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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「睨み返し」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「にらかえし」


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約40分


必要演者数:最低3名

      (0:0:3)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


八五郎はちごろう貧乏長屋びんぼうながや一番路地奥いちばんろじおくの家で妻と二人で

    暮らす男。

    屁理屈へりくつ達者たっしゃ

    八五郎はちごろうから掛取かけとり隊を何とかするべく、言いわけ屋の力を借りる事に。


妻:八五郎はちごろうの妻。

  とても苦労人。


言いわけ屋:借金の言いわけをしましょうのれ声と共に歩いている、

     謎の男。


薪屋まきや八五郎はちごろう宅への掛取かけとりそのいち

   VS八五郎はちごろう、トンデモななめ上理論+ほぼ恐喝きょうかつの前に敗北、退散たいさん

   掛取かけとりーズの中でもっとも出番あるが、もっともあわれ。


米屋こめや八五郎はちごろう宅への掛取かけとりその

   VS言いわけ屋、一切無言いっさいむごん圧力睨あつりょくにらみに敗北、退散たいさん

   小僧こぞう、戸はきちんと閉めろ。


魚屋さかなや八五郎はちごろう宅への掛取かけとりそのさん

   VS言いわけ屋、一切無言いっさいむごん圧力睨あつりょくにらみにびょうで敗北、退散たいさん

   掛取かけとりーズ四天王の中でも最弱。

   鎧袖一触がいしゅういっしょくとはこの事か。


高利貸こうりがし:名前は那須正勝なすまさかつ

     八五郎はちごろう宅への掛取かけとりそのよん

     VS言いわけ屋、言いわけ屋をしてちとほねがあると言わしめる。

     しかし必殺の一切無言いっさいむごん圧力睨あつりょくにらみに敗北、退散たいさん

     掛取かけとりーズ四天王してんのう最強でイメージ的に強面こわもて無頼ぶらい的な感じだが

     、わりと相手に強く出られるとよわよわ。



●配役例


八五郎・酒屋・高利貸し:

妻・米屋:

薪屋・言い訳屋:



※枕は誰かが適宜てきぎねてください。




枕:江戸の昔において、商売はけで行われ、その支払いというものは

  大晦日おおみそかに一年分のツケにするのが普通であったそうです。

  皆さんはその時その時きちんと支払うのと、江戸時代のように年末に

  まとめて払うのと、どちらがお好きでしょうか。

  当時の有名なのに、「江戸っ子は宵越よいごしのぜには持たない」とあります

  。普段はそうやって威勢いせいよく生きているものの、

  「元日がんじつや今年もあるぞ大晦日おおみそか」の川柳せんりゅうの通りで、かならずやってくる

  大晦日おおみそかとその借金取り立てである、掛取かけとりに顔色が青くなるわけでご

  ざいます。

  「大晦日おおみそか箱提灯はこちょうちんは恐くない」という川柳せんりゅうもございます。

  武士は箱提灯はこちょうちんと呼ばれるものを用い、商人あきんどなどは弓張提灯ゆみはりちょうちんというのを

  使ったそうです。武士とくれば斬り捨て御免ごめん無礼討ぶれいうちなどがありま

  すから、普段ふだんは大変に恐ろしい存在だったでしょう。

  しかし大晦日おおみそか、この日だけはさむらいよりも、弓張提灯ゆみはりちょうちんを持った掛取かけとりの

  ほうが恐れられたんだそうで。


妻:何してんだい、この人は。

  遅くまでいったいどこほっつき歩いてたのさ。

  いくらかぜに算段さんだんが付いたのかい?


八五郎:別に。

    俺ァぜに算段さんだんしに歩いてたわけじゃねえよ。


妻:嫌だよこの人は、バカなこと言って。

  あたしゃあてにして、首を長くして待ってたんだよ!

  じゃ何のために外へ出てたんだい!


八五郎:何のためったっておめぇ、今日は大晦日おおみそかだからなぁ。

    おもて歩いてみな、大勢おおぜい人がいそがしそうに歩いてるでぇ。

    まぁいつまで歩いたってしょうがねえやな。

    寒くなってくる、腹も減ってくる、くたびれて足はぼうになってく

    るしよ。

    じゃあどっかで一杯やろうかと思ったってぜにがねえしよ。

    しょうがねえから帰ってきたんだ。


妻:何をのんきなこと言ってるんだい!

  こっちは昼間のあいだ、のべつまくなしに掛取かけとりだよ!?

  それはそうとお前さん、あたしの知らないところにも借金があるじゃ

  ないのさ!


八五郎:うん。


妻:うんじゃないよ!

  どうするつもりなんだい?

  しょうがないから来る掛取かけとりみんなに、

  今晩こんばん間違まちがいなくおとどけしますと言って帰したよ。


八五郎:いや、そりゃまずいじゃねえか。


妻:なにがさ。


八五郎:まずいよお前、今晩こんばん間違まちがいなくお届けしますって…。

    今晩、間違まちがいなくお届けしますじゃなくて、

    今晩できましたら、間違まちがいなくお届けします、と、

    こう言わなきゃいけねえだろ。


妻:おんなじじゃないかそんなの。


八五郎:同じじゃねえよ。

    できましたら、って言葉がそこに入ってるんだ。

    できたら持ってく、出来できなかったら持っていかなくたっていいっ

    てことになる。


妻:そんな都合つごうのいいやつがあるもんかい。


薪屋:こーんばーんわ!


妻:ほら、来たよお前さん。

  どうすんの?


八五郎:【声を落として】

    あ? いいんだいいんだ、黙ってろ黙ってろ。

    返事するんじゃねえ。

    黙ってろってんだよ!


薪屋:こーんばーんわ!

   えぇ薪屋まきやでございます!

   おいそがしゅうございます!

   …?いねえのかな?

   冗談じょうだんじゃねえや、何度足を運ばせるんだよ。

   このうち一軒いっけんだけ相手に、掛取かけとりに歩いてるわけじゃねえんだ

   まったく。

   おいそがしゅうございます!

   こーんばーんわ!


   …しょうがねえな。

   戸は、よっと…っいた?


   あっこりゃどうも…ハハハ…なんです、おいでになったんですか。

   いやご返事がないもんですからね。

   お留守るすかと思いまして。


八五郎:…ご返事ないよそりゃ。

    おいそがしゅうございますって、俺んとこじゃねえと思うじゃねえか

    。

    おひまでございますと言えば俺んとこだ。


薪屋:…あはは、そうですか。

   じゃもう、すっかりお片付かたづきになって。

   いや結構けっこうなことでございますな。


八五郎:結構けっこうなことはねえよ、誰かと思ったら薪屋まきやさんじゃねえか。

    こっちへ入ってあと閉めてくれ、寒いから。

    で、何だい?


薪屋:ええ、昼間は三度ばかりお邪魔しておりまして。


八五郎:外に出てたんだよ、今しがた帰って来たんだから。


薪屋:おかみさんの話では、夜分やぶんには間違まちがいなくお届けすると、

   こういう話でございましたんでお待ちしておりましたが、

   おいでがないもんですから、今ちょうど岡戸おかどを通りましたんで

   ちょいとお呼びしてみました。


八五郎:岡戸おかどを通ったって、どう通ったんだ?

    俺んとこは岡戸おかどの通りようがねえぞ。

    路地ろじのいっちばんおくまった所なんだ。


薪屋:…へへへ、あの、おもてまで来たもんですから。


八五郎:わざわざ入って来たんじゃねえか。

    んなことはどうだっていいんだ。

    だからなんだよ。


薪屋:え?


八五郎:なんだよ。


薪屋:なんだよって…ですからあの、お勘定かんじょうです。


八五郎:くれるのかい?


薪屋:やるわけないじゃないですか。

   いただきにあがったんですよ。


八五郎:なんだよ、それならそうと早く言いなよ。

    おめえがそこで突っ立ってムズムズムズムズしているから、

    分かりゃしねえじゃねえか。

    そうかい、勘定かんじょうを取りに来たのか。

    貸したものを取ろうと、こういうわけだ。


薪屋:へへへ…さようですなあ、ええ。


八五郎:俺も借りたものだからよ、きれいさっぱり払っちまって、

    いい心持こころもちで明日の元旦がんたんむかえてえやな。


薪屋:へへ、ありがとうございます、どうぞ、よろしくお願いします。


八五郎:よろしくお願いします、って、にこにこ笑ったってダメだよ。

    貸したものを取ろう、借りたものを払おう。

    ここまではおたがいにいいんだな、ごく円満えんまんよ。

    こっから先がダメなんだ。

    もう一銭いっせんもねえんだ。


薪屋:…へへへ。


八五郎:いや、笑いごとじゃねえよ。

    逆さにしても鼻血も出ねえってなこれだな。

    サバっサバしてるよ。

    おもしれえな。


薪屋:いや面白おもしろかありませんよ。

   そこをなんとかーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    なんっともならない。


薪屋:…どうにかしーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    どうにもならねえんだよ。

    ねえんだから。

    おめえだってぇとこから無理に取ってこうって、

    そこまでずうずう々しくねえだろ。


薪屋:…なんですずうずう々しくねえって。

   あのね、これ普段ふだん晦日みそかじゃねぇんですよ?

   おおつごもり、大晦日おおみそか、一年のめくくりのーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    ダメだよ何のくくりだって。

    ねえんだからしょうがない。

    ねえから、お帰りよ。


薪屋:ハァ!?冗談じょうだんじゃねえよ!

   ねえからお帰り、はいそうですか?

   子供の使いじゃねぇんだ!

   バカなこと言っちゃ困るよ!

   黙って指くわえて引っ込むなんてわけにゃいかねえ。

   親方おやかたこそずうずう々しいを通りしてるね!


八五郎:そうかい。


薪屋:そうかいじゃないよ!

   四、五日前におもてでもって会ったろ。

   あんときなんだってわきを向いちまうんだい、ええ?

   「俺ぁこの野郎に借りがある」と思ったらね、

   口をかねえでもいいさ。

   にっこり笑うか頭の一つぐらい下げたって、バチぁ当たんねえだ

   ろうに。

   わきぃ向いちまってどうしようっていうんだよ。

   じゃ何かい、うちんとこの勘定かんじょうみ倒そうってのかい!?

   あっしはね、今晩お勘定かんじょういただいて帰りますからね。

   ともかく中に上げてもらってーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    おいおい、上がるなよ。


薪屋:上がりますよ!

   冗談じょうだんじゃないよ。

   あっしはね、言い出したからには、五分ごぶだってあと退く男じゃあ

   ねえんだ!

   今晩いただいて帰りますからね!そのつもりでいてくんねぇ!


八五郎:ほぉう、江戸っ子だねェ。

    言い出したからには、五分ごぶだって後へ退かねえっなんてのは

    うれしいなぁ。

    このごろそういう、骨のある奴がいなくなっちゃってよ、

    さびしいなと思ってたとこなんだ。

    そうかい。

    俺もおめえと同じ性分しょうぶんだ。

    俺なんざ、言い出したからには五分ごぶどころじゃねえ、

    一分いちぶだって退かねえんだ。

    よぅし、そこへ座ってろよ。

    おっかぁ、まきざっぽう一本持ってこい。


妻:え…何に使うのさ?


八五郎:いいから、ふしくれだって、ごつごつして太そうなの一本持ってこ

    い。

    おう、そんなんでいい。

    ほれっ。

    【薪屋まねのそばに放り投げる】


薪屋:…なんだい、変な真似まねするなぃ。

   そんなもの持ちだしておどかそうったって、そうはいかねぇよ。

   こわくとも何ともねえやな。

   こんなまきざっぽう、うちの店に来てみろ。

   売るほどたばになって積んであらぁ!


八五郎:あたりめえじゃねえか。

    薪屋まきやだもの、不思議ふしぎはねえやな。

    このまきざっぽうがどうしたっておめぇ、これァぶつかると痛いよ

    。

    おめえ、勘定かんじょうもらうっつってそこに座って、五分ごぶだって退かねえ

    、帰らねえって言うんだな。

    じゃあ俺も、おめぇに勘定かんじょうを渡さねえうちは帰らせねえからな。

    そのつもりでそこに座ってろぃ。

    五分ごぶでも退かねえっつったな?

    ならそっからもし五分ごぶでも動いてみろ。

    このまきざっぽうでおめぇのむこずねぶったたくからな。

    今そこにぜにを並べてやるから待ってろ。


薪屋:…早く並べろよ。


八五郎:…何ィ?


薪屋:ぃ、ぃや、ぁの…はやく、並べておくれよ。


八五郎:おくれよ、ったってそうはいかねえ。

    こっちもいろいろ都合つごうがあるからよ。

    まぁ何とか頑張がんばっちゃみるさ。

    そうだな…うまくいって……ふたつき…みつき

    ま、半年ありゃあな。


薪屋:…なんだって?


八五郎:半年かかるってんだよ。

    それまでそこで座ってろ。

    腹ぁ減って死んじゃっても知らないよ。

    俺んとこじゃ、き出しなんぞやらねぇんだから。


    …まぁ知ってるなかだからなぁ。

    遺体いたいだけは届けてやろう。


薪屋:冗談じょうだん言っちゃいけねぇ!

   そんなバカなこと———

   【立ちかける】


八五郎:あっこの野郎ォ動きやがったなッ!


薪屋:ちょちょちょッ待ってくださいよ!

   こらぁ驚いたな!


八五郎:何が驚いたなだ!

    おめえなんざぁずうずう々しいのを通りしてるよ、そうじゃねえか!

    人間てものは普段ふだんにあり、てぇ言うが、まったくでぇ。

    四、五日前におもてでもって会ったろ。

    あん時なんだってわきを向いちまうんだよ、ええ?


薪屋:…へへそらぁうそだァ、親方おやかたがーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    何を言ってやんでェ!

    俺が向いたかどうかそんなことが分かるかよ!

    俺が向いたと思ったらてめぇがぐるーっと回って俺の前に立った

    。またツラが合うじゃねえか。

    俺ァこの野郎に貸しがあると思ったら、口をかないでもいいよ

    。にっこり笑って頭の一つぐらい下げたって、バチぁ当たんねえ

    だろうが。

    わきぃ向いちまってどうしようっていうんだよ?

    おめぇは何かァ!?

    俺んとこの勘定かんじょう、もらわねえって言うのか!?


薪屋:バカなこと言っちゃいけねぇ!

   【立ちかける】


八五郎:ッこの野郎ォまた動きゃがったなッ!

    一尺いっしゃくでも動きゃあーー


薪屋:ちょちょちょだから置いてくれよそれは!

   そんなものり回しちゃいけねえよ!!


   じゃ分かった、分かりました。ともかくこうしましょう。

   今晩こんばん勘定かんじょういただいたつもりで帰りましょう。

   それでいいでしょう。


八五郎:いやだよ。


薪屋:え?


八五郎:いやだよ。

    俺ァつもりなんてのはこれっぱかりもねえんだ。

    そうじゃねえか。

    おめえは勘定かんじょうもらわねえうちは帰らねえ。

    俺は渡さなきゃ帰さねえって約束だ。

    ま、どうしても帰りたいってんなら、帰ったっていいよ。

    帰りいいようにして帰りな。

    はっきり決めて帰れ。

    もらったとかもらわないとか。


薪屋:…冗談じょうだんじゃねえや、ったく。

   それでもらわねぇとか言いや、またそのまきざっぽうり回そうって

   んだろ。

   しゃあねえ。

   ……いいよ。


八五郎:何ィ?


薪屋:い い よ!


八五郎:なんでぇいいよってのは。

    はっきり言えよはっきり。


薪屋:もらったよ。


八五郎:なにを。


薪屋:勘定かんじょうを!


八五郎:いつ。


薪屋:今さ!


八五郎:どこで。


薪屋:っぁ、あのねぇ、こっちもいそがしいんだ。

   からかってちゃ困るよ。

   どこでって言われたってさ、

   まぁ、じゃあ…このへんかな、ここ。


八五郎:このへん?

    俺ァこのごろ物覚ものおぼえが悪くってね、いま言われたような事でも

    忘れちゃうんだよ……ああ! ああそうか!

    今ここんとこでね!

    うん、おめえに勘定かんじょう渡したよな?

    もらったよな?


薪屋:【ぼやくように】

   …どうでもいいやなぁ。


八五郎:なんだ、帰んのか?


薪屋:帰りますよ!


八五郎:帰りますよじゃないよ。

    勘定かんじょうもらったら受け取り置いてかなくちゃよ。


薪屋:うけとりぃ?


   ちっ…、いいや、ここ一件つぶれたって。

   くれてやるっ…。


八五郎:ぁっぁっなんだそのくれてやるって、放り出すやつがあるかよ。

    商人あきんどってのはねぇ、愛嬌あいきょう肝心かんじんだよ。

    【にこやかに】

    毎度ありがとうございます。

    来年もどうぞよろしくお願いします。


薪屋:【無視して】

   ……ひとつ、きん二円八十五銭にえんはちじゅうごせんなり。

   みぎまさに受け取り申しそうろう…ッ。


八五郎:おぅおぅちょっと、ダメだよ、ちょっと、ちょっと待って。


    これはん押してねえよ。

    ちゃんと押していってくれ。


薪屋:親方おやかた…あんた、本気で言ってんのかい?


八五郎:当たり前だろ。


薪屋:……。

   押すよ。

   押しゃあいいんだろ。


   【セリフにあわせて何度もはんを押す・SEあれば】

   …こんなバカな話があるかぃ。

   もらいもしねえ受け取り出して、それにはんを押して。

   どこへ持ってったって、バカバカしくて、話にならねえよ。

   そういやゆうべ変な夢を見たなぁ。


八五郎:おぃおぃおめぇ、いくつ押すんだよそれ!


薪屋:いいだろ、綺麗きれいで。【二、三回連続ではんを押す】 


八五郎:真っ赤になっちゃったよ…。

    よし、もらった。


    【とても明るく】

    帰るか?


薪屋:【半泣きになりながら】

   ッ帰りますよッッ!!!


八五郎:そんなおめぇ、おっかねえ顔して帰るなよう。

    んなこわい顔して誤魔化ごまかして帰ろうったってダメだよ。


    まだりもらってねえじゃねえか。


    今やったのは十円札ーー


薪屋:冗談じゃねえよッッッ!!!


八五郎:……行っちゃったよ。


妻:行っちゃったよじゃないよ。あきれたね。

  かわいそうだよ、あんなことしてさ。


八五郎:いやだってよぅ、しょうがねぇじゃねえか、今日ばっかりはよう

    。


妻:どうすんのさ?


八五郎:どうすんのさったって…このままってわけにはいかねえだろう。

    春先になってなんとか目鼻めはながついたら、持ってってやらなくちゃ

    よ。

    今までの付き合い、これからの付き合いがあらぁな。


妻:薪屋まきやさんは何とかなったけど…、まだまだ掛取かけとりが来るんだよ。

  どうすんのさ?


八五郎:どうするったって、しょうがねぇじゃねえか。

    いちいち聞くなよ!


言い訳屋:えぇ~~借金の~~言いわけぇしましょう~~っ。

     えぇ~~借金の~~言いわけぇしましょう~~っ。


八五郎:おいおっかぁ、おもてを変なのが通るぞ。

    借金の言いわけをするとよ。


妻:そんなバカな奴がいるもんかい。


八五郎:いるかいったって、ほら、聞いてみろよ。


言い訳屋:えぇ~~借金の~~言いわけぇしましょう~~っ。

     えぇ~~借金の~~言いわけぇしましょう~~っ。


妻:あら、ほんとだ。


八五郎:ちょいと呼んで来い。


妻:え?


八五郎:呼んで来いってんだよ。


妻:呼べったって、なんて呼ぶの。


八五郎:ぁー……言いわけ屋さん。


妻:いいわけ屋さん?

  そんなこと言うのかい?

  あぁやだやだ。


  まったく、これだから貧乏びんぼうはしたくないよ。

  ちょいと、もし、言いわけ屋さん。


言い訳屋:ぁ~、どうも、年が押しまりましてございやす。

     おさむうございやすね。


妻:あぁいえ、そんな挨拶あいさつはどうでもいいですから、こちらへ。


八五郎:おぅはやく、あと閉めて。

    …今なんか聞いてるってェとよ、借金の言いわけをするっていうよ

    うに聞こえたんだが、そういうことかい?


言い訳屋:へえ、さようでございやす。


八五郎:そうかい、珍しい商売があるもんだなァ。

    どうやって言いわけするんだい。


言い訳屋:これは、半刻はんときで二円と言う事になっておりやす。

     おたがいさまでございやすんで。

     えぇ、決してお高くはないだろうと思いやす。

     半刻はんときあいだに何人参りましても、ぜんぶあっしがそれをお引き

     受けいたしやす。

     その代わり、一人も来なくてもおだい先払さきばらいでいただきやす。


八五郎:いやいやねえどころかどんどん来るんだ、頼むよ。

    二円って言ったね。

    おっかあ、家の中ひっくり返して探せ。

    なんかあるだろ。それでぜにこしらえてこい。


妻:わ、わかったよ…。

  【二拍】

  じゃ、すぐに行ってくるから。


言い訳屋:…大変ですなあ、おかみさんがつつみをこしらえて…。

     じゃ親方おやかた、こうしやしょう。

     は心ですから一割、二十銭にじゅっせんお引きしやして。


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    いいよいいよ、ここで二十銭にじゅっせんばかりまけてもらったって、

    どうにもならねぇや。

    うちのかかぁにゃ言わなかったが、今日はもう朝から足をぼうにし

    て金策きんさくに歩いてんだがね。

    どうにもならねぇ、このれはよぅ。

    にっちもさっちもいかねぇから、夜逃よにげしちまおうかと思ってて

    よ。


言い訳屋:そうでしたか。いや、あっしにまかしておくんなせぇ。


妻:ただいま!

  お前さん、なんとか二円できたよ!


八五郎:おぉできたかい!

    じゃ先生、ひとつあの、こまっけぇですけど、どうぞおさめて…、


言い訳屋:これはどうも、では受け取りをーー


八五郎:ぁいやいや、受け取りなんざ書かなくったっていいから、

    それで、どういう具合ぐあいにしたらいいんですかい?


言い訳屋:ええ、それではですね、あっしはこの入口を入った所に陣取じんど

     していただきやしょう。

     それと恐れ入りやすが、煙草たばこを飲みますんで、煙草盆たばこぼんに火を

     入れてこちらへ持ってきてくだせぇ。


八五郎:おいおっかぁ、ぐずぐずぐずぐずしてねえで、煙草盆たばこぼんを早く。


妻:え、えぇあの、これでよろしいですか?


言い訳屋:えぇそんなもんで結構けっこうです。

     それでお二人はこの部屋においでになっちゃあまずいんで、

     ひとつ、次のかなんかへ。


八五郎:いや先生…次のがある家に住んでるようなご身分みぶんだったら、

    そもそも金は借りねえし、先生もお呼びしませんよ。


妻:一度でいいから住んでみたいよ、そんなうち


八五郎:おっかぁ、それは言っちゃあいけねぇ。


言い訳屋:ゴホン、これァ不調法ぶちょうほうを。

     そうですな、では、お二人とも押し入れの中に入っていただくと

     言う事で。

     あ、掛取かけとりが来たらでよろしゅうございやす。

     それから、押し入れに入った後はくしゃみも咳払せきばらいも物音ものおと一つ

     立てませんようにお願いいたしやす。

     そうしねぇと、仕事がやりにくくなりやすんで。


妻:は、はい…。

  お前さん、さっき帰ってくる時、表で米屋こめや小僧こぞうさん見かけたよ。


八五郎:本当か?

    じゃ次は米屋こめやが来そうだな。


米屋:こんばんわー!!

   米屋こめやでござんす!


八五郎:【声を落として】

    そらおいでなすった!

    米屋こめや小僧こぞうだ!


妻:【声を落として】

  お、お前さん、早く押し入れに!


言い訳屋:【声を落として】

     くれぐれも音はたてねえでくだせぇよ。


米屋:こんばんわー!

   けますよー!

   っと、【小さくつぶやく】ぇ、だれ…?


言い訳屋:【かすかにうなりながらにらんでいる】

     ~~~~~~ッ。


米屋:【最後に行くにしたがってしりすぼみに】

   あの、おかみさんの話じゃ、夜分やぶんにはという事で来たんですけど…

   。


言い訳屋:【かすかにうなりながらにらんでいる】

     ~~~~~~ッ。


米屋:【つぶやく】

   え、な、なに、なんで何も言わないでずっとこっちにらんでんの??

   てかこのうちにこんな人いたっけ??


   おかみさんはお留守るすでしょうか?


言い訳屋:【かすかにうなりながらにらんでいる】

     ~~~~~~ッ。


米屋:【つぶやく】

   え、無視? そもそも聞こえてる?

   聞こえてるからこっち見てるんだよね?


   あの、お勘定かんじょうなんですけど!


言い訳屋:【かすかにうなりながらにらんでいる】

     ~~~~~~ッ。


米屋:【つぶやく】

   ぇ、やだ、なんでにらんだままちっとも動かないんだよぅ…。

   こ、怖くなってきた…。


   ぁの…また来ます…さいなら。


言い訳屋:…。

     帰りました。


八五郎:えぇ…なんですか、ちっとも口をきかねぇんですね!


言い訳屋:ええ口はきかねぇんです。

     あっしはね、にらみ返すんですよ。


妻:え…ちっともものを言わないで…?


八五郎:はぁぁ、にらみ返すんですか!

    いや、何だか知らねぇけどずっとしーんとしてて、

    そのうちに「また来ます…さいなら」なんて聞こえたもんだから

    、一体どうなっちゃったのかと思ってたもんでね。


言い訳屋:ははは、そうでしょうな。

     あ、さっきの小僧こぞうが戸を開けたまま帰っちまいましたんで、

     ちょっと閉めていただけやすか?


妻:あ、はい。

  お前さん、まだまだ来るだろうから、もういっそずっと押し入れに

  入ってた方がいいんじゃないかい?


八五郎:だなあ。


言い訳屋:ぁいやいや、来てからで結構けっこうですよ、来てからでーー


魚屋:【↑の語尾に喰い気味に】

   こんばんわー!!


言い訳屋:おや、次が来やしたか。

     お宅はなかなかありますな。


魚屋:こんばんわー!

   魚屋さかなやでございます!

   入りますよー!

   …え?


言い訳屋:【魚屋の「さいなら」のセリフまでかすかにうなりながらにらんで

     いる】

     ~~~~~~ッ。


魚屋:【つぶやく】

   あ、あれ?ここ八五郎はちごろうさん宅だよな…?


   えーお勘定かんじょうー……


   【つぶやく】

   え、やっぱり人違ひとちがいじゃなくて家違いえちがい?


   …さいなら。


言い訳屋:…帰りましたな。


八五郎:今のはずいぶん早かったですね!?


言い訳屋:ははは、あんなものは雑兵ぞうひょう端武者はむしゃほうですから、

     たばになって来たって驚くこたぁありやせん。


妻:いえいえ先生、あんなのばかりじゃないんですよ。


八五郎:そうそう、あとで手ごわいのが来ますから。


言い訳屋:いやいや、どんなのが来ようが、あっしがいったんお引き受け

     したからにはひとつ、親船おやふねに乗った心持こころもちでーー


高利貸し:ごめんッ!!


妻:お、お前さんッ…!


八五郎:き、来やがった…手ごわいのが…!


言い訳屋:まぁまぁ、早く押し入れに。


高利貸し:ごォめェんッッ!!


言い訳屋:【かすかにつぶやく】

     ほォ、こいつァちと骨があるな。


高利貸し:っごめんッッ!!

     !?


言い訳屋:【かすかにうなりながらにらんでいる】

     ~~~~~~ッ。


高利貸し:おっ…違ったか…?

     いやそうじゃねェ。

     八五郎はちごろう宅だな? わしゃあ、昼に再三さいさん来たもんじゃ。

     細君さいくんの話では夜分やぶんには間違まちがいねぇと、

     こういう話だったからまた来たんじゃ。

     見たところ、細君さいくんあるじもおらんようだが…、

     留守るすでも話が分かる者だと、こういうわけか?


言い訳屋:【かすかにうなりながらにらんでいる】

     ~~~~~~ッ。

     【以下、高利貸こうりがしのセリフ中、適宜てきぎにかすかにうなるのをはさむ

     と良いかもしれません。】


高利貸し:うぬは何か、ここの留守るすのモンか?


     【二拍】


     うぬに話が分かるかッ!!?


     【二拍】


     おいッッ!!

     うぬに話が分かるのかと、聞いとるんじゃ!!!


     【二拍】


     なんじゃうぬは!

     おかしなツラしてにらみよってからに!!


     【二拍】


     そんなツラぁして、わしを敵に回そうっちゅうんか!!?

     ふんッ、聞いて驚くんじゃあねェぞ!

     わしゃあドスの下を何回もくぐってきている男じゃ!!

     人の二人や三人、命を取るのは…何とも思っておらんぞッ!!


     【二拍】


     ああッ!!!?


     【二拍】


     ッ……。

     いや、まぁ、話はおだやかじゃあねぇがな。

     うぬもこのうちに頼まれてきたのかどうかは知らんが、

     わしゃあ那須正勝なすまさかつちゅうモンじゃ。

     どうだ、ここんとこは、おたがいにいい話をしようじゃねェか。

     うぬもいい、わしもいい、おたがいのひざとも談合だんごうということがあ

     るが、話し合いで決め……おいッッ!!


     何じゃさっきからわしにばっかりしゃべらしよって!!

     無礼ぶれいじゃろうがうぬはッ!!

     口もきけんのか!!?

     何とか言わんかいッッッッッ!!!!!


     【二拍】


     バカにしやがると、承知しねえぞッッッ!!!


     【二拍】


     おいッッッ!!!

     コラアアァァァァッッ!!!

     何か言えぇッッ!!!


言い訳屋:~~~~~~ッ。

     【かすかにうなりながらにらみつつ、おもむろにキセルを叩いて

     灰を煙草盆たばこぼんの中へ始末するとキセルを置き、居住いずまいを正す。

     自前のやSEで表現してください。】


高利貸し:ぉぉ待て待て待てッ!

     ぁぃや、誰もおらんようだから、また後日ごじつに改めよう!

     邪魔した!ごめんッ!


     【二拍】


言い訳屋:……ふ。

     帰りました。


八五郎:ははははは、驚いたなァ! いやすごかったねぇ。

    あの野郎にゃあ手こずってたんだ。

    よく追い返してくれたよ。


妻:ほんと、あの人にああやって来られたら、あたし達じゃどうにもなら

  なかったねえ。


言い訳屋:はは、ちょいと歯ごたえがありましたな。

     さて、そろそろ半刻はんときちましたんで、あっしはこれでおいとま

     さしていただきやす。


八五郎:ぉぉい先生、ここで帰られちゃ何にもならねぇ!

    これからなんですよ!

    今までのはじょくち、こっからが本番なんで!

    もう一円なんとか都合つごうするからよ、あと四半刻しはんときでいいからお願い

    してえ。


言い訳屋:いえ、そうしてもいられねぇんです。

     これから家へ帰って、自分のやつをにらみ返します。




終劇



参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


柳家小さん(五代目)

柳家小三治(十代目)



※用語解説


半刻はんとき:一時間。


四半刻しはんとき一刻いっとき(二時間)の四分の一。つまり三十分。または小半刻こはんとき


ひざとも談合:困りきった場合には自分の膝でさえ相談相手になるという意

      。誰とでも相談すればしただけのことはあること。



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