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リバーサル・コラプション  作者: 新渡たかし
第1章 フリード王国編
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6話 雷光のサルコジ【改訂】

 さて、それから2日後の夜のことだ。


『カーン、カンカンカンカン! カーン、カーン……』


 眠りに就いていると、警報の鐘の音が聞こえた。


 俺はなんとなくシャルのことが気になって飛び起きた。


「まさか……な」


 急いで支度をして外に出る。

 すでに外では兵士たちの慌しい様子が見て取れた。


「絶対に逃がすな! 騎士団の名誉に関わるぞッ!」


 隊長らしき人物が部下に檄を飛ばしている。

 大通り側をチラと見ると、多くの灯りが見えた。

 俺はそっと路地裏から闇に紛れる。


「ちゃんと逃げていてくれよ、シャル」


 俺の持ち金をほぼすべて渡したのだ。

 しっかり逃げていてくれなければ寝覚めが悪い。

 ちょっと行って別人だと確認したらすぐ戻るつもりだ。


 逃げている人物はどうやら王城方面から逃げているようだ。

 人混みに紛れて逃げるなら大通りから南門に向かうだろうが、今は夜中だ。

 大通りといえど夜は人通りが少ないからかえって目立つ。


「となると、残るは西門か東門か」


 だが、西へ向かうとは考えにくい。

 王都の西側は海と山が近く、ほとんど逃げ場がないはずだ。

 大規模な捜索隊が出れば袋の鼠だろう。


 東に向かって東国との緩衝地帯まで逃げ込めば、王国の兵士は追ってこれない。

 そのうえ途中には深い森もあり身を隠すのに適している。


「逃げ切るなら東しかないはず!」


 なにより逃げている人物がもしシャルならば、忠告した通りに東へと逃げてくれるはずだ。

 そうでなければ困る。


「頼む、間に合え」


 取り越し苦労の可能性だって全然ある。

 それなのに焦燥感を抑えられない。


 俺は東門へと矢のように駆けた。

 兵士たちよりもずっとずっと速く駆けた。


 門のそばまで来て物陰に潜み、深く息を吸って呼吸を落ち着かせながら様子をうかがう。

 十数名の兵士たちが門の前で待ち構えている。

 しかし、今のところまだ大きな動きはないようだ。


「はあはあ……まだ捕まってはいないようだな」


 じっとその場で様子を見守っていると、突如黒い閃光が迸るのが見えた。


「な、なんだ!?」


 次の瞬間、黒い光の中から現れたのは魔法のローブに身を包んだシャルだった。

 フードが翻り、彼女の黒髪が風に揺れる。


「おい、シャル!」

「く、クロウさん!?」


 さすがに驚きを隠せない様子のシャル。

 俺はシャルの方へ素早く近づく。


「驚いたな……今のも魔法か? 突然現れたように見えたが」

「は、はい。そんなことよりクロウさん、こんな所にいたら危険です!」

「わかってるさ。街の門は兵士たちがすでに大勢集まってきている。ほとぼりが冷めるまでどこかで身を隠して……」

「その必要はない」


 声がして振り返ると、1人の男が立っていた。

 金髪青眼で、青と白を基調とした騎士の正装のような出で立ちをしている顔立ちの整った男だ。

 甲冑こそ付けていないが、まるで日本刀のような鞘に収まった得物を右の腰に差している。

 俺はシャルをかばうように男の前に飛び出した。


「貴様も仲間か? 私は騎士団本隊付きの一介の騎士、サルコジだ。抵抗しないならば危害を加えることはない」


 武器も構えず悠然(ゆうぜん)と佇んでいる。

 相当な実力者であることが(うかが)えるが、相手は1人だ。

 俺は相手から目を逸らさず、シャルに呼びかける。


「1人で逃げろ!」

「で、でも!」

「いいから! 早くしろッ!」


 後ろのシャルに逃げるよう促した。

 俺の言を聞き、サルコジはようやく武器に手をかける。

 俺はすでにローブの下で2本の短剣を握りしめて覚悟を決めていた。


「なあに、俺1人ならこんな状況どうとでもなる。すぐに追いつくさ。はやく行きな」

「っく、うぅ。……絶対! 死なないで!」

「致し方ない、か。参る――」


 一陣の風が吹く。

 サルコジの手から紫色の光が迸る。

 なにか、魔法陣のようなものが浮かび上がるのが見えた。


『――左の腹だ、来るぞ』


 ……!?

 またあの声だ。

 俺の脳内からしきりに警鐘を鳴らしてくる。

 勘違いなんかじゃない。

 だが、今はそんな事に気を取られている時じゃない。


 閃光が迸った。

 太刀筋は見えなかった。


 ――がきんっ! ぱりぱりぱり。

「――がはっ!? うぐっ……!」

「……っ! 止められただと!?」


 謎の声のおかげで咄嗟に左脇をガードしていたおかげで、致命傷は避けられた。

 ガードした手に持っていた短剣の刀身が砕け、床に散らばっている。


 腹が少し斬られたようだが、なぜか血はほとんど出ていない。

 代わりに肉の焼け焦げた臭いと、手の指先が異常な熱さと痛みを訴えていた。


 俺は辛うじて反撃のために握りしめていた右手の短剣を横薙ぎに払った。


「……っく! いってえなあ!!」

「ふん。だが、遅い!」


 俺の振るった短剣は、相手には届かなかった。

 バックステップで少し距離を取る。

 

 痛みで動きが鈍い。

 汗が滲む。指先が熱い。


「チッ……まだ動くには動くか」


 腹部と左手の指先が焼け焦げているのだとわかった。

 痛みで朦朧とし、倒れそうになるのを何とかこらえる。

 左手の短剣は先程の衝撃で根本から折れてしまっている。


「こっちはもう使い物にならねえな」


 俺の反撃をかわした後、サルコジは再び距離を取って納刀する。

 やはり日本刀のような刀だったようだ。

 まさか騎士が抜刀術を使うとは。


 しかも右腰に差しているということは左利きか?

 昔の日本ならマナー違反だぜバカヤローが。


「初めて見る相手には回避不能と称されるこの一撃を受け止めるとはな。

 運が良いだけか? まあいい、ならばもう一度だ」


 クソッ……まずい、次が来る。

 避けられるか? いや、無理だ。


 シャルの姿はない。

 今のやり取りの間に逃げてくれたようだ。


「ふう、とりあえずここに来た甲斐はあったか」


 少しだけ肩の荷が下りた。

 あとは目の前のコイツをなんとかして逃げるだけでいい。


『――構えが変わった。刀を跳ね上げてくるぞ』


 また、あの声だ。

 今の状況に呼応しているようだ。

 奇妙な感覚ではあるが、助けになるなら今はなんだっていい。


「せいぜい頼らせてもらうぜ」


 たしかによく見ると、声が言う通りにサルコジは先程より踏み込みを深く取っているようだ。

 身体の向きが僅かに斜めに変わっている。

 斬り上げてくる可能性が高いように思う。


 だが、確信はない。

 あくまでこの声を鵜呑みにしたただの憶測に過ぎない。

 もし間違っていれば……俺の身体は真っ二つになってあの世行きだ。


「これは賭けだな。それも命をかけた」


 だが、この声は今まで2度も俺を助けてくれた。

 信じてやってもいいかもしれない。


「おもしれえ、信じてやるぜ! というかそれしかねえ!」

 

 ならば、こちらがやることは1つ。

 タイミングを合わせて半身で躱せばいい。

 そこに反撃を叩き込む!


 ミスっても1人のクズの人生が終わるだけだ。

 どうでもいい。


 再び、サルコジの身体から紫の光が迸る。

 ――く、来る!


「うおおぉぉぉぉおぉぉぉ!!」


 風と雷鳴が唸りを上げる!

 凄まじいスピードで刀が抜き放たれる。

 やはりまったく見えなかった。

 ――しかし。


「なに!? 太刀筋が読まれただと!?」


 サルコジの刀は空を斬る。

 やはり恐るべき一撃だが、今度は避けられた。


 事前に軌道がわかっていればなんてことはない。

 前のめりに体重がかかっている相手の顔面に、俺は渾身の左ストレートをくれてやった。


「おらあッ!」

「がはっ……! ぐっ……ぬう、これしきでッ!」


 俺の一撃をまともに受け、頬から血を流すサルコジ。


「まだ終わりじゃねえぞ!」


 俺はサルコジが距離を取って再び納刀する前にインファイトを仕掛け、一気に畳み掛けようとする。

 密着してしまえば長い刀はうまく扱えないだろう。


 だが、さすがの使い手というべきか。

 俺の攻撃は体術ですべて捌かれてしまった。


「チッ……剣の腕だけじゃねえってわけか」

「当然だ。あまり騎士を舐めてもらっては困る」


 そのうえ、騒ぎを聞きつけたのか大勢の王国兵たちの足音が近づいてきていた。

 俺は逃げ出すために隙を見てサルコジの間合いから抜け出そうとするが……。


「くっ……!」

「逃さん!」


 サルコジの刀がそうさせてはくれない。

 

 ――付かず離れず。

 距離を取ろうとするも、常に致命傷を狙った刀の切っ先で脅かされている。


「ちっ……厄介だな」


 無理に離れようとすれば奴の一振りであっけなく俺は絶命するだろう。

 どういうわけかそれがはっきりと分かる。


 時間さえ稼げば応援が間もなく駆けつける。

 そうなれば俺はどこにも逃げられなくなる。

 相手にとってみれば、この膠着状態でただじっと時が過ぎるのを待つだけでいいのだ。


「やるしかねえか」


 俺は賭けに出る。

 ステップを切ってマントを脱ぎ捨てた。


 一瞬、奴と俺の間の視界がマントで遮られる。

 すぐに奴の剣閃がマントを真っ二つにするが、瞬時に姿勢を低くしていた俺の頭上を空振る。

 そのまま後ろに飛び退きながら、まともな機能を残している方の短剣を奴めがけて投げた。


 ――カンッ!

 弾かれた短剣が地面に落ちる。


「よし、うまくいったぜ」


 見切られはしたものの、十分な距離を離すことに成功した。

 あとはこのまま振り切ることができれば逃げられる。


 俺は反転して駆け出そうとするが、その前に背後から投げられた声にギョッとさせられた。


「気は済んだかね?」


 背後に向きを変えて見ると、赤髪灼眼の壮年の男が堂々と腕組みをして立っていた。

 赤い礼装に黒のマント。

 先程の男とは違い、服装からはあまり騎士という感じはしない。

 拳に付けられた装具を見ると、どちらかと言うと拳闘士といった感じだ。


「申し訳ありません。ヒューズ様の手を煩わせるとは」

「いや、この男なかなかにできるようだ。油断はすまいぞ」


 ヒューズと呼ばれた人物の赤い魔法陣から光が迸る。

 とっさに腕で顔を覆ったが、覚えているのはその直後の衝撃と真っ赤な光だけだった。


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