3話 聖剣カーネリアン【改訂】
「じゃあクロウは記憶がないんだ?」
「まったく無いってわけでもないがな」
俺は2人に事情を打ち明けた。
もちろん暗殺組織や兵士に追われていることは伏せておいた。
襲ってきた連中はこの辺りを縄張りにする盗賊で、俺を騎士団だと勘違いして逃げていったらしい。
騎士団というのはどうやら警察みたいなもんらしいな。
ちなみに捕まえて騎士団に突き出せば懸賞金がもらえるらしい。
胸の傷は車内にあった救急キットでエイミーが簡易的な治療を施してくれた。
案外、傷は浅かったようだ。
「うん、これでバッチリ!」
「慣れたもんだな」
「任せてちょ」
得意げに鼻を鳴らすエイミーと笑い合って、ようやく緊張が解けてきた気がする。
能天気そうな見た目と態度からは想像がつかないが、エイミーの治療は実に手際が良く素直に感心した。
こういう何も考えてなさそうなやつに限って案外有能なんだよな。
2人は王都に向かうようだ。
街についたらとりあえずレイモンドさんについて行って、商会で街の人間らしい服を見繕ってもらおう。
今のままだと目立ちすぎる。
しばらくは街でうまく隠れながら生活しよう。
怪しまれたならまたすぐ逃げ出せばいい。
門の前まで来ると兵士に止められ、積み荷を調べられた。
期待通り、レイモンドさんの同行者ということで特に怪しまれることはなかった。
「通ってよし!」
「ご苦労さまです」
中に入ると正面に大通りがあって、奥に王城がそびえ立っている。
人の往来も多く、活気に満ち溢れていると言っていいだろう。
「それにしても……この世界はなんだ?」
ここは俺の知る世界ではない。
エイミーという少女は鎧を身に付け、身の丈もある大剣を軽々と持ち上げる。
警察代わりの騎士団に魔法で動く魔導車があり、街の外では盗賊に襲われる。
「それにしてもよく1人で助かったね! キミって実は結構強いの?」
ふと、エイミーが藪から棒に質問を投げる。
1人で街の外を歩いていたのが、率直に疑問なのだろう。
「いやまあ、どうだろうな。自分ではよく分からない。さっきも助かったのはたまたまさ」
「ふーん。でも、どうしてあんなところに?」
「それは……」
組織のことを話すわけにはいかない。
そういえば、あの盗賊たちは俺を見て冒険者だと勘違いしていたな。
「冒険者の仕事でたまたま出歩いてたんだ」
「そっかー。あ、じゃあギルド証を持ってるんだよね! 見せて見せてー!」
……しまったな。迂闊だったか。
いや、まだ大丈夫だ。問題ない。
「いや、すまない。実は部屋に忘れてきてしまってな」
「そっかー。あ、アタシってすっごく辺鄙な村の出身で、王都に来るのも今回が初めてなんだ。
冒険者にもちょっと興味あるんだよねー。本命は騎士団に入る事だけど」
「へーえ、そんなナリで凄いじゃないか」
「あー、人は見かけによらないんだぞ。アタシ、これでも村では誰も相手にならなかったんだから」
頬を膨らませて拗ねるエイミー。
子供らしいかわいい仕草に思わず笑ってしまう。
「はははは、悪かったよ。そんなでかい剣を扱えるぐらいだもんな。
そういや、そっちの布で包んである方はなんだ? それも剣に見えるが」
「あー、これはねェ。聖剣だよ」
「聖剣?」
聞きなれない言葉に俺は首を傾げる。
聖剣と言うとアレか? 英雄ローランが持つデュランダルみたいなやつのことだろうか。
俺が理解できずにいると、エイミーはふっふっふ……と笑みを浮かべながら荷紐を解いて見せてくれた。
見た瞬間、怖気が走った。
「お、おぉ……なんだこれ――」
なんと美しい刀身だろう。
色も形もこれまで全く見たことがない。
刀身と刃は一様に薄紫色で妖しく光り輝いており、柄のすぐ上方には片側に何か小さな筒のようなものが付いている。
とても人間が作り出したものとは思えない妖気を放っている。
妖刀とさえ呼ぶべき色気を感じた。
「これが、聖剣?」
「そうだよ。人間界に太古の昔より伝えられる、ノトゥス神から授かったただ一振りの剣。それがこの『聖剣カーネリアン』」
「……聖剣カーネリアン」
神から授かった剣。
そんなものが本当に存在するかは甚だ疑問だが、目の前の剣にはそうと納得してしまえるほどの説得力があった。
「なんでそんな代物をエイミーが?」
「アタシの村はね、代々聖剣を守り受け継ぐ役目を持ってるの。
そんで、少し前にこの国の王子様のルナ=クライブ殿下が成人の儀を終えられたから、扱えるかどうかを試すために運んでるってわけ。
でもまあ、今までこの剣を扱えた人は始まりの戦士イズ以外にいないんだけどねぇ」
「はぁ……」
あまりの現実離れした話に、俺は返答に窮してしまった。
代々のしきたりに縛られるなんて窮屈な感じだな。
「きっと今回もダメなんだろうなー」
エイミーは荷物にもたれかかり、上を見上げる。
「おかげで珍しいものが見れたよ。ありがとう」
面白いものが見れてよかった。
こういう刺激は人生の退屈しのぎに良い。
奇想天外な情報のオンパレードにふわふわとした頭を振り、俺は今度はレイモンドさんの方に向き直る。
どうしても聞いておきたいことがあったのだ。
しかし、この質問を投げかけるには相応の勇気がいるだろう。
だからこそ、俺はなかなか切り出すことができずにいた。
だが、聞かないわけにもいかない。
はやる気持ちを抑え、息を正す。
俺は背筋が冷たく感じながらも、勇気を振り絞り問いかける。
「なあ、レイモンドさんは商人なんだろ? 日本には行ったことあるか?」
「……いやあ、すいませんが聞いたことがないですねえ。ご出身の街ですか?」
「なんだって!? ああっ! えっと、ジャパン、ヤポン、ジャポーネ……ジパング――!?」
「どれも聞いたことがないですねえ。おや、いったいどうされました?」
「いったいなぜ……?」
おかしい。
俺はこの間ようやく日常会話がこなせるようになったばかりだ。
外国でこんなに流暢に話が通じるのはあり得ない。
こっちで習得した以上の言葉が、頭の中からスラスラと流れ出してきている。
「な、なあ、じゃあ今日は西暦で何年何月何日なんだ?」
「あはは、変なのー。ついさっきそこらで記憶を落っことしたみたいだねぇ」
「ははは。日付を忘れることぐらい誰にでもあることでしょう」
エイミーが不思議そうな表情を浮かべる。
俺は冷や汗を流していた。
「今日は聖歴3024年の6月31日ですね」
なんてこった。
ここは地球ですらないのか。