16話 魔法剣士ヒルデ(メイファ視点)【改訂】
一気にヒルデの方へと踏み込み短剣で連撃を叩き込む。
だが、相手の剣捌きですべて無効化されてしまう。
やはり相当な使い手と見える。
「使用人は帰って家事でもしてなさい」
「軽口を叩く暇はないであろう」
距離を取ると雷の魔法が飛んでくる。
初撃は投げた苦無のおかげで狙いがそれたが、クロウに魔法が来ることを事前に教えてもらってなければ当たっていただろう。
「しかしなぜクロウは予め魔法が来るとわかったのだ?」
魔法には予兆などはない。
したがって発動してから見て回避するしかないが、雷の魔法は発動から着弾までは一瞬だ。
目で見て避けるのは不可能に近い。
だからこそ離れずに攻撃を続けて詠唱の暇を与えないようにしなければ。
「雷の魔法に卓越した剣技……。魔法剣士とは厄介な相手じゃな」
「お褒めに預かり光栄ね」
あまりクロウから離れすぎるわけにもいかぬ。
せっかく展開した霧が解除されてしまうからだ。
我以外は霧の中で気配を隠すことはできないが、クロウがあのアニカとやらに接近戦を仕掛けるには有効だろう。
視界の悪い中では投げ物は迂闊に使えないはずだ。
「一応名乗っておくわね、お嬢さん。私は特務部隊所属のヒルデ=フォルクローレ。宮廷魔導士も兼任してるわ」
「我はメイファ。……今はただの使用人だ」
距離を離せば雷撃で滅多刺しにされる。
慎重に立ち回って時間をかけるわけにもいかない。
相手からすれば、防戦に徹し時間さえ稼げば応援が来て目的は達せられる。
「こちらから仕掛けるしかない」
苦無を投げるとともに突撃しようとする。
しかし――。
「まずは1つ」
「……!」
投げた苦無は防がれてしまった。
――突如出現した土壁によって。
「これは土の魔法! 2系統使える術師とは!」
「さらに2つ! 3つ!」
ヒルデは次々に周囲に壁を展開する。
我とヒルデの間を遮るように。
「あの壁の配置……なるほど。我の苦無を防ぐとともに雷撃を詠唱する隙を作るつもりか。ならば!」
我は素早く土壁を飛び越え急襲する。
しかしヒルデは迎撃のために我を待ち構えていた。
「残念ね。はずれよ」
「壁は囮か……! くっ!」
相手の斬り上げに辛くも反応し、短剣を間に滑り込ませる。
そのまま短剣に体重を預け宙返りをして着地した。
「まるで曲芸師ね。だけどいつまで持つかしら」
ヒルデは我との間にまた土壁を出現させる。
ヒルデの姿が見えなくなる。
「この戦いは我にとって不利……!」
相手のヒルデは常に雷撃か剣での迎撃かの2択を我に迫ることができる。
しかし、それに対して我は踏み込む以外の手段がない。
「状況を打開するには霧の力を使うしかない……!」
クロウの方は大丈夫だろうか。
しかし我が敗れてしまっても作戦は失敗するのだ。
無事にかけるしかない。
能力を一度解除して再び発動する。
「霧隠れ!」
周囲が神秘の霧に包まれる。
「これで奴からは我が見えない」
「ふぅーん。この霧はあなたの能力なのね。気配が消えたわ」
「理解したとてすでに遅い!」
我は再びヒルデを急襲しようとする。
しかしヒルデは自分の周囲すべてを土壁で覆った。
壁は先程までのものよりも随分と高さがあった。
そのため我は土壁を蹴って頂上へ登り、そこから攻撃を仕掛けようとした。
しかし――。
「そこっ!」
「なっ……!」
目の前に閃光が走った。
壁に登りきった瞬間にヒルデの雷撃を受けてしまったのだ。
壁の下へと落ちて身体を地面にしたたかに打ちつける。
「ぐうっ……」
「大丈夫かしらぁ? 手応えあったわよ」
チカチカと明滅する視界を振り払い立ち上がる。
「……なるほど。わかったぞ」
高い壁で四方を囲めば、我は攻撃のためにいったん壁を蹴って登らざるを得ない。
ヒルデからは我の姿が見えないとは言え、そのとき壁の土が崩れるわずかな音は察知できる。
あとは登りきったタイミングを見計らい攻撃を加えればいい。
「まさかこの国の騎士がこれほど戦い慣れしているとはな」
雷撃で足をやられてしまった。
もう一度あの雷撃を受ければ次は意識を持っていかれるだろう。
「もはや奥の手を使うしかない」
展開している霧を解除し、もう一度別の能力を発動し直す。
「霧の水棺!」
「あら、今度は何かしら?」
「これは先程の霧とはわけが違うぞ」
「そうねえ。今度はあなたの声もちゃんと聞こえるし気配も感じるわ」
周囲に霧の幻影を作り出す。
幻影は我と同じ姿と気配を持つ。
「……気配が増えた? 壁の向こうはどうなっているのかしら」
「これで我だけを捉えることは不可能だ」
つまりこの能力は囮を無数に出す能力だ。
そのかわり気配を消す効果がなくなる。
幻影たちとともに壁を登り、一挙に攻撃を仕掛ける。
「くっ……どれが本物かわからないじゃない!」
「迷い苦しめ。本物を当てられればお主の勝ちだ」
幻影たちがヒルデに殺到する。
幻影はヒルデの剣撃を受け次々に消滅する。
それらの隙を縫って我も攻撃を加えに行く。
「1つ!」
「くっ……!」
無防備になっていた足を払い抜けるように斬りつけた。
体勢を崩しかけるヒルデ。
「2つ!」
剣を振り抜いた直後の腕を狙った。
「この程度で負けるわけにはいかないのよッ!」
短い苦鳴を漏らすが太刀筋はいささかも衰えない。
だがその剣撃は幻影を霧へと戻すばかり。
「3つ! 4つ!」
背中を、腰を斬りつける。
ヒルデも必死に応戦するが無数の幻影たちの中の我を捉えることが出来ない。
「……8つ! 9つ!」
体中に刀傷を受けて血を流し、ヒルデはついに持っていた剣を取り落とした。
刀身がからーんっと甲高い音を立てる。
「とどめだッ!」
飛び上がって背後から首元に足刀を加えた。
すると、ヒルデは力なく地面に倒れた。
「ゆめ忘れるな。これが東国一の忍びの技よ」
◆
戦いを終えた俺は急いでメイファの方へと駆け寄る。
向こうも戦いは終わったようだ。
ひとまずメイファの無事を確認して俺は安堵する。
だが、メイファは足をケガしているようだ。
「大丈夫か?」
「なにこれしき。問題ない」
強がりだろう。
あまり大丈夫そうには見えなかった。
だがそれは俺も同じだ。
あばらの辺りがギリギリと痛む。
おそらく折れている。
「はやく手当をしないとな。……そういえばミリエルは?」
俺たちは周囲を見てミリエルの姿を探す。
騎士たちは指揮官のヒルデが倒れたことで動揺している様子だった。
持ち場を離れることはないみたいだが、この分なら脱出できるかもしれない。
そう思っていた矢先、スラムの方から助けを呼ぶ声が聞こえた。
「は、離してください!」
「いいからこっちへ来るんだ!」
ミリエルは兵士たちに捕まってしまっていた。
「僕のことはいいからメイファさんとはやく逃げて!」
「ここまで来てそんなことできるか!」
急いで助けに入ろうとしたが足を止めた。
「……さすがに数が多すぎる」
この場にいる兵士の数は戦いが始まったときの数倍に増えていた。
スラムの通りが兵士で埋め尽くされている。
あの数の兵士たちの中からミリエルを救い出すのは簡単ではない。
兵士たちはざわついているものの、守るべきところはしっかりと守っていた。
さすがに訓練された王都の騎士団というだけのことはある。
「ここまでか……」
メイファがらしくない弱気な言葉を口にする。
「……また俺は大事な人を失うのか?」
もう時間もない。
大量の兵士たちに包囲されてしまっては脱出自体が不可能になる。
焦燥と無力感が交互に押し寄せる。
「くそっ……!」
拳を握りしめる。
なんとか踏ん張って抵抗したかった。
でもどうすればいいかわからない。
「本当にもうダメなのか。なにか手はないのか!」
怒りなのかなんなのか、よくわからない感情とともに俺は兵士たちに突撃しようとした。
作戦などなにもない玉砕覚悟の無意味な突撃。
そんな状況の中、スラム街の方から大きな声が上がった。
「おぉーい、こっちだー!!」
声の方を見ると、スラムの人たちが兵士たちの背後から集まってきていた。
みな武器を手に声を上げ、戦いの装いを見せている。
「先生にはいつも助けてもらってんだ! 今度はこっちが助ける番だ!」
「フガフガ、騎士団がなんぼのもんじゃ!」
「壁だ! 壁になるもん持ってこーいッ!」
「天空神ノトゥス様のご意思はミリエル様とともにある! みな団結するときです!」
ミリエルを助けるためにスラムの皆が駆けつけてくれたのだ。
思わぬところからの天の助けだった。
「み、皆さんダメです! 手を出しては――!」
「何言ってんだ。先生にはこれまで数え切れねえぐらい世話になってんだ! みんな先生を助けたくて勝手に集まってきたんだぜ!」
「このババの老い先を長じてくれたのはミリエル殿のおかげじゃ。ここで死んでも悔いはせぬ!」
スラムの人々の数は兵士たちを上回っていた。
周囲はすぐに兵士と人々が入り混じっての乱闘騒ぎになる。
「ウオォォーー!!」
「妨害者を捕らえろ!」
「駄目です! 勢いが強くて抑えられませんッ!」
数の力に徐々に押され始める兵士たち。
俺とメイファもスラムの人々に加わる。
「押せぇー! もう少しだ!」
「くらえっ! 砂埃アタック!」
「ぐああっ! 目があ!」
埃っぽいスラムの土で目つぶしをして兵士たちを撹乱する。
無論、普段暮らしているスラムの人たちはこの程度慣れっこだ。
俺の妨害工作を見てスラムの人々も鉢植えやら水瓶やらを次々に投げ込む。
「うえっ! この水くせえ! 腐ってるぞ!」
「ええい押すな! 前が見えん!」
「あぁ~、目がぁ!」
土煙が上がり命令系統が混乱する中、スラムの人たちが一挙に押し寄せミリエルを兵士たちから引き剥がした。
「みなさん、本当にもうなんて無茶を……」
「いいってことよ。それより先生ははやく隠れな」
ミリエルの身柄は兵士たちの手からスラムへと奪還された。
ミリエルは呆然としていたが、みんなに促されてスラムの人々の後ろへと引き込まれていく。
「よかった。これでミリエルだけでも……」
自分のことはもう諦めた気になっていた。
このあと兵士たちに捕まって極刑だろう。
俺もメイファもこのケガではもう逃げきれそうもない。
せめて笑って見送ろうとしていた。
「おい、何やってんだ! アンタたちもはやくこっちへ!」
そんな風に考えていると声がかけられた。
どうやらスラムの人たちは俺たちのことも助けてくれるみたいだ。
顔を見合わせ、急いで兵士たちをすり抜けてスラムの人々の中に紛れ込む。
「すまない。恩に着る!」
「先生のこと、頼んだぜ!」
スラムの顔なじみと固い握手を交わした。
今までのどんな握手よりも嬉しさを感じる握手だった。
「……これが信頼ってもんなのか」
「くっ……待てッ!」
感慨にふけっていると、兵士たちの後ろからこちらに怒気をはらんだ声がかけられた。
満身創痍で剣を支えに足を引きずるヒルデだった。
ヒルデは鬼の形相でこちらを睨んでいた。
「逃がしは……逃がしはせぬ! 私は失敗するわけにはいかないのよッ!」
鬼気迫る表情のヒルデ。
だが、それまでだった。
あんな状態で俺たちを追いかける力などもはや残っているはずもない。
「じゃあな。もう2度とは会いたくないもんだが」
「必ず……必ず私の手で捕まえてやる! 首を洗って待っていろ!」
歯噛みするヒルデを尻目に、俺たちはスラムの人々に導かれながら難を逃れたのだった。




