10.仲間のはず
「……お前ら。ここに来るのはせめてそっちで意見をまとめてからにしないか」
見かねて大原先輩が口を挟んできたけど、この言い方は納得いかない。
まとめるもなにも、わたしは春樹に今回の奇襲についてこれっぽっちも知らされていなかった。その点はどうなの。
「大原先輩、こんな馬鹿の話なんて聞かなくていいですよ。そもそもどうしてないこいつらを校内に入れてるんですか!? うちの学校と関係ないんだから不審者ってことで吉澤先生に頼めば一発退場になるでしょう!」
「身内の問題に口出ししてんじゃねえよ。ここで俺らが退いたとして、今後うちの結衣に手を出す奴が出てきた場合、お前ら皇龍に責任が取れんのか? 個人より集団を優先させることを美徳としているお前らとは根本的に話が合わないのは理解しているから、今は黙ってろ」
「わかった。俺が悪かった。言い合いなり罵り合いなりなんなりと好きにしていい。もう口は出さないから、お前らの諍いに俺まで巻き込もうとするな」
大原先輩の鮮やかな引き様に落胆を隠しきれない。もうちょっと感情に任せて突っ込んできてもいいんじゃないの。
絶対に巻き込まれてたまるかと言わんばかりにわたしたちから距離を置く大原先輩は、簡単にこちらの駒になってくれそうになかった。
大原先輩の隣にいる日暮先輩も、何を考えているのか表情が読めない。静観を決め込んでいるのか、彼は顔色ひとつ変えずにこちらを観察していた。
日暮先輩の気分と言葉ひとつで全部がひっくり返ってしまう状況なだけに、油断ができない。
あんたはこれからどうする気なの?
横目で春樹をうかがったのと同時。洋人が春樹に自身のスマートフォンの画面を見せた。
「女子の集団に水ふっかけられたんだと」
「……ほお」
もともと悪い春樹の人相がさらに凶悪になる。
洋人、あんたは頼むから空気を読んで。そしてタイミングを考えろ。
それにしても情報伝達が速すぎるって。怒れる菜月が脳裏に浮かんで、頭を抱えたくなった。
「この高校の女子生徒たちに、集団になって囲まれて、後ろから羽交い締めにされたところを、水道のホースで、か」
あえて周囲に聞こえるような声量で、春樹はスマートフォンの文面を読み上げる。余計なことを言うなとわたしが止めるより先に、春樹が冷徹な視線をくれた。
「無様だな。力で抑えられたらろくな抵抗もできないザコが格好つけて澄ましてんじゃねえぞ。俺らの行動にケチつける前に、てめえはまず自分を水浸しにした連中を黙らせてきたらどうだ」
「ああそうだよわたしは力がないからね。腕力でごり押しができないぶん、何事も準備が必要になってくるんだよ。わたしをこうした連中には地獄を見てもらう予定はあるけど、それは今じゃない」
「そうかよ。ならばこうして力のある俺たちが直々に来てやってんだから、回りくどいやり方をせずにここで実行に移しても問題ないだろ」
ここで——、と春樹は日暮先輩に目を向けた。
つまりわたしを水浸しにした実行犯たちではなく、自他共に認める学校一の実力者と言える皇龍のトップを潰して加害者もろとも黙らせる、ということか。
考えておいて瞬時にそれは違うと頭の中で否定した。
日暮先輩の実力をわたしはよく知らないけれど、それは春樹たちも同じはずだ。
絶対勝てると確証がない相手に、勝利を前提とした不確定要素を含むシナリオを春樹が作るわけがない。
菜月たちが最初から校内でわたしを探すために春樹たちと別行動をとっていたのなら、答えは至極簡単。——わたしの乱入を、春樹は最初から想定していたのだろう。
「……これ、わたしがここに来なかったらどうしてたの?」
小声で春樹に問いかける。
比較的近くにいる日暮先輩と大原先輩には聞こえたかもしれないけど、もうどうでもよかった。
今となっては下校もせずわたしたちのやり取りに静観を決め込む日暮先輩は、こちらの茶番に付き合ってくれているようにしか思えない。
「なるようにしかなんねえよ。言ったろ、『保険』はかけてきたって」
ああ、そう。どう転んでも春樹たちにとって悪い結果にはならないんだね。よくわかったよ。
気を取り直して春樹と向き合う。
「だから、わたしは手順を踏んでるって言っただろう。やっと気になったんだから、このタイミングで割り込んできてひっかきまわさないでよ」
「ああ? 面倒事はひとまず放置がデフォルトのお前の言うことなんざ信用できねえな」
殺伐とした言葉の応酬は変わらない。
やろうと思えば春樹となら罵り合いをエンドレスで続けられるけど、延々と周りに向けたパフォーマンスをしていても事態は進まない。
タイミングを見計らって春樹との話を区切り、日暮先輩を見上げた。
「どうします?」
「何がだ? 具体的な要件を言え」
大原先輩が眉間にしわを寄せた。
「見てのとおり、こいつらはわたしの言うことを聞いてくれそうにありません。わたしとしては、この場はモノトーンが引いて、皇龍のみなさんとは何もなかったということにしたいのですが、それだとこいつらの腹の虫がおさまりそうにないんです」
大原先輩の表情がみるみる苦いものに変わっていく。ようやく気づいたのか。
「ちなみに高瀬、そいつらを校外へ排除するという一点においては、俺とお前の目的は一致していると思うが。お前は俺たちと共闘する意思はないのか?」
「あるわけないでしょう。わたしはモノトーンです。個人としてそちらと共闘なんてあり得ません」
いやお前、ここまで散々武藤と言い合ってただろ——って、見物人たちは言いたそうだけど、口に出してこないならわたしもスルーさせてもらう。
「とはいえわたし自身、皇龍と争いたくないというのは本心です。そこで、ここにいる馬鹿な獣ふたりを沈めるためにも、わたしのほうから日暮先輩に提案をさせてください」
わたしは自分の濡れた身体を親指で指し示した。
「わたしも、さすがにここまでされて何もなかったことにできるほど、温厚ではありません。これをやった連中には相応のもてなしを返すつもりです。その際に、わたしの報復にこいつらモノトーンが関わることを、皇龍として黙認していただけませんか?」
簡単にうなずいてくれないのはわかっている。
この交渉は抗争を回避するために、加害者の生徒をモノトーンに売れと要求しているだけじゃないのだ。
皇龍の領地にモノトーンが入り込み、自由に動ける権利が含まれた要求など、彼らは簡単に良しとは言えないだろう。
だけどこれを承認してもらわないと、春樹たちは引き下がらない。
「言いたいことはわからなくもないが、それは無理な相談だ。こっちの縄張り内で、部外者に好き勝手されるのを俺たちは許すわけにはいかねえ」
大原先輩が短い前髪をかきあげながら言い放つ。
警戒しているのか、顔はわたしに向けながらも彼の視線は常に洋人の立つ方に向けられていた。
「高瀬」
呼ばれて見上げれば日暮先輩の鋭利な目と目が合った。
ほの暗い夜の闇を摸した感情のない瞳に揺るぎない信念を垣間見て、彼は台本通りに進んではくれないのだと悟る。
「お前がモノトーンではなく皇龍に籍を置けば、すべてが丸く収まるのだがな」
そしてわたしの都合や意思を顧みてはくれない。
日暮先輩の一言で廊下にどよめきが起こった。
「やらねえよ」
わたしが否定の言葉を口にするより先に洋人が動いた。
止める間もなく廊下を蹴って日暮先輩との距離を詰める洋人の前に大原先輩が立ちはだかり、向かってきた拳を軽く顔の横で受け流す。
大原先輩は突き出された洋人の手首をつかむと、洋人はふにゃりと体勢を崩し床に片手と片膝をついた。
なにがどうなったのか、よくわからない。
気がつけば洋人は片手を捻るようにして、大原先輩に拘束されていた。
「ガキが。いつまでも調子に乗ってんじゃねえぞ!」
余裕をなくした大原先輩が怒鳴った。
洋人は怒声に怯むことなく拘束者を睨みあげる。そして瞬時に身体ごと掴まれた腕を捻り返すように床を転がり、驚いて手を放した大原先輩から距離を取った。
洋人はすぐに立ち上がり、標的を日暮先輩から大原先輩に変更し攻撃を仕掛けようとする。
そんなふたりの間に春樹が割って入った。
「落ち着け。早まんじゃねえ」
洋人のこぶしを手のひらで握り、大原先輩に背を向けて仲裁に立った春樹は刹那、わたしの目の前で吹っ飛んだ。
低くて鈍い音とともに廊下の壁に背中を打ちつけ、春樹が崩れ落ちる。
わたしのすぐそばにはいつの間にか移動してきた日暮先輩が立っていて、これは彼の仕業なのだと理解するのと同時に、反射的に身体が動く。
春樹が立っていた位置にわたしが入り、洋人が暴走しないように片手を横に出して壁になる。
ここは敵地で、勝ち目がない状況だ。感情に任せて洋人を突っ込ませる訳にはいかなかった。
「これが皇龍の答えですか」
「けじめだ。外の奴らにいいようにされて、俺たちが最後まで黙っていると思ったのか」
どうやら平和的な解決を望んでいたのはわたしだけだったようだ。
日暮先輩たちと対峙する最中も、わたしの脳内では春樹が蹴り飛ばされる様子が何度も繰り返し再生された。
仲間に手を出されて許さないのはわたしも同じだ。
春樹に牙を向けた時点で、皇龍はわたしの敵となる。
悠然とこちらを見下ろしていた日暮先輩が口を開いた。
「荒事を嫌うなら、お前がこいつらを校内に入れさせなければいいだけだ」
冷めきっていく心で、どうやって皇龍を追い詰めようかと組み立てていた思考にストップがかかる。
改めて日暮先輩をまじまじと見上げたが、彼からは敵意や怒りは見受けられない。
先程春樹を蹴りあげたのは、本当に校内に侵入したふとどき者にけじめを示しただけなのか。
「もとよりお前が仲間に余計な心配をかけなければ、武藤たちはここまで乗り込んでくることもなかっただろ」
「一理ある」
日暮先輩の言葉に大原先輩が大きくうなずく。
つまり、あんたたちもこの件は全部わたしが悪いと言いたいのかそうなのか。
「皇龍を利用しようとさえしなければ、ここに在学しているお前が自分の身を守るためにちょっと派手に動いたとしても、俺たちは何も言わねえよ。目の前で味方が吹っ飛ばされて腹を立てる感情があるなら、お前の受けた理不尽な仕打ちに怒るこいつらの気持ちをわかってやったらどうだ」
大原先輩に諭される。
この人、さりげなく春樹たち他校生はアウトだけど、わたしが高校を掻き回すのは問題ないと言ってきてないか。
多分、これが皇龍側の示した譲歩なのだろう。
そういうのは、手を出す前に言葉にしてほしかったよ。
いや、先に動いたのは洋人だから、100パーセント皇龍側が悪いとも言えない……のか?
「おら、いつまでも野次馬になってんじゃねえよ。さっさと散れ」
大原先輩が観衆を帰らせる。次第に留まる人が少なくなるなかで、のろのろと立ち上がった春樹が狂気的な笑い声を上げた。
ぎょっとした生徒たちが不気味そうに振り返る。
もう話すことはないと自分たちも下校しようとしていた日暮先輩と大原先輩も足を止めた。
「どうでもいい。てめえらの取り決めなんざ俺たちが守る必要はねえんだよ。ここが誰の縄張りであろうが関係ねえ。この先も、結衣に手を出すやつはたとえ皇龍であろうが例外なくモノトーンが潰す。それだけだ」
「おい」
高らかに宣言してくれたけど、あんたのそれ、周囲を牽制しただけじゃないよね。
日暮先輩が春樹からわたしへと視線を移す。
「らしいぞ?」
ここでわたしに振ってくる時点で日暮先輩もかなりタチが悪い。
「風邪引くんじゃねえぞ。まあがんばれや」
大原先輩も。優しさを隠れ蓑にしてわたしにプレッシャーをかけることを忘れない。
この、今後モノトーンと皇龍が衝突するかどうかはわたし次第、みたいな流れはどうにかならないのか。
否応なしに強固な盾を持たされた気分だ。
身を守るには有効かもしれないけれど、盾を持つことでわたしの行動には大きな制限と責任が付随される。
盾を「足枷」と表現するつもりはないけれど、重たいものには変わりがない。
まったく、とんだものを背負わせてくれたものだ。
日暮先輩に続いて皇龍の人たちが去っていくあたり、今回は本当に縄張りで暴れた春樹たちを見逃してくれるらしい。
ならばわたしも、自分で言ったことはちゃんと遂行しなければ。
「あんたたたち、とりあえず学校の敷地から出ようか」
約束は守る。
こいつらの校外放逐は責任を持ってわたしが完遂しなければいけない。




