2話 野盗と戦い、エイミーと出会う【改訂】
――次の日。
組織に戻れなくなった俺は街の外をうろついていた。
組織に支給された短刀を換金し、旅人用の服と鞄などを購入した。
店では周囲を警戒していたが、特に不審がられはしなかった。
街の外に通じる門は兵士たちが見張っていたが、商人の馬車が調べられている隙に外へ出た。
王都と他の街を結ぶ街道に沿って歩いていると、木々の間から数名の男たちがぞろぞろと姿を現した。
不幸にも盗賊に出会ってしまったようだ。
「ふう。ツイてないな」とため息を吐く。
「1人で街道を呑気に歩くたあ世間知らずなやつだ。自分のバカさ加減を呪うこったなあ、がはははは!」
俺を見た盗賊たちは一笑に付した。
盗賊たちは全部で20人ほど。
揃いも揃って清潔感のない風体だ。
武器は剣に斧に槍、弓、ナイフ……と様々だが、どれもあまり手入れはされていない。
どうすべきか思案していると、遠くから聞こえてくる車輪の音に盗賊たちは色めき立つ。
「来たぜ! 今日はツイてるな」
「1週間ぶりの商会ギルドの魔導車だぜ。きっとイイモン詰んでるに違えねえや」
逃げるチャンスだと思った。
俺は音とは逆方向へと駆け出す。
「おっと、そうはいくかよ!」
俺の動きは読まれていたようで、前を塞がれてしまった。
「さて、どうするかな」
捕まればこの人数相手になすすべはない。
相手の配置をよく見る。
すると、命のリスクはあるが良い手を思いついた。
「おもしれえじゃねえか」
俺は賭けに出た。
身を低くして盗賊たちの間に滑り込む。
「あっ、テメエ!」
盗賊たちは得物を振ろうとするが、仲間との距離が近くて思うようには振れない。
左右から振り下ろされる攻撃をうまく見極めてそらした。
「あがっ!」「ぬぐぅ!」
仲間同士で攻撃を食らう盗賊。
まさかこんなに上手くいくとはな。
「くそ、こいつ無茶苦茶しやがる」
「ざまあみやがれ」
反撃に面食らった隙を見て囲みを脱出した。
そのまま全力で逃げる。
「おい! なにやってる!」
「クソッ、逃げられたぞ! 追え!」
なんとか窮地は脱したが、簡単には逃がしてくれないようだ。
「あいつ、きっと街まで騎士団を呼びに行きますぜ。ちょっくら捕まえてきやす」
「逃がすなよ」と頭目らしき男が下っ端の言葉に頷く。
ひときわ機敏な盗賊が俺を追いかけてきた。
引き離せればそれに越したことはないと全力で駆けるが、徐々に距離を詰められてしまう。
「……まずいな」
そう思った矢先、後ろをチラと見た時に目の端で光が反射するのを捉えた。
追ってくる盗賊が懐から短剣を取り出したのが目に入ったようだ。
もうすぐその刃が俺を捉えようとしているという合図だ。
こうなったら腹を決めるしかない。
「そんなちんけなナイフで俺と勝負する気か?」と威勢よくカマをかけてみる。
「へへっ、あんた丸腰だろ? どうせ駆け出し冒険者だ。運が悪かったなぁ! ここで死んでもらうぜ!」
大丈夫、敵は1人だ。
落ち着いて対処すればなんとかなる。
俺は頭で動きをイメージしてから、意を決して反転する。
その動きを見て、盗賊は急ブレーキ――否、跳び上がった!
「うわっ!」
相手の予想外の動きに俺は驚く。
盗賊は走っていた勢いそのままに宙返りし、俺の頭上から短剣を振り下ろす。
「ぐあっ!」
鮮血が飛び散る。
かろうじて反応したものの右胸の辺りを斬られた。
ドクドクと熱い血が流れ出し、皮肉にも生を実感する。
『……え』
「チッ、避けたか。だがいつまで持つかな!」
「くっ……」
追撃を仕掛けようと迫る相手に俺は凍りつく。
生きるか死ぬかという状況に、思考を恐怖という支配者から取り戻すことが出来ない。
死ぬことなど怖くないと思っていたが、本能的に身が竦んだ。
身体が硬直する。
もうダメだと思った。
『――抗え!』
おかしな幻聴まで聞こえ始め、いよいよかと思ったその時。
「死ねえ!」
盗賊がまっすぐに俺の身体に振り下ろしたはずの短剣が、気づけば俺の手の中にあった。
「なにっ!? テメエ、いったいどうやって!」
驚愕し慌てふためく盗賊。
その様子に、俺はどうにか心の支配権を取り戻した。
「わからねえのか!? 自分が、誘い込まれていたことに!」
必死の演技だった。
俺は短剣の先を相手に向けて構える。
少し声が震えていたかと肝を冷やしたが、反撃に面食らった相手には効いたようだ。
「お前、もしや騎士団かッ! わざと丸腰で! クソッタレぇ!」
捨て台詞を吐いて逃げていった盗賊。
汗と息が一気に噴き出す。
「はあはあ……ふぅー、危なかった。しかし、なんだったんだ?」
どうして奴の短剣が奪えたのだろう。
必死だったせいかよく覚えていない。
それに、あの声は――?
胸の傷からは今も血が滴り落ちている。
「まあいいか。生き延びられたんだ。生きてりゃ何とかなるってアイツも……?
うん? アイツっていったい誰だ?」
駄目だ。思い出せない。
大事なことのような気がする。
なのに全く思い出せない。
断片的な記憶が次々にフラッシュバックする。
地面に横たわるあの少女は誰だ?
泣いているのは……?
「あークソッ。頭いてえよ……スミレぇ」
思わずその場にしゃがみこむ。
今は考えていても仕方がなかった。
とりあえずこの状況をなんとかしなければ。
舗装されてない道をガタガタと車輪の通過する音が聞こえる。
それは近づいて来て俺の目の前で止まった。
「おぉーキミキミ。よくぞ生きてたねぇ。助かったよ」
馬のいない馬車のような奇妙な車から快活そうな少女が顔を出す。
少女が身を乗り出すと綺麗なセミロングの金色の髪が窓枠の外に垂れ下がった。
「なんだなんだ? まずは名を名乗るべきなんじゃねえのか?」
俺は見知らぬ相手に対し、警戒して距離を取ろうとした。
危害を加えられそうな雰囲気はないが、この状況だ。
用心に越したことはない。
「いや、ホントに助かりました。あなたが居てくれなければどうなっていたことか」
続けていかにも商人といった感じの柔和な雰囲気のおじさんが、車から降りてきて声をかけた。
つばの広い中折れ帽を脱ぎながら、ペコリとこちらに頭を下げる。
その様子に俺は少し警戒感を緩めた。
「私はレイモンド。商人をやってます。どうぞよろしく」とおじさんが名乗った。
少女の方も車から降りてきて、手をブンブンと元気いっぱいに振りながら自己紹介を始めた。
「アタシはね、エイミーだよ! よろしくね!」
やれやれと思いながら、仕方なくこっちも名乗ることにした。
「俺はクロウ=ディアスだ。どこか街まで連れて行ってもらえると助かる」
傷は深くはないが、手当ては必要だ。
王都に戻るとすれば危険だが、2人と一緒なら怪しまれないかもしれない。
誰かの世話になるのは少々気が引けるが仕方ない。
「キミって騎士団の人じゃないの?」
「まあどうぞお乗りになってください。あなたは命の恩人だ」
俺は促されるままに奇妙な車――魔導車に乗り込む。
緑と土の匂いを含んだ薫風が頬を撫でる。
うららかな日差しが暖かい。
天を仰ぐと、まだ昼を少し過ぎたあたりだった。