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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【幕間 被り物を捨てる】
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7.衝突





わたしが独り言を装って、マヤを巻き込むなと忠告したとき。

マヤを材料にして脅迫文をよこした結果、三國先輩が教室に乱入することになった、あのとき——。


うつむいて怯える彼女を観察して、面倒なタイプだとすぐにわかった。


二学期が始まってからというもの、わたしは筆記用具を盗まれ、机に落書きされ、靴箱をゴミ箱代わりにされた。

それらの出来事が起こった直後、必ず彼女は不安そうにこちらの様子をうかがっているのだ。


気づかないふりをし続けるのも飽きて探るような視線を向けると、彼女は毎回驚いた顔をして、申し訳なさそうに目を逸らす。


脅しや牽制にもなりやしない。

わたしも高瀬さんと先輩の板挟みで苦しいのだと言いたげな表情に、こいつはまた必ずやらかすと確信した。




実際のところ、彼女の所属する部活の先輩が、本当にこんなくだらないことを後輩に強制しているのか、わたしは知らない。


わたしの知っている情報はマヤから又聞きしたことだけだ。

もしかしたら部活という限られたコミュニティ内で彼女が見栄を張るために、先輩の威を借りてわたしに攻撃してきているだけなのかもしれない。

彼女の訴えは本当であり、その運動部では学年によって生じる階級は絶対で、年上に逆らえない環境が出来上がっている可能性もあるけれど……。


わたしからすれば「だからなんだ」以外に言うことがない。


どんな背景があったとしても、彼女がわたしに陰湿な攻撃をしている事実に変わりはない。

そして実行犯である彼女にとって、それらは「仕方がなかった」の言い訳ひとつで片付けてしまえる些細なことにすぎないらしい。


本来ならこちらを攻撃してきた時点で本人に直接忠告するところだけど、今回の彼女にいたっては、カウンターを食らわせるのをためらうほどに、打たれ弱い内面が見えてしまっていた。


そして案の定、一度正面切って話しただけで、この有様だ。


授業は休み、部活にも行かない。

なんの問題も解決しないまま、彼女は逃げた。



逃走については別段卑怯だとも思わない。

多少なりともまあそうなるだろうなという予測はできていた。


彼女に対してわたしと同じ心の強さは最初から期待していなかった。

だけど、わたしを悪者として嫌がらせをするなら、その悪者からの反撃もある程度覚悟しておけというのが本音だ。


こちとら目立たない生徒でいるのを諦めた時点で、自身の特異性はそれなりに表に出してきたつもりだ。

それも全部、無駄に終わってしまった。


きっと現在学校を休んでいる彼女は今も「わたしは悪くない」と思っていることだろう。


悪いのは自分に無茶な命令を下した先輩と、どうしようもない状況にいた自分を、さらに追い詰めた高瀬結衣というクラスメイト。


姿を見せなくなった彼女には、もはや勝手にしろとしか思っていない。

そういう意味では、自分が悪くないと感じているのはわたしも同じだ。


むしろ引っ込んでくれたおかげで、彼女の所属する部活の部員たちが目立つ動きをしてくれるようになったから好都合だ。


部活の仲間を登校拒否に追い込んだ——って、わたしを堂々と糾弾する理由ができたのだ。悪人らしくなってやったんだから、後輩なんか使ってないでいい加減元凶が自分で来いと念じていた今日このごろ。


ようやく願いが叶ったようだ。






      *






放課後、昇降口で下靴に履き替えていると、運動着姿の女子の集団に名前を呼ばれた。


件の女子生徒のことで話があると言われて着いていく。到着したのは、運動場の隅に建つ用具倉庫の裏側だった。


プールと隣接しているこの倉庫の陰は校舎から完全な死角となり、なおかつ学校の敷地の外にある道路とは高低差と垣根によって隔絶されている。


何かをするには絶好の場所だとぼんやり考えていると、いきなり集団のひとりに後ろから羽交い締めにされた。


この場にいたるまで、彼女たちの中で会話らしいものはなかった。

女子の人数は10人と少し。たしかこの部活、2年の先輩が8人いるんだっけ。

過半数を年上が占めているなら、数の少ない後輩たちはさぞ肩身の狭い思いをしていることだろう。


ぼんやりと考えていると、集団の中でも体格の大きな女子が初動を起こした。


一応もがいてみたけれど、抜け出すのは早々に諦めた。筋力に差がありすぎる。

ここは逃走に専念するよりも、今後のための実績作りに徹したほうがよさそうだ。


集団をぐるりと見渡す。人数は12人。後ろで拘束しているやつも含めて13人か。これぐらいなら顔も覚えられる。


目の前のリーダー格の女はわたしを仲間の仇だと言った。

そしてこちらが口出しする隙を与えず、先頭を切った女が足元の緑のホースを手に取る。

それを見計らい、倉庫の近くにいた女が水道の蛇口をひねった。


ホースの出口を指で圧迫して勢いがついた水が、わたしの顔に飛んでくる。

反射的に目を瞑って顔を横に背けると、周囲からどっと笑い声が聞こえてきた。


こっちが少し怯んだだけで、これか。

わたしの言葉は、はなから聞く気がない。

ここにいるのはろくに話し合いができない部類の連中だとよくわかった。


ならば方針を転換しないと。



ホースの水は顔だけにとどまらず、シャツやスカートも水浸しにしていく。

わたしの後ろで拘束している人にもかかっているはずだけど、ホースを持つ女はそれを気にする様子はなかった。

この部の空気を支配していているのはこいつか。

女がホースを操って一直線にした水をわたしのスカートの中央、ちょうど股間にめがけて飛ばしてくる。



「いやーん!」


「おねしょだーっ」



はやし立てる声に周りもつられて爆笑する。

現段階では先陣を切る女の行動を心配する者は見当たらない。

この異様なテンションの上がり方、今は楽しくても、冷静になって思い返した時に不安が押し寄せるパターンのやつだ。

後先考えずに調子に乗ってくれるのは、非常に助かる。



「なんとか言えよおら」


「うちらの大事な仲間傷つけといて、まさかこの程度で済むとは思ってないよね」



言われた言葉は可能な限り、どの顔の奴がそれを言ったかも含めて頭に叩き込む。

さて、これからどうしていこうか。



「なんか言えっつってんだろ!」



再び流水が頭にかけられる。

口を狙ってきている時点であんたの言葉と行動が矛盾しているのだけど、指摘してもどうしようもないことだ。



「……くだらない」



見計らって呟けば強烈な勢いになった流水を顔面にぶつけられた。水が鼻から気管に入って咳き込む。


——カシャッ、と。

短い機械音に顔を上げる。集団のひとりがこちらにスマートフォンを向けていた。


写真か動画かは判断できないけど、そのデータはわたしにとってとても魅力的だった。それ、ものすごくほしい。


スマートフォンを持っている人、名前はなんていうのだろう。あとで調べてみよう。


集団の罵詈雑言に耳を傾けながら今後について考える。


ひとまずこれだけやらかしてくれたのだから、大事にして彼女たちは部活名ごと表に引きずり出しても問題ないだろう。


時間も手間もかかるけど、この際教職員も含めた学校全体を巻き込んで、ここにいる連中とやり合おうか。

無論、皇龍だって例外じゃない。


そういえば、クラスの誰かがもうすぐ部活の秋季大会があるって言ってたな。


あえて大会直前に今されてることを表沙汰にしてみようか——?


どう動くのが、ダメージが大きい?


やると決めればできるだけ派手に、学校の関係者全員が認知する規模まで盛大な騒ぎを作り出そう。


こいつらには見せしめになってもらわないと、割に合わないじゃないか。


かけられる水は冷たいけれど残暑の厳しい9月の気候ではさほど苦にならない。

真冬に水を吹っかけられたあの時のほうが、よっぽど寒くて痛くて、苦しかった。


グラウンドから他の運動部の声が聞こえてくるころには気が済むだろう。

この水攻めもそう長く続かないはずだ。


だけどその前に、もしもこの場を第三者に見られたら嫌だな。

証人を得られるのはありがたいけど、人の口から口へと広がる噂話は制御が難しいから、いっそう注意を払わなければいけない。



「反省した? まあ、わたしたちに土下座したら許してあげなくもないよ」



あ、わたしこれ知ってる。


今のセリフはインターネットの世界において鎮火が大変な山火事を発生させるって、前に有希が言ってたやつだ。

しかしながらここはリアルな世界なわけで、何がどうってこともない。



「反省はしないし、許してほしいとも思っていない」


「は? きっしょ。なにこいつ」



いきり立つ女子たちを観察しながらどうしたものかと思案に暮れる。


時間が経過するにつれ、集団の中に変化が出始めた。

引くに引けなくなったホースを手にする女と、中心にいる女子たちの空気はずっと同じ。

しかしその周りでは次第に飽きてきたのか時間を気にする者や、無理に笑っているけど不安が隠しきれていない者がぽつりぽつりと現れる。


こいつらは一枚岩というわけじゃない。

ほころびがあるなら、内側からも簡単に崩せそうだ。選択肢が増えた。


これらのことを思案していると、視界の隅に人影が映った。



「あんたたち、なにしてんの!」



わたしたちのいる倉庫裏に、息を切らせた制服姿の女子が全力疾走で乱入してくる。



……って、あれ?



いきなりの大声。

突如現れた乱入者。


事態について行けず、集団はぽかんと口を開いて固まってしまった。

あっけにとられて動けないのはわたしも同じだ。


怒りの形相で額に汗をにじませた制服姿の女子がずかずかとこちらに近づいて、わたしの前で立ち止まる。



「その手、放しなさいよ」


「は? ……え?」


「放せっつってんでしょうが!」



怒声と共に乱入者の蹴りがわたしを拘束していた女子のすねを直撃した。

うめき声とも悲鳴ともとれる声が鼓膜を揺らしたかと思えば、すぐに身体は自由になった。


後ろで片足を押さえてうずくまる女子をちらりと見て、嫌な汗が流れた。


目の前にいる、うちの高校の制服を着た、細身で背が高く短い髪の怒れる女子は、半眼になってわたしを見下ろす。


怖い。ものすごく怖い。



「あ、ん、た、ねえ」



彼女の大きな手のひらが容赦なくわたしの頭を鷲掴みにする。



「なにが高校は特に問題なく過ごしてる、よ! これのどこが問題のない状況なのか、わたしの目を見ていちから説明なさい!」


「痛い痛い痛い! なっちゃん痛い!」



頭蓋骨が軋む。頭上の手をぺしぺし叩いて訴えたら解放してくれたけど、彼女の怒りはおさまっていないらしい。


いやそれよりも、この人こんなところで何してるの。






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