君を愛さないと言われたのならば愛される努力は不要ですわね
「君を愛するつもりはない」
輿入れだと屋敷に入ると同時に使用人達の前で告げられた辛辣な言葉にその場の空気が凍る。
「聞こえなかったか? 君を愛するつもりはない。これは3年だけの契約結婚だ」
告げられた言葉に二の句が告げられずにいれば、彼は冷たい目で続けてくる。
「噂によると君は今まで随分と奔放に生きてきたようだ。うちに嫁いだのならば金は領土に迷惑をかけないならば好きに使ってくれて構わない。恵まれた土地ではないが、俺が戦いに行けば金は国から出るしな」
わたくしは黄金色の髪を巻き、今回は嫁ぐにあたり白のドレス。それに髪色に合わせた金色の刺繍が入った高級そうなその衣装を身に纏い、揺らぐことなく真っ直ぐに立ったままに、ただその言葉の続きを待てば、彼は面倒くさいとでもいうように深い深いため息を吐く。
「一番重要な契約は、俺に構わないということだけだ」
繰り返された言葉とその理由にわたくしは頷きを返す。
「畏まりましたわ。ではわたくしも愛されるつもりなく過ごさせて頂きます」
「……は?」
そんな満面の笑みの返事は予想外だったのだろう。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔に構うことなく、わたくしが指を鳴らすと、わたくしが連れてきた侍女はわたくしのドレスを引っ張る。すると仮止めだったボタンが取れて、あっという間にわたくしの衣装はモンペの作業着へと変わる。
「は?」
また繰り返されるその言葉……いや文字に、もう一度微笑みを返してる間に、侍女はわたくしに大きな帽子と軍手をつけてくれる。
「こんな高台にあり、手入れの行き届いていないお屋敷、なんとも腕が鳴りますわ」
「は?」
「愛される努力が不要とはなんともありがたいお申し出でしてよ。ならばわたくしはしたいように出来る。貴方様は公爵家の娘であるわたくしが嫁ぐことで国や軍での立場も上がる。まごうことなき契約結婚のメリットですわね」
「エ、エバンス・ティルアット嬢?」
「いいえ、もうエバンス・バメルですわ旦那様」
「君は何をしにここへ?」
彼、ガーフィン・バメルがそう言いながら揺らすのは銀髪だけでなく切長な赤い瞳も。
眉目秀麗な見た目と、しかしながらに彼の無表情さは戦場の死神とまで言われる有名な彼がこんなに動揺するだなんて初めてなのでは?などと思うがそんなことはわたくしの知ったこっちゃぁございませんことで。
「わたくし、この屋敷の手入れを好き放題していいと聞いてきましたの。『暗黒屋敷』と呼ばれるこの場所、わたくし、女主人として好きにさせていただく契約とお伺いしてまいりましたわ」
そう言ってまずは屋敷の扉を開けて、風通しからはじめることにした。
***
「……どこだここは?」
旦那様は結婚早々の遠征からお帰りになり3年3ヶ月ぶりに屋敷の敷地に入るなり呟いた声に、わたくしはその後ろで大きく頷き微笑みを向ける。
「お屋敷ですわ。見違えましたでしょう」
「っっ!! いつから……うしろに?」
「この屋敷、地下にも縦横無尽に通路がありますのね」
旦那様は執事長を勢いよく見つめるが、その先では首を振って返事をされている。
「こんな今までさして手入れもされてないお屋敷、執事長でも地下通路のことは存知あげてませんでしたわ。わたくしが発見しましたの」
ニコリと淑女の笑みを浮かべるが、何か言いたげなのは新婚早々会話もそこそこに戦場に出られて、久方振りの契約妻がまたモンペ姿だからだろうか?
いやそんなことよりも彼が驚いているのは多分お屋敷。
鬱蒼としていた入り口には薔薇のアーチがお迎えし、鬱蒼としていた花壇はひまわりを中心に花々が咲きみだれ、鬱蒼としていた屋敷は磨いてみれば綺麗な白壁で、鬱蒼としていた入り口も磨けば大理石で作られて輝くほどに美しくなり、鬱蒼としていた木々も剪定すれば実を鈴なりにつけて、それによって風通しもよくなって屋敷の敷地全体に苔も生えづらく、まさに何処もかしこも垢抜けてたこと。
「契約とは……」
「御安心下さいませ。今はこのような格好ですが、契約通り予算は好き放題使わせてもらってますわ」
「そ……そうか」
「あと来年には更に税収も上がりそうですわ」
「何故!?」
「それはこの土地に合う農産物を探して、流通契約を取り交わし、新たな産業も入れたり……、お約束通り好き放題させて頂いてますわ」
ホホホと笑えば旦那様はまた執事長に視線を送るが、彼は先程の場所にはおらず、いつの間にやらわたくしの背後に控えている。
「旦那様。奥様は旦那様が出られて以来、まずは屋敷の庭と見た目の改修を行い、庭師と会話を交わし、その後野菜などの知識はご自身の伝を使い、それを領民に広げていかれました」
「……野菜などの知識とは?」
「わたくし幼い頃から土いじりが好きでしたの。公爵令嬢という立場上公には出来ず、隠れて領土に降りては農民の皆様に教えを乞う日々を過ごしておりましたわ」
胸の前に手を当て、見知らぬ子どもに優しかった領民を思い出す。
「君は……」
「それを両親にはいい加減にしろと。公爵家の娘がそんな自由奔放に生きてどうすると」
「君の奔放ってそういうことか!?」
「領民にも気づかれるわけにいかないから、髪の毛も染料で染めたりしてたら、見合いの席に毎度色落ちが間に合わずお断りし、このままでは嫁の貰い手が無いとなり、それならば契約結婚と相成りましたわ」
「俺が思ってたのと違うな!」
思わずといった風に声を荒げる旦那様に笑顔を向けて、
「それで契約結婚ならば、どうせなら1番手入れ出来てない屋敷がいいなと思って来てみれば、なんとわたくしの自由にしていいと。しかも領土を見てみれば、そちらこそ手入れが出来てないじゃないではありませんか」
「ぐぅっ!!」
「やればやるだけ税収増えるし、領民も楽しそうだし、あっ、旦那様が居ない間に領民も1万人増えたんですのよ」
「ぐはぁっ!!」
満面の笑みでの報告に矢でも突き刺さるようにダメージを受けていく旦那様に、執事長も大きく頷く。
「奥様が来られて、山間の森林伐採なども行うと風通しも変わり、逆に緑豊かに森の環境も良くなったようで、害獣被害も減り、その分の予算は別に回せ、作物も豊作に。領民たちは飢えることなく、街には山間部に道を切り拓いたこともあり、旅人も増え、そのまま移住された方も多々おられます」
「そ、そうか」
「奥様の活躍は話題となり、ここは誰の領土だって領民たちが笑う日々です」
執事長の最後の言葉に大きな槍でも刺さったようにうずくまる旦那様。
「旦那様は悪く無いですわ。見捨てられた土地だと押し付けられたのでしょう?」
「……あぁ」
「でも旦那様まで見捨てたら駄目なのではないかしら?」
最後のトドメになったのか、旦那様はそのまま胸を押さえて地面へと膝をついた。
「だからね、旦那様。この契約結婚続けませんか?」
「え?」
「だってわたくしお屋敷のみんなとも仲良くなりましたし、領民とも仲良くなりましたの」
そう言って彼の前に座って外へと促すように視線を送れば、その先には旦那様の帰宅を喜んでくれたのか領民が門の外から嬉しそうな笑顔と歓喜の声が上がった。
「もしや旦那様は契約が終わらせて他の女性をお迎えされる予定でしたかしら?」
「いや、そんな暇は……、この3年間はずっと戦場にいた」
「そうですか。ならば延長よろしくて?」
微笑み聞けば旦那様は立ち上がり、改めて領民に視線を向ければ皆が更に喜びの声を上げてくれる。
「ははっ、こんな歓迎受けたことないな。俺の方こそ結婚を続けてほしい」
そう言って不器用な笑みを浮かべた旦那様に、突然わたくしの胸が大きな音を立てた。
理由がわからず固まるわたくしに、旦那様はそっと指先でわたしの頬を撫でると、「土がついていた」とまた笑った。
「し、失礼いたしましたわ」
「あっ、いや、こちらこそ……」
まるで頬に触れたことに慌てたかのようにその手を離されると、なんとなく互いの頬が熱い気もして共に視線を移動させれば、何故だか使用人も領民達もニヤニヤと笑っている。
「さ、さぁ皆様、旦那様もこうしてお帰りですわ! 領民の皆様、これからはまたいっぱい働いていっぱい税金納めて下さいませ!!!わたくしはそのお金で目一杯豪遊いたしますわよ!」
オホホと笑えば、領民たちは「またうちの店で豪遊してください」とか「苗もいっぱい買って下さ〜い」とか言うのに手を振れば、楽しそうに帰っていきながら、
「あっ!でも奥様は暫くは我らに遠慮なく旦那様と蜜月を!」
「あの、こっこれは契約結……ッ」
「そうだな。みんな、大変だとは思うが頑張ってくれ」
肩に手を回されてそのまま唇を抑えられて止められた言葉に旦那様の声が重ねられ、領民たちは『ヒューウッ』と冷やかして楽しそうに町へと向かう。
「旦那様、契約結婚続けるのでしたら……」
「いや、先程俺は『結婚』を続けてほしいと言ったんだ」
そう言ってこちらを見る目はなんとも優しげで、わたくしは声も出せずにただ視線を揺らして頷くことしか出来なければ、旦那様は「あんな楽しそうな人々の顔は初めてみたんだ」そう言ってもっと嬉しそうに笑ってくれる。
「わたくしも彼らの笑顔が好きですわ」
それはそうだとわたくしも同意して笑えば、
「……出来るならこれからは君に、俺のことでも笑顔を浮かべてくれると嬉しい」
そんな甘い言葉にまたもわたくしが言葉を失えば、そっと顔を寄せられる。
「キャッ!」
驚き近付いた顔の間に手を入れれば、旦那様は少し寂しげな顔へと変わる。
「……やはり俺では嫌か」
「そ、それはその、け、契約外では!?」
「契約は外したと言ったろう?それに約束の3年も過ぎたしな」
「だっ、旦那様が居ない間はノーカウントですわ!」
「ならば今から3年……?」
「わたくしには愛に月日は必要ですの!」
必死に言えば、旦那様はその整ったお顔を近付けて、
「それならば君がその契約を短くさせてくれるよう、戦略を立てよう」
「これは戦いではございませんわ」
また口付けなどされないよう、唇の前で指でバツを作っておけば、旦那様はその指先に唇をつけてリップ音を立てると、
「いや、どの戦場よりも勝たなきゃ行けない気がしてきたな」
そう言って先程とは違い不敵に笑うそのギャップに、すでに陥落寸前だとは口が裂けても言わないと、わたくしは両手で大きなバツを作れば、旦那様はまた楽しそうに笑った。
「君を愛することはない」と告げられた令嬢のお話でした!
一度はやりたいテンプレシリーズだったので、実現出来て嬉しいです(^^)
可憐なご令嬢にはなりませんでしたが、是非楽しく読んで頂けたなら幸いです!ありがとうございました。
面白かった〜、よかった〜⭐︎とか思って頂けたなら、お星様や感想ポチリと下さいますとめちゃくちゃ励みになります。
*・゜゜・*:.。..。.:*・'(*゜▽゜*)'・*:.。. .。.:*・゜゜・*