パトロール
想造祭三日目。
今日はパトロールをするそうだ。
母のはそろそろちゃんと仕事しないとマズイ、と言って本部に飛んでいった。
訳あって今は一人で行動している。
祭りを楽しむという雰囲気ではなく、真剣な気持ちでパトロールを行っている。
流石に隊服ではなく、私服だがお祭りに来た子供には見えない。
実は、朝から岩本さんから大事な話を聞かされたのだ。
「想造祭という名前からも分かるように、この祭りは想造力と関係がある。
何故なのかは分かっていないが、この期間は想造力への覚醒者が急増する期間なのだ。
現に、今年も既に複数名の覚醒を確認している。
SOEFは覚醒者を保護する目的で作られた組織なのだ。
真理さんは趣味と言っていたが、活動期間が短いだけで組織としては認められている。
まぁ、恐らくは…」
岩本さんと目が合う。
「ともかく。今年は特に覚醒者の数が多い。
普通、覚醒者は軍にすぐ確保される。ほぼ誘拐だ。
ただ、隠蔽されるから表には出てこない。
この状況から覚醒者を救おうとしている組織がSOEFだ。
一時的に保護をし想造力について学ばせた後、社会で生きるか、軍で生きるかを選ばせる。
他の軍団も覚醒者を血眼になって探しているだろう。
想造力持ちは軍団の勢力の大幅な上昇になるからな。
祭も覚醒者を一か所に集めるための口実だ。
SOEFとして保護することができれば、被害者を少しでも減らせる。
だから、今日は覚醒者の痕跡を探してパトロールだ。」
SOEFの活動は軍と真っ向から敵対しているようだ。
もし岩本さんではなく、他の軍団に見つかっていたら、と不安になる。
そういえば…
「昨日はパトロールをしていませんが大丈夫だったのでしょうか?」
気になるところだ。
訓練など想造祭が終わってからでもできたはずだ。
パトロールを優先させるべきではなかったのだろうか。
「昨日は真理さんがいたからな。
真理さんは想造力で、異空間を通した監視ができる。
この街で想造力を使用したらすぐに真理さんにバレる仕組みだ。
場所も時間も全てな。
そして、その監視に引っかかったのは今のところ、お前達二人だけだ。」
母はちゃんと仕事はしていたようだ。
この街全体の監視を一人でできるなんて便利すぎる。
「それで、今日はお母さんがいないから、パトロールをすると…」
「その通りだ。反応があれば真理さんから連絡は来る。だが、正確な場所までは分からなくなってしまうそうだ。大体の場所ぐらいは分かるらしいから、あとは足で探すことになる。」
「それなら、三人で分担するか?」
岩本さんは少し考えてから
「そうだな。俺は北と東の方向を担当しよう。三ヶ里は西。天菜は南を担当してくれ。それと…」
岩本さんはポケットから透明なキューブを取り出した。
「『真理ボックス』だ。これを通じて真理さんから連絡が来る。」
名前が恐ろしくダサいが、今言うことじゃないだろう。
「それでは、18:00までパトロール任務をするように。その後、SOEF本部で点呼を取る。反応があれば想造者を探し出し、連絡及び制圧を試みろ。万が一勝てないと判断したらすぐに逃げろ。以上。」
そうして、初めての任務は始まった。
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突然だが、この街の名前は神明町という。
そして町の南には神明川という大きな川が街を南北に分けるように流れている。
かなり南寄りに位置しているので綺麗に街が二分されているわけではない。
天菜はこの川を渡り、南側のパトロールを開始する。
ちなみに、SOEFや天菜の家は街の南西部、神明川の北側に位置している。
「はぁ、連絡って言ってもねぇ…」
私は『真理ボックス』を手に取る。
「振動でもするのかなぁ。」
その時、『真理ボックス』が光った。
「わっ!これが反応!!?」
いきなりきた。
急いで周りを見渡す。
周りの人間に違和感は感じられない。
「”加速”みたいに分かりやすい想造力じゃないのか。それともこの近くじゃないのか。」
ああ、わかりずらい。
とりあえず連絡をしよう。
「こちら天菜!神明川南側中流地域にて反応あり!」
事前に支給されたトランシーバーで連絡をする。
「こちらに反応はない。応援は必要そうか?」
「こっちも反応ないぜ。一人で大丈夫かぁ?」
どうやら二人とも反応がないそうだ。
つまりは想造者はこの近くにいるということ。
「探す、かぁ…」
この辺は高いビルが乱立している。
見通しが悪く、ここから人の姿は見えない。
となると、探すなら高い所からだろうか。
「”加速”!!」
平面方向ではなく、上方向への加速。
初めてだったが、問題なく成功した。
「よっと。」
ビルの屋上に着地する。
結構高い。
辺りを見回してみる。
異常現象や混乱などは発見できない。
「うーん…まず人が少ないんだよなぁ」
想造祭は基本的に川の北側で行われている。
その上、オフィス街なので、休日である今日はどの会社も休みである。
川の北側と比べ、こちら側は静まり返っているのも当たり前であった。
「外にいるのは...公園に寝ている男の人、犬の散歩している女の人?と、歩いている男の人…ぐらいか。」
どうせ人数も少ない。
全員、話しかけてみればいいだろう。
寝てる男は後回し、雰囲気的には一番怪しいが。
先ずは女の人に話を聞いてみよう。
犬を連れているからか歩くのが速く、見失いそうだ。
ビルから路地裏へ飛び降りる。
重力に逆らいながら上向きに”加速”をする。
”加速”の威力を調節すると、ゆっくりと落下することができる。(できた)
目の前の大通りを例の犬を連れた女の人が通るのが見えた。
少し仕掛けを施す。
路地裏から出て声を掛ける。
「こんにちわ。この辺りで怪しい人を見ませんでしたか?」
「こんにちは…いきなりどうしたんですか…って」
ビルの上からだと分からなかったが、私と同い年ぐらい?の少女だった。
大きなつばのついた白い帽子をかぶり、白いワンピースに身を包んだ、the お嬢様って感じの服装だ。
ん?あれどっかで…
「あの、もしかして2組の鹿島さん…?」
「えっ!あっ!そ、そうです…」
「私は、3組の坂元リリスよ。こんな所でお会いするなんて奇遇ね。それで…怪しい人?は見てないわ。」
「そ、そうですか。すみません、いきなり変なこと聞いちゃって…」
「鹿島さんって面白い人なのね。」
「へ?面白い?あっ、確かにこんなことを聞くなんて可笑しかったですよね。」
「それもそうだけど、いきなり路地裏から出てきて話しかけてくるところとかも。なにか楽しそうなことをしているんじゃなくて?」
やば、見られてたか。
「いやぁ、実はこの辺で財布を入れたバックを落としちゃって、通った道を探してたんですけど、見つ
からないから、もしかしたら持っていかれちゃったかなぁ、なんて思って、たまたま通りかかった人がいたので、誰か見てないかなぁと聞こうかと。」
言い訳をしようと長ったらしい説明をしてしまった。
噓をつくのは慣れていない。
バレないといいな。
「あら、そうなの。大変ね。ねぇ、エル。」
「ワン!!」
飼い犬が元気よく返事をした。
エルと言う名前らしい。
かなり大型の犬だ。
「可愛いですね。」
「そうなのよ。この子、私のいうことなら何でも聞いてくれて。ほら、あの木の枝までジャンプして。」
リリスが街路樹を指差す。
人語で命令されてわかるものなのか?
「ワンワン!1」
二吠えすると、エルは街路樹の枝に向かってジャンプをした。
タッチするとかじゃない。太い枝に飛び乗った。
私の身長(165㎝)を優に超える程の大ジャンプだった。
こわ。
犬ってこんなに飛べるんだ。
「よくできましたぁ。」
そう言ってリリスがエルを撫でている。
「凄いですね。ちなみに、なんて言う犬種ですか?」
「…さぁ、わからないわ。その辺に捨てられていた子だもの。シベリアンハスキーとかの血が混ざっていそうって獣医さんは。」
確かに見た目はハスキーっぽい。
お嬢様っぽいから血統書付きの犬かと思ったら違ったようだ。
「ところで、鹿島さん。」
「なんでしょう。」
「ポケットが光っているわよ?」
え?
「あっ!お財布につけてたGPSが反応してるみたい!近くにあるのかも!探してきます!」
そう言って走り去る。
「お気を付けて~!また、学校で。」
後ろから聞こえるその声に後ろ手を振って応える。
リリスは想造力を使ったような感じはしなかった。
ということは、後の2人のどちらかだろう。
急いで歩いていた男の人のところに向かっていたとき、連絡がきた。
「こちら、三ヶ里。反応があった。広場から見て西北西方向。SOEF本部から北に行ったところの商店街だ。」
「天菜、応援はいりそうか?」
「いいえ、こちらは人の数が少ないので、対象を三人まで絞り込めています。問題ありません。」
「そうか、ならば私は三ヶ里の方に応援にいこう。」
「そうっすね。正直、この人混みの中から見つけるのは骨がいくつ折れても足りないっすわ。」
「すぐに向かう。」
こちらも速く見つけて三ヶ里の応援に行こうか。
と、独り言を言っていると、いた。
二人目。
下を向き歩いている男性。年齢は30~50歳ぐらい?
後ろ姿なので、わからない。
サラリーマンのようだ。
「こんにちは。今日はお仕事ですか?」
「こんにちは。そうだよ。」
顔を見るとこれぞ社畜!という顔をしていた。
疲れ切った眼をしている。
40代後半に見えるが、顔の疲れをとってみれば30代半ばといったところか。
「そうですか。それは大変ですね。ところで、この辺で不審者を見かけませんでしたか?」
「見てないね。いや、いたのかもしれないけど、地面のレンガの模様しか見てなかったから…」
あー。この人じゃないな。
勘だけど。
なんというか、想造力を使うためのそもそものエネルギーが残っていないような気がする。
「そうですか、ありがとうございます。気を付けて歩いてくださいね。足元ばっかり見てると、後ろから包丁刺しちゃいますよ。」
「ああ、そうかい。」
「…冗談ですよ。あっそうだ、名前聞いてもいいですか?」
「上前湊だけど…」
「いい名前ですね。それじゃ、お大事に。」
この人にはもう冗談を冗談として理解する力も残っていないようだ。
いい名前というのもテキトーに言っただけだが。
顔と名前があれば後から特定するのも容易い。
私はさっさと公園で寝ている男の下に行くことに決めた。
「包丁を刺される…か。ははは。あはは。ふふふ。はーっはっはは!」
なんか後ろから、気色悪い笑い声が聞こえてくる。
何がツボに入ったか分からない。
心が壊れてしまっているだろう。
正常な判断能力がないと思われる。
変な奴だ。
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公園についた。
例の男はまだ寝ている。
顔を新聞紙で覆い、ベンチに寝転んでいる。
「こんにちは。お昼寝中ですか?」
男は新聞紙を少し上げ、こちらを睨んできた。
50歳前後だろうか。
絵に描いたようなダメ人間といった風貌である。
「ん?あぁ。邪魔しないでくれ。」
そう言うと新聞紙を再び顔に被せる。
「せめて、お名前だけでもお聞きしたいんですけど…」
返事はない。狸寝入りだ。
会話すらしたくないということか。
まったく、社交性のない奴だ。
こんな美少女が話しかけてやっているというのに。
だが、この男でもない。
実は、天菜は三人に質問をするとき、相手に微弱な思考の”加速”を施していた。
想造力を持つ人は無意識でも他人の想造力に抵抗できる。
自分のイメージが相手のを上回ると想造力を無効化できるからだ。
例えば、私が岩本さんの思考を”加速”しようとしても、岩本さんのイメージに阻まれ、”加速”させることができない。
相手の体に変化を与える効果は特に抵抗されやすい。
いつこんなことを知ったのかって?
三ヶ里が岩本さんに対し、思考の”減速”が出来なかった理由を質問していたのを盗み聞きしたのだ。
対人訓練の後に三ヶ里が聞いていた。
まぁ、ならなんで母が三ヶ里の想造力に抵抗できなかったのか、という別の疑問が生まれたが母に聞いても答えてくれなかった。
ともかく、質問をした三人とも思考の”加速”に対し、何の抵抗もなかったということは、想造力を持っていない、覚醒していないということになる。
「逃した…」
既に『真理ボックス』は反応を示していない。
このおじさんにも、あの社畜にも、あの少女にも反応はなく…
「あれ?たしか、リリスと喋った時には反応が…」
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想造祭三日目。
想造力を持っているのはだれか!?
きりのいいところまで書いたら長くなってしまいました。