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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【幕間 被り物を捨てる】
93/208

8.乱入者






「……なっちゃん、なんでいるの?」



恐る恐る声をかければ、彼女——咲田菜月は額の汗をぬぐって深いため息を吐き出す。



「あんたが昔と何も変わらない馬鹿だからよ」



呆れ返った菜月がわたしの顔に張りつく濡れた髪の毛を指で横に流す。



「どうしてあんたはこれを苦しいと思えないのかしらねえ。心配するこっちの身にもなりなさいよ」


「いや、だから、知らなきゃ心配かけることもないし……」


「だーかーら、そういうとこを直せって、つい先日言ったばかりでしょうが!」



今度はげんこつで頭を挟んでぐりぐりーと。



「痛い痛い! ごめんなさい!」



もうね、周りを取り囲んでいる女子たちの比じゃないよ。菜月のほうが断然怖い。



「んだよ。てめえら、調子乗ってんじゃねえぞ!」



ようやく我に返った女が怒鳴ったけど、ホースは地面に向けられたままだった。

おそらく急に出てきた正体不明の菜月について、どう扱うべきか決めあぐねているのだろう。



「あら、わたしたちが楽しく話すことで、そっちに何か害でもあるの? 何もないなら放っておけばいいじゃない。いちいちムキになっていると程度が知れるわよ」


「自分たちが公開処刑を楽しんでたところに乱入者が場の空気を壊したら、誰だって不快になるよ。あとわたしは楽しくないよ、なっちゃん」


「あんたは黙ってなさい」



また怒られた。

ほんとに、どうしてなっちゃんがここにいるのさ。


堂々と、だけど冷やかにリーダー格の女を睨む菜月に対し、女子の集団には戸惑いが広がっている。

後ろめたい現場を見ず知らずの人間に見られたことへのダメージが大きいようだ。



「ふざけてんじゃねえぞ」



だけどわたしの前にいる女だけは怒りに手を震わせていた。今にも手に持つホースを菜月に向けてきそうだ。

さて、どうしたものか。


そうこうしていると、倉庫の角から新たな人物が姿を現す。



「やっと見つけた。まったく、相変わらず菜月は足が速いね」


「……げえ」



登場した男を見た途端、自然と顔が引きつっていくのを自覚する。


白シャツにこの学校の制服とは違う、モスグリーン色のパンツを着用しているその男。

さわやかに笑いながらも軽く息を切らせているあたり、その服装で校内を走り回ったのか。



「……あんた、何してんの?」



笑顔と腹の黒さに定評があるこの男。市宇成見はわたしの問いにわざとらしく首をかしげた。



「何って、菜月のいるところに俺がいてもなにも不思議じゃないでしょ」



言いながら、成見もこちらへと歩み寄ってくる。

成見は女子集団の輪の中央に立ち、ぐるりと360度、周囲を見渡した。

そしてゆっくりと女の手に持たれたホースを指差す。



「それ、彼女に向けたらお前の人生水没させるよ?」



脅された女がひぃっと短く悲鳴を上げてホースを地面に落とす。

——彼女。と示された菜月が「これしきのことで」とつまらなそうに呟いたのをわたしは聞き逃さなかった。


リーダーの女からわたしへと指先の向きを変えて成見が続ける。



「いや、別にこっちはいくらでも水浸しにしてくれて構わないんだけどね。ここまで濡れてると、なんかもう今さらな気もするし」


「おい」


「夏休み、身内にバケツの水を吹っかけた因果が巡りに巡って自分に返ってきただけだろう。こんなもの、軽い軽い」


「……あのさあ、ふたりとも。本当に、ここに何しに来たの?」



いい加減に話を進めよう。

成見にこの場の支配権を譲ってしまったら、わたしにさらなる被害が及びかねない。



「何って——」



菜月と成見が顔を見合わせる。



「俺たちは結衣がどんな高校に通っているのか知りたくて、みんな(・・・)で観光しに来ただけだよ」


「おい待て成見。今、みんなって言ったな。他に、誰と誰と誰が来てるって?」


「そんなに多くないよ。あとは春樹と洋人のふたりだけだ」



うーわー。格闘大好きコンビだー。



「……で、姿が見えない他ふたりは今どこへ?」


「あいつらなら、この高校一番の観光名所に腕試しに行って来るって」


「馬鹿じゃないの!?」



焦るわたしを涼しげに見下ろす成見が憎い。


菜月にいたってはリーダー格の女にガンを飛ばして牽制しているようで、こちらの話に入ってこようとすらしない。


どうしよう。

さっき組み立てたばかりのこれからの計画が、粉々に崩れていく。



「ええっと……あいつら、わたしの高校生活を潰したいの? わざわざ学校に乗り込んでくるとか、嫌がらせとしか思えないんだけど……本気?」


「あはは、そうだね」



そうなのか。



「春樹たちを止めたいなら早く行けば? 俺らはあのふたりがどこで誰にちょっかいかけようが、痛くも痒くもないわけだし。あっちは結衣の好きにしたらいいんじゃないかな」


「ちなみに、誰のところへ行くつもりだとか、そういうのは」



聞いていないのかと確認する前に成見が口を挟む。



「そりゃあ、せっかくここまで来たからには一番上を狙うんじゃないかな」


「お前らほんとにふざけんな!」



これは女子集団に構っている場合ではない。

カバンを成見へと放り投げ、急いで校舎へと駆け戻った。

スカートが足に張りついて非常に動きづらいけど、今はそれを気にしていられない。







      ◇  ◇  ◇







「——さて、と。邪魔な子がなくなったから、こちらも話を始めましょうか」



結衣が去ったのを見届けて菜月が女子集団へと口を開く。



「あ? なんだよ。あんたと話すことなんかないよ」



舌打ちして虚勢を張る女を前にしたところで菜月は動じない。



「こっちは大アリよ。あいにく仲間が目の前で水浸しにされるのを見せられてなんとも思わない、薄情な人間じゃないの」


「それを言うなら高瀬だってうちらの仲間を追いこんで、学校に来れなくしやがったんだ! 許せるわけないでしょ!」


「あっそ。どうでもいいわよそんなこと。どうせそいつが結衣にいらないちょっかいをかけて返り討ちにされただけでしょ。同情の余地もないわ」



きっぱりと言い切られ集団がざわめく。



「……だからって、言い返し方とか、もっと考えられたでしょう。なにも、心がズタズタになるまでひどいこと言わなくても……」


「それを嘆くなら、言葉を使った攻撃に容赦ができないヤバイ女に、そうとは知らず手を出してしまったことも、同様に嘆くべきね。そもそも結衣をいじめておきながら、あの子にいったいどんな優しさを期待したのよ。ばっかみたい」



ゆっくりと、菜月が集団の中心となっている女に歩み寄る。



「あんたたち、部活全体で高瀬結衣のことを嫌っていたんですってね。結衣ひとりを悪者にして一件を終わらせようとがんばっているようだけど、残念だったわね。ここまでくれば当然、その学校に来なくなったっていう女が結衣にいじめた原因も、きっちり調べられるでしょうね」



やらかしてしまった罪の意識から逃れるのは許さないと、菜月はまっすぐに女を見下ろす。


動揺した女が唇を震わせた。



「……違う。悪いのは高瀬よ!」



そして結衣を庇う、この菜月も同罪だと言わんばかりの激昂。

怒りのままに片手が振り上がる。先程までホースを握っていた女の右手だ。


しかしその手が振り下ろされることはなく、高く上がった状態で菜月の左手に手首を掴まれた。

女が驚き手を引こうとするが、捕えられた右手はびくとも動かない。



「ふーん。あんたのルールじゃ、気に食わない人間は感情に任せてで痛めつけても構わないってわけね。その道理に則るなら、わたしがあんたをぼっこぼこにしてもなんの問題もないわね。安心したわ」



女がわめいて身をひねらせる。

痛い、止めてと叫んでも菜月は涼しい顔のままだ。


異様な光景に周囲は困惑を隠しきれない。


女の手首をつかむ菜月は、別段爪を立てて肌に食い込ませているわけでもない。ただ本当に、手首を握っているだけ。


咲田菜月。元バレーボール部所属。

部活を引退してからも日々筋トレを欠かさない彼女の利き手の握力は50キログラムを超えている。このことをこの場で知っているのは、成見だけである。



「わたし今、ものすごく虫の居所が悪いの。だから、あなたの理屈はとても助かるわ。倫理や社会のルールに縛られることなく鬱憤が晴らせるのだもの」


「痛い! ほんとにやめて!」


「なに? 自分が人にするのはいいけど、される側になるのは駄目なの? それはまた、どうしてかしら?」


「お願いやめて! 話を聞いてって!」


「嫌よ。話し合いなんて面倒なことしないで、嫌いな者同士ぶつかりあいましょうよ。最後に残るのは強いほう。いいじゃない、わたし弱肉強食って大好きよ?」



そう言いながらも菜月は女の手を放す。


女が掴まれて赤くなった自らの手首をさする。真顔で睨む菜月の顔色をうかがう目には涙が溜まっていた。


完全に戦意が削がれた集団に成見は小さく肩をすくめた。


菜月とて、だてにあの屁理屈娘の幼馴染を長年務めてはいない。

彼女が結衣を助けに行くことについても心配していなかった。どちらかといえば、相手に手応えがなさすぎてつまらないと思えるくらいだ。


この程度の奴らが菜月の手を煩わせるなと。

現在、成見の不満の矛先はこの場を去った、彼にとっては最大の恋敵ともいえる屁理屈娘こに向けられている。


こんな小者、相手にするだけ時間の無駄だ。


成見が菜月の隣に立つ。



「憶えておけばいい。モノトーンは、仲間に手出しする奴に容赦しない」



成見と菜月。長身の男女が肩を並べるとなかなかの迫力だった。

女はたじろぎ、首をすくめて身を縮ませる。



「……モノトーンって、何よ」


「俺が説明しなくても、そのうち知ることになるよ」



現在進行形で仲間が宣伝活動に勤しんでいるから。



「行きましょう」



もうここの連中には興味が失せたと、菜月が成見に声をかけその場を立ち去る。


倉庫の角を曲がる。

ふたりの姿が見えなくなっても、残された女子たちはしばらくそこを動けなかった。



「じゃあわたし、マヤにスカートを返してくるわ」



そう言って校舎へと歩き出した菜月を見送り、成見は一足早く学校の敷地をあとにした。






      ◇  ◇  ◇







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