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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【幕間 被り物を捨てる】
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4.悪化






      ◇  ◇  ◇






彼氏が教室に乱入してクラスメイトに圧をかけるという衝撃的な出来事から数日が経過した。

あれから今日に至るまで表面上は平穏な日々を送っていた。


マヤの見たかぎりでは、結衣の態度……というよりも精神面に、変わった点はない。

しかしながら結衣の行動はここ二、三日で、以前にはなかった変化が見られるようになった。



「これ、どうしたの?」



結衣の机の横にかけられたスーパーの袋の中には、外靴のローファーが入っていた。



「ああ、念のため用心しているだけ」



安いものじゃないからね、と。結衣は何でもないことのように言った。


昇降口の靴箱にローファーを置けない理由なんて、考えるまでもない。

嫌な想像が頭をよぎる。マヤの心配をよそに、当事者たる結衣はいつもと変わらず眠たそうに目を擦っていた。

彼女はマヤの前で、困った顔ひとつ見せようとしなかった。






      *






「ごめんマヤ、予備のシャーペンを持ってたら次の授業だけ貸してもらえないかな」



結衣がそう言ってマヤを頼ってきたのは、体育の授業後に教室へ戻ったときだった。



「失くしたの?」


「どうだろう。次の授業が終わったら、一応更衣室に探しに行くよ。そこになければ購買で買って来る」



見つかることをまるで期待していない結衣の口調に、マヤは胸の奥が重くなるのを感じた。


もしかして、わたしの知らないうちに、結衣の周りでおかしなことが起こっているの……?


時間を置いても不安は消えず、三國と一緒にいる時や家に帰ってからも、常にマヤの心に付きまとった。






ただの杞憂であってほしいというマヤの願いは、翌日の朝にあっさりと壊された。


学校に登校すると結衣の席に一輪のコスモスを挿した花瓶が置かれていたのだ。

ひねりのないべたな嫌がらせに、マヤの開いた口が塞がらない。


まだ予鈴までに十分な時間があるため、教室には3人の生徒しかいなかった。

先に来ていたクラスメイト達は気まずそうにマヤを見て、あからさまに目を逸らした。


きっとこれは、彼らの仕業ではない。

それぐらいはマヤにもわかった。


結衣の机に置かれた花は気になるが、自ら進んでそれに触れるのはためらわれる。だから結衣と仲が良いマヤに、早くあれをどうにかしてほしい。教室にはそんな空気が流れていた。



「おはよう。どうしたの?」



背後から声をかけられてはっとする。

登校してきた田所がドアの前に立ち尽くすマヤを避けて教室に入ってきた。



「……ああ」



田所は結衣の席を見て納得すると、すぐにカバンのポケットからスマホを取り出す。そして花入りの花瓶が置かれた机を画像として残した。



「証拠は何かあったときに必要でしょ?」



マヤにそう言ってからスマホをしまった田所は、花瓶を手にして後ろのロッカーの上へと移動させる。

慣れているようで、田所には迷いがなかった。



「こういうこと、初めてじゃないの?」



マヤは今日、珍しく早い時間に登校した。

ひょっとして、自分や結衣本人も知らないところでも被害は起きていたというのか。



「ま、以前は頻繁にってわけじゃなかったけど、最近やたらと目立つようになった、かな。……ああいうの」



田所はマヤから花瓶へと視線を移した。



「いつも、田所さんが何もなかったようにしてくれていたの?」


「うん。まあ、高瀬さんのためというよりも100パーセント自分のためによ。あんなもの、もし高瀬さんが見つけてしまったら、どこに移動……というか、誰を巻き込もうとするか、なんとなくわかっちゃうのよね」



言いながら田所が目を向けた先をマヤも追う。

視線の先にあったのは教室前方、教員用の机だった。


たしかに。

結衣が素知らぬふりをしてあの場所に花瓶を置く様子が、マヤにもありありと想像できた。そして、それを見つけて怒る吉澤の姿も——。



「ばっちりを回避できるなら、あれを置いた誰かさんの恨みぐらい買ってやるわよ。どうせ自分から面と向かって文句も言えない臆病者でしょう。まったく」


「……勇ましいわね」


「だいたい、高瀬さんも高瀬さんよ。周りを巻き込んでターゲットに精神攻撃をかますやり方、本当にやめてほしいんだけど!」



それは、わたしに言われても……。



「結衣は、自分のことは自分で決めて動いてるから、わたしが何を言ってもどうにもならないわよ」


「そうかしら? むしろ津月さんのお願いだけは素直に聞いてくれそうな気がするけど」



もし本当にそうだったとしても、マヤは自分のお願いで結衣を縛るつもりはない。苦笑して、この件は曖昧に終わらせた。






      *






苛立ちと焦燥にかられる事態は続く。


その日、特別教室での授業後に教室へ戻ってきたら、結衣の机がひっくり返った状態になっていた。


絶句するマヤや居心地悪そうにしている先に教室に入ったクラスメイトを気にもとめず、結衣は自分で机を元に戻す。

床に接していた天板が浮いた際、ひらりと2枚の白い紙が床を滑った。


元はひとつの長方形だったものを裂いたであろう、一辺がいびつな切り口をしている4角形のそれがマヤの足元に落ちたので、両方拾い上げ裏返してみる。



「……なによ、これ」



紙の正体は写真だった。

ぼやけてはいるが、背景からして校庭で撮られたであろうそれは、制服を着た結衣の歩いている姿がぼんやりと中央に映っている。

写真はちょうど結衣の首のところで、横に2つに裂かれていた。



「どうしたの?」



教室の隅にまで移動させられていた椅子を結衣が回収して戻ってくる。

マヤは得体のしれない誰かの底知れぬ悪意に頭が真っ白になっていて、反応が遅れた。


結衣は怪訝そうにマヤの手から写真を奪い、映った物を見て顔をしかめる。

そして無言のままゴミ箱の前に立ち、静かに写真を裂いて細切れにした。

最終的に写真は紙吹雪ができそうなくらい小さくなって、そのままゴミ箱の中へと散っていった。


席についた結衣がそばに立つマヤを見上げて力なくへらりと笑う。



「さすがに、自分の写真は気持ち悪いや」



声を潜めたのは、周りに聞かれたくない人がいるからか。不快な思いをしたことを、悟られたくないからだろうか。



「あたりまえよ。あんなもの、腹が立って当然よ」



マヤも倣って小声で訴えた。


だるそうに机に伏した結衣は腕を枕にして顔をマヤに向けた。そうして嬉しそうに目を細める。



「うん。怒ってくれてありがとう」


「……あのねえ」



不意打ちすぎるお礼にマヤは毒気を抜かれ、思わず机に手をついてしゃがみ込んでしまった。



「危機感はないの?」


「そこまで気にしなくていいよ。不快感を顔に出したら向こうが調子に乗るだけだし、やることがエスカレートしかねない」


「結衣が無視していても、やっていることがエスカレートしている気がするのだけど」


「たしかに、ここのところ陰湿さに磨きがかかってきてる……のかな? くだらないまねしてないで、もっと別のことに青春を捧げたほうが時間を有意義に使えるのにね」



どこまでも他人事のような口ぶりだった。

前を見据えたまま、結衣は続ける。



「誰の仕業か、大方の見当はついている。ある意味面倒な相手だし、もし相手がこちらに何かをしているのを見かけても、できればスルーしてほしい」


「わたしは、現場を見ても注意してはいけないの?」



友人が被害にあっているのを無視しろというのは、たとえ本人の望みであっても納得できない。



「絶対に、とは言わないけど、可能な限りはお願いしたいかな」



起き上がった結衣は肩をすくめて自嘲する。



「世間一般の常識からして、いけないことをしてるってわかっているから、人の目に触れないように攻撃してくるんだろうけど。きっとこれをやってる本人は、本当に悪いことをしているなんて思ってないよ。常識と正義は違うものだと認識していて、動機は自分の正義のためだけど、同時に周囲の目を気にしている。そういう人間ほど、こっちが無理矢理舞台に引きずりだすと、脆すぎて別の問題を引き起こしかねない」


「ひょっとして、こういうことは初めてじゃないの?」


「まあね。わたしの男友達、本性はアレだけど見た目とスペックはいいやつが何人かいるから。やっかみは昔から日常茶飯事なんだよ。いつもなら嫉妬の元になった男どもに押しつければいいんだけど、今回の元凶は柳さんだからなあ」



遠い目をして苦々しげに前髪をくしゃりと掴む姿に、マヤは少なからず同情をおぼえる。

どうして結衣だけが、毎回こんな目に遭わなければいけないのか。



「本当に、面倒臭い」



吐き捨てられた結衣の言葉は授業開始を知らせるチャイムにかき消された。







      *







翌日、マヤはいつもより1時間以上早く目が覚めた。

再び眠る気になれず、身支度を済ませ家を出る。

三國は今週、寝泊りをアークでしているため、昨日と同様に朝はひとりで登校した。


このままいけば朝のホームルームまでかなり時間に余裕ができる。のんびり歩いても間に合うのに、マヤの足はいつもより早く動いた。


昨日、結衣の机の上に置かれてあった花瓶が頭の中に浮かんでは消える。

今日は何も起こらないでほしい。

異変がないのをこの目で確かめて、安心したかった。


学校の敷地に入り、昇降口で靴を履き替え階段を上る。教室の方へと廊下を進めば、開かれたドアの先に今日もクラスメイトが数人先に来ているのが見えた。


あの人たちはいったい何時から学校に来ているのかと感心して、首をひねる。



——何かしら? 昨日と様子が違うみたい。



教室の中では女子生徒が3人、教壇の上でTシャツにハーフパンツ姿の女の子と話し込んでいる。

遠くからでもわかる深刻そうな空気に、マヤは一瞬教室に入るのを躊躇した。


朝の早い時間だ。

人が来るなんて想定していないのかもしれない。


内々の話をしているなら、自分が邪魔になっては申し訳ない。校内を散策してくるのもいいかもしれない——と。

マヤが気を回しかけたちょうどその時、女子生徒たちの前にある黒板が目に入った。


そこに貼られた写真は大きさは違えど見たことがある。昨日、ひっくり返された結衣の机に挟まれていたもので間違いない。


A3サイズのコピー用紙に拡大された結衣の写真は、昨日と同じく首が切れるように裂かれていて、分離した2枚の紙は隙間を開けてマスキングテープで固定されていた。



「あ、津月さん!」



制服姿の女子のひとりが、こちらに気づいて呼びかけてくる。気のせいじゃなければ彼女はどこか、マヤが来たことにほっとしているように見えた。


無視するわけにもいかず教室の中へと入る。



「どういうことなの……? これは」



声が震える。混乱していて上手く言葉が出ない。



「わたしたち、今日は朝練の日で、始まる前にカバン置きにここ来たのだけど、そしたら……」



言いにくそうに彼女はひとり運動着姿の女子生徒に目を向けた。



「……彼女が、これを貼っているところに出くわしたの?」



マヤが訊くと、気まずそうにうなずかれた。


写真を貼ったとされるクラスメイトの女子について記憶をさかのぼる。


そうだ。今月の初めに、結衣のことで相談を持ちかけてきた。しかしあれ以来、彼女はマヤに接触してこなかった。

お互いが関わらないことで、この問題は解決したのじゃなかったのか。



もしかして、わたしが知らなかっただけで、事態は終息していなかった——?



「……うん、でもね。この子の話聞いてたら、わたしらもどうしていいのかわからなくなって……」



難しい顔をして3人の女子は目を合わせてうなずきあう。その間、加害者である彼女はうつむいたまま動かなかった。



どうして?


結衣にこんな仕打ちをする人に、ここにいる人たちは同情的なの?



理解が追いつかない。



「ご、ごめん。わたしらもう朝練に行かないと。演奏会も近いし、遅刻したら怒られるから」



言うや否や、3人はこの場をマヤに任せて慌てた様子で教室を去ってしまった。





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