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第6話:本格調査

第6話:本格調査


「これは」


全員がその山をみて絶句した。

「確かに動いているようじゃな」

「これは大変興味深いです。皆、観測機材を準備するように」

マリーベルが部下に命令を下した。


「これは、いったい何でありますか」

第一騎士団の隊長が、俺に聞いてきた。


気持ちは分かる、俺もそれを一番知りたいんだよ。そして、それを調査に来たんだろうが。

「何一つ分からないんだ。だから調査しに来たんだ」

「なるほどであります」

「とりあえず周辺の警備をお願いする」

「了解であります」

うん、素直な奴でよかった。


カミーラ含め他の魔導士が、その岩山の前で、両手を広げ、魔法学的な調査を行っていた。何度も魔導士の周りに光が生じ、その光が山に向けて投じられた。

「これは、魔法で動かされているものではなく、魔法生物でもない。そして鑑定、走査、透視などいかなる魔法的検査も一切受け付けない。こんなものはみたことがないな。何も分からないというのが結論じゃな」


その後カミーラは箒にのり上空からの探査に移ったが、何の変哲もない岩山だという事が分かっただけだった。


「こちらはお手上げだ。マリーベル、何か分かったか」カミーラが上空から叫んだ。


検査器具を操作していたマリーベルが答えた。

「こちらも同様よ。これは岩じゃないわ。とにかく検査資料が取れないのよ。タガネで破片を取ろうとしたら、全く破片が取れず、タガネが壊れたわ。ヤスリでこすろうが、ナイフで削ろうが、ドリルで掘ろうが、何しても破片が取れないのよ。そして酸、アルカリなどの化学薬品も全く効果がないわ」

「拡大鏡でみても、全く平滑な表面が拡大されるだけで、何も分からないわ。打撃による音響試験では、反響が全くないのよ。これは私の知っている物質ではないわ。とにかく岩ではないわ。何かの金属におもえるけど、全くお手上げよ」


「いっそ、あの時みたいに、噴火で吹っ飛ばせないのか」

俺はカミーラに提案した。

「ほお、火山灰除去がよほど気に入ったとみえる。あの時は、火山のすぐ下に溶岩溜まりが上がってきているのが事前の調査で判明していたのじゃ。それでも精密で巨大な魔方陣作成に3か月かかった。魔法発動にも50人もの魔導士が必要じゃった。ここでちょちょいとできる技じゃないんじゃよ。さらに言えばここに溶岩溜まりはない。まあ無理じゃな」

カミーラは残念そうに両手を広げた。一応残念なんだな。


もう日も暮れてきた、本日の調査は終了とし、野営の準備を始めよう。

「日も暮れた、野営の準備を始める。まだ時間はある、焦らず調査を進めよう」

全員が、返事をし、野営の準備に入った。


俺は、眠れないので、テントの外で、焚火にあたりながら、周囲の警戒をしていた。目の前にはあの山があり、少しずつ動いていた。こいつは本当に何なんだろう、何か目的があって王都に向かっているんだろうか。


と、考えているとマリーベルがテントから出てきた。

「どうした、眠れないのか」

「うん、あの山のことを考えていると、眠れなくて」

彼女は焚火を挟んで、俺の向かいに座った。

俺達は無言で焚火を見つめていた。焚火がはぜるパチパチした音だけが響いた。


「私のことを少し話してもいい」

「話したければどうぞ」

「私、今は博物学者になっているけど、その前に二回離婚しているのよ」

「カミーラから聞いている」

「貴族に嫁いだのだけれど、やることは舞踏会、お茶会、噂話、足の引っ張り合いばかりで、私のしたい博物学の研究は全くさせてもらえなかった。そうしたら、気持ちが落ち込み、何もやりたくなくなって、ついには食事も取れなくなって、最後にはベッドから起き上がれなくなったの」

「それは大変だったな」

「それで離婚になったの。二回目も全く同じだったのよ。それでお父様も周りの誰も何も言わなくなったの。それで、私は初めて博物学を真面目に研究できるようになったの、今では博物学に集中していて、とても幸せよ」


「そうか、それは良かった。しかし、ならばなぜ泣いているのだ」


彼女は、泣いている自覚はなかったようで、あわてて自分の頬を触った。そしてそこが濡れていることを知り驚いたようだった。


「私、泣いているの」


「そのようだな。辛い体験を胸の奥底に押し込めていたものが、ある時何かがきっかけとなってそれに気づき、涙を流すことがあると聞く。今がそうなのだろう」

「わたし、辛かったのかしら」


「二度の離婚をしたものが辛くない訳がない。泣きたいときは泣くべきだと俺は思う。また、愚痴りたい時は愚痴るべきだと俺は思う」


俺がそう言った時、彼女の目から大粒の涙が零れ落ちた。そして体ごと俺にぶつかって来た。

俺は彼女を受け止め、優しくその肩を抱いた。


「本当は、本当は辛かったのよ。結婚を全うできず、お父様の期待に応えられず、私もふがいないと思って。自分はルーデンドルフ家に相応しくないんじゃないか、こんな自分でいいのかと不安だったの」

彼女は、それから今まで心の底に押し込めていたことをを泣きながら語り続けた。


彼女が、言いたいことを言いつくしたあと、ゆっくりお俺から離れた。

「もういいのか」

「ええ、御免なさいね。なにか胸のわだかまりが少しなくなった気がするわ。有難う」

「今度は、貴方の話を聞かせて、ご家族はいるの」


「俺か、俺は天涯孤独だ。南方の開拓村に生まれたんだが、幼少時に蛮族に襲われて、村で生き残ったのは俺一人だった」

「それは、大変なことを。この話はもう終わりにしましょうか」

「いや良いんだ。その後俺は王都の孤児院で育った。そこはそこそこ良い所だったよ。そこから町の警備隊に入り、物凄く頑張って功績を重ね騎士団見習いになれたんだ。そこでも頑張り、騎士になることができた。第五だと私情が入るだろうからとのことで第三に入ることになった。それがよかったんだろうな。今では楽しくやっているよ」


彼女が真剣に聞いてきた。

「その時は、泣きましたか」

「ああ、泣いたよ。一生分泣いたんじゃないかな。今ではあまり泣かないからな」


「あなたも、辛い過去があったのね」


俺はマリーベルの目をしっかり見据えていった。


「いいや、俺だけじゃなく誰にでも辛い過去があるんだよ。そして、みんな辛い事、嫌な事、悲しい事を背負ってそれでも何とか生きているんだ。俺も、あなたも、そして他の誰もが」


彼女は俺のその言葉を聞いてはっとした顔をした。そして考え込んだようだった。


少しの間沈黙が支配した。焚火がまたバチンとはぜた。


その後彼女は、思い切ったように立ち上がった。

「なんか、少しすっきりしたわ。今日は有難うね。考えたいことがあるのでこれで失礼するわ」

「ああ、そうした方が良い」


暗闇の中で、また焚火がはぜた。




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