着けた。
アンジェリカは鏡に写る自分に呟いた。こうして大きな愛情に包まれて幸せに浸っているのもあの時の幸運があったからだ。世界の何処かで暮らしているだろうクロさんとクルークに永遠の感謝をと。
食堂に行くとクルークが新聞を読みながら待っていた。
「お待たせしました。クルークおはようございます」
「おはよう、アンジェ。わあ~そのデイドレス良く似合ってるね。春の妖精のようだよ。可愛い」
クルークの言葉が蕩けるように甘い。それを無視するようにアンジェリカが言った。恥ずかしいのか頬が赤い。
「ふわふわのエッグベネディクトですのね」
「うん、アンジェはふわふわが好きだろう。頑張ってみたよ。さあ紅茶を淹れるよ」相変わらず紅茶担当はクルークだ。そこは譲れないらしい。
「とても美味しいですわ。ねえ、新婚旅行に一年くらい行きませんこと?」
「突然だねえ、もちろんいいよ。何処に行きたいんだい?各国で美味しい料理を食べよう。覚えて帰って自分のものにしようかな」
「あら素敵ですわね。南国も良いですし、歴史のある国も良いですわね。絵画のような国もあると聞きますわ」
「食べ終えたら相談しようか?二人で転移魔法を使えば移動の負担が少なくて済むよ」
蜂蜜と砂糖を混ぜたような甘い世界に遠慮なく入って来たのはミルクだった。
「僕も行くぞ」
「あら、ミルクったら一緒に行くに決まっているではありませんか」
「行くのか…」アンジェの取り合いになると予想したクルークは負けないぞと拳を握った。まあいちゃいちゃが始まると気を利かせて消えてくれるので何も言えないところではあるが。
クルークは以前より素直に甘えてくれるようになった美しい妻を見てしみじみと幸せを噛み締め、蕩けるような眼差しで妻を絡め取ったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!!これで完結になります。
少しでもお楽しみいただけたら幸いです。相変わらずクルークは溺愛作戦決行中です。クルークの外見はアンジェリカに合わせて変えていく予定ですが、アンジェリカは年齢を感じさせない美貌です。
ちょっと年上の感じを狙いたいクルークです。
アンジェリカの呼び名が色々変わりまして戸惑われた方もいたかもしれませんが、物語上必要でしたのでお許しくださいませ。では皆様またお会いできますように!




