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リバーサル・コラプション  作者: 新渡たかし
第1章 フリード王国編
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4話 記憶と身体/冒険者ギルドの洗礼【改訂】

 まるで悪い夢でも見ているようだ。

 ここが別の世界だなんて。


「もう、戻れないんだろうな……」


 いや、薄々分かってはいたことかもしれない。

 なにせ魔法なんてものが大真面目に存在する世界だ。


 ただ、無意識に事実を事実として認められなかっただけ。

 認めたくなかっただけだ。


「まあいいか」


 よく考えればあんなクソみたいな世界に戻る理由なんてない。

 今さらなにを懐かしがっているんだ。

 惜しむような生き方じゃなかっただろうに。



 俺はレイモンドさんの商会に着いて魔導車を降り、エイミーとは別れた。


「じゃあね! またどこかで!」

「ああ、また会おう」


 俺はレイモンドさんについて行って、少しこの世界のことや商会についても聞いておくことにする。

 仕事や住む場所についても考えなくてはならない。


 レイモンドさんは助けてくれたお礼だと言って服を仕立ててくれた。

 まあ、俺からそれとなくお願いしたわけだが。


 そのとき、俺はこの世界に来てはじめて鏡を見た。

 その姿を見て愕然とした。


「……うぁ、えっ?」


 俺の姿は、記憶にある姿と似ている所もあるがまるで別物なのだ。

 背丈も多少違えば、髪の色も違う。


 俺はもともと黒髪だが、今はくすんだ赤髪になっている。

 顔は……知らない顔だ。少なくとも俺の記憶には無い。


 そういえば、こっちの世界に来た当初の頭と体の感覚のモヤモヤ感は近頃は全くなくなっていた。

 だが、奇妙な感覚はあった。

 なんとなく、俺が俺でないような感覚……。


 まるで自分の中に別の自分がいるような気がする。

 心が2つあるとでも言おうか。

 

「気味が、わりいぜ……」


 試着室を出てレイモンドさんに気分が優れないことを伝え、その場をあとにして俺は用意してもらった宿の部屋へと向かった。



「うっ、ぐおっ……」


 大事な何かをなくしてしまったという喪失感。

 わけがわからず、不安から寒気と吐き気がする。

 昔から病は気からと言うが、まったくその通りだった。


「そうだ! 流行り病に掛かったときに化膿して切開した傷痕があるはず!」


 だが、俺の淡い期待はすぐに打ち消された。

 それは右耳の裏だったが、触れてみたが綺麗なものだった。


「くそっ……いったいどうして!」

「……俺は、俺はいったい何者なんだ!?」


 まだ思い出せない部分が多いとは言え、かすかに残る記憶は間違いなくクロウ=ディアスそのものなのだ。

 しかし、それ以外の部分が全くしっくり来ない。

 身体だけが記憶の他の部分と地続きでなく、そっくり別物に入れ替えられたような感じだ。


 だが、そんなことを言っていてもしょうがない。

 なんとか生きていかねばならないのだ。

 俺は気持ちを切り替えて、やらなくてはならないことについて無理やり考えを巡らす。


「うん、当面の生活費は問題ない」


 レイモンドさんに色々と世話になり、当面の資金と寝泊まりする場所は確保できた。

 服も街の人間のものを仕立ててもらったから、仕事を探すことも可能だろう。

 とりあえず猶予をもらったのだから、この間に生活の拠点と仕事の確保に努めよう。

 ずっとここで世話になるわけにはいかない。


「そうなると仕事をどうするかだが……」


 ただ、組織のことがあるためあまり目立つことはできない。

 レイモンドさんは商会ギルドの方で仕事を紹介してくれると言っていたが、それには身分を証明するものが必要だという。

 行政機関の人事局で戸籍を取らねばならない。


 もしそこで不審に思われでもしたら、また牢屋に逆戻りだ。

 さすがにそんなリスクは冒せない。


 その点、冒険者ギルドというのは行政からは独立しており、身分を証明するようなものは一切不要なうえに即日仕事を受けられるということだ。

 その分いろんな事情を持った人間がいるということだが……。


「身を隠しながら生活するにはちょうどいい」


 そういえば何度か目にしていたが、この世界には魔法がある。

 普通は誰にでも使えるものらしい。

 ただし、学校で勉強や訓練が必須らしく一朝一夕で使えるようなものではないそうだ。


「魔法が使えればいろんな働き口があるみたいなんだがな……」


 まあ、今使えないものを頼みにしてもしょうがない。

 月並みだが、人生は今あるカードで勝負しなければならないのだ。

 努力したところでなるようにしかならない。


 そういうわけで次の日、俺は冒険者ギルドの扉を叩きに行った。




 ◆




 俺は冒険者ギルドの丈夫な鉄でできた扉を押し開けた。

 外から中の様子はあまりわからなかったが、繁華街の一角にあり人の往来もそれなりにある場所だから危険はないだろう。


「邪魔するよ」


 中に入ると、パッと見渡しただけでも多種多様な人物が目に入った。


 腕っぷしに自信がありそうな筋骨隆々とした自慢げな表情のヒゲの大男。こちらをジロリと値踏みするように見るが、またすぐ視線を戻した。

 長髪で弓を背負い壁にもたれかかる目つきの鋭い細身の男。こちらには目線をくれず、微動だにしない。

 フルプレートに身を包み大剣を背に担いだ歴戦の風格を感じさせる頬に傷のある男。こちらをチラと見るが、あまり気にした風もなくまたなにか飲み始めた。

 頬に傷のある男と同卓で、長い紫色の髪をくゆらせながら酒を飲んでいる女剣士。少し酔っているのか、こちらを気にも留めず一緒にいる男に対し管を巻いている。

 隅の方で地味な茶色のフード付きのローブに身を包み、杖を持った小柄な人物。こちらを見た……が、俺と目が合ったことに慌てて視線を戻した。


 少しピリついた緊張感のようなものを感じる。

 なんとなく気になる反応もあるが、ひとまず俺は正面にある受付に向かった。


「冒険者登録を頼みたいんだが」

「以前に他の街で冒険者をされたことはありますか?」

「いいや、はじめてだ」


 周りの冒険者に比べると、受付のお姉さんはまるで女神のように思える。

 俺はホッと息を吐いた。


「フフッ、ではまずこちらの紙に名前と年齢を書いてください」


 俺はよし来た、とばかりに手渡されたペンを取った。

 昨日の夜に宿で名前を書く練習をしてきたのだ。

 何しろこっちの世界の文字を書くのははじめてだ。


 少し緊張はしたものの、練習の甲斐もあり拙い文字ではあるがサラッと記入することができた。

 受付のお姉さんが俺の書いた文字に目を落とす。


「ふーむ、クロウ=ディアス……」


 お姉さんは俺の名前を改めながら、どこからか紙束のリストを取り出してペラペラとめくり始めた。

 なにやら名前が書かれたリストのようだ。


「犯罪歴は――」


 俺はぎょっとした。

 まずいまずい、まずい……!

 この可能性は考えていなかった。

 俺は先日の組織の一件がどう処理されているかをそもそも知らないのだ。


 組織は俺の名前を知っている。

 潜入した屋敷の人がすでに暗殺されていて、組織が俺のことを犯人として売っていたとしても全然おかしくはない。


 今からでも逃げるべきか……?

 しかし、俺のその懸念は杞憂に終わった。


「ありませんね。それでは簡単に説明を。まず注意点が2つありまして、1つは……」


 俺は心中でホッと安堵していた。

 とりあえず王都の兵士たちに追い回される事態にはならずに済んだようだ。


 俺がじっと説明を聞いていると、さっきまで壁にもたれかかっていた長髪の男がいつの間にかすぐ側まで来ていた。


「よお兄ちゃん、いいモン着てんじゃねェか? 金持ちが道楽でやるもんじゃねえんだ。分かったら家に帰んな。死ぬことになるぜ」


 いつの間にやらペンを手にした彼は、俺の登録用紙の名前欄を黒く塗りつぶしていた。

 なるほど、どうやら喧嘩を売られているらしい。


「おいおい、ナメたマネしてくれるじゃねえか」


 俺は彼に向き直り胸倉を掴もうとしたが、いつの間にか彼は俺の背後にいた。


「あらぁ、これお金いっぱい入ってるじゃなぁーい? ちょっと飲み直してこようかしら」


 後ろから別の声がして向き直ると、紫髪の長髪の女が俺の財布を弄んでいた。


「いつの間に盗られたんだ……!? 返せッ!!」


 財布を取り返そうと近づくと、不意に身体が宙に浮いた。

 ヒゲの大男が俺の両脇をがっちりと抱えて持ち上げていた。


「さあボンちゃん出口はこっちだぜ」

「クソッ! 放せッ!!」


 抜け出そうとするがビクともしない。

 なんて力だ。

 頬に傷のある人物はニヤニヤとこちらを横目で眺めていた。


「――眠れ、ヒュプノス」


 急にどこからか白い光が迸ったかと思うと、俺を掴んでいたヒゲ男の力が急に抜け床にドタッと倒れ込んだ。


「……ったく。おいレヴィ、邪魔すんじゃねェよ」

「あ、あの。そういうの良くないと思います」


 声の方に目線を向けると、どうやらレヴィと呼ばれた人物が助けてくれたらしい。

 あの隅の方でローブに身を包んでいた小柄な人物だ。


 目深に被っていたフードはこちらへ近づく際にハラリと後ろに滑り落ちて、首元までの緑髪と12か13ほどの少し気弱そうな少年の顔があらわになっている。

 しかし、いったいどうやって助けてくれたのだろうか?


「チッ……あのなレヴィ。こーんなレベルの低い奴が冒険者やったら3日で死ぬぞ。お前だって見たらわかんだろ?」

「そ、それは。そうですけど……」


 場の空気が一気に白ける。

 皆もう俺に興味を失った様子で、弛緩した空気が流れていた。


「こうなりゃしょうがねェ。レヴィ、お前が面倒見ろよ。俺は知らんからな」


 そう言うと、目つきの鋭い男は苛立ちながらギルドの扉を開けて出ていった。

 その後に続いて、紫髪の女剣士がそそくさと出ていこうとするのをレヴィが呼び止める。


「ラフィーニャさん、財布返してあげてください」


 ギクッとした様子でラフィーニャと呼ばれた人物が振り返る。


「まあレヴィちゃんったらぁ! このラフィーお姉ちゃんがそんなことするわけないでしょ! うっかりよ、うっかり!」


 そう言って、ラフィーニャは俺に財布を投げて返した。

 なんかやけに財布が軽い気がする。


「ちゃんと全部返してください」


 そう言ってレヴィがラフィーニャの上着の服をめくると、服の裏に金貨が大量に入っていた。

 それをレヴィが頬を赤くしながら手早く回収してくれた。


「やん、冗談よ冗談ッ! もう、レヴィのおませさん! 他の人にこんなことしちゃダメなんだからね!」


 そう言って、ラフィーニャはレヴィの額に軽くキスをして足早に去っていった。

 少年の顔はみるみる紅潮していた。

 耳まで赤くなっている。


「……なんかワリいな、俺のせいで」

「い、いえ。その、挨拶みたいなものですから……気にしないでください」


 レヴィは気恥ずかしそうに顔を伏せてモジモジしている。

 どうやら冒険者を目指そうという人間には、今回の俺のような試練が与えられるものらしい。

 対処できないようなら、そのまま追い返されてしまうのだろう。


「……テテッ」


 床に倒れていたヒゲ男が目を覚ました。


「やられたぜ。背後から魔法たあ……油断したな。おや? もう終わったのか?」


 ヒゲ男があたりをキョロキョロ見回している。

 それを見て、頬に傷のある男が声を掛ける。


「ボーム! フランクはもう行ったぞ。ラフィーの奴も今しがた出ていった」

「おっと! こうしちゃいられねえ。じゃあな!」


 頬に傷のある男の言を聞き、ボームと呼ばれたヒゲ男は慌てた様子でギルドを後にした。

 ヒゲ男を見送ると、頬に傷のある男は俺に話しかける。


「さて、すまなかったね。他の連中に代わって私から謝罪しておこう」


 頬に傷のある男はニヒルな表情を崩さず、登録用紙を持ってきて机に置き、俺とレヴィに椅子に掛けるよう促した。


「いったいどういうわけなんだ? きちんと説明してもらうぞ」

「なに、冒険者の挨拶みたいなものさ。私はライマンだ。よろしく」

「クロウ=ディアスだ。こちらこそ」


 握手を求められ素直に応じた。

 ライマンの手は非常に硬くごつごつとしていて、ベテランの冒険者であることを予感させた。


「冒険者というのは、たしかに登録すれば誰でもなれるな。だが、実際危険も多い。命を落とす者も少なくない仕事だ。

 そんなわけで、要は君を試したのさ。パーティに足手まといが1人いるだけで冒険のリスクは何倍にもなる。無駄に命を散らすこともあるまい」

「それは……そうかもしれない」


 俺は思い違いをしていた。

 彼らは単なる嫌がらせであんなマネをしたわけではなかった。


 実力を伴わない者が無謀なことをしないよう忠告していたのだった。

 ……財布を盗まれた件は疑念が残るが。


「俺、魔法が使えないんだ。冒険者なら魔法が使えなくても働けるって聞いてそれで……あ! そういやさっきレヴィが助けてくれた時の、あれも魔法なのか?」

「う、うん。あれは生き物を眠りに誘う魔法だよ」

「そうか……へへっ、レヴィはすげえな!」


 俺が褒めると、レヴィは気恥ずかしそうにフードでまた顔を覆ってしまった。

 こんなに小さいのに俺なんかとは違って将来有望だ。


「たしかに魔法が使えずとも冒険者にはなれる。それは間違いではない。先ほどの図体だけはでかいヒゲの大男、ボームも魔法はからっきしだ。

 だが、もし君に魔法が使えたとして彼に勝てると思うかい?」

「それは……わからない。だけど、同じ人間なら鍛えればいつか何とかなるんじゃ――」

「いや、それはないな」


 ライマンはきっぱりとそう言った。

 俺はムッとして聞き返した。


「……どうしてだ?」

「才能だよ。この世は生まれついての能力でほとんど決まるのさ」


 椅子に深く座り直しながら遠くを見つめ、しみじみとそう答えるライマン。


 たしかに改めて言われてみるとそうかもしれない。

 他人から指摘されたことはなかったが、俺の世界でも実際そうだったし。


「まあ、実感がなければなかなかわからないだろう。どうしても冒険者になるというなら止めはしない。だが覚悟はするべきだ」


 ライマンは、今度は真剣な表情で俺を真っ直ぐに見つめる。

 俺は得も知れぬ迫力に気圧されたが、その挑戦を受け止め無言で目の前の紙に名前を書き入れた。


「上等だ。死ぬなよ、クロウ」


 それっきり、彼はもう何も言わなかった。


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