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リバーサル・コラプション  作者: 新渡たかし
第1章 フリード王国編
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8話 コロッセオとビクトール【改訂】

 翌日の朝早く、数人の看守たちに引き立てられ連れて行かれた。

 手を縄で縛られ、市中を歩かされた。


 王都の民は口々に魔族の間者だなんだと、俺に罵声を浴びせかけた。

 近くまで来て殴りかかってくる者さえいた。


「殺せ! 魔族のスパイを殺せ!」「背徳者に惨たらしい死を!」

「こういう奴がいるせいで俺の生活が良くならねえんだ!」


 いったいなんだってんだ……。

 罪があるかどうかもわからないのに一方的に悪だと決めつけて。

 こいつらは自分たちの不遇を周囲のせいにしてるだけだ。


「この国はどうかしてる」


 ふと後ろの様子に注意を向けると、俺以外にも引き立てられ罵声を浴びせられている連中がいるらしい。

 言い争う喧騒がこちらまで聞こえてきた。


「他に何ができた!? 他に何があったってんだ! 言ってみろよこの能無し共がッ!!」

「やめろ! 俺達を憐れみの目で見るんじゃねえ!」

「……最初の殺しのときに思いとどまってりゃ良かったんだ」


 目を凝らして見てみると、いつぞやの盗賊たちだった。

 とうとう捕まってしまったようだ。


「ありゃきっと魔族に魅入られたんだ」「神よ、あの者たちの不浄なる魂をお救いください」

「なんでノトゥス様を裏切って魔族に肩入れするようなマネなんかするかねぇ。アタシにゃ理解できないよ」


 ……同じだ。

 俺も、あの盗賊たちも。


 人々の圧倒的な無理解によって、存在しない怪物にされてしまった。

 たとえ世界が変わっても、人々の本質は悲しいほどに変わらなかった。

 彼らは俺が見た機械都市の人々とまるで同じだった。


 不意に目の端でなにかを捉えた。


「あ……あいつは!」

 

 銀色の髪に無垢を思わせる白装束。

 薄い笑みを浮かべながら、群衆の後ろから俺を見ていた。


「アルマイーズ……!」


 そのとき兵士たちの行進と人々の罵声の中で、俺はたしかに聞いた。


「これが今のこの世界さ。君に変えられるかい? 『荒野の狼』ウルフ……いや、クロウよ」


 次に兵士の行進が視界を遮ったとき、彼の姿はまるで始めからそこにいなかったかのように消えていた。




 ◆




 やがて、コロッセオのような円形の大きな建造物にたどり着いた。

 中は市中を歩いていた時より一際騒がしかった。


 俺がコロッセオ内部へと連れて行かれると、周囲から怒号のような声が聞こえた。

 見ると、周囲を取り囲んでいる観客席に見物人たちが隙間なく詰めかけていた。


「魔族のスパイをぶち殺せ!」

「八つ裂きにしろ!」

「なるべく惨たらしくお願い!」


 観客たちからもはや聞き飽きたようなセリフが投げかけられる。

 周囲を城壁に覆われた内なる世界、生きる意味を失った人々。


 輪廻は巡る。決して逃れさせてはくれない。

 きっとこれは罰だ。

 あの時、仲間を助けられなかった俺への断罪だ。


「早く終わらせてくれ」


 闘技場の中心部には檻が設置されており、中にはなにか大きな生き物がいた。

 歩いている最中に目を凝らす。

 ……クマだ、それも異常に大きい。


 近づくとその威容がまざまざとわかった。

 まるで現実感のない大きさ。

 7メートルはありそうだ。


 慎重に檻の鍵が外され、俺はその中に放り込まれた。

 牢の中はいたるところに、血の乾いた後のようなものがこびり付いていた。

 これから俺は目の前の大熊に喰い殺され、見物人たちはそのショーを目当てに集まっているというわけだ。


「な、なあ衛兵さん。ちょっと……」

「なんだ、魔族に通じる下賤な輩め!」

「こいつを、宿屋のマリーちゃんに……頼む!」

「……ふんっ」


 衛兵は俺からサッとそれを奪い取ると、すぐに指定の位置に戻り刑の執行を宣言した。


「これより重罪人の公開処刑を執り行う」


 笛の音が鳴り響く。

 わぁーっと大きな歓声が上がる。

 その歓声に応えるように、大熊がのっそりと立ち上がる。


 目の前の大熊はこちらを見ると、獰猛に吠え猛った。

 そのままゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 観衆のボルテージはますます上がっていった。


「お、おい待て。話せばわかる」


 俺はじりじりと身を捩って後ずさるが、すぐに鉄格子が背中に当たり、それ以上逃げられないと悟った。

 俺の身体と同じぐらい大きな前足をもたげ、ゆっくり近づいてくる。

 せめてその鉄槌のような一撃で眠るように死ねたならまだ慈悲はあるだろう。


 だが実際は違う。

 生きたまま腹を割かれ、喰われるのだ。


 大熊の顔が、もう息がかかるほど近い。

 俺が大熊が吐く息に対して身じろいだ瞬間、不思議なことが起こった。

 大熊がまるで憐れむような目でじっと俺を見ている。


「……悪いが、これから私はお前を喰い殺す。そうしなければこちらが殺されてしまうのでな。悪く思うな」


 ……なんだって?

 俺は恐怖で頭がどうにかなってしまったのかと思った。

 目の前の大熊がこちらに語りかけてきたのだ。


 俺のいた世界ではクマが言葉を話す道理はない。

 しかし、このクマには人間のそれと等しい声帯が備わっているようだ。


「……お前、人間の言葉が分かるのか?」

「なにをバカなことを。貴様たち人間どもの嫌う魔族ですら言葉を解するというのに、私が喋れぬ理由はあるまい」

「なるほどな、何から何までトチ狂った世界だぜ」

「さあ、悪いがグズグズしていると鞭で打たれてしまうのでな。せめて苦しまぬようにしてやる」


 クマはそう言って俺の首に喰らいつこうとする。

 俺は大熊にだけ聞こえるように語りかけた。


「なあクマよ。実は俺はこの檻の鍵を持っている。さっき中に入れられるときに衛兵からくすねたんだ」

「……うむ? いったいどうやって?」

「行進のときに見物人から拝借した指輪をチラつかせたら案の定寄ってきたから、ちょっとな。手を縛ってたのが普通の縄で助かったぜ」


 俺はすでに形だけで意味を成さなくなっている手首の縄を解き、大げさに両手で広げてみせた。


 まったく、俺という人間はどこまでも生き汚い。

 すべてを諦めてもなお、どうしようもなく足掻いてしまうのだ。


「フッ……お前のような人間ははじめてだ」

「檻から出て東の門を出れば、町の外は目と鼻の先だ。どうだ?」


 クマは一瞬考えたが、すぐに結論を下した。


「よかろう。どうせこんなことをしていてもいずれは殺される。お前に賭けてみよう」

「助かる。俺はクロウだ。クマにも名前ってあるのか?」

「ビクトール。それが私の名だ」

「よろしくな、ビクトール」


 クマにもちゃんと名前があるんだな。

 言葉を話すのだから当然といえば当然か。

 俺は檻の扉の方へ目線を向ける。


「さて俺はこれから演技をする。うまく扉の方へ誘導してくれよ」


 俺は大きく息を吸い込んだ。


「うおわあああぁぁぁぁ!!!! た、助けてくれええぇぇ!!!」

「グワオオオオォォォッッ!!!!」


 ビクトールはひときわ大きく吠え猛り、逃げる俺を檻の扉の方へと追い詰める。


「グオッ! グワァッ! グルルオオオォォ……」

「うわあああぁあぁぁぁ!! え、衛兵さん衛兵さん! 頼むよ! 金なら払う! 何でもするッ! ここから出してくれーッ!!」


 必死に惨めったらしく生にしがみつく人間を演じてみたが、衛兵たちは俺の命乞いに表情をピクリとも変えることはなかった。

 その様子を見て、おそらく幾度となくこんなことが繰り返されてきたのだろうとわかった。


 俺は檻を掴みながら掌に隠していた鍵をそっと錠前に差し込んだ。

 カチャリと小さな音を立てて扉が開け放たれた。


「今だ、ビクトール! いけえええぇぇぇ!!」

「グルルオオオオォォォォッッ!!!!」


 檻からビクトールが飛び出すと、一瞬で周りはパニックになった。

 逃げ惑う衛兵や観衆たち。

 ビクトールは檻の前の衛兵をなぎ倒し、怒涛の勢いで東門へと向かった。


 俺は逃げる人々の中に紛れて出口へと向かう。

 逃げる道中で、またもや例の銀髪の人物が目に止まった。

 この世界に来てすぐの頃に出会った、俺を暗殺組織に連れて行った謎の人物アルマイーズ。

 いったい彼の目的はなんなのか?


「アルマイーズ……いったい何が狙いだ!」


 アルマイーズはこちらを見て、ニヤリと微笑んだ。

 そして、怒号と喧騒で聞こえるはずのない距離からゆっくりと口を開く。

 わずかに白い光が迸るのが見えた。


「東に待ち人あり。キーストーンを探せ」

「これも魔法なのか?」


 しかし、人混みに一瞬視界が遮られるとアルマイーズはまたもや姿を消していた。


「……俺を捕らえに来たわけじゃあない?」


 何の意図がある?

 逃がしてくれるというのなら、甘んじるべきだが……。

 いや、今はここを離れることだけ考えよう。


 しかし、ここまで来ても街を出るのはそう簡単ではない。

 街の門はシャルの一件もあって騎士団の兵士たちが厳戒態勢のはずだ。

 ビクトールはともかく、今の手負いの俺では街の外に向かっても逃げ切れないだろう。


 俺は人混みからそっと抜け出して、路地裏を伝って西のスラム街へと逃げ延びることにした。


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