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そして、二三日で、前の会社の調査のこと、あのオーナーのお菓子工場のことや、里田万智のことは、探偵の頭から離れて消え去ろうとしていた。
担当の事件が終わっても、溜まっていた探偵会社の事務所でのその他担当仕事の書類の作製や、もちろん今回の事件の報告書の作製の仕事を消化するために、余計なことは考えず、探偵は仕事に集中する必要があった。
* *
机の中に、メモがあった。メモひ、次のような内容だった。
「君、輝元さんという人から連絡が入って、輝元さんは怒っているという話だったんだ。君から、連絡を入れて事情を聞いてくれないか?本当に偉そうな口の利ききたをする人らしい。何かトラブルになっても困るから」
メモには日付があり、それをみると、病院で留守のときに連絡があったらしい。
上司からメモの連絡が来たときも、探偵は、なんの対応も取らなかった。それから数日が経っていた。
輝元という人物に連絡を取ることはなかった。
探偵は、何日も連絡していないことを謝ることが億劫な気がした。
何にも増して、探偵には、輝元という名前に思い当たるところがなかった。
しかし、これが本当の事件の始まりであった。
それからまもなくの日曜日であった。目を覚ますと、音がうるさく頭が割れそうだった。ひどいことになっていた。誰かが、探偵の部屋のチャイムを執拗に鳴らしていたのである。このところ得意ではない書類書きで疲れていた探偵は、ぜんぜん寝足りない状態で起こされた。
探偵は、眠い眼をこすりながら、部屋の玄関の扉を開けると、外には、中年の男が立っていた。何年も忘れていたのに、探偵は、男を見るとすぐに男の名前を思い出した。
「輝元さん!」
探偵の部屋の扉を叩いていた男、それは十年ぶりに再会する先輩であった。
探偵は、この輝元が、紹介して探偵会社に勤めることになったのだ。