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リバーサル・コラプション  作者: 新渡たかし
第1章 フリード王国編
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7話 クロウの過去/ゲートの鍵【改訂】

 俺が暮らしていたのは、すべてが機械によって管理されていた機械都市トウキョウの中のドーム街だった。

 安全なドームの中で、人々は安寧を享受し何不自由なく暮らしていた。


 ドームの外にも世界は広がっていたが、外に出て暮らすという選択肢を多くの人は持たなかった。

 機械都市の人々は、外の世界は疫病や有害な放射線、それに悪事に手を染める人間たちで満ちていると本気で信じていたのだ。


 安寧と閉塞感に支配された街の中は、少しづつ病んでいった。


 そんな街で、俺は試験管の中からデザイナーズチルドレンとして生まれた。

 両親はいない。施設で他の子供たちとともに機械に世話されながら育った。


 悲しくはなかった。

 死んだ分だけ新たに生み出す。

 そうやって世界は機能している。

 ただそれだけの話なのだと、子供ながらに理解していた。


 遺伝子工学でデザインされただけあって、俺は他の子供よりも優れていた。

 成績は優秀で手先も器用、運動ももちろんできた。

 クラスでも中心的な人物だ。


 子供時代にはちやほやされた明るい記憶が多い。


 だけど、大学に入る年齢になる頃には俺は落ちぶれていた。

 周りを見ると、スポーツや芸術、勉強に励む同世代の人間に溢れていた。


「なぜそうまでしてがんばるんだ? 結局、天才には勝てないのに――」


 俺は彼らのことが理解できなかった。


「わざわざ苦しむ必要なんてない」


 ある日、外から来たという人間を見た。

 彼らは都市の設備を破壊して物資を盗み、警備ドローンを相手に大立ち回りの逃走劇を繰り広げていた。


 外の人間は悪だ、文明の破壊者だと教えられていたからどんな恐ろしい人間たちだろうと思っていた。

 だが、実際に目にした彼らはとても楽しそうで、機械都市の人間よりも生き生きとして見えた。


 その時思ったのだ。

 外の世界にはいったい何があるのだろう?


「きっとなにか、この都市の中にはないすごいものがあるんだ」


 街の内外へ物資を運搬する施設からドーム街を抜け出した俺は、あの日初めて外の世界を目にした。

 機械都市の中の法と秩序の世界とは、まるで違っていた。

 無法、無秩序、自由と混沌、力こそ正義……だが、そこには俺の求めていた生命の煌めきのようなものが垣間見えた気がした。


 外で多くの人間と出会った。


 行くアテもなく外を彷徨っていた俺を助けてくれたハナビ《神楽花火(かぐら はなび)》。

 太っちょでメカに強いお調子者のドク《毒島拓郎(ぶすじま たくお)》。

 釣り好きで何かと世話を焼いてくれるゼンじいさん《芥川善(あくたがわ ぜん)》。

 情報屋のジョニー、花占いのメリーさん、怪我したときに診てくれる石ケ原(いしがはら)先生、作物を分けてくれる農家のじっちゃんばっちゃん……。


 俺は盗賊団に加入し、機械都市の設備を破壊して回った。

 都市の中では感じられなかった生きている充実感があった。

 何の存在意義も見出だせなかった人生に光が見えた気がした。


 毎日が、楽しかった。


 そして、あの日――。




 ◆




 頭に激痛が走る。


「……ってて」


 目が覚めると、牢屋の石造りの床の上だった。

 背中に当たる冷たく硬い石の感触が不快で、寝返りを打とうとするも、体の痛みで思うように動けない。

 足には枷がつけられており、鉄球へとつながっている。


 どうにか動いて起き上がろうとするが、鉛のような身体はまるで言うことを聞かない。

 身体が強張って固くなってしまっているようだ。

 自発的な意思を挫かれ、独りごちる。


「……また、ここに来ちまったのか」

「目が覚めたようだな」


 そんな俺の様子に気付いた何者かが声をかけてくる。

 驚きはしない。さっきから見られていることには気付いていた。


 声の方を見ると、あの赤い髪の男が牢屋の檻越しに俺を見ていた。

 たしかヒューズとか呼ばれていた男だ。

 きっとこれから尋問するつもりなのだろう。


 不意に忘れかけていた傷の痛みでハッとする。

 シャルはどうなったんだ!?


 ひとまず周りを見渡すが、他の牢などの見える範囲にシャルの姿はない。

 痛みへの苦鳴とともにフゥーと息を吐き、ひとまず安堵する。


「これから処刑される人間らしからぬ態度だな」

「……なんだって?」


 処刑される? 俺が?

 まだ裁判だってしちゃいないのにいったい何の罪で?


 ……まあ、今さらどうだっていいか。

 どのみちもう逃げられやしない。


「何の話だ?」

「しらばっくれても無駄だ。あの少女と一緒にいるところを副団長殿が見ているのだ。まさか無関係ではあるまい」


 ヒューズは椅子に座って足組みをし、こちらに向き直す。

 そのまま俺を見下ろしながらそうのたまう。

 ……副団長?


 あのサルコジとかいう騎士、そんなお偉いさんだったんだな。

 俺よりも若くてイケメンだってのに。

 なぁーにが一介の騎士だよ、スカしやがって。


「さあてね。俺は大勢に追われていた少女を助けただけだ。他意はない。お前らのほうが悪者なんじゃないのか?」

「ふむ。ではゲートの鍵についても知らぬと?」


 またこの世界特有の不思議アイテムか?

 ゲートっていうのはたしか魔界にいくための施設だったと思うが……。


「ゲートの鍵? なんだそりゃ?」

「魔界とこちらの世界をつなぐゲートの鍵だ。知らぬわけはあるまい」


 そんなものにはまったく心当たりがない。

 はじめて聞いた……が、鍵が盗まれたぐらいで騎士団が総出で来るような大騒ぎになるものか? 付け替えりゃよくないか?


「事の重大さがまるでわかっておらぬようだな」


 俺の返答にヒューズは嘆息を漏らした。

 しかしこうしてよくよく見ると、サルコジと違って少しくたびれた感じの壮年のおじさんといった風だ。

 年は40は回っているだろうか。結婚してそうな雰囲気だ。


 若い頃は苦労したんだろうな。

 よくそんな生き方ができるもんだ。


「調べさせてもらったが、どうやら君はこの国の人間ではないようだ」

「生憎、根無し草なもんでな」


 俺はぶっきらぼうに答えた。

 家族も友人もいやしねえ。

 俺は何も持っていない人間だ。


 そんな俺としてはやれることは精一杯やった。

 どうやらシャルを逃がすことはできたようだ。


 捕まってしまったものの満足と言っていい結果だろう。

 国家権力に抗うことができて清々しいくらいだ。


 元の世界では……やれるだけのことはやったが、何も変えられなかったからな。

 この世界では少なくともシャルという少女を助けることができた。

 男の勲章物だろう。悪かあない。


 だからこそ今の状況に、俺は殊更悪い気はしていない。

 足掻くのにも疲れた。

 気楽に行こうじゃねえか。


『――そんなことで満足なのか、お前は』


 またあの声だ。

 悪いが、もう抗う気はないさ。

 足るを知る。俺みたいなクズにはこのぐらいでもう十分だろう。


 これまで自分なりに、思うままに、後悔しないように生きたつもりだ。

 1つ後悔があるとすれば、いつかアイツらと一緒に世界を見て回りたかった。

 それももう、今となってはどうしようもない。


 ここでなにかしようったって、この傷じゃあ逃げることもままならないしな。

 いいさ、このまま残された時間で過去を振り返るのも悪くない。


『――俺が生きたのは、この世界に抗うためだ』

「ああ、たしかにそうだな」


 機械都市トウキョウを飛び出してから、俺は盗賊団《旅がらす》の一員として日夜盗賊のスキルを磨いていた。

 盗賊と言っても、旅がらすは外の人間からは盗まない。

 機械都市の中へ盗みに入って外に持ち出す、いわば義賊だった。


 メンバーは俺とドク、ジョニー、メリーさん、それにハナビで、潜入するのは主に俺とドクの仕事だった。

 ドクはメカに強くて、警備ドローンやシステムの弱点をよく把握していて、動きはトロいがかなり頼りになるやつだ。

 ジョニーは情報屋で物資の運搬の日時や機械のメンテナンスのタイミングなんかを詳しく調べてくれる。

 メリーさんは変装の名人で、機械の目すら騙すほど精巧だ。よく危ない所を助けてもらったっけ。


 ハナビは、みんなのまとめ役だ。俺達にとって一番大事な人。

 彼女がいなければ、盗賊団旅がらすは結成されなかっただろう。

 機械都市の外へ飛び出した俺に、手を差し伸べてくれた人でもある。


 彼女のお陰で今の俺がある。

 それは間違いないはずだ。


 それなのに、どうしてだろう……。

 彼女の姿が、まるで靄がかかったように思い出せない。

 他の人の姿と重なって、うまく焦点が合わない。


「どうして……どうしてなんだ?」


 いつの間にか、頬を熱いものが伝っていた。


「……話す気はないようだな。いいだろう、どのみちあの少女ももう逃げられん」


 俺がまともな返答を返さずにいると、ヒューズは気になることを言い出した。


「どういうことだ?」

「王国の宝物庫から盗まれたゲートの鍵は、この国のもっとも重要な至宝だ。

 すでに騎士団の特務部隊が動いている。彼らが今まで捕まえられなかった犯罪者はいない。

 見つかればその場で処刑される」

「じょ、冗談だよな……その場で処刑とか。どうして――」


『どうしてシャルがそんなヤバい物を盗むんだ?』と思わず言いそうになって口を閉じた。


「さあて、な。だがお前は明日処刑される。気にする必要はない。

 ……おそらくあまりいい死に方はできないだろう」


 ヒューズの言い方が気にかかる。


「そりゃどういう意味だ?」

「……さあな」


 ヒューズは部屋から出ていった。

 魔界と行き来できるゲートの鍵に、騎士団の特務部隊か。


 シャルのことを考える。

 今の俺に何ができるというのだろうか?

 しかも、こんな状態では……。


「くそっ! どうして!」


 どうしてあのとき一緒に逃げようとしなかったんだ?

 金を渡して1人で逃げろというぐらいなら、一緒に逃げればよかったんじゃないのか。


 シャルのことがそんなに信用できなかったのか?

 いったい何を恐れていたんだこの俺は。


「なんで、いつもこうなってしまうんだ……」


 拘束具につながる鉄球は重く、牢は頑強そのものであり付け入る隙はない。

 牢の鍵は看守が持っているだろうが……。


 チラと看守の兵の様子を窺う。

 あまり緩んだ様子はない。

 食事を持ってくるときにどうにか鍵を奪えないだろうか。


 いや処刑は明日だ。

 食事のタイミングなど来ないかもしれない。


 武器も当然取り上げられている。

 できることは、なにもない。


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