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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【幕間 被り物を捨てる】
94/208

9.味方がいない






      ◇  ◇  ◇





立ち向かった男子生徒はいとも簡単にこぶしを受け流され、バランスを崩して前のめりになる。追い打ちをかけるように背中を蹴られ、勢いのついた身体は開けっ放しのドアをくぐり教室の中へと頭から突っ込んだ。


その日、3年生は進路指導の連絡事項が重なり、1、2年生より授業終了後のホームルームが長引いた。


そうしてようやく迎えた放課後。我先にと帰路を急ぐ生徒たちの波に逆らったふたりの男によって、教室前の廊下は騒然となる。



「ザコに用はねえ」



男子生徒を軽くいなし、武藤春樹は低い声で吐き捨てた。


春樹自身、白の半袖シャツにストレートのパンツスタイルという学生の服装をしていたが、着用しているパンツのカラーはここの高校のものではない。

ゆえに在校生たちは一目で春樹を学校とは関係のない侵入者とみなした。


ある者は敵意をむき出しにし、またある者は戦々恐々と固唾を飲んで侵入者たちの動向を注視する。

そんななか、春樹の素性を知る皇龍の所属者が力ずくで拘束しようと試みるも、圧倒的な実力差から侵攻を止めることは叶わない。


悠然と歩いていた春樹が背後の悲鳴に身をひるがえし、足を半歩後ろに引いた。


刹那、春樹めがけて見知らぬ男が一直線に突っ込んでくる。男の肩を軽く押し、先ほどの男同様に教室の中へ捨てた。



「こっちに投げんなって言ってんだろ」


「おー、悪い。事故った」



春樹の後ろにいた岩井洋人が悪びれなく言い放った。



「……事故か?」


「ああ事故だ事故。わざとじゃねえって」



このやり取りは高校の敷地に入ってから、早くも3度目となる。


嘘つけ俺に敵をぶつけて笑いものにしようとしてんのはわかってんだよ。


喉から出かかった言葉を春樹はぐっと耐え、代わりに深いため息を吐いた。

目的達成のため、今ここでの仲間割れをするのは得策でない。


帰ったら覚えておけよ。


敵の手ごたえのなさに洋人がだんだんと飽きてきている。

今のところ「攻撃されるまでは手を出すな」という言いつけは守っているようだ。

しかしこのまま下っ端の相手ばかりで不満が溜まり続ければ、洋人は自分から敵に向かっていきかねない。


いい加減に本命とエンカウントしないものか。



春樹と洋人が3年の教室が並ぶ廊下にたどり着いたころには、周囲も攻撃を仕掛けない限り侵入者のふたりが手を出すことはないと理解したようだ。

春樹たちの後ろには殺気立った皇龍所属の男子生徒が数名、距離を取りながら様子をうかがっていた。


無関係の生徒たちが春樹と洋人を大きく避けて足早に下校していく。そんななかでひとりの男子生徒がふたりの前に立ちはだかった。



「大原武……か」



顔に覚えがあり、春樹がその名を呟いた。

惜しい。こいつは本命の一歩手前といったところか。



「何しに来た」



今にも襲い掛かろうとしている後ろの連中とは対照的に、大原は春樹たちに警戒こそしているようだが敵意は見受けられなかった。



「うちの猫がいつも世話になっているからな。あいつの通う学校がどんなところか、様子見ついでに観光しに来ただけだ」



春樹が親指で自らの後ろにいる皇龍の面々を示す。



「俺だって自分の身は可愛い。攻撃をしてくる奴は仕方なく相手になってやったが、こっちからは何もしてねえ」



「仕方なく」を強調し言い切った春樹の親指の先で集団が二つに割れた。



「いったいなんなんだ! 君たちはどこの学校の生徒だ!?」



生徒をかき分けて駆け付けた壮年の男性教師は、緊張に表情をこわばらせながら怒鳴る。



「早く学校の敷地から出ていきなさい!」



途中で声が裏返ったことで威厳よりも虚勢が強く強調された教師の声音は、教室の窓から事態を見守っていた生徒の不安をさらに増長させる結果となる。



「あー……悪い。先生、俺のミスだ」



春樹が口を開くより先に大原が言葉を紡いだ。



「社会研究部の出席する地域交流会の打ち合わせで今日の放課後、他校生がここに来ることになってたんだ。そういや報告と申請書出すのを忘れてたな。急いで来てくれたところ申し訳ないが、そういうことなんだ」



大原の説明に教師は眉間にしわを寄せ渋い顔をした。

しかし皇龍幹部として名を馳せる男の訴えを正しく察し、最後はそういうことならと大人しく身を引いて去っていく。



「便利な権力だな」



洋人がポツリと漏らす。皇龍の幹部ともなると、教職員すらうかつに口出しできないらしい。



「ああ。お前らが少しでも余計なマネをすれば、どうやら人違いだったとすぐにさっきの発言を撤回してやれる。不審者として警察に突き出されたくなければ大人しくしていろ」



大原の忠告を気にも留めず春樹はにやりと人の悪い笑みを浮かべた。



「そりゃ大変だな。怪しい不審者を高校の敷地内に入れたとなれば、学校側の責任が問われる大問題に発展しかねないってか」


「そこはお前らの言うことではないだろう。ここの関係者でもないやつらが——……」



言い返そうとして、大原は言葉を止めた。


生徒の安全に関わる問題が発生した際、主に学校側に責任を追及してくるのは誰だ?

多くは在校生の保護者——いわば学校とは直接関係のない人間が騒動に関心を寄せることになる。


実現すると、皇龍にとって非常に厄介な環境が作られてしまう。


春樹と洋人は自分たちを餌にして、最悪なものを召喚しようとしているのか。



——ふざけるな。



大原の苦虫を嚙み潰したような表情を見て、春樹がニヤリと笑う。



「そういや、俺たち側にもいたな。ここの関係者」



そうだな。考えただけで頭が痛くなる恐ろしい女が。



「知ってるか? 結衣の兄ちゃん、クッソ怖えぞ」


「知らねえよ」



遠い目をしてしみじみとぼやいた洋人に大原は間髪入れずに返したが、頭の中では別のことを考えていた。


あの高瀬結衣の身内が普通とかけ離れていることは、もはや疑いようがない。しかし今気にすべきところはそれではない。


学校に提出されている高瀬結衣の緊急連絡先が、2学期の始まりと同時に実家の電話番号が消えて、続柄が兄とされる男と、なぜか2つ目の連絡先が柳虎晴の名前に書き換えられているなど、春樹たちは知らなくていい。



「やっと来たか」



身構える大原の後ろへと春樹が視線を向けた。

奥の教室より姿を現した日暮俊也に、見物人たちが心の底から安堵する。



「重役出勤とは余裕だな。騒ぎが聞こえてなかったわけでもねえだろ」



すぐにでも日暮に飛び掛かっていきそうな洋人に大原が警戒を強くする。



「まだやめとけ」



洋人を止めた春樹の言葉は、耳にした者たちの不安を煽った。


……まだ、とは?



「よお」


「用件はなんだ」



そう言いながら日暮は大原の隣に並んだ。



「結衣がここの奴らにいろいろと世話になっているみたいだからな。挨拶ついでに様子を見に来たんだ」



春樹が真剣な表情で日暮と向き合う。



「うちの高瀬を随分いたぶってくれたようじゃねえか」


「何もやってねえだろ俺たちは」



大原の反論を鼻で笑い、春樹は周囲を見渡した。



「ここに通っている生徒全員があいつに敵意を持っていないとは言わせねえぞ。むしろ好意的な人間のほうが少数だろ。結衣に手を出そうとする奴を俺たちがひとりずつ絞めていくのは、手間も時間もかかるからなあ」



春樹は獰猛さを隠さず日暮を睨む。



「俺たちが観客のいる前でお前を叩きのめしておけば、今後誰も結衣に手を出そうとは考えないだろ」



また面倒なことを。

今さら遅いとわかっていても、大原は舌打ちせずにはいられない。


これなら春樹たちを不審者として処理しておくべきだった。


皇龍総長、日暮俊也が武藤春樹に負けるとは思っていない。だが、互いが本気になれば流血沙汰は避けられないだろう。


それに万が一、もしも春樹が日暮に勝ってしまったら……。皇龍の存在を揺るがす事態に発展しかねない。


春樹たちはそれらを承知のうえで日暮を挑発している。



「高瀬結衣はモノトーンだ。そして俺たちモノトーンは、仲間に手を出すやつには容赦しない。たとえ敵がどっかの街の英雄であろうが、例外じゃねえんだよ」



高らかな春樹の宣言は自分たちでなく、見守っている一般の生徒たちに向けられたものだと大原にはわかった。


これは皇龍の立場からすれば見逃せないことだ。

皇龍はこの街の絶対王者でなければならない。そんな組織の頂点に立つ日暮に対し、やつらは喧嘩を売った。

それも、多数の目撃者がいる面前で。


無謀としか言いようがない。

こいつらは自分たちのリスクについてどんな計算をしているのか。


ここまで挑発されると、春樹たちに敗北を認めさせなければ皇龍の面目が丸潰れになる。


こいつらを、タダで帰すわけにはいかなくなった。



「一戦付き合って夏休みのかりを返せよ。結衣が今の状態になったのは、てめえらにも原因があるだろ」



大原の心配をよそに、春樹が唸るように言った。


一触即発の空気が漂う中、日暮がわずかに目を細めた。



「……これは、高瀬の望んだことなのか?」



日暮の言いたいことを把握した大原も、比喩ではなく、まさに遠い目をして口を開いた。



「なんか、すんげー焦ってんぞ、あいつ」



大原が見たものに春樹たちが気づくよりも、人のあいだを縫うようにして近づいてきた小さな体が、春樹の背後をとるほうが早かった。



「すみませんでした!!」



見物人の中から突如現れた女子生徒——高瀬結衣は、息を切らせながら両手で春樹の頭を押さえつけた。







      ◇  ◇  ◇









校舎に入る際、濡れた靴と一緒に靴下も脱ぎ捨てた。足の裏に廊下の冷たさを感じながらとにかく急いで階段を駆け上がる。


髪の毛先から水滴が滴り落ちる。

水を吸って重くなったスカートと、肌にまとわりつくシャツの感触は不快でしかない。


3年生の教室前にできた人だかりが目に入り、心の中で悪態を吐きながら人をかき分けて前を目指す。


ようやく開けた視界の先で、春樹と洋人が皇龍の日暮先輩と大原先輩と対峙していた。


何やってんのあのバカ。

どうやればこの場をうまく収められるか、深く考えるより先に体が動く。



「——すみませんでした!!」



半分は皇龍とモノトーンに生じた軋轢を平和的に解決させるため。

もう半分はわたしに黙って好き勝手に動いてくれた春樹への憂さ晴らしのため。


自分よりもはるかに高い位置にある男の後頭部に手を伸ばし、走ってきた勢いのまま強引に頭を下げさせる。



「ご迷惑をおかけしてすみません。なんかこいつら、最近はっちゃけて調子に乗ってるみたいでして。本当に、この度は馬鹿が下校の邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした。このふたり含めて、馬鹿はわたしが責任をもって全員校外へ放逐しますので、今回だけは見逃してもらえませんか」


「……おい」



聞こえない聞こえない。春樹の声なんて聞こえない。



「もし次があるなら、わたしも諦めます。諦めてこいつの手足になってお宅との抗争に参加しますけど、今はやめておきましょう。戦争するならもっとこう、お互い準備が整ってからのほうが楽しいと思いませんか?」



ぽかんとあっけにとられる観衆に、心の中で密かに安堵の息を漏らす。掴みは上々。


あとは日暮先輩たちが平和な解決を望んでくれるかと、春樹が大人しく引いてくれるかどうかにかかっている。

一番の不確定要素が味方にある点に内心げんなりしつつ、対峙している皇龍ふたりの様子をうかがう。



「お前、何やってんだ?」


「それはこっちのセリフだ大ボケ」



横から口を挟んできた洋人に睨みながら吐き捨てる。


わたしと春樹を交互に見比べた洋人は至近距離にいながらも目を逸らして、一歩後ろに身を引いた。

勝手にしろ、俺は巻き込まれたくないと態度で示した感じだ。



「いい加減にどきやがれ」



春樹が抑えつけていたわたしの手をいとも簡単に外し頭を上げる。



「いらねえところで現れやがって。お前はとっとと下校してバイトにでも行ってりゃいいんだよ」


「当事者に向かっていらないとはなんだ。だいたいあんたたち全員、学校はどうした」



春樹たちの通う高校がある日奈守からここまではそうとうな距離がある。

放課後を迎えてまだ1時間もたっていないのに。春樹たちが6限の授業を終えてからうちの学校まで来るのは、時間的にも不可能なはずだ。



「今日は創立記念日で休校だ」



いけしゃあしゃあと言ってくれたな。



「嘘つけここに優等生が来てない時点でサボりはバレてんだよ」


「仕方ないだろ。優等生は今、向こうで外堀を埋めるのに忙しいんだよ」


「この期に及んでまだ何かするつもりなの!?」


「いざというときの保険をかけてきただけだ。気にすんな」



言葉の応酬の中、春樹がわたしに提示した情報を整理していく。


こいつに言った文句は心の底から出てきた本音ではある。

しかしこの言い合いを、感情に任せた罵り合いで終わらせてはいけないのは春樹もわたしも承知済みだ。


周りがこちらの空気に流されていてくれるうちに、最悪の事態に備えなければいけない。



「だいたい、どうしてよりによってわたしが一番関わりたくない、皇龍なんかに喧嘩売ってるのさ。あんたらわたしの高校生活を潰して楽しい?」


「すでに破綻した学校生活に潰すもなにもないだろ。むしろこうして、これ以上壊しきれないほど崩壊させてやった俺に感謝しろ」


「憎しみしか湧いてこないよ!」


「中途半端な傍観者気取りのやつらに始終観察された状況より、皇龍含め校内もれなく敵だらけのほうがお前も開き直りやすいだろ。安心しろ。たとえ学校中が敵にまわっても俺らはお前の味方だ。遠くから応援してやるよ」


「ばっかじゃないの!?」



いけない。

だから、感情任せになってはいけないんだって。


周りと一緒になって、わたしまで春樹の空気に流されてはいけない。


わかっているのに、焦るわたしの様子を楽しみながら余裕のある笑みを浮かべる春樹には殺意が沸き立つ。



「……まともだ」


「ああ。高瀬がまともだ」



背後から聞こえてきた会話は全力で無視するけど、できれば声を大にして言ってやりたい。


わたしがまともなわけじゃなくて、春樹たちの悪ノリがひどすぎるんだよ!






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