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「探偵さん以外、つまり、あなた以外、ほかでは相談できないことであるので……。つまりは、探偵さんだけが頼りというわけなのです」
というふうにオーナーによって切り出された別件の脅迫状の話は、つまりオーナーの話は、探偵にとっては契約的に考えると、憤慨もので、納得のいかないことであった。
探偵は、自分の報酬に見合うだけの働きはすでに十分に果たしている。そして、オーナーは、さらに多くの仕事をやらせようとしているのだ。
オーナーは、自分の思った方向に話を向けていこうとする。そして、オーナーは、思ったように探偵を動かし、事件や犯罪の匂いを探偵に嗅がせて、探偵を思ったようにタダ働きの方に動かそうとしている。オーナーは、今度はどういうふうに探偵とは名ばかりの自分の犬をタダ働きで動かそうとしているのか? 探偵は察しがついてきた。
探偵は、この自分の湧き上がる自分の不満を抑え込み、オーナーに自分の不快な気持ちを悟られないようにした。
オーナーは、自分の言いたいことは言えたので、満足したのだろう、探偵のために女子社員を呼び、今日の催しのために探偵を案内するように命じた。
こんかいの事件の調査期間、探偵が、工場内で調査活動するときには、オーナーは、探偵を見張るために必ず社員を同伴させていた。
探偵は、オーナーの邸宅から、工場への通路を女子社員づれで歩いて行った。
探偵についてきた社員は、初めて見る顔であった。
探偵は、女子社員に何か言いたげであった。物言いたげなイライラ感を隠すことはなかった。探偵は、この理不尽な思いを爆発させる前に、女子社員に何か聞きたいことがあるのだろう。探偵は、女子社員の一歩先を維持して歩み、何か話したげな様子で女子社員の顔を覗き込んだ。
探偵は、眼をしばしばさせた。そして、何かの信号を送った。そして、この信号への女子社員の反応、変化を女子社員の様子から読み取ろうとした。
探偵は、ついに意を決して、同行の女子社員にオーナーについて、どうにも収まりのつかないの愚痴をいった。
「やはり、オーナーは金に汚い、仕事は片付いているのに、また何か口実を考えついて、ただで俺をこき使う気なの?」
このストレートな愚痴は、探偵は小声でつぶやき、しかし、女子社員に聞こえても構うものかという気持ちもあった。
探偵は、探偵の仕事をオーナーから任されている今回探偵に同行している女子社員について言えば、女子社員の顔を見るたびに、自分の口から嫌味の一言、二言が出てしまう。
これは、探偵が、この女子社員を軽く見ているということではなく、この女子社員にたいして、逆に探偵の方がどこかで気を許しているということである。
女子社員も、少しは探偵に同情しているかもしれないが、オーナーに対して、探偵のために口添えすることはもちろんできないし、女子社員は無難に困った顔をしてみせるしかできることはないのだ。
こうして、女子社員は、探偵がこれ以上に、熱くならないように、探偵の話を、聞こえたような、聞こえないような様子で受け流している。機転の利く女子社員である。
工場は、まだ稼働しているのだが、町外れの小高い丘に位置する工場のあたりは、すっかり闇が降りてきていた。晩秋の趣のある工場の敷地を風が吹き抜けあちらこちらの落ち葉が踊った。
工場の敷地内の駐車場に、人には目立つ車が停まっていた。それは、最近人気の大型ミニバンであった。この大型のミニバンは、色は黒で新型車で見事な輝きを放っていた。工場の敷地内の駐車場には、軽自動車や小型の普通車がほとんどで、この大型のミニバンは目立っていた。
「オーナーの車?」
「オーナーは、お金があってもああいうのは買わないかも」
「今のオーナーは、お金があってもああいうのは買わないわ。そんな気がする」
「……」
「雇われ人とは言っても、ああいう車買う人もいるのよ」
このお菓子工場の一角には、社員食堂の設備があった。この食堂のホールの規模は現在の社員の数を考えてみれば、必要以上に大きかったし、造りも立派であった。
このお菓子工場は、かつては、地域においても一番の工場であった。近年何回にもわたってこの菓子メーカーの工場は、規模が縮小され、それにより、何棟もの工場建物が解体され、近郊の開発計画に敷地を譲り渡してきた。
工場の内外には、工場への出入りの人間をチェックするための監視カメラが最新設置されていた。そして、工場各所のカメラとつながったモニターを置くための部屋が用意されていた。
この度、探偵が提案するまで、このお菓子工場には、このような監視カメラのような基本的な犯罪対策もなされてはいなかった。すでにオーナーのこの菓子工場の経営に関しては情熱は相当に失われ、新たに先進的な防犯に対して投資がなされるようなことはなかった。成り行き任せの防犯体制でいたのが、今回の事件と無縁のこととはいえない。
「里田くん!」
女子社員は振り返った。そうである確かこの女子社員は名前を里田万智と言った。
この里田万智を呼んだのは、この菓子工場のオーナーであった。
オーナーは、里田万智という名の女子社員と探偵のところに小走りでやってきた。オーナーは急に走ったりしたものだから、息がひどく荒くなっていた。
オーナーは、息を切らしながら気持ちが整理されないままに、自分に生じた心境の変化を、思いつくままの断片的な言葉で、女子社員、里田万智に伝えた。
「大事だ! 異変だよ! こうしてはいられないよ。急に事態が変わったんだよ。これまでいろいろ迷惑かけて来たけども、これで、やっと、君のお父さん、つまり、俺のアニキに顔向けができるというものだ」
何かの知らせが、オーナーのところにもたらされたのだ。そして、オーナーは、いてもたってもいられなくなったのだ。
(里田万智は、地元において名家として知られる家の子女だとは……つまり、オーナーの縁故で……あの里田一族の……彼女が……)
探偵は、顔に怪訝な、というか納得のいかないという表情を浮かべた。探偵は、オーナーの言葉に思考が停止していた。オーナーの言っていることを真に受ければ、女子社員の里田万智というのは、オーナーの1枚上手というくらい上流の家、オーナーの兄の子女という話になる。探偵は、里田万智のそんな正体について、誰からも話を聞いてはいなかった。
一方、女子社員、里田万智は、オーナーに目配せして、良家の出身という秘密をバラされて苛立つ気持ちをオーナーに伝えた。
オーナーは、里田万智の目配せの真意をたちまちに悟ると、表情を凍らせ、身を縮み上がらせた。
また、このようにオーナーが外で大声で騒ぎ出すものだから、そのオーナーの声に、朝礼の要領で、すでに工場の食堂ホールに集まっていた工場の従業員、あたりにたむろしていた職員を含めこの工場の職員の大部分の人間が、工場の広場に集まり、探偵と、オーナーと女子社員の里田万智のことを取り囲んだ。
女子社員、里田万智のことでは、つい口を滑らせ、里田万智が地元の名士の一家の子女であることをバラしてしまうという失敗をしてしまったオーナーであったのだが、それでも今日のオーナーは、これで、意気消沈するようなオーナーではなかった。
というのは、オーナーのもとに、ほんの今しがたのことであるのだが、人知れず大きなガッツポーズを繰り返しやってしまうような大きなニュースがもたらされたからであった。
いま、オーナーは、今や、自分たち、つまり探偵や女子社員、里田万智を取り囲んでいる工場の職員の顔を一人ひとりの顔を眺めていった。そして、話し始めたのだ。オーナーは、このときにはすっかり、落ち着きを取り戻していた。
「皆さん、工場の職員、関係者の皆さんにお伝えしなければならない大きなニュースがあります。その前に、今日は、今度の我が工場を 巻き込んだ事件において、つまり私たちの悩みの種であったことについて解決のために活躍していただいた探偵さんのための日であります。そこで、この探偵さんの活躍について、一言紹介して置きたいと思います」
「操業を停止した第二工場の解体工事を行っていましたが、すでに解体工事が始まって二ヶ月が過ぎているのに、基本的な準備でさえもまだ進行中のありさまです。それは慎重に進められていました。それには、ある事情が関係していたのです。そして、今、解体工事の現場にて私が探していたものが見出されたという報告が入りました。この報告こそが工場の職員の皆さんと共有したい良い知らせであります」
「しかし、これを話す前に、ほんらい今日は、この工場が悩まされていたあの事件を解決しようと努力を尽くしていただき、ついには、犯人を特定することができたのであります」
さらに、オーナーは、今日、探偵として献身的な活動にまずは工場の職員を代表して感謝を述べる必要があった。
「私は、知っていました。たしかに、この探偵は、優秀だ。会社の事件というか、騒動が会社の外に漏れてることがないように、ないないに細心の注意をはらい調べを進めてくれた。そして、マスコミに取り上げられニュースになることのないように、適切な指示をオーナーや会社に対して出してくれた。これは、われわれにとってとても大切なことなのです。この心配りに対して、探偵に感謝しなければならない。工場の職員を代表してお礼を言います。ありがとう」
オーナーにとって、探偵に今度の仕事について工場の関係者を代表してお礼を言うということで、オーナーは気持ちの上で、今度の事件について一区切りつけることができたので、オーナーはある意味ホッとした気持ちになれた。
しかし、オーナーはこころの中にあった不安が完全に解消されたのかというと、そうとは言えなかった。
「探偵には、感謝の気持を伝えることができたので、ここで、私にとって、工場の職員にとってひとまず安心を得られましたが、皆さんも御存知のように、私は、第二工場の解体工事に際して、ひとつの考古学的な調査を進めております。そして、この考古学的な調査を初めて以来、正体不明の脅迫状が届くようになっているのです。口には出さずとも、今度の調査の危険性を感じました。そして、この考古学的な調査と脅迫状との関係を確かに感じました。それでも、今度の調査を今さらやめるわけにはいかないし、やめることもないと考えています。そして、このように脅迫を恐れずに、調査を粛々と進めていくことで、私たちは、このたび、ひとつの重大なこの調査について成果というものを得ることができたのです。この成果についてメールで私は本の今報告を受けました」
「皆さんも、ご存知であるように、我が社のこの工場を巡っては、ひとつの噂があります。太古の時代にこの土地に栄えていた古代都市に関わる話であります。この工場の地下には古代都市の神殿が存在しており、この古代神殿は、それは、現在、地下深くに埋まっているにも関わらず、神殿としての機能と力をこんにちにおいても保っているということなのです。私たちの考えは、間違っていないことが分かったのです」
「そして、今日、古代都市に、伝わる今日では『黄金のレシピ』と呼ばれるものの原典らしきものが、発見され、それが本物であると確認されたのであります」
オーナーの話は、熱がこもり始めた。オーナーの演説が終わらなければ、食堂に場所を移して、ここで食事会を始めるというわけにもいかなかった。