落語声劇「睨み返し」
落語声劇「睨み返し」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約40分
必要演者数:最低3名
(0:0:3)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
八五郎:貧乏長屋の一番路地奥の家で妻と二人で
暮らす男。
屁理屈が達者。
八五郎から掛取り隊を何とかするべく、言い訳屋の力を借りる事に。
妻:八五郎の妻。
とても苦労人。
言い訳屋:借金の言い訳をしましょうの触れ声と共に歩いている、
謎の男。
薪屋:八五郎宅への掛取りその壱。
VS八五郎、トンデモ斜め上理論+ほぼ恐喝の前に敗北、退散。
掛取りーズの中で最も出番あるが、最も哀れ。
米屋:八五郎宅への掛取りその弐。
VS言い訳屋、一切無言の圧力睨みに敗北、退散。
小僧、戸はきちんと閉めろ。
魚屋:八五郎宅への掛取りその参。
VS言い訳屋、一切無言の圧力睨みに秒で敗北、退散。
掛取りーズ四天王の中でも最弱。
鎧袖一触とはこの事か。
高利貸し:名前は那須正勝。
八五郎宅への掛取りその肆。
VS言い訳屋、言い訳屋をしてちと骨があると言わしめる。
しかし必殺の一切無言の圧力睨みに敗北、退散。
掛取りーズ四天王最強でイメージ的に強面で無頼的な感じだが
、わりと相手に強く出られるとよわよわ。
●配役例
八五郎・酒屋・高利貸し:
妻・米屋:
薪屋・言い訳屋:
※枕は誰かが適宜に兼ねてください。
枕:江戸の昔において、商売は掛けで行われ、その支払いというものは
大晦日に一年分のツケにするのが普通であったそうです。
皆さんはその時その時きちんと支払うのと、江戸時代のように年末に
まとめて払うのと、どちらがお好きでしょうか。
当時の有名なのに、「江戸っ子は宵越しの銭は持たない」とあります
。普段はそうやって威勢よく生きているものの、
「元日や今年もあるぞ大晦日」の川柳の通りで、かならずやってくる
大晦日とその借金取り立てである、掛取りに顔色が青くなるわけでご
ざいます。
「大晦日、箱提灯は恐くない」という川柳もございます。
武士は箱提灯と呼ばれるものを用い、商人などは弓張提灯というのを
使ったそうです。武士とくれば斬り捨て御免、無礼討ちなどがありま
すから、普段は大変に恐ろしい存在だったでしょう。
しかし大晦日、この日だけは侍よりも、弓張提灯を持った掛取りの
方が恐れられたんだそうで。
妻:何してんだい、この人は。
遅くまでいったいどこほっつき歩いてたのさ。
いくらか銭の算段が付いたのかい?
八五郎:別に。
俺ァ銭の算段しに歩いてたわけじゃねえよ。
妻:嫌だよこの人は、バカなこと言って。
あたしゃあてにして、首を長くして待ってたんだよ!
じゃ何のために外へ出てたんだい!
八五郎:何のためったっておめぇ、今日は大晦日だからなぁ。
表歩いてみな、大勢人が忙しそうに歩いてるでぇ。
まぁいつまで歩いたってしょうがねえやな。
寒くなってくる、腹も減ってくる、くたびれて足は棒になってく
るしよ。
じゃあどっかで一杯やろうかと思ったって銭がねえしよ。
しょうがねえから帰ってきたんだ。
妻:何をのんきなこと言ってるんだい!
こっちは昼間のあいだ、のべつまくなしに掛取りだよ!?
それはそうとお前さん、あたしの知らないところにも借金があるじゃ
ないのさ!
八五郎:うん。
妻:うんじゃないよ!
どうするつもりなんだい?
しょうがないから来る掛取りみんなに、
今晩間違いなくお届けしますと言って帰したよ。
八五郎:いや、そりゃまずいじゃねえか。
妻:なにがさ。
八五郎:まずいよお前、今晩間違いなくお届けしますって…。
今晩、間違いなくお届けしますじゃなくて、
今晩できましたら、間違いなくお届けします、と、
こう言わなきゃいけねえだろ。
妻:おんなじじゃないかそんなの。
八五郎:同じじゃねえよ。
できましたら、って言葉がそこに入ってるんだ。
できたら持ってく、出来なかったら持っていかなくたっていいっ
てことになる。
妻:そんな都合のいいやつがあるもんかい。
薪屋:こーんばーんわ!
妻:ほら、来たよお前さん。
どうすんの?
八五郎:【声を落として】
あ? いいんだいいんだ、黙ってろ黙ってろ。
返事するんじゃねえ。
黙ってろってんだよ!
薪屋:こーんばーんわ!
えぇ薪屋でございます!
お忙しゅうございます!
…?いねえのかな?
冗談じゃねえや、何度足を運ばせるんだよ。
この家一軒だけ相手に、掛取りに歩いてるわけじゃねえんだ
まったく。
お忙しゅうございます!
こーんばーんわ!
…しょうがねえな。
戸は、よっと…っ開いた?
あっこりゃどうも…ハハハ…なんです、おいでになったんですか。
いやご返事がないもんですからね。
お留守かと思いまして。
八五郎:…ご返事ないよそりゃ。
お忙しゅうございますって、俺んとこじゃねえと思うじゃねえか
。
お暇でございますと言えば俺んとこだ。
薪屋:…あはは、そうですか。
じゃもう、すっかりお片付きになって。
いや結構なことでございますな。
八五郎:結構なことはねえよ、誰かと思ったら薪屋さんじゃねえか。
こっちへ入ってあと閉めてくれ、寒いから。
で、何だい?
薪屋:ええ、昼間は三度ばかりお邪魔しておりまして。
八五郎:外に出てたんだよ、今しがた帰って来たんだから。
薪屋:おかみさんの話では、夜分には間違いなくお届けすると、
こういう話でございましたんでお待ちしておりましたが、
おいでがないもんですから、今ちょうど岡戸を通りましたんで
ちょいとお呼びしてみました。
八五郎:岡戸を通ったって、どう通ったんだ?
俺んとこは岡戸の通りようがねえぞ。
路地のいっちばん奥まった所なんだ。
薪屋:…へへへ、あの、表まで来たもんですから。
八五郎:わざわざ入って来たんじゃねえか。
んなことはどうだっていいんだ。
だからなんだよ。
薪屋:え?
八五郎:なんだよ。
薪屋:なんだよって…ですからあの、お勘定です。
八五郎:くれるのかい?
薪屋:やるわけないじゃないですか。
いただきにあがったんですよ。
八五郎:なんだよ、それならそうと早く言いなよ。
おめえがそこで突っ立ってムズムズムズムズしているから、
分かりゃしねえじゃねえか。
そうかい、勘定を取りに来たのか。
貸したものを取ろうと、こういうわけだ。
薪屋:へへへ…さようですなあ、ええ。
八五郎:俺も借りたものだからよ、きれいさっぱり払っちまって、
いい心持ちで明日の元旦を迎えてえやな。
薪屋:へへ、ありがとうございます、どうぞ、よろしくお願いします。
八五郎:よろしくお願いします、って、にこにこ笑ったってダメだよ。
貸したものを取ろう、借りたものを払おう。
ここまではお互いにいいんだな、ごく円満よ。
こっから先がダメなんだ。
もう一銭もねえんだ。
薪屋:…へへへ。
八五郎:いや、笑いごとじゃねえよ。
逆さにしても鼻血も出ねえってなこれだな。
サバっサバしてるよ。
おもしれえな。
薪屋:いや面白かありませんよ。
そこをなんとかーー
八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】
なんっともならない。
薪屋:…どうにかしーー
八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】
どうにもならねえんだよ。
ねえんだから。
おめえだって無ぇとこから無理に取ってこうって、
そこまで図々しくねえだろ。
薪屋:…なんです図々しくねえって。
あのね、これ普段の晦日じゃねぇんですよ?
大つごもり、大晦日、一年の締めくくりのーー
八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】
ダメだよ何のくくりだって。
ねえんだからしょうがない。
ねえから、お帰りよ。
薪屋:ハァ!?冗談じゃねえよ!
ねえからお帰り、はいそうですか?
子供の使いじゃねぇんだ!
バカなこと言っちゃ困るよ!
黙って指くわえて引っ込むなんてわけにゃいかねえ。
親方こそ図々しいを通り越してるね!
八五郎:そうかい。
薪屋:そうかいじゃないよ!
四、五日前に表でもって会ったろ。
あん時なんだって脇を向いちまうんだい、ええ?
「俺ぁこの野郎に借りがある」と思ったらね、
口を利かねえでもいいさ。
にっこり笑うか頭の一つぐらい下げたって、バチぁ当たんねえだ
ろうに。
脇ぃ向いちまってどうしようっていうんだよ。
じゃ何かい、うちんとこの勘定、踏み倒そうってのかい!?
あっしはね、今晩お勘定いただいて帰りますからね。
ともかく中に上げてもらってーー
八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】
おいおい、上がるなよ。
薪屋:上がりますよ!
冗談じゃないよ。
あっしはね、言い出したからには、五分だって後へ退く男じゃあ
ねえんだ!
今晩いただいて帰りますからね!そのつもりでいてくんねぇ!
八五郎:ほぉう、江戸っ子だねェ。
言い出したからには、五分だって後へ退かねえっなんてのは
嬉しいなぁ。
このごろそういう、骨のある奴がいなくなっちゃってよ、
寂しいなと思ってたとこなんだ。
そうかい。
俺もおめえと同じ性分だ。
俺なんざ、言い出したからには五分どころじゃねえ、
一分だって退かねえんだ。
よぅし、そこへ座ってろよ。
おっかぁ、薪ざっぽう一本持ってこい。
妻:え…何に使うのさ?
八五郎:いいから、節くれだって、ごつごつして太そうなの一本持ってこ
い。
おう、そんなんでいい。
ほれっ。
【薪屋のそばに放り投げる】
薪屋:…なんだい、変な真似するなぃ。
そんなもの持ちだして脅かそうったって、そうはいかねぇよ。
怖くとも何ともねえやな。
こんな薪ざっぽう、うちの店に来てみろ。
売るほど束になって積んであらぁ!
八五郎:あたりめえじゃねえか。
薪屋だもの、不思議はねえやな。
この薪ざっぽうがどうしたっておめぇ、これァぶつかると痛いよ
。
おめえ、勘定もらうっつってそこに座って、五分だって退かねえ
、帰らねえって言うんだな。
じゃあ俺も、おめぇに勘定を渡さねえうちは帰らせねえからな。
そのつもりでそこに座ってろぃ。
五分でも退かねえっつったな?
ならそっからもし五分でも動いてみろ。
この薪ざっぽうでおめぇの向う脛ぶったたくからな。
今そこに銭を並べてやるから待ってろ。
薪屋:…早く並べろよ。
八五郎:…何ィ?
薪屋:ぃ、ぃや、ぁの…はやく、並べておくれよ。
八五郎:おくれよ、ったってそうはいかねえ。
こっちもいろいろ都合があるからよ。
まぁ何とか頑張っちゃみるさ。
そうだな…うまくいって……ふた月…み月…
ま、半年ありゃあな。
薪屋:…なんだって?
八五郎:半年かかるってんだよ。
それまでそこで座ってろ。
腹ぁ減って死んじゃっても知らないよ。
俺んとこじゃ、炊き出しなんぞやらねぇんだから。
…まぁ知ってる仲だからなぁ。
遺体だけは届けてやろう。
薪屋:冗談言っちゃいけねぇ!
そんなバカなこと———
【立ちかける】
八五郎:あっこの野郎ォ動きやがったなッ!
薪屋:ちょちょちょッ待ってくださいよ!
こらぁ驚いたな!
八五郎:何が驚いたなだ!
おめえなんざぁ図々しいのを通り越してるよ、そうじゃねえか!
人間てものは普段にあり、てぇ言うが、まったくでぇ。
四、五日前に表でもって会ったろ。
あん時なんだって脇を向いちまうんだよ、ええ?
薪屋:…へへそらぁ嘘だァ、親方がーー
八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】
何を言ってやんでェ!
俺が向いたかどうかそんなことが分かるかよ!
俺が向いたと思ったらてめぇがぐるーっと回って俺の前に立った
。またツラが合うじゃねえか。
俺ァこの野郎に貸しがあると思ったら、口を利かないでもいいよ
。にっこり笑って頭の一つぐらい下げたって、バチぁ当たんねえ
だろうが。
脇ぃ向いちまってどうしようっていうんだよ?
おめぇは何かァ!?
俺んとこの勘定、もらわねえって言うのか!?
薪屋:バカなこと言っちゃいけねぇ!
【立ちかける】
八五郎:ッこの野郎ォまた動きゃがったなッ!
一尺でも動きゃあーー
薪屋:ちょちょちょだから置いてくれよそれは!
そんなもの振り回しちゃいけねえよ!!
じゃ分かった、分かりました。ともかくこうしましょう。
今晩は勘定いただいたつもりで帰りましょう。
それでいいでしょう。
八五郎:いやだよ。
薪屋:え?
八五郎:いやだよ。
俺ァつもりなんてのはこれっぱかりもねえんだ。
そうじゃねえか。
おめえは勘定もらわねえうちは帰らねえ。
俺は渡さなきゃ帰さねえって約束だ。
ま、どうしても帰りたいってんなら、帰ったっていいよ。
帰りいいようにして帰りな。
はっきり決めて帰れ。
もらったとかもらわないとか。
薪屋:…冗談じゃねえや、ったく。
それでもらわねぇとか言いや、またその薪ざっぽう振り回そうって
んだろ。
しゃあねえ。
……いいよ。
八五郎:何ィ?
薪屋:い い よ!
八五郎:なんでぇいいよってのは。
はっきり言えよはっきり。
薪屋:もらったよ。
八五郎:なにを。
薪屋:勘定を!
八五郎:いつ。
薪屋:今さ!
八五郎:どこで。
薪屋:っぁ、あのねぇ、こっちも忙しいんだ。
からかってちゃ困るよ。
どこでって言われたってさ、
まぁ、じゃあ…この辺かな、ここ。
八五郎:このへん?
俺ァこのごろ物覚えが悪くってね、いま言われたような事でも
忘れちゃうんだよ……ああ! ああそうか!
今ここんとこでね!
うん、おめえに勘定渡したよな?
もらったよな?
薪屋:【ぼやくように】
…どうでもいいやなぁ。
八五郎:なんだ、帰んのか?
薪屋:帰りますよ!
八五郎:帰りますよじゃないよ。
勘定もらったら受け取り置いてかなくちゃよ。
薪屋:うけとりぃ?
ちっ…、いいや、ここ一件つぶれたって。
くれてやるっ…。
八五郎:ぁっぁっなんだそのくれてやるって、放り出す奴があるかよ。
商人ってのはねぇ、愛嬌が肝心だよ。
【にこやかに】
毎度ありがとうございます。
来年もどうぞよろしくお願いします。
薪屋:【無視して】
……ひとつ、金、二円八十五銭なり。
右まさに受け取り申し候…ッ。
八五郎:おぅおぅちょっと、ダメだよ、ちょっと、ちょっと待って。
これ判押してねえよ。
ちゃんと押していってくれ。
薪屋:親方…あんた、本気で言ってんのかい?
八五郎:当たり前だろ。
薪屋:……。
押すよ。
押しゃあいいんだろ。
【セリフにあわせて何度も判を押す・SEあれば】
…こんなバカな話があるかぃ。
貰いもしねえ受け取り出して、それに判を押して。
どこへ持ってったって、バカバカしくて、話にならねえよ。
そういや夕べ変な夢を見たなぁ。
八五郎:おぃおぃおめぇ、いくつ押すんだよそれ!
薪屋:いいだろ、綺麗で。【二、三回連続で判を押す】
八五郎:真っ赤になっちゃったよ…。
よし、もらった。
【とても明るく】
帰るか?
薪屋:【半泣きになりながら】
ッ帰りますよッッ!!!
八五郎:そんなおめぇ、おっかねえ顔して帰るなよう。
んな怖い顔して誤魔化して帰ろうったってダメだよ。
まだ釣りもらってねえじゃねえか。
今やったのは十円札ーー
薪屋:冗談じゃねえよッッッ!!!
八五郎:……行っちゃったよ。
妻:行っちゃったよじゃないよ。あきれたね。
かわいそうだよ、あんなことしてさ。
八五郎:いやだってよぅ、しょうがねぇじゃねえか、今日ばっかりはよう
。
妻:どうすんのさ?
八五郎:どうすんのさったって…このままってわけにはいかねえだろう。
春先になってなんとか目鼻がついたら、持ってってやらなくちゃ
よ。
今までの付き合い、これからの付き合いがあらぁな。
妻:薪屋さんは何とかなったけど…、まだまだ掛取りが来るんだよ。
どうすんのさ?
八五郎:どうするったって、しょうがねぇじゃねえか。
いちいち聞くなよ!
言い訳屋:えぇ~~借金の~~言い訳ぇしましょう~~っ。
えぇ~~借金の~~言い訳ぇしましょう~~っ。
八五郎:おいおっかぁ、表を変なのが通るぞ。
借金の言い訳をするとよ。
妻:そんなバカな奴がいるもんかい。
八五郎:いるかいったって、ほら、聞いてみろよ。
言い訳屋:えぇ~~借金の~~言い訳ぇしましょう~~っ。
えぇ~~借金の~~言い訳ぇしましょう~~っ。
妻:あら、ほんとだ。
八五郎:ちょいと呼んで来い。
妻:え?
八五郎:呼んで来いってんだよ。
妻:呼べったって、なんて呼ぶの。
八五郎:ぁー……言い訳屋さん。
妻:いいわけ屋さん?
そんなこと言うのかい?
あぁやだやだ。
まったく、これだから貧乏はしたくないよ。
ちょいと、もし、言い訳屋さん。
言い訳屋:ぁ~、どうも、年が押し詰まりましてございやす。
お寒うございやすね。
妻:あぁいえ、そんな挨拶はどうでもいいですから、こちらへ。
八五郎:おぅはやく、あと閉めて。
…今なんか聞いてるってェとよ、借金の言い訳をするっていうよ
うに聞こえたんだが、そういうことかい?
言い訳屋:へえ、さようでございやす。
八五郎:そうかい、珍しい商売があるもんだなァ。
どうやって言い訳するんだい。
言い訳屋:これは、半刻で二円と言う事になっておりやす。
お互いさまでございやすんで。
えぇ、決してお高くはないだろうと思いやす。
半刻の間に何人参りましても、ぜんぶあっしがそれをお引き
受けいたしやす。
その代わり、一人も来なくてもお代は先払いでいただきやす。
八五郎:いやいや来ねえどころかどんどん来るんだ、頼むよ。
二円って言ったね。
おっかあ、家の中ひっくり返して探せ。
なんかあるだろ。それで銭こしらえてこい。
妻:わ、わかったよ…。
【二拍】
じゃ、すぐに行ってくるから。
言い訳屋:…大変ですなあ、おかみさんが包みをこしらえて…。
じゃ親方、こうしやしょう。
気は心ですから一割、二十銭お引きしやして。
八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】
いいよいいよ、ここで二十銭ばかりまけてもらったって、
どうにもならねぇや。
うちのかかぁにゃ言わなかったが、今日はもう朝から足を棒にし
て金策に歩いてんだがね。
どうにもならねぇ、この暮れはよぅ。
にっちもさっちもいかねぇから、夜逃げしちまおうかと思ってて
よ。
言い訳屋:そうでしたか。いや、あっしに任しておくんなせぇ。
妻:ただいま!
お前さん、なんとか二円できたよ!
八五郎:おぉできたかい!
じゃ先生、ひとつあの、こまっけぇですけど、どうぞ納めて…、
言い訳屋:これはどうも、では受け取りをーー
八五郎:ぁいやいや、受け取りなんざ書かなくったっていいから、
それで、どういう具合にしたらいいんですかい?
言い訳屋:ええ、それではですね、あっしはこの入口を入った所に陣取ら
していただきやしょう。
それと恐れ入りやすが、煙草を飲みますんで、煙草盆に火を
入れてこちらへ持ってきてくだせぇ。
八五郎:おいおっかぁ、ぐずぐずぐずぐずしてねえで、煙草盆を早く。
妻:え、えぇあの、これでよろしいですか?
言い訳屋:えぇそんなもんで結構です。
それでお二人はこの部屋においでになっちゃあまずいんで、
ひとつ、次の間かなんかへ。
八五郎:いや先生…次の間がある家に住んでるようなご身分だったら、
そもそも金は借りねえし、先生もお呼びしませんよ。
妻:一度でいいから住んでみたいよ、そんな家。
八五郎:おっかぁ、それは言っちゃあいけねぇ。
言い訳屋:ゴホン、これァ不調法を。
そうですな、では、お二人とも押し入れの中に入っていただくと
言う事で。
あ、掛取りが来たらでよろしゅうございやす。
それから、押し入れに入った後はくしゃみも咳払いも物音一つ
立てませんようにお願いいたしやす。
そうしねぇと、仕事がやりにくくなりやすんで。
妻:は、はい…。
お前さん、さっき帰ってくる時、表で米屋の小僧さん見かけたよ。
八五郎:本当か?
じゃ次は米屋が来そうだな。
米屋:こんばんわー!!
米屋でござんす!
八五郎:【声を落として】
そらおいでなすった!
米屋の小僧だ!
妻:【声を落として】
お、お前さん、早く押し入れに!
言い訳屋:【声を落として】
くれぐれも音はたてねえでくだせぇよ。
米屋:こんばんわー!
開けますよー!
っと、【小さくつぶやく】ぇ、だれ…?
言い訳屋:【かすかに唸りながら睨んでいる】
~~~~~~ッ。
米屋:【最後に行くにしたがってしりすぼみに】
あの、おかみさんの話じゃ、夜分にはという事で来たんですけど…
。
言い訳屋:【かすかに唸りながら睨んでいる】
~~~~~~ッ。
米屋:【つぶやく】
え、な、なに、なんで何も言わないでずっとこっち睨んでんの??
てかこの家にこんな人いたっけ??
おかみさんはお留守でしょうか?
言い訳屋:【かすかに唸りながら睨んでいる】
~~~~~~ッ。
米屋:【つぶやく】
え、無視? そもそも聞こえてる?
聞こえてるからこっち見てるんだよね?
あの、お勘定なんですけど!
言い訳屋:【かすかに唸りながら睨んでいる】
~~~~~~ッ。
米屋:【つぶやく】
ぇ、やだ、なんで睨んだままちっとも動かないんだよぅ…。
こ、怖くなってきた…。
ぁの…また来ます…さいなら。
言い訳屋:…。
帰りました。
八五郎:えぇ…なんですか、ちっとも口をきかねぇんですね!
言い訳屋:ええ口はきかねぇんです。
あっしはね、睨み返すんですよ。
妻:え…ちっともものを言わないで…?
八五郎:はぁぁ、睨み返すんですか!
いや、何だか知らねぇけどずっとしーんとしてて、
そのうちに「また来ます…さいなら」なんて聞こえたもんだから
、一体どうなっちゃったのかと思ってたもんでね。
言い訳屋:ははは、そうでしょうな。
あ、さっきの小僧が戸を開けたまま帰っちまいましたんで、
ちょっと閉めていただけやすか?
妻:あ、はい。
お前さん、まだまだ来るだろうから、もういっそずっと押し入れに
入ってた方がいいんじゃないかい?
八五郎:だなあ。
言い訳屋:ぁいやいや、来てからで結構ですよ、来てからでーー
魚屋:【↑の語尾に喰い気味に】
こんばんわー!!
言い訳屋:おや、次が来やしたか。
お宅はなかなかありますな。
魚屋:こんばんわー!
魚屋でございます!
入りますよー!
…え?
言い訳屋:【魚屋の「さいなら」のセリフまでかすかに唸りながら睨んで
いる】
~~~~~~ッ。
魚屋:【つぶやく】
あ、あれ?ここ八五郎さん宅だよな…?
えーお勘定ー……
【つぶやく】
え、やっぱり人違いじゃなくて家違い?
…さいなら。
言い訳屋:…帰りましたな。
八五郎:今のはずいぶん早かったですね!?
言い訳屋:ははは、あんなものは雑兵端武者の方ですから、
束になって来たって驚くこたぁありやせん。
妻:いえいえ先生、あんなのばかりじゃないんですよ。
八五郎:そうそう、あとで手ごわいのが来ますから。
言い訳屋:いやいや、どんなのが来ようが、あっしがいったんお引き受け
したからにはひとつ、親船に乗った心持ちでーー
高利貸し:ごめんッ!!
妻:お、お前さんッ…!
八五郎:き、来やがった…手ごわいのが…!
言い訳屋:まぁまぁ、早く押し入れに。
高利貸し:ごォめェんッッ!!
言い訳屋:【かすかにつぶやく】
ほォ、こいつァちと骨があるな。
高利貸し:っごめんッッ!!
!?
言い訳屋:【かすかに唸りながら睨んでいる】
~~~~~~ッ。
高利貸し:おっ…違ったか…?
いやそうじゃねェ。
八五郎宅だな? わしゃあ、昼に再三来たもんじゃ。
細君の話では夜分には間違いねぇと、
こういう話だったからまた来たんじゃ。
見たところ、細君も主もおらんようだが…、
留守でも話が分かる者だと、こういうわけか?
言い訳屋:【かすかに唸りながら睨んでいる】
~~~~~~ッ。
【以下、高利貸しのセリフ中、適宜にかすかに唸るのをはさむ
と良いかもしれません。】
高利貸し:うぬは何か、ここの留守のモンか?
【二拍】
うぬに話が分かるかッ!!?
【二拍】
おいッッ!!
うぬに話が分かるのかと、聞いとるんじゃ!!!
【二拍】
なんじゃうぬは!
おかしなツラして睨みよってからに!!
【二拍】
そんなツラぁして、わしを敵に回そうっちゅうんか!!?
ふんッ、聞いて驚くんじゃあねェぞ!
わしゃあドスの下を何回もくぐってきている男じゃ!!
人の二人や三人、命を取るのは…何とも思っておらんぞッ!!
【二拍】
ああッ!!!?
【二拍】
ッ……。
いや、まぁ、話は穏やかじゃあねぇがな。
うぬもこの家に頼まれてきたのかどうかは知らんが、
わしゃあ那須正勝ちゅうモンじゃ。
どうだ、ここんとこは、お互いにいい話をしようじゃねェか。
うぬもいい、わしもいい、お互いの膝とも談合ということがあ
るが、話し合いで決め……おいッッ!!
何じゃさっきからわしにばっかり喋らしよって!!
無礼じゃろうがうぬはッ!!
口もきけんのか!!?
何とか言わんかいッッッッッ!!!!!
【二拍】
バカにしやがると、承知しねえぞッッッ!!!
【二拍】
おいッッッ!!!
コラアアァァァァッッ!!!
何か言えぇッッ!!!
言い訳屋:~~~~~~ッ。
【かすかに唸りながら睨みつつ、おもむろにキセルを叩いて
灰を煙草盆の中へ始末するとキセルを置き、居住まいを正す。
自前のやSEで表現してください。】
高利貸し:ぉぉ待て待て待てッ!
ぁぃや、誰もおらんようだから、また後日に改めよう!
邪魔した!ごめんッ!
【二拍】
言い訳屋:……ふ。
帰りました。
八五郎:ははははは、驚いたなァ! いやすごかったねぇ。
あの野郎にゃあ手こずってたんだ。
よく追い返してくれたよ。
妻:ほんと、あの人にああやって来られたら、あたし達じゃどうにもなら
なかったねえ。
言い訳屋:はは、ちょいと歯ごたえがありましたな。
さて、そろそろ半刻経ちましたんで、あっしはこれでおいとま
さしていただきやす。
八五郎:ぉぉい先生、ここで帰られちゃ何にもならねぇ!
これからなんですよ!
今までのは序の口、こっからが本番なんで!
もう一円なんとか都合するからよ、あと四半刻でいいからお願い
してえ。
言い訳屋:いえ、そうしてもいられねぇんです。
これから家へ帰って、自分のやつを睨み返します。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
柳家小さん(五代目)
柳家小三治(十代目)
※用語解説
半刻:一時間。
四半刻:一刻(二時間)の四分の一。つまり三十分。または小半刻。
膝とも談合:困りきった場合には自分の膝でさえ相談相手になるという意
。誰とでも相談すればしただけのことはあること。