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ひとりの患者が大病院から出てくる。彼は、診察を受けて帰っていく。
その患者は、われらが探偵であった。探偵は、カウンセリングを受けると探偵会社に戻って残った仕事を済ませる必要があった。
探偵に何があったのか、それを知るために、病院に視点を戻して、病院のカフェをのぞいてみよう。
探偵を担当している医者が、探偵カウンセリングを終え、昼食一式ののったプレートを手にとあるテーブルにやってくる。
そのテーブルには、精神科の同僚医師が待っている。
精神科専門の病院ではないが、精神科も併設されているこの病院の精神科医である。
「前のクライアント、例の友達かい? さつき、ロビーで会ったんだ」
「付き合いは長い。彼の通っていた大学の診療室で非常勤の仕事をしていた。患者さんとカウンセラーとの関係さ。あの探偵さんは、大学生の頃から、知り合いだが、友達ではない」
「そうだ、思い出したぞ! 前世での食べ物の夢を見るという男。君のクライアントの話」
「……。そんなこと、俺は言った覚えないぞ」
「君が、面白いネタを言うと、その人のエピソードになるからな」
「カウンセラーになったばかりなころだったなぁ、その頃の学生さんは、今は、探偵さんだ。立派になった。確かに、探偵さんは、今でも、夢の中で不思議な食べ物の夢をみることがあるそうだ」
「不思議な症状」
「大学生だった探偵は、大学の診療所にカウンセリングを受けに来ていた。そして、探偵さん、他には見ない変わった症例のクライアントだった」
「彼は、頻繁に奇妙な設定の世界で白昼夢をみてしまうという症例。その白昼夢をみてしまうということは、探偵さんが子供の頃には始まっていたという。だから、探偵さんは、それが当たり前のことだと感じていたというわけなんだ。世の中の人間も誰でも、自分と同じように白昼夢をみるものだ、探偵はそう考えていた」
「そして、彼が大学に入って、彼はエリートの一員として世の中を歩むようになって初めて自分がいろんな意味で普通ではないと言うことに気づく、その時から、不思議な自分というものの正体を知る試みを始めたのさ」
「それはひとりじゃ無理だ」
「探偵は、自分を知るために人の助けが必要だということに気づく。つまり、よろず相談に乗るタイプの風変わりな精神科医、そんな白昼夢をみる探偵のことを偏見なく客観的に評価できる人物、それが俺だったというわけだ」
「俺は、教科書通りの形にはまった患者こそが好ましい」
「探偵は、好ましい人物だった。探偵は、俺と最初に会ったときから、つまり、彼が大学に入学したての頃から、有能で、礼儀正しく、いわゆるできた人間だった。しかし、すぐに俺は、虫も殺さないようなあの探偵の本質が恐ろしいデーモンの素養を持っていることに気づいた。それから、探偵とは十年以上もの付き合いとなる」
「あの探偵は、君という精神科医にとっては、なくてはならない研究素材となったわけだ。探偵の頭の中で、焼きついてしまっている白昼夢の解明が君の研究には不可欠なんだ」
「そう、その白昼夢の話なんだよ。探偵さんの話によると、話が変わってきている」
「ひょっとして、探偵くんの心の問題が解決してしまって、君と探偵くんの関係もこれでおしまいということになってしまうとか?」
「残念なことに、そういうことになるかもしれない。彼は、真実に気づいてしまったから。だから、もう白昼夢を見ることもないし、見たとしても自分はもう何も恐れることはない」
「真実についてって? どういうことか知りたいな」
探偵から聞かされた本当の話、探偵を担当する精神科医は、その話を納得しているというわけではなかった。そして、患者から聞いた話を同僚の、医師であるとはいえ、軽々しく話すべきか、それは問題であった。しかし、その内容は多くの人間が知るべき事柄を含んでいるようにも思えた。
「探偵が話してくれたことが、事実というのであれば、これは世の中の人間、誰もが知るべき問題であるはずだ」
「話してくれると言うわけか」
探偵の友人の精神科医はうなずいた。この精神科医は、同僚に、まず、探偵が担当した調査依頼について話す必要があった。
「この依頼について、探偵が調査を行って行くうちに、思いがけない事実に直面したのだ」
どうやったら、同僚に分かりやすく話せるのか、精神科医は少し頭を整理した。
「探偵が、依頼を受けた工場について話そう。というか、『黄金のレシピ』の話というか、街に流れているウワサを君も聞いているだろう」
「確かに、その手の都市伝説は皆好みだ」
「『黄金のレシピ』をめぐるウワサ。この話題が出てくると、皆、大昔の戦争の話と結びつけてしまう。その戦争のために死んだ人たちの恨みや呪いの話として考えてしまう傾向がある」
「確かに『黄金のレシピ』は、この話題が出るときには、大昔にあったあの大きな戦争の話が一緒に出てくる」
「確かに、『黄金のレシピ』 が発見されたのは、あの大昔の戦争の結果だというのは確かなようだが、あの話しが出てくると全体が、都市伝説というか、嘘っぽい話になる」
精神科医は、話を続ける。同僚の顔も真面目になってくる。
「さらに、これは、世間で話されていることなのだが、いつの間にかこの世界にいる人間たちは、謎の薬剤に汚染されてしまっている。人間たちのある種の悪は、この悪に手を貸したために、世界は汚染されてしまった。この話には、最近はこの手の都市伝説が付属してくるようになっている」
「魔女狩りか?」
「悪に手を貸したもの、汚染の背後にあるもの、人間というものに対して、同胞に対しての裏切りの犯人探しは、いつも、いつの時代も熱心に行われてきた」
「そして、犯人が見つかる。犯人は、濡れ衣を着せられたとしても、魔女狩りの側としてはぜんぜん気にしないわけだ」
「この犯人として、今度の場合も公然と名指しされているものがいる」
「それが、この土地の優良企業の工場であった。この工場は、地元の経済に対して大きな貢献をしているにも関わらず、根拠もない正義感から生じる攻撃にさらされることになった」
「そして、脅迫まがいの事件がたびたび起こるために、この問題の原因を探るべく、探偵会社に調査依頼が出されたというわけだ」
精神科医は、続ける。
「『黄金のレシピ』が、世界に広まり、『黄金のレシピ』により生まれたスィーツが、世界に広まり、『黄金のレシピ』によるスィーツは、すべての人間を毒して、だから人間はこの世界から最後には消え去る運命にある。正義が行われないとするならば」
「だから、密かに『黄金のレシピ』によりスィーツを生産している工場があるもの。そのような工場は、見つけ出され、解体されなければならない。そういうふうに、本気で考え、工場に対して脅迫状を送ってくるような者の正体を探るのが探偵の仕事であった」
「探偵は、仕事を始めた。工場に対する脅迫者の正体を探り始めた。そうすると、一人の協力者が現れた。彼は、街において保健衛生の仕事に携わっている人物であった。彼は、地元の経済に対して大いに貢献している工場でありながら、奇妙な噂が立っているこの工場の商品に対して、非公式な検査を行ってみたというのである。そして、この工場において、生産されたスィーツによる健康被害などは、いかなる形でも認めることができなかった」
「この工場より出荷されるスィーツが多く消費される地域において、精神科を有する病院が多く存在するということであった。つまり、精神科が多く求められる事情が存在するのである。つまり、この工場から出荷されたスィーツは、体というよりも、人間の精神に影響するのかもしれない。さらに、興味深いことには、ここの工場から出荷されるスィーツが多く消費される地域においては、原因不明の失踪事件が比較的多く発生しているのであった」
「ところで、探偵は、この工場において、ふたりの知人と遭遇した。しかし、このふたりの人物について、探偵は精神科医に何も話すことはなかった。しかし、このふたりの人物は、今回の事件に絡んでいた。そして、二人のうちのひとりは死んでしまった。
「そして、探偵は、死の現場にはいなかった。工場の地下施設において、非常事態に見舞われていたのである。これについても、精神科医は、秘密を守るように言われていた」
「探偵担当の精神科医が同僚に話してあげられる情報は、これくらいであった。そして、これらの情報から探偵が導き出した結論。それは、絶対に同僚に伝えて置くべきことであった」
「えっ、なんだってー?!」
探偵が出した結論を伝え聞いた同僚は、病院のカフェにいる人たちに悟られないように、しかし、声をひそめて驚いてみせた。