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天使の反乱~地上編~  作者: ますっす
目覚めの章
1/12

天使の目覚め

今日の夕飯は豪華になるだろう。

祭りに出掛ける準備をしつつ、私”鹿島(かしま)天菜(てんな)”は溢れ出すよだれを飲み込む。

なにせ、街中がお祭り騒ぎなのだ。

いくらケチな母といえども、財布のひもが緩むというものである。

今年の祭りは例年にまして大規模なものとなっていた。

毎年、1月の5~7日までの三日間に開催される”想造祭(そうぞうさい)”という祭りである。

この街全体が祭りの会場であり、全国から人が集まってくる。

家の前の道路にも屋台が立ち並び、楽しそうな声が外からきこえてくる。

今年は創暦(そうれき)100年の記念として、国からの予算が大量に出され、祭りも1日延長して8日まで行われる予定なのだ。

百年ほど前までは”セイレキ”という暦の数え方だったようだが、百年前の大規模な戦争の後に行われた国

際会議で”セイレキ”を廃止し、新たに”創暦”が用いられるようになったそうだ。

もっとも、”セイレキ”はヨーロッパの方で生まれた考え方で、宗教にも関わっているので、現在でも使う人はいると学校の先生からは教わった。

変わると決まった当時は反対意見の方が大きかったようだ。

大戦の後で国民も疲弊していて反対する気力もすぐに無くなり、さほど大きな混乱もなく”創暦”は定着した。が、


「大戦直後の混乱期に暦を変えた意味は何だったのでしょうね」


と先生が独り言のようにこぼしていたのを覚えている。

中3の歴史の中でも最後の方の授業だったので、丁度、一年前の話だった。

思い返せば、想造祭の期間中でも中学校は普通に授業だった。

そうそう、サボるわけにもいかないので、祭りはあきらめたのだった。

まったく、この日ぐらい休みで良かったじゃないか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


などと懐かしくも腹立たしいことを思い出していると


「準備できたー?」


一階から母の声が聞こえてきた。


「今行く~」


適当に返事をしながら、急いで前髪を整え、ヘアピンで留める。

本当はメイクもしようと思ったが、時間をかけて、せっかちな母の機嫌を損ねることのデメリットの方が大きいと判断する。

今日の最大目標は「豪華な食事」であり、何を犠牲にしてでも、達成すべき目標であった。

もし、母の機嫌を損ねでもしたら、夕飯がお茶漬けと漬物になってしまってもおかしくない。

さっさと準備を済ませ、階段を駆け下りた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「朝ごはんどうしようか」


家から出ると、すぐに母からそう聞かれた。

そうだった。朝ご飯は屋台で食べようと、昨日母と話していたのだった。


「朝だし、クレープとかは?」

「は?朝からそんな甘いもの食べられるわけないでしょう?」


…母は甘いものが苦手なんだった。


「ははは、だ、だよね~。じゃあ…」


まずい。よくよく考えれば、朝ごはんにできそうなものなど屋台で売ってるわけがないのだ。

早速、お茶漬けの危機に瀕してしまった。


「はぁ、しょうがないわね。そこのカフェで食べましょう。」

「う、うん!そうしよ!」


カフェに感謝!

朝ごはんは屋台で、と言ったのは私だが、それに賛成した母も母だと思う。

親子揃って、想像力が足りてなかったようだ。

それはそうと、クレープは後で食べたいな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


カフェに入ると意外にも空いていた。


「外は祭りなのに、なんか静かだね。」

「確かにそうね。いいじゃない。落ち着くわ。」


母の機嫌も良いので、お茶漬けは回避できただろう。

私はカフェオレとサンドウィッチを頼み、母はブレンドコーヒーとピザを頼んだ。


…ぴざ?聞き間違いだろうか。


ーー朝からそんなものを食べられるはずがないでしょう?ーー


先ほどの母のセリフをそのまま(心の中で)お返しした。

しかし、店員さんが驚く気配はない。

母はこのカフェの常連だったらしい。


「いつものですね」


と店員さんが小さくつぶやいていた。

母はいつも私が起きる前に会社に行ってしまうので、朝ご飯を食べてるところを見たことはなかった。

このカフェは朝早くから開いているみたいなので、ここで朝ごはんを食べていたのだろう。

まさか、朝からピザを食べるような人間だったとは。


「16年も一緒にいて知らないことがあるとはね…」

「何か言った?」

「ううん!このパフェ美味しそうだなぁって」

「はぁ…朝からそんな甘いものよく食べる気になるわね…」


あんたに言われたくないわ!!!


…危ない、叫んでしまうところだった。

こんなに静かな店内で叫んでしまっては恥ずかしさで蒸発してしまう。

ふと、あまりにも店内が静かなのが気になった。

普通カフェは静かだ、といえばそうなのだが、雑談の声すら全くないのはどこか不気味である。

私たちの他に人がいないか、個人客が多いのか…


「お待たせしましたー」


静けさと思考を断ち切るように飲み物とピザが届く。


…でかい。

「Lサイズかよ…」


しまった。声に出ていた。

母はピザに夢中で気付かない。

私も自分のサンドウィッチを受け取ろうと皿に手を伸ばす。

しかし、皿が動かない。

店員さんが自分のサンドウィッチの皿を持ったまま放してくれないのだ。


「…?あの?」


恐る恐る顔を覗き込むも、店員さんの表情は変わらない。

まるで時が止まったかのような…

周りを見渡す。

母はピザを一切れ、口に含み、止まっている。

2人だけでない。カフェ全体の時が止まっているのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お母さん!!起きて!!」


天菜はパニックになっていた。


「誰だ?」


知らない男の声が止まった時の中で響く。


「あ、あなた動けるんですか!?お願いします!母を助けてください!」


このカフェの中で動けるのは、自分とその男だけであった。

黒い中折れハットを被った20歳前後の男。

明らかに怪しいが、人は焦ると冷静な思考ができなくなるものだ。


天菜は助けを求めた。

男はニヤリと笑って…


「嬢ちゃん。”持ってる”んだな?」


訳の分からないことを言い出す男。


「ふふふ、いや、こりゃ自覚してねぇな。いいぜ、ここで俺を見たことを内緒にしてくれるんなら、お

前の母ちゃんを解放してやろう。」


やっと天菜の思考が状況に追いついた。


「まさか、あなたが時を止めたの…?」

「ふっ、まさか、そんな大層なこと俺にゃできねぇよ。俺は思考を”減速”しただけさ。」

「思考を…?」

「そうさ。それが俺の”想造力(そうぞうりょく)”だからな。あっ、創暦の方の”ソウ”じゃなくて感想の”ソウ”な。」


と説明してくれた男。

天菜は男の話を理解するため、脳をフル回転させる。

思考の”減速”とは恐らく、脳の処理を遅くしているのだろう。

母とカフェの人達は止まっているのではなく、思考の速度に合わせて動きが遅くなっているのだ。


では、なぜ自分が動けるのか。

それもこの男が教えてくれた。

先程、「持っている」と言われたのはソウゾウリョクのことだろう。

それを持っているおかげで私だけは動けていると推察する。

今の状況では、それ以外の可能性は思いつかない。

だがソウゾウリョクを持っていても、仕組みも効果も分からないので自分では使えない。


この男に解除させるしかないだろう。


「そんなことはどうでもいい!その思考の”減速”とやらを解除して!」


下手に出てはいけない。

ただでさえ相手が圧倒的に優位なのだ。

わざわざ、こちらから下がる意味はないだろう。


「はいはい。まったく、せっかちな奴だ。でもいいのか?」

「なにが?」

「お前は”想造力”を持ってるから、俺の力に対抗できてるんだ。そして、この能力を持ってる奴はみんな秘密裏に国から徴兵されてる。徴兵と言ってもほぼ誘拐さ。それが嫌なら、隠れて生きて行かなきゃならないわけだ。」

「誘拐?隠れて生きる?その割にはあんた、堂々と能力を使ってるみたいだけど?」

「俺の能力は普通、誰にもばれないんだよ。まさか、想造者(そうぞうしゃ)がこんなところにいるとは思わなくてね。あっ、想造者って言うのは…」

「それじゃ、能力を使った理由は?」

「…見てわからない?お金を持ってくるの忘れちゃって。」


こいつ…ただのクズだ。

というか、こんな凄い力があるなら、もっと別の事に使えばいいのに。

だが、無銭飲食が目的だとすれば、黙っていれば見逃してくれる可能性がある。

ラッキーだ。


「…分かった。あんたを見たことは内緒にしといてあげる。そして、隠れて生きる覚悟もできた。だから能力を解いて。」


噓だ。そんな覚悟がこの短時間でできるわけがない。

だが、こいつの言うことを聞いた、という姿勢を見せたほうが印象がいいだろう。


「上からかよ…ま、黙っててくれるならいっか。せいぜいあがけよ。そんじゃあな。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「天菜?そこで何をしてるの?」


席を立っていた私に母が話しかけてきた。


「お母さん!!よかった!!」

「なに?…あれ?このピザ冷たいわね。」


母の興味は直ぐに冷めたピザに向けられた。

もう少し娘に興味を持ってはどうだろうか?

それはさておき…

冷めているということは、どうやらあの男の言う通り時が止まった訳ではなかったらしい。


「申し訳ございません!すぐ新しいものお持ちします!」


と、私のサンドウィッチを机に置いた店員が言った。


「あの男は…」


辺りを見回してもあの男の姿は見えなかった。

どうやら、無銭飲食を成し遂げたようである。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


サンドウィッチを食べつつ思考する。

私は能力を持っているらしい。

そして、それを持っている人間は徴兵という名の誘拐をされると…

だが、能力を発動させる方法すら知らない。

つまり、今まで通り生活をしても誰かにバレる恐れはないと考える。

あの男と同じような能力ならそれこそ発動してもなんとかなるだろう。

その場合、元に戻すことができるかが問題となるのだが。


「ま、なんとかなるかぁ」


楽観的な感想を述べ、サンドウィッチを完食する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


全ての始まりの日。

創造祭一日目。

お読みいただきありがとうございます!

毎週日曜17:00に更新していきます。応援よろしくお願いします。

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