14話 特務部隊の剣士【改訂】
一夜が明け、俺たちは日のあるうちは霧を使ってひたすら逃走劇を演じた。
そして夕闇が迫る頃になると、また闇に紛れて隠れ潜みながら移動する。
途中からは俺がミリエルを抱え、メイファが道を先導するような役割になっていた。
そんなこんなでどうにか逃げ延びていた。
「しっかしうまく考えたもんだな。俺たちでミリエルを誘拐するなんて……」
「妙案であろう?」
これなら名実ともに悪者は俺たち2人ということになり、教団がスラムの人たちに手を出すことを避けられる。
ミリエルを連れ出すにはこの手しかなかったと思う。
「まあそのおかげで教団だけでなく騎士団やスラムの人にまで追われる羽目になったわけだが……」
「どのみち追われているのじゃ。人数が増えたところで大して変わらぬ」
当のミリエルはというと、さっきから拗ねて「むぅー」という鳴き声を発するばかりだった。
「なんだ、まだ怒ってるのか?」
「当然だよ。こんな風に強引に人を連れ出したりして。はあ……あの騒ぎで誰か怪我してたりしないといいけど」
「スラムの連中ならたくましいから大丈夫さ」
時折こんな風に話しながら、入り組んだスラムの闇夜を人目を忍びながら移動していた。
すると、先導していたメイファが急に足を止める。
「むっ、2人とも待て。足音じゃ」
ザッザッザッ……と重苦しく規則正しい足音が響く。
「騎士団の兵士か。向こうの荷物の影に隠れよう」
「ほれ司教殿、遅れるでないぞ」
だが兵士たちは通りの中央で足を止め、なにかを宙に描き始める。
描かれたそれは白い光を放ちながら複雑な紋様を形成し始める。
「あれは……! まずい、魔法陣だ!」
「なに!? もしや探知魔法では!」
白い光が魔法陣に形を変え、魔法が発動する。
「生命探知」
一瞬にしてあたり一帯が淡い光に包まれる。
その光に触れた俺たちと兵士、それに通りにいた猫の姿が夜闇に浮かび上がった。
「いたぞ! あそこだ!」
「なるほど……生き物だけを浮かび上がらせる魔法ってわけか」
「感心している場合ではないぞ!」
一目散に兵士たちとは逆方向へ走り出す。
しかし――。
「ミリエル司教と誘拐犯だな。一緒に来てもらうぞ」
別の兵士たちに道を塞がれてしまった。
「致し方あるまい。クロウよ、急いで無力化するぞ」
「ああ!」
目の前の兵士は5人。
この間戦ったサルコジとは違い、一般の兵士たちのようだ。
ふぅーっと軽く息を吐く。
傷もほぼ治っているし、この分ならまったく問題ない。
スラムでの心休まる日々は本当に短かったなと、心のなかで愚痴をこぼす。
人生とは苦難の連続なのだろうか。
「ミリエルは下がっていろ」
「う、うん」
重い甲冑を引き摺りながら繰り出される騎士剣の横薙ぎを距離を取って難なく躱す。
すぐに踏み込んで顔へのフェイント。
伸び上がった身体を足払いで地面に叩きつける。
「ぐあっ!」
「足元がお留守ですよっと」
そのままステップを切って後ろ回し蹴りで2人目を吹き飛ばす。
最後、剣を振りかぶっていた3人目を素早く拳で突き飛ばすとそのままヨロヨロと後ろに倒れた。
「がはっ」
「ぐっ……」
「まったく、他愛ねえな」
横を見ると、メイファの方も2人の兵士がすでに地面に横になってのびていた。
「コイツら、恐ろしく速いぞッ!」
「応援を呼べ!」
俺たちの後ろから追いかけてきていた兵士がその一部始終を見て、仲間の1人に応援を呼ばせた。
俺はメイファと見合い頷きあう。
「よし、走るぞ!」
「うむ。こっちじゃ」
俺はミリエルの手をしっかりと掴んで駆け出す。
だが、ミリエルの足がもつれた。
「ま、待ってよクロウ。僕もう足が……」
仕方ない。
俺はミリエルを抱きかかえると先導するメイファを追いかけた。
「ここなら隠れられそうじゃ」
メイファに促され、人気のないあばら家に駆け込み息を殺す。
また魔法を使われたらすぐに見つかってしまうだろう。
「このまま魔法で探されると厄介だ。どうする?」
「外への抜け道でもあればよいが……」
この後向かう場所も王都から逃げるための算段も何もない。
俺たちはその場しのぎで逃げているだけだった。
俺とメイファだけなら王都から脱出するのは造作もない。
だが、ミリエルを連れてとなるとかなり難しい。
このまま逃げ続けていてもジリ貧だ。
いずれは捕まってしまう。
こうなればもうどこかの門を無理やり突っ切るしかない。
「一番近いのは西門か……」
「強行突破か。一か八かじゃが、それでもよいのか?」
メイファとはこの強行突破プランについては昨日の夜に話し合っていた。
「正直勝算は低い。だが他に手がない」
「西門ならこのままスラム街を西へと突っ切ればよいな」
「ああ。包囲される前に全力で駆け抜けよう。スラムの道は入り組んでいるから必ず抜け道はあるはずだ。
問題は門を破れるかどうかだが……」
たくさんいる兵士たちをやり過ごした上で閉じられた門をどうにかこじ開ける。
鍵と閂がかけられた門を開くには、15秒……いや20秒ほどは必要になるだろう。
「門の前の兵士を無力化して鍵を奪い取り、鍵を開け、すべての閂を外して門を開け放つ。
一連の動作が淀みなく行えたとしても、最低でも50秒か1分近くはかかってしまうだろうな」
その間ミリエルを守らなくてはならない。
そうなると俺とメイファのどちらか一方が門を破り、もう一方がミリエルを守りながら戦うことになる。
無論、想定外の事態が起こる可能性などいくらでもある。
「……よし、俺が門を破る。その間メイファはミリエルを守っていてくれ」
「本当に良いのだな?」
俺は決心を固めた。
念を押すメイファに「ああ!」と力強く返事をし、不安そうなミリエルを勇気づけた。
ミリエルも「こうなってしまったからにはついて行くよ」と覚悟を決めたようだ。
兵士たちの声が至るところから聞こえてくる。
声がしない方向を選んで建物の中を通り、天井を伝い、道なき道を走り抜ける。
夜闇の中を西門へと近づくにつれて、スラムの様子は不気味な静寂に包まれつつあった。
◆
西門はもうすぐ目の前だ。
兵士たちの探し回る声は、ここに来てほとんど聞こえなくなっていた。
もしや西門にはあまり兵士はいないのでは、という甘い考えが頭をよぎる。
しかし、そんな俺の考えはすぐに打ち砕かれることとなった。
「そこまでね!」
「……誰だ!」
不意にかけられた声に反応し、俺たちはその場に急停止する。
停止した瞬間、目の端がなにか動くものを捉える。
次に剣閃が鼻先をかすめた。
「うわっ!」
止まっていなければ、無事では済まなかっただろう。
剣先が掠めた頬から血が一雫流れ落ちる。
「……外したか」
あたりが急にぱっと明かりで照らされる。
すると斬りつけてきた女剣士と隠れていた兵士たちの姿が浮かび上がった。
「まじかよ……」
「退路も塞がれたようじゃな」
明かりで照らされた周囲の様子に驚かされた。
西門の前には多くの兵士たちが整然と列をなして待ち構えていた。
甲冑の音や息遣いをこちらにまるで感じさせなかったほどの一糸乱れぬ統率だ。
俺たちの背後にも、周辺に隠れ潜んでいたであろう兵士たちがぞろぞろと出てきて隊列を組んでいた。
俺たちの動きはどうやら読まれていたようだ。
まんまと罠に誘い込まれてしまったらしい。
「あら残念、袋の鼠ねえ。もう逃げ場はないわ。おとなしく司教を解放なさい」
兵士たちの中央にいるドレス姿の女性が、お立ち台からこちらを見下ろしながらそう告げた。
腰に刀身の長い剣を差している。
あれがおそらくこの場の指揮官だろう。
先ほど俺に斬りつけてきて今も油断なく剣を構える女性もまだすぐ近くにいた。
こっちは短パンと胸当てにシャツ、マントという質素な出で立ちだ。
持っている剣はおそらくスティレットだろう。
「戦うしかないが、なかなかの強敵のようじゃぞ」
「後ろの兵士を突破してスラムに戻るというのも考えられるが……」
「いや、戦っている間に背後を突かれて終わりじゃろう」
「そうだよなあ」
2人とも発する気配からかなりの実力であることが見て取れた。
横あいから不意に斬り込んできた剣を俺が避けられたのは、もしかすると抱きかかえるミリエルを傷付けまいと反応したからかもしれない。
そう感じるほどに動きが機敏だった。
教団はミリエルを暗殺する気だが、騎士団はミリエルを救出することが目的のようだ。
騎士団に捕まれば俺とメイファは処刑されるだろうが、ミリエルは保護してくれるだろう。
だが暗殺組織がはびこる場所で保護されようが生き残れる保証はまったくない。
一口に暗殺と言ってもいろんな手段がある。
組織で訓練を受けたからこそ、たとえ王城の中であってもミリエルの暗殺がいとも簡単に行えることがわかってしまう。
なんとも皮肉なものだ。
俺はミリエルの首筋に刃を突きつける。
「司教の命が惜しければ黙って通してもらおうか」
「あら、心外ね。私はどっちでもいいのよ。たかが司教の1人や2人、困るのは政治屋たちよ」
「くっ……」
十中八九詭弁だとは思うが確証がない。
もはや戦闘は避けられそうになかった。
「やるしかないぞ、クロウ」
「ああ、わかってる」
ミリエルを守るように俺とメイファが戦闘の構えを取ると、ドレス姿の指揮官も軽装の剣士に指示を出した。
「アニカ、やっちゃって」
周囲の兵士たちは俺たちを取り囲んだまま微動だにしない。
軽装の剣士だけで戦うつもりのようだ。
「騎士団特務部隊所属、アニカ=フォルクローレ。参る」
俺はミリエルに動かないように指示し、目の前の相手を睨む。
スティレットは手強い武器だ。
だが、刺突武器というのは突き刺したあと次の攻撃に移るためには抜く動作が必要になる。
勇気を持って挑めば必ず隙はある。
「……致命傷さえ避けられれば!」
俺はアニカと名乗った女性剣士に向かって踏み込む。
だが、相手はその場を動かずにスティレットを持った右手を頭の上に掲げた。
「甘いな」
アニカは右手のスティレットをこちらに投げてきた。
そして、軽快な動作でこちらへと踏み込んでくる。
「スティレットが……3つ!?」
アニカは懐からもう1本スティレットを取り出している。
全部で3本。
投げられたスティレットとともに、両手にスティレットを持って突撃してくる。
3本のスティレットによる間断のない突き、突き、突き!
俺は防戦するのがやっとだった。
「遅い!」
「ぐあっ!」
メイファが横合いから斬り込みなんとか相手を後退させる。
腕にはいくつか相手の剣先で受けた裂傷ができていた。
俺は腕をかばいながら、距離を取って仕切り直す。
投げ物のスティレットには糸が括り付けられていたようでアニカのもとに帰っていった。
「クロウ、大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
そこにドレスの指揮官の方にも動きがあった。
ドレスの女性の前に紫の光の奔流が現れる。
「まずいぞ! 魔法が来る!」
「くっ! 霧隠れ!」
メイファは狙いを付けさせないようにすぐさま霧を展開する。
俺たち3人とアニカの姿が霧の中に隠れる。
「目くらましね。人質を傷つけまいとして魔法をためらうって算段かしら?」
「それだけではないぞ!」
メイファはそのままドレスの魔法剣士の方へと向かっていった。
「ふぅーん。私の相手はあなたというわけね、可憐なお嬢さん。後悔させてあげるわ!」
メイファと魔法剣士の方で雷の閃光が迸る。
メイファの無事が気にかかるが――。
「あなたはこっち」
「くっ……!」
またもやスティレットを投げて突撃してくるアニカ。
俺たちは2手に分かれて戦うこととなった。




