対人訓練
一時間後、三ヶ里が帰ってきた。
「遅かったじゃない。」
「いや、5㎏もお肉売ってるような場所なんてないんで…」
一体、何件”はしご”したんだか。
いろんな柄のレジ袋を持っていた。
「まあいいわ。焼く準備はできてるの。早く持ってきてくれる?」
もう我慢の限界のようだ。
というか、私もなのだ。
早くして欲しい。
「おい、俺に想造力を使おうとすんな。」
おっと。
制御ができていなかったか。
私と同様、三ヶ里にも私の能力は効かないようだ。
しかし、三ヶ里以外に発動したら面倒だな。
「さぁ!焼くわよ!」
三ヶ里は私の隣に座った。
ソファーの前の机には焼肉用のプレートが置かれている。
そこに母が肉を置いていく。
というか、ここで焼肉しちゃっていいんだろうか。
この机もソファーも高そうなのに。
ま、ここは母の作った空間と言っていたし、問題ないのだろう。
さて、私もセセリを…
…????
「セセリがない…」
「は?セセリ?なんだそれ。」
「鳥のお肉だよ。お肉の中で一番美味しいの!!まさか買って来なかったの!?」
「いや、そんなの知らねぇし…」
許せない。
言わなくてもそのぐらい分かって欲しかった。
「あらあら、三ヶ里?センスが無かったようね。」
「おい。ところでタンはどこだ??」
「え?いや、タンって舌のことでしょう?舌なんて食べるんすか?」
え?噓でしょ??
「三ヶ里、あなた…」
「…」
「あんた!!焼肉したことないんでしょ!!!!」
こいつ、マジで許せない。
もはや、怒りを通り越して呆れてしまう。
私だけでなく、母や岩本も呆れている。
いや、呆れすらも通り越して、私が買って来れば良かった、という後悔をしている。
「うるせぇ!焼肉ぐらいしたことあんだよ!!」
「なら、何喰ってたのよ!!」
「は?そりゃ肉だが?」
「だから、その肉の部位を聞いているの!!」
「部位って…ブタニクってやつだよ」
「「「 それは部位じゃない(わ)! 」」」
三人のツッコミがハモった。
「しょうがないわ。この馬鹿里には今度、焼肉の何たるかを教えてあげましょう。」
「バカって…」
「ほら、そろそろ焼けるぞ。」
「いただきます。」
こうして、焼肉が始まった。
どうやら、三ヶ里は分からないなりに、「A5ランクの肉をくれ」と店員に聞いて買っていたようだ。
最高級の黒毛和牛のお肉だった。
お肉自体は文句が出ないほど美味しかった。
いや、でも、あの…
「多い…」
美味しいものでも食べすぎると気持ち悪くなってくるものだ。
「もう限界か?」
「はい…ちょっと食べすぎちゃったみたいです。」
「お、俺も…」
「そうか、ならば残りの肉を焼いていけ。」
「え?まだ半分以上残ってますけど…」
「私もあと少し食べれば満腹だがな。」
岩本がチラッと母の方に目線をやる。
「みあぁ~~もいひいわねぇ~~」
なんて言ってるのかは分からない。
…もしかして、岩本は母がこの量を全部食べると言う気だろうか。
「ほら、早く焼かないと間に合わないぞ。」
さっきまであんなに焼かれていた肉がほとんどなくなっている。
私と三ヶ里は急いで肉を焼く。
結局、食べてる時間よりも肉を焼いている時間のほうが倍近くあった。
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私はSOEFに泊まることとなった。
何か起きた時に対処しやすいから、だそうだ。
母もいるし、不安に思うこともない。
この建物の六階が仮眠室となっているらしい。
母とエレベーターに乗り込む。
私の母はいつからこんなことをしていたのだろうか。
母と二人きりになると、ふと思った。
小学校のころに両親の仕事について調べる授業があった。
母は「公務員よ」と言っていた。
でも、それ以上は答えてくれなかった。
それ以降は気にも留めていなかったが、今思えばその時からずっとなのだろう。
もう少し母に関心を持っていた方が良かったのかもしれない。
今後の反省だ。
などと考えていると六階についた。
「広い…」
仮眠なんてもんじゃない。
まるでホテルの一室ような部屋なのである。
なぜ、家よりも良いベットなのか。
「そこにお風呂があるから、先入っちゃて。」
お風呂もあるのか。
水回りはどうしているのか疑問ではあるが、ありがたい。
湯船もあったが、もう眠いのでシャワーだけで済ませた。
パジャマも用意されている。
至れり尽くせりだ。
着替えてすぐにベッドにダイブする。
「ふかふかだぁ…」
それがその日、最後の思考であった。
一日の疲れが一気にきて、気絶するように眠ってしまったのだ。
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翌朝。
想造祭二日目。
今日は何をするのだろうか。
今日も動くことにはなるだろう。
動きやすいように髪をゴムで括り、顔を洗う。
二階に行くと母がいた。
「おはよう。天菜。」
「おはよう。お母さん。」
机の上には目玉焼きと食パン。
目玉焼きの下には焼かれたハムがくっついている。
いつもの朝ごはんであった。
「いただきます。」
無感情に食べ進める。
平日はいつもこのメニューだ。
毎日食べても飽きはしないが、美味しいという感情は出てこなくなっていた。
ただただ、毎日のルーティーン。
ま、朝はその方が楽でいいのだが。
母はもう食べ終えているようだ。
部屋中に何やら、スプレーをしている。
…昨日の焼肉の匂いが気になったのだろう。
私が朝食を食べ終えると…
ガチャ
ドアが開いた。
「おはようございます。」
「おはようござーす。」
岩本が三ヶ里と共に入ってきた。
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朝食の皿を片付け(いつの間にか部屋の一角に台所ができていた。)終えるとソファーに座る。
「さて、今日は対人戦闘の訓練だ。その中で想造力の制御も学んでもらう。」
「もちろん、今日一日で習得できるとは思ってないわよ。想造力で遊ぶぐらいに思ってくれていいわ。」
母が私に言う。
「ああ、それで問題ない。三ヶ里も想造力について見つめ直す機会だ。」
それだけ話すと岩本が席を立つ。
早速、エレベーターに乗り込む。
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「さて、今日の対人訓練は私と戦ってもらう。」
と岩本がスーツの上着を脱ぐ。
「武器は好きなものを使ってもらって構わない。」
エレベーター横の小部屋を指差す。
「銃でもいいのか?」
「ああ、ここにある程度の武器では私に傷一つ付けられない。」
「ふふふ、岩本はね、自身に危険物が近づいたら自動で発動する”壁”、を使えるの。」
そんなの対人最強なのではないだろうか。
銃だってあるのに「傷一つ付かない」と豪語できるのだ。
弾丸を止める障壁を上回る威力を人間が出せるわけない。
「私に自動障壁を発動させたら勝利だ。」
ああ。なるほど、岩本さんの意表をついて、最終手段を出させたら勝ちということか。
面白い。本当にゲームみたいだ。
「さぁ、早く武器を選んでかかってこい。」
なんか、昨日会った時より生き生きとしている気がする。
クールなイメージだが、意外と戦闘狂な部分があるのかもしれない。
それはそうと、武器だ。
大型の武器は無理だ。
重すぎると動けなくなってしまうだろう。
日本刀も実はかなり重い。
小型なら拳銃とか?
でも速い動きの中で狙いを定めるのは難しい、と諦める。
無難そうなナイフにしておいた。
二刀流でいこうと思う。
今日は初日だし、簡単な武器の方がいいだろう。
「武器は選べた?制限時間は三十分!!それじゃあ、ゲーム開始ぉ~!!」
母の合図で対人訓練が始まった。
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三ヶ里はリボルバー型拳銃にしたようだ。
早速、撃っている。
だが、全て岩本の”壁”に阻まれている。
私は能力を発動するために集中する。
「私は速い!」
自己暗示
昨日よりも上手くできた。
周りの動きが遅く見える。
三ヶ里の弾丸もトンボ並みの速さに見える。
ーーああ、これが”思考の加速”か。ーー
この中なら岩本にもナイフを当てられそうである。
ダッシュで近づこうとする。
しかし、進まない。
ーーなるほど、身体は通常の速度なのか。ーー
私の走る姿を想像する。
ダッッ!!
弾丸よりも速く、私の体が進む
…ことはなかった。
全力で進んでも弾丸の半分程度。
ーー思考が早すぎるのか。ーー
想造力には絶対量があるようだ。
そのリソースを”思考”と”身体”の加速に上手く割り振らなくてはならない。
思考の減速
身体の加速
難しい。
今度は身体の方が速く、制御ができない。
一旦止まって、”思考”にリソースを全て割いてみる。
想造力は万能の力と昨日聞いた。
イメージさえあれば、母や岩本の”空間”や”壁”すらも使うことができる。
ならば、想造力で私自身を変化させてはどうだろうか。
私が初めて使えた能力。
それは”思考の加速”。
無意識で使えた。
おそらく、想造力で最も簡単な操作が”自身の変化”なのだ。
だから…
『私は想造力を完璧に使える』
頭の中がスッキリする感覚がした。
思考に全て割いていたリソースを身体にも再び分け与えた。
ーー完璧!ーー
きれいな能力の分配である。
実験的思いつきは成功。
弾丸よりも速い身体を難なく操作できる。
ナイフを持ち、岩本に向かって行く。
岩本が驚いたような顔をする。
おかしい。
次の瞬間。
私は壁にぶつかった。
”加速”も解けてしまった。
なんで、今のに反応できたんだ。
「驚いた。二日目でここまで想造力を使いこなせるとは。」
こっちも驚きだ。
絶対に反応できない速さで突っ込んだはずなのに反応されてしまった。
「次こそは…」
再び、”加速”を行う。
今、分かったこと。
私では岩本に一撃も与えられない。
完全な不意打ち。
それも、想造力を完璧に使いこなした状態で。
この好機は二度とない。
だから次の手だ。
想造力は他者へも影響を及ぼす。
カフェで学んだことだ。
「加速しろ!」
私は三ヶ里の思考を”加速”させた。