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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「睨み返し」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/11/22


落語声劇「睨(にら)み返(かえ)し」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約40分


必要演者数:最低3名

      (0:0:3)

      (3:0:0)

      (2:1:0)【性別準拠人数比率】

      (1:2:0)

      (0:3:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


八五郎(はちごろう):貧乏長屋(びんぼうながや)の一番路地奥(いちばんろじおく)の家で妻と二人で

    暮らす男。

    屁理屈(へりくつ)が達者(たっしゃ)。

    八五郎(はちごろう)から掛取(かけと)り隊を何とかするべく、言い訳(わけ)屋の力を借りる事に。


妻:八五郎(はちごろう)の妻。

  とても苦労人。


言い訳(わけ)屋:借金の言い訳(わけ)をしましょうの触(ふ)れ声と共に歩いている、

     謎の男。


薪屋(まきや):八五郎(はちごろう)宅への掛取(かけと)りその壱(いち)。

   VS八五郎(はちごろう)、トンデモ斜(なな)め上理論+ほぼ恐喝(きょうかつ)の前に敗北、退散(たいさん)。

   掛取(かけと)りーズの中で最(もっと)も出番あるが、最(もっとも)も哀(あわ)れ。


米屋(こめや):八五郎(はちごろう)宅への掛取(かけと)りその弐(に)。

   VS言い訳(わけ)屋、一切無言(いっさいむごん)の圧力睨(あつりょくにら)みに敗北、退散(たいさん)。

   小僧(こぞう)、戸はきちんと閉めろ。


魚屋(さかなや):八五郎(はちごろう)宅への掛取(かけと)りその参(さん)。

   VS言い訳(わけ)屋、一切無言(いっさいむごん)の圧力睨(あつりょくにら)みに秒(びょう)で敗北、退散(たいさん)。

   掛取(かけと)りーズ四天王の中でも最弱。

   鎧袖一触(がいしゅういっしょく)とはこの事か。


高利貸(こうりが)し:名前は那須正勝(なすまさかつ)。

     八五郎(はちごろう)宅への掛取(かけと)りその肆(よん)。

     VS言い訳(わけ)屋、言い訳(わけ)屋をしてちと骨(ほね)があると言わしめる。

     しかし必殺の一切無言(いっさいむごん)の圧力睨(あつりょくにら)みに敗北、退散(たいさん)。

     掛取(かけと)りーズ四天王(してんのう)最強でイメージ的に強面(こわもて)で無頼(ぶらい)的な感じだが

     、わりと相手に強く出られるとよわよわ。



●配役例


八五郎・米屋・酒屋・高利貸し:

妻:

薪屋・言い訳屋:



※枕は誰かが適宜(てきぎ)に兼(か)ねてください。




枕:江戸の昔において、商売は掛(か)けで行われ、その支払いというものは

  大晦日(おおみそか)に一年分のツケにするのが普通であったそうです。

  皆さんはその時その時きちんと支払うのと、江戸時代のように年末に

  まとめて払うのと、どちらがお好きでしょうか。

  当時の有名なのに、「江戸っ子は宵越(よいご)しの銭(ぜに)は持たない」とあります

  。普段はそうやって威勢(いせい)よく生きているものの、

  「元日(がんじつ)や今年もあるぞ大晦日(おおみそか)」の川柳(せんりゅう)の通りで、かならずやってくる

  大晦日(おおみそか)とその借金取り立てである、掛取(かけと)りに顔色が青くなるわけでご

  ざいます。

  「大晦日(おおみそか)、箱提灯(はこちょうちん)は恐くない」という川柳(せんりゅう)もございます。

  武士は箱提灯(はこちょうちん)と呼ばれるものを用い、商人(あきんど)などは弓張提灯(ゆみはりちょうちん)というのを

  使ったそうです。武士とくれば斬り捨て御免(ごめん)、無礼討(ぶれいう)ちなどがありま

  すから、普段(ふだん)は大変に恐ろしい存在だったでしょう。

  しかし大晦日(おおみそか)、この日だけは侍(さむらい)よりも、弓張提灯(ゆみはりちょうちん)を持った掛取(かけと)りの

  方(ほう)が恐れられたんだそうで。


妻:何してんだい、この人は。

  遅くまでいったいどこほっつき歩いてたのさ。

  いくらか銭(ぜに)の算段(さんだん)が付いたのかい?


八五郎:別に。

    俺ァ銭(ぜに)の算段(さんだん)しに歩いてたわけじゃねえよ。


妻:嫌だよこの人は、バカなこと言って。

  あたしゃあてにして、首を長くして待ってたんだよ!

  じゃ何のために外へ出てたんだい!


八五郎:何のためったっておめぇ、今日は大晦日(おおみそか)だからなぁ。

    表(おもて)歩いてみな、大勢(おおぜい)人が忙(いそが)しそうに歩いてるでぇ。

    まぁいつまで歩いたってしょうがねえやな。

    寒くなってくる、腹も減ってくる、くたびれて足は棒(ぼう)になってく

    るしよ。

    じゃあどっかで一杯やろうかと思ったって銭(ぜに)がねえしよ。

    しょうがねえから帰ってきたんだ。


妻:何をのんきなこと言ってるんだい!

  こっちは昼間のあいだ、のべつまくなしに掛取(かけと)りだよ!?

  それはそうとお前さん、あたしの知らないところにも借金があるじゃ

  ないのさ!


八五郎:うん。


妻:うんじゃないよ!

  どうするつもりなんだい?

  しょうがないから来る掛取(かけと)りみんなに、

  今晩(こんばん)間違(まちが)いなくお届(とど)けしますと言って帰したよ。


八五郎:いや、そりゃまずいじゃねえか。


妻:なにがさ。


八五郎:まずいよお前、今晩(こんばん)間違(まちが)いなくお届けしますって…。

    今晩、間違(まちが)いなくお届けしますじゃなくて、

    今晩できましたら、間違(まちが)いなくお届けします、と、

    こう言わなきゃいけねえだろ。


妻:おんなじじゃないかそんなの。


八五郎:同じじゃねえよ。

    できましたら、って言葉がそこに入ってるんだ。

    できたら持ってく、出来(でき)なかったら持っていかなくたっていいっ

    てことになる。


妻:そんな都合(つごう)のいいやつがあるもんかい。


薪屋:こーんばーんわ!


妻:ほら、来たよお前さん。

  どうすんの?


八五郎:【声を落として】

    あ? いいんだいいんだ、黙ってろ黙ってろ。

    返事するんじゃねえ。

    黙ってろってんだよ!


薪屋:こーんばーんわ!

   えぇ薪屋(まきや)でございます!

   お忙(いそが)しゅうございます!

   …?いねえのかな?

   冗談(じょうだん)じゃねえや、何度足を運ばせるんだよ。

   この家(うち)一軒(いっけん)だけ相手に、掛取(かけと)りに歩いてるわけじゃねえんだ

   まったく。

   お忙(いそが)しゅうございます!

   こーんばーんわ!


   …しょうがねえな。

   戸は、よっと…っ開(あ)いた?


   あっこりゃどうも…ハハハ…なんです、おいでになったんですか。

   いやご返事がないもんですからね。

   お留守(るす)かと思いまして。


八五郎:…ご返事ないよそりゃ。

    お忙(いそが)しゅうございますって、俺んとこじゃねえと思うじゃねえか

    。

    お暇(ひま)でございますと言えば俺んとこだ。


薪屋:…あはは、そうですか。

   じゃもう、すっかりお片付(かたづ)きになって。

   いや結構(けっこう)なことでございますな。


八五郎:結構(けっこう)なことはねえよ、誰かと思ったら薪屋(まきや)さんじゃねえか。

    こっちへ入ってあと閉めてくれ、寒いから。

    で、何だい?


薪屋:ええ、昼間は三度ばかりお邪魔しておりまして。


八五郎:外に出てたんだよ、今しがた帰って来たんだから。


薪屋:おかみさんの話では、夜分(やぶん)には間違(まちが)いなくお届けすると、

   こういう話でございましたんでお待ちしておりましたが、

   おいでがないもんですから、今ちょうど岡戸(おかど)を通りましたんで

   ちょいとお呼びしてみました。


八五郎:岡戸(おかど)を通ったって、どう通ったんだ?

    俺んとこは岡戸(おかど)の通りようがねえぞ。

    路地(ろじ)のいっちばん奥(おく)まった所なんだ。


薪屋:…へへへ、あの、表(おもて)まで来たもんですから。


八五郎:わざわざ入って来たんじゃねえか。

    んなことはどうだっていいんだ。

    だからなんだよ。


薪屋:え?


八五郎:なんだよ。


薪屋:なんだよって…ですからあの、お勘定(かんじょう)です。


八五郎:くれるのかい?


薪屋:やるわけないじゃないですか。

   いただきにあがったんですよ。


八五郎:なんだよ、それならそうと早く言いなよ。

    おめえがそこで突っ立ってムズムズムズムズしているから、

    分かりゃしねえじゃねえか。

    そうかい、勘定(かんじょう)を取りに来たのか。

    貸したものを取ろうと、こういうわけだ。


薪屋:へへへ…さようですなあ、ええ。


八五郎:俺も借りたものだからよ、きれいさっぱり払っちまって、

    いい心持(こころも)ちで明日の元旦(がんたん)を迎(むか)えてえやな。


薪屋:へへ、ありがとうございます、どうぞ、よろしくお願いします。


八五郎:よろしくお願いします、って、にこにこ笑ったってダメだよ。

    貸したものを取ろう、借りたものを払おう。

    ここまではお互(たが)いにいいんだな、ごく円満(えんまん)よ。

    こっから先がダメなんだ。

    もう一銭(いっせん)もねえんだ。


薪屋:…へへへ。


八五郎:いや、笑いごとじゃねえよ。

    逆さにしても鼻血も出ねえってなこれだな。

    サバっサバしてるよ。

    おもしれえな。


薪屋:いや面白(おもしろ)かありませんよ。

   そこをなんとかーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    なんっともならない。


薪屋:…どうにかしーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    どうにもならねえんだよ。

    ねえんだから。

    おめえだって無(ね)ぇとこから無理に取ってこうって、

    そこまで図(ずうずう)々しくねえだろ。


薪屋:…なんです図(ずうずう)々しくねえって。

   あのね、これ普段(ふだん)の晦日(みそか)じゃねぇんですよ?

   大(おお)つごもり、大晦日(おおみそか)、一年の締(し)めくくりのーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    ダメだよ何のくくりだって。

    ねえんだからしょうがない。

    ねえから、お帰りよ。


薪屋:ハァ!?冗談(じょうだん)じゃねえよ!

   ねえからお帰り、はいそうですか?

   子供の使いじゃねぇんだ!

   バカなこと言っちゃ困るよ!

   黙って指くわえて引っ込むなんてわけにゃいかねえ。

   親方(おやかた)こそ図(ずうずう)々しいを通り越(こ)してるね!


八五郎:そうかい。


薪屋:そうかいじゃないよ!

   四、五日前に表(おもて)でもって会ったろ。

   あん時(とき)なんだって脇(わき)を向いちまうんだい、ええ?

   「俺ぁこの野郎に借りがある」と思ったらね、

   口を利(き)かねえでもいいさ。

   にっこり笑うか頭の一つぐらい下げたって、バチぁ当たんねえだ

   ろうに。

   脇(わき)ぃ向いちまってどうしようっていうんだよ。

   じゃ何かい、うちんとこの勘定(かんじょう)、踏(ふ)み倒そうってのかい!?

   あっしはね、今晩お勘定(かんじょう)いただいて帰りますからね。

   ともかく中に上げてもらってーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    おいおい、上がるなよ。


薪屋:上がりますよ!

   冗談(じょうだん)じゃないよ。

   あっしはね、言い出したからには、五分(ごぶ)だって後(あと)へ退(ひ)く男じゃあ

   ねえんだ!

   今晩いただいて帰りますからね!そのつもりでいてくんねぇ!


八五郎:ほぉう、江戸っ子だねェ。

    言い出したからには、五分(ごぶ)だって後へ退かねえっなんてのは

    嬉(うれ)しいなぁ。

    このごろそういう、骨のある奴がいなくなっちゃってよ、

    寂(さび)しいなと思ってたとこなんだ。

    そうかい。

    俺もおめえと同じ性分(しょうぶん)だ。

    俺なんざ、言い出したからには五分(ごぶ)どころじゃねえ、

    一分(いちぶ)だって退(ひ)かねえんだ。

    よぅし、そこへ座ってろよ。

    おっかぁ、薪(まき)ざっぽう一本持ってこい。


妻:え…何に使うのさ?


八五郎:いいから、節(ふし)くれだって、ごつごつして太そうなの一本持ってこ

    い。

    おう、そんなんでいい。

    ほれっ。

    【薪屋(まね)のそばに放り投げる】


薪屋:…なんだい、変な真似(まね)するなぃ。

   そんなもの持ちだして脅(おど)かそうったって、そうはいかねぇよ。

   怖(こわ)くとも何ともねえやな。

   こんな薪(まき)ざっぽう、うちの店に来てみろ。

   売るほど束(たば)になって積んであらぁ!


八五郎:あたりめえじゃねえか。

    薪屋(まきや)だもの、不思議(ふしぎ)はねえやな。

    この薪(まき)ざっぽうがどうしたっておめぇ、これァぶつかると痛いよ

    。

    おめえ、勘定(かんじょう)もらうっつってそこに座って、五分(ごぶ)だって退(ひ)かねえ

    、帰らねえって言うんだな。

    じゃあ俺も、おめぇに勘定(かんじょう)を渡さねえうちは帰らせねえからな。

    そのつもりでそこに座ってろぃ。

    五分(ごぶ)でも退(ひ)かねえっつったな?

    ならそっからもし五分(ごぶ)でも動いてみろ。

    この薪(まき)ざっぽうでおめぇの向(むこ)う脛(ずね)ぶったたくからな。

    今そこに銭(ぜに)を並べてやるから待ってろ。


薪屋:…早く並べろよ。


八五郎:…何ィ?


薪屋:ぃ、ぃや、ぁの…はやく、並べておくれよ。


八五郎:おくれよ、ったってそうはいかねえ。

    こっちもいろいろ都合(つごう)があるからよ。

    まぁ何とか頑張(がんば)っちゃみるさ。

    そうだな…うまくいって……ふた月(つき)…み月(つき)…

    ま、半年ありゃあな。


薪屋:…なんだって?


八五郎:半年かかるってんだよ。

    それまでそこで座ってろ。

    腹ぁ減って死んじゃっても知らないよ。

    俺んとこじゃ、炊(た)き出しなんぞやらねぇんだから。


    …まぁ知ってる仲(なか)だからなぁ。

    遺体(いたい)だけは届けてやろう。


薪屋:冗談(じょうだん)言っちゃいけねぇ!

   そんなバカなこと———

   【立ちかける】


八五郎:あっこの野郎ォ動きやがったなッ!


薪屋:ちょちょちょッ待ってくださいよ!

   こらぁ驚いたな!


八五郎:何が驚いたなだ!

    おめえなんざぁ図(ずうずう)々しいのを通り越(こ)してるよ、そうじゃねえか!

    人間てものは普段(ふだん)にあり、てぇ言うが、まったくでぇ。

    四、五日前に表(おもて)でもって会ったろ。

    あん時なんだって脇(わき)を向いちまうんだよ、ええ?


薪屋:…へへそらぁ嘘(うそ)だァ、親方(おやかた)がーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    何を言ってやんでェ!

    俺が向いたかどうかそんなことが分かるかよ!

    俺が向いたと思ったらてめぇがぐるーっと回って俺の前に立った

    。またツラが合うじゃねえか。

    俺ァこの野郎に貸しがあると思ったら、口を利(き)かないでもいいよ

    。にっこり笑って頭の一つぐらい下げたって、バチぁ当たんねえ

    だろうが。

    脇(わき)ぃ向いちまってどうしようっていうんだよ?

    おめぇは何かァ!?

    俺んとこの勘定(かんじょう)、もらわねえって言うのか!?


薪屋:バカなこと言っちゃいけねぇ!

   【立ちかける】


八五郎:ッこの野郎ォまた動きゃがったなッ!

    一尺(いっしゃく)でも動きゃあーー


薪屋:ちょちょちょだから置いてくれよそれは!

   そんなもの振(ふ)り回しちゃいけねえよ!!


   じゃ分かった、分かりました。ともかくこうしましょう。

   今晩(こんばん)は勘定(かんじょう)いただいたつもりで帰りましょう。

   それでいいでしょう。


八五郎:いやだよ。


薪屋:え?


八五郎:いやだよ。

    俺ァつもりなんてのはこれっぱかりもねえんだ。

    そうじゃねえか。

    おめえは勘定(かんじょう)もらわねえうちは帰らねえ。

    俺は渡さなきゃ帰さねえって約束だ。

    ま、どうしても帰りたいってんなら、帰ったっていいよ。

    帰りいいようにして帰りな。

    はっきり決めて帰れ。

    もらったとかもらわないとか。


薪屋:…冗談(じょうだん)じゃねえや、ったく。

   それでもらわねぇとか言いや、またその薪(まき)ざっぽう振(ふ)り回そうって

   んだろ。

   しゃあねえ。

   ……いいよ。


八五郎:何ィ?


薪屋:い い よ!


八五郎:なんでぇいいよってのは。

    はっきり言えよはっきり。


薪屋:もらったよ。


八五郎:なにを。


薪屋:勘定(かんじょう)を!


八五郎:いつ。


薪屋:今さ!


八五郎:どこで。


薪屋:っぁ、あのねぇ、こっちも忙(いそが)しいんだ。

   からかってちゃ困るよ。

   どこでって言われたってさ、

   まぁ、じゃあ…この辺(へん)かな、ここ。


八五郎:このへん?

    俺ァこのごろ物覚(ものおぼ)えが悪くってね、いま言われたような事でも

    忘れちゃうんだよ……ああ! ああそうか!

    今ここんとこでね!

    うん、おめえに勘定(かんじょう)渡したよな?

    もらったよな?


薪屋:【ぼやくように】

   …どうでもいいやなぁ。


八五郎:なんだ、帰んのか?


薪屋:帰りますよ!


八五郎:帰りますよじゃないよ。

    勘定(かんじょう)もらったら受け取り置いてかなくちゃよ。


薪屋:うけとりぃ?


   ちっ…、いいや、ここ一件つぶれたって。

   くれてやるっ…。


八五郎:ぁっぁっなんだそのくれてやるって、放り出す奴(やつ)があるかよ。

    商人(あきんど)ってのはねぇ、愛嬌(あいきょう)が肝心(かんじん)だよ。

    【にこやかに】

    毎度ありがとうございます。

    来年もどうぞよろしくお願いします。


薪屋:【無視して】

   ……ひとつ、金(きん)、二円八十五銭(にえんはちじゅうごせん)なり。

   右(みぎ)まさに受け取り申し候(そうろう)…ッ。


八五郎:おぅおぅちょっと、ダメだよ、ちょっと、ちょっと待って。


    これ判(はん)押してねえよ。

    ちゃんと押していってくれ。


薪屋:親方(おやかた)…あんた、本気で言ってんのかい?


八五郎:当たり前だろ。


薪屋:……。

   押すよ。

   押しゃあいいんだろ。


   【セリフにあわせて何度も判(はん)を押す・SEあれば】

   …こんなバカな話があるかぃ。

   貰(もら)いもしねえ受け取り出して、それに判(はん)を押して。

   どこへ持ってったって、バカバカしくて、話にならねえよ。

   そういや夕(ゆう)べ変な夢を見たなぁ。


八五郎:おぃおぃおめぇ、いくつ押すんだよそれ!


薪屋:いいだろ、綺麗(きれい)で。【二、三回連続で判(はん)を押す】 


八五郎:真っ赤になっちゃったよ…。

    よし、もらった。


    【とても明るく】

    帰るか?


薪屋:【半泣きになりながら】

   ッ帰りますよッッ!!!


八五郎:そんなおめぇ、おっかねえ顔して帰るなよう。

    んな怖(こわ)い顔して誤魔化(ごまか)して帰ろうったってダメだよ。


    まだ釣(つ)りもらってねえじゃねえか。


    今やったのは十円札ーー


薪屋:冗談じゃねえよッッッ!!!


八五郎:……行っちゃったよ。


妻:行っちゃったよじゃないよ。あきれたね。

  かわいそうだよ、あんなことしてさ。


八五郎:いやだってよぅ、しょうがねぇじゃねえか、今日ばっかりはよう

    。


妻:どうすんのさ?


八五郎:どうすんのさったって…このままってわけにはいかねえだろう。

    春先になってなんとか目鼻(めはな)がついたら、持ってってやらなくちゃ

    よ。

    今までの付き合い、これからの付き合いがあらぁな。


妻:薪屋(まきや)さんは何とかなったけど…、まだまだ掛取(かけと)りが来るんだよ。

  どうすんのさ?


八五郎:どうするったって、しょうがねぇじゃねえか。

    いちいち聞くなよ!


言い訳屋:えぇ~~借金の~~言い訳(わけ)ぇしましょう~~っ。

     えぇ~~借金の~~言い訳(わけ)ぇしましょう~~っ。


八五郎:おいおっかぁ、表(おもて)を変なのが通るぞ。

    借金の言い訳(わけ)をするとよ。


妻:そんなバカな奴がいるもんかい。


八五郎:いるかいったって、ほら、聞いてみろよ。


言い訳屋:えぇ~~借金の~~言い訳(わけ)ぇしましょう~~っ。

     えぇ~~借金の~~言い訳(わけ)ぇしましょう~~っ。


妻:あら、ほんとだ。


八五郎:ちょいと呼んで来い。


妻:え?


八五郎:呼んで来いってんだよ。


妻:呼べったって、なんて呼ぶの。


八五郎:ぁー……言い訳(わけ)屋さん。


妻:いいわけ屋さん?

  そんなこと言うのかい?

  あぁやだやだ。


  まったく、これだから貧乏(びんぼう)はしたくないよ。

  ちょいと、もし、言い訳(わけ)屋さん。


言い訳屋:ぁ~、どうも、年が押し詰(つ)まりましてございやす。

     お寒(さむ)うございやすね。


妻:あぁいえ、そんな挨拶(あいさつ)はどうでもいいですから、こちらへ。


八五郎:おぅはやく、あと閉めて。

    …今なんか聞いてるってェとよ、借金の言い訳(わけ)をするっていうよ

    うに聞こえたんだが、そういうことかい?


言い訳屋:へえ、さようでございやす。


八五郎:そうかい、珍しい商売があるもんだなァ。

    どうやって言い訳(わけ)するんだい。


言い訳屋:これは、半刻(はんとき)で二円と言う事になっておりやす。

     お互(たが)いさまでございやすんで。

     えぇ、決してお高くはないだろうと思いやす。

     半刻(はんとき)の間(あいだ)に何人参りましても、ぜんぶあっしがそれをお引き

     受けいたしやす。

     その代わり、一人も来なくてもお代(だい)は先払(さきばら)いでいただきやす。


八五郎:いやいや来(こ)ねえどころかどんどん来るんだ、頼むよ。

    二円って言ったね。

    おっかあ、家の中ひっくり返して探せ。

    なんかあるだろ。それで銭(ぜに)こしらえてこい。


妻:わ、わかったよ…。

  【二拍】

  じゃ、すぐに行ってくるから。


言い訳屋:…大変ですなあ、おかみさんが包(つつ)みをこしらえて…。

     じゃ親方(おやかた)、こうしやしょう。

     気(き)は心ですから一割、二十銭(にじゅっせん)お引きしやして。


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    いいよいいよ、ここで二十銭(にじゅっせん)ばかりまけてもらったって、

    どうにもならねぇや。

    うちのかかぁにゃ言わなかったが、今日はもう朝から足を棒(ぼう)にし

    て金策(きんさく)に歩いてんだがね。

    どうにもならねぇ、この暮(く)れはよぅ。

    にっちもさっちもいかねぇから、夜逃(よに)げしちまおうかと思ってて

    よ。


言い訳屋:そうでしたか。いや、あっしに任(まか)しておくんなせぇ。


妻:ただいま!

  お前さん、なんとか二円できたよ!


八五郎:おぉできたかい!

    じゃ先生、ひとつあの、こまっけぇですけど、どうぞ納(おさ)めて…、


言い訳屋:これはどうも、では受け取りをーー


八五郎:ぁいやいや、受け取りなんざ書かなくったっていいから、

    それで、どういう具合(ぐあい)にしたらいいんですかい?


言い訳屋:ええ、それではですね、あっしはこの入口を入った所に陣取(じんど)ら

     していただきやしょう。

     それと恐れ入りやすが、煙草(たばこ)を飲みますんで、煙草盆(たばこぼん)に火を

     入れてこちらへ持ってきてくだせぇ。


八五郎:おいおっかぁ、ぐずぐずぐずぐずしてねえで、煙草盆(たばこぼん)を早く。


妻:え、えぇあの、これでよろしいですか?


言い訳屋:えぇそんなもんで結構(けっこう)です。

     それでお二人はこの部屋においでになっちゃあまずいんで、

     ひとつ、次の間(ま)かなんかへ。


八五郎:いや先生…次の間(ま)がある家に住んでるようなご身分(みぶん)だったら、

    そもそも金は借りねえし、先生もお呼びしませんよ。


妻:一度でいいから住んでみたいよ、そんな家(うち)。


八五郎:おっかぁ、それは言っちゃあいけねぇ。


言い訳屋:ゴホン、これァ不調法(ぶちょうほう)を。

     そうですな、では、お二人とも押し入れの中に入っていただくと

     言う事で。

     あ、掛取(かけと)りが来たらでよろしゅうございやす。

     それから、押し入れに入った後はくしゃみも咳払(せきばら)いも物音(ものおと)一つ

     立てませんようにお願いいたしやす。

     そうしねぇと、仕事がやりにくくなりやすんで。


妻:は、はい…。

  お前さん、さっき帰ってくる時、表で米屋(こめや)の小僧(こぞう)さん見かけたよ。


八五郎:本当か?

    じゃ次は米屋(こめや)が来そうだな。


言い訳屋:ほう、最初の相手は米屋(こめや)ですか。


米屋:こんばんわー!!

   米屋(こめや)でござんす!


言い訳屋:おお、噂(うわさ)をすれば。


八五郎:【声を落として】

    そらおいでなすった!

    米屋(こめや)の小僧(こぞう)だ!


妻:【声を落として】

  お、お前さん、早く押し入れに!


言い訳屋:【声を落として】

     くれぐれも音はたてねえでくだせぇよ。


米屋:こんばんわー!

   開(あ)けますよー!

   っと、【小さくつぶやく】ぇ、だれ…?


言い訳屋:【かすかに唸(うな)りながら睨(にら)んでいる】

     ~~~~~~ッ。


米屋:【最後に行くにしたがってしりすぼみに】

   あの、おかみさんの話じゃ、夜分(やぶん)にはという事で来たんですけど…

   。


言い訳屋:【かすかに唸(うな)りながら睨(にら)んでいる】

     ~~~~~~ッ。


米屋:【つぶやく】

   え、な、なに、なんで何も言わないでずっとこっち睨(にら)んでんの??

   てかこの家(うち)にこんな人いたっけ??


   おかみさんはお留守(るす)でしょうか?


言い訳屋:【かすかに唸(うな)りながら睨(にら)んでいる】

     ~~~~~~ッ。


米屋:【つぶやく】

   え、無視? そもそも聞こえてる?

   聞こえてるからこっち見てるんだよね?


   あの、お勘定(かんじょう)なんですけど!


言い訳屋:【かすかに唸(うな)りながら睨(にら)んでいる】

     ~~~~~~ッ。


米屋:【つぶやく】

   ぇ、やだ、なんで睨(にら)んだままちっとも動かないんだよぅ…。

   こ、怖くなってきた…。


   ぁの…また来ます…さいなら。


言い訳屋:…。

     帰りました。


八五郎:えぇ…なんですか、ちっとも口をきかねぇんですね!


言い訳屋:ええ口はきかねぇんです。

     あっしはね、睨(にら)み返すんですよ。


妻:え…ちっともものを言わないで…?


八五郎:はぁぁ、睨(にら)み返すんですか!

    いや、何だか知らねぇけどずっとしーんとしてて、

    そのうちに「また来ます…さいなら」なんて聞こえたもんだから

    、一体どうなっちゃったのかと思ってたもんでね。


言い訳屋:ははは、そうでしょうな。

     あ、さっきの小僧(こぞう)が戸を開けたまま帰っちまいましたんで、

     ちょっと閉めていただけやすか?


妻:あ、はい。

  お前さん、まだまだ来るだろうから、もういっそずっと押し入れに

  入ってた方がいいんじゃないかい?


八五郎:だなあ。


言い訳屋:ぁいやいや、来てからで結構(けっこう)ですよ、来てからでーー


魚屋:【↑の語尾に喰い気味に】

   こんばんわー!!


言い訳屋:おや、次が来やしたか。

     お宅はなかなかありますな。


魚屋:こんばんわー!

   魚屋(さかなや)でございます!

   入りますよー!

   …え?


言い訳屋:【魚屋の「さいなら」のセリフまでかすかに唸(うな)りながら睨(にら)んで

     いる】

     ~~~~~~ッ。


魚屋:【つぶやく】

   あ、あれ?ここ八五郎(はちごろう)さん宅だよな…?


   えーお勘定(かんじょう)ー……


   【つぶやく】

   え、やっぱり人違(ひとちが)いじゃなくて家違(いえちが)い?


   …さいなら。


言い訳屋:…帰りましたな。


八五郎:今のはずいぶん早かったですね!?


言い訳屋:ははは、あんなものは雑兵(ぞうひょう)端武者(はむしゃ)の方(ほう)ですから、

     束(たば)になって来たって驚くこたぁありやせん。


妻:いえいえ先生、あんなのばかりじゃないんですよ。


八五郎:そうそう、あとで手ごわいのが来ますから。


言い訳屋:いやいや、どんなのが来ようが、あっしがいったんお引き受け

     したからにはひとつ、親船(おやふね)に乗った心持(こころも)ちでーー


高利貸し:ごめんッ!!


妻:お、お前さんッ…!


八五郎:き、来やがった…手ごわいのが…!


言い訳屋:まぁまぁ、早く押し入れに。


高利貸し:ごォめェんッッ!!


言い訳屋:【かすかにつぶやく】

     ほォ、こいつァちと骨があるな。


高利貸し:っごめんッッ!!

     !?


言い訳屋:【かすかに唸(うな)りながら睨(にら)んでいる】

     ~~~~~~ッ。


高利貸し:おっ…違ったか…?

     いやそうじゃねェ。

     八五郎(はちごろう)宅だな? わしゃあ、昼に再三(さいさん)来たもんじゃ。

     細君(さいくん)の話では夜分(やぶん)には間違(まちが)いねぇと、

     こういう話だったからまた来たんじゃ。

     見たところ、細君(さいくん)も主(あるじ)もおらんようだが…、

     留守(るす)でも話が分かる者だと、こういうわけか?


言い訳屋:【かすかに唸(うな)りながら睨(にら)んでいる】

     ~~~~~~ッ。

     【以下、高利貸(こうりが)しのセリフ中、適宜(てきぎ)にかすかに唸(うな)るのをはさむ

     と良いかもしれません。】


高利貸し:うぬは何か、ここの留守(るす)のモンか?


     【二拍】


     うぬに話が分かるかッ!!?


     【二拍】


     おいッッ!!

     うぬに話が分かるのかと、聞いとるんじゃ!!!


     【二拍】


     なんじゃうぬは!

     おかしなツラして睨(にら)みよってからに!!


     【二拍】


     そんなツラぁして、わしを敵に回そうっちゅうんか!!?

     ふんッ、聞いて驚くんじゃあねェぞ!

     わしゃあドスの下を何回もくぐってきている男じゃ!!

     人の二人や三人、命を取るのは…何とも思っておらんぞッ!!


     【二拍】


     ああッ!!!?


     【二拍】


     ッ……。

     いや、まぁ、話は穏(おだ)やかじゃあねぇがな。

     うぬもこの家(うち)に頼まれてきたのかどうかは知らんが、

     わしゃあ那須正勝(なすまさかつ)ちゅうモンじゃ。

     どうだ、ここんとこは、お互(たが)いにいい話をしようじゃねェか。

     うぬもいい、わしもいい、お互(たが)いの膝(ひざ)とも談合(だんごう)ということがあ

     るが、話し合いで決め……おいッッ!!


     何じゃさっきからわしにばっかり喋(しゃべ)らしよって!!

     無礼(ぶれい)じゃろうがうぬはッ!!

     口もきけんのか!!?

     何とか言わんかいッッッッッ!!!!!


     【二拍】


     バカにしやがると、承知しねえぞッッッ!!!


     【二拍】


     おいッッッ!!!

     コラアアァァァァッッ!!!

     何か言えぇッッ!!!


言い訳屋:~~~~~~ッ。

     【かすかに唸(うな)りながら睨(にら)みつつ、おもむろにキセルを叩いて

     灰を煙草盆(たばこぼん)の中へ始末するとキセルを置き、居住(いず)まいを正す。

     自前のやSEで表現してください。】


高利貸し:ぉぉ待て待て待てッ!

     ぁぃや、誰もおらんようだから、また後日(ごじつ)に改めよう!

     邪魔した!ごめんッ!


     【二拍】


言い訳屋:……ふ。

     帰りました。


八五郎:ははははは、驚いたなァ! いやすごかったねぇ。

    あの野郎にゃあ手こずってたんだ。

    よく追い返してくれたよ。


妻:ほんと、あの人にああやって来られたら、あたし達じゃどうにもなら

  なかったねえ。


言い訳屋:はは、ちょいと歯ごたえがありましたな。

     さて、そろそろ半刻(はんとき)経(た)ちましたんで、あっしはこれでおいとま

     さしていただきやす。


八五郎:ぉぉい先生、ここで帰られちゃ何にもならねぇ!

    これからなんですよ!

    今までのは序(じょ)の口(くち)、こっからが本番なんで!

    もう一円なんとか都合(つごう)するからよ、あと四半刻(しはんとき)でいいからお願い

    してえ。


言い訳屋:いえ、そうしてもいられねぇんです。

     これから家へ帰って、自分のやつを睨(にら)み返します。




終劇



参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


柳家小さん(五代目)

柳家小三治(十代目)



※用語解説


半刻(はんとき):一時間。


四半刻(しはんとき):一刻(いっとき)(二時間)の四分の一。つまり三十分。または小半刻(こはんとき)。


膝(ひざ)とも談合:困りきった場合には自分の膝でさえ相談相手になるという意

      。誰とでも相談すればしただけのことはあること。



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