23.末路
◇ ◇ ◇
深夜になっても、皇龍とモノトーンの一日は終わらない。
春成木市にある、アークにほど近い3階建てのビル。
上階ではバーやスナックのネオン看板が光る建物の地下へと、野田たちは向かっていた。
そこはアークのオーナーが表向きの所有者とされているが、長年にわたって皇龍が利用してきた場所だった。
貸店舗にしている一から三階のビル全体の持ち主は、初代皇龍の柳だという。
野田を含めた皇龍の人間は、この建物の地下を使用できることを当然としていて、そこの所有権や維持費についてこれまで考えたことすらなかった。
土地や建物は持っているだけで金がかかる。改めて考えるまでもなく、当たり前のことである。
皇龍が自由に利用できるこのような場所は、春成木の街にいくつも点在していた。これもまた、結衣が言うところの普通ではあり得ない話なのだろう。
野田たち皇龍が街で優遇されるのは、この街という特殊な環境があるからこそ。
容赦なく野田にその事実を突きつけた結衣は、この街に来てからというもの、特殊な環境に存在する皇龍を、どのような思いで見てきたのだろうか……。
「どうとも思ってないだろ。あいつは」
皇龍に同行したモノトーンの洋人と成見に、野田がそれとなくこぼしたら、気にするまでもないとばかりに返されてしまった。
「結衣にとって皇龍とこの街の特色は、そういうものだという認識しかないはずですよ。目的達成のための攻撃材料に使えるかなってぐらいじゃないですか? そこに狭い世界でふんぞり返っていばり散らしてる皇龍が哀れむような感情なんてありませんよ、きっと」
ましてや皇龍を羨むなど論外だと、一見親切心に溢れた善人そうな顔で、成見は野田に特大の嫌味をくれた。
「まあ、結衣にいたっては喧嘩腰で向かってくるうちが華ですよ。全力で敵とみなした相手には外堀から徹底的に崩していきますから、あれは。気づいたころにはもう手遅れ、というのはよくあることです」
「てめえもたいがい変わらねえけどな」
うん。俺もそこは岩井に賛同。
「嫌だなあ。俺って結衣ほどわかりやすく喧嘩吹っ掛けたりはしてないつもりなんだけど」
その分嫌みは結衣の7割増しな気がするけどな。
回りくどくてわかりづらい敵意を変化球で寄こしてくる成見という男と比べたら、結衣がとても誠意的に思えてしまう。
アークに隣接するバイク置き場から目的のビルまで、野田たちはそんな会話をしながら歩いた。
友好的とまではいかなくとも、モノトーンのふたりには皇龍に対する敵愾心やライバル意識がみられなかった。
言い方を変えれば、皇龍にはまったく興味がないということなのだろう。
ビルの裏口から3人で薄暗い階段を下りる。
地下の部屋は自然の光がいっさい入らない、閑散としたホールのような空間が広がっていた。むき出しになったコードが天井を這い、垂れ下った無数の電球が今回の主役を照らしている。
「遅いよー。君たち」
奥に設置された舞台の下に集められたのは、西の連中。そいつらの前には先に到着した日暮と櫻庭が立つ。ほかに皇龍の所属者が6人、ドア付近に控えていた。
「すみません。完全に遅刻ですね」
成見が先陣を切って連中に歩み寄る。
一瞬かいま見たモノトーンふたりの横顔に、野田は思わず息をのんだ。
百人が見て百人ともが作り笑いだと言い切るだろう不自然すぎる表情の成見と、口を結んで何も喋らなくなった洋人。
さっきまで気軽に話していた人物とは別人のように、空気を変えてきやがった。
スマホを操作していた日暮が無言でそれを成見に渡す。
紺色のケースに入ったスマホは日暮のスマホとはデザインが違った。
「……へえ」
画面を見た成見の目がぎらつく。洋人がスマホを覗き込むと、成見は指で画面をタッチした。
ガサガサと雑音がスマホから漏れる。
次に聞こえたのは、男のはやし立てる声。
大きな笑い。そして鈍い衝撃音。
——女の苦しそうなうめき声。
スマホの画面を見ていない野田にも、音と成見、洋人の表情からどんな動画が流れているのかを察することができた。
「コピー頼む。こいつらの顔も映っているし、良い証拠になる」
「おう。元のデータは消しとくぞ」
成見からスマホを預かった洋人は後ろに下がる。櫻庭の足元に転がるいくつものスマホは、加害者連中のものだ。準備がいいことにすべてもれなくロックが解除済みで、明るい画面が開いたままになっていた。
その中のひとつを手に取り、操作しながら成見はわざとらしく肩をすくめた。
「武勇伝のつもりか。自分でこんな証拠残して、いつか墓穴を掘ることになるなんて思わないのかな。あ、見ます?」
成見が野田に触っていた携帯を渡す。
画面いっぱいに映し出されたのは、女の裸体だった。
保存先はカメラアルバム。どこぞのサイトからダウンロードしたというわけではないのだろう。
恐怖にひきつった顔で涙を流す女。明らかに暴行の一場面だ。
「……騙されたんだ」
後ろ手に縛られ座りこんでいる男のひとりが唸るように言った。
「そいつら、モノトーンのやつらは俺たちを排除するために、トップの元カノを利用しやがった。俺たちはあの女におびき出されて、モノトーンに罪をなすりつけられたんだ」
「……そ、そうだ。たしかに女はぼこったけどよ。それは俺らを捕らえる大義名分を作るためで、最初から最後まで全部そいつらの策略だったんだ」
連中は必死に日暮に訴えてくるが、これにはちょっと待てと野田も呆れそうになる。
お前ら、自分たちが皇龍の女を攫った事実をなかったことにしてないか?
「へえー、そうなんだー」
櫻庭が面白がって話しに乗った。
「そうだ! じゃなきゃあんなに早くモノトーンの連中があそこに来れるはずがないだろ!」
「適度に女殴ったタイミングで登場して、そいつらは俺らを悪者に仕立て上げたんだ!!」
「仕立て上げるまでもなく、君らは悪者でしょ?」
成見は笑みを崩さない。
「そして俺たちモノトーンも、善人じゃない」
ズボンのポケットから取り出したスマホを市宇がやつらに向ける。
『……あの女?』
『ああ、ちょっとした情報提供者のひとりだよ。そこにいる女たちを邪魔に思っている奴らだから、綾音ちゃんのライバルでも何でもないよ』
『受付の前にいる、彼女たちは誰なの? 5人ほどいるみたいだけど』
『全員モノトーンと敵対しているチームに恋人を持つ女だよ。使いようによっては、武藤の駒に成り得ると思わないかい?』
音声はくぐもっていた。しかし内容が聞き取れないほどでもない。
「主要な個所を切り抜いてさっき仲間が送ってくれたけど、編集を疑うようなら最初から最後までノーカットで流せるよ?」
「さっすが」
スマホから聞こえる会話の内容に、櫻庭が口笛を吹く。
連中はみるみる青ざめていった。
「正直なところ、君らの言ったこと、少しは正解してるんだよ。鈴宮綾音は君たちを排除するために、自分から君たちについて行ったのだから」
「……そんな、鈴宮綾音は武藤の元カノで、振られてよりを戻したがっていると……」
動揺を隠しきれない男たちを成見は嘲笑う。
「残念。ぶっちゃけてしまえば、フェイクは別れたって情報のほうで、綾音は今も変わらずうちのボスの大事な人だし」
「——っ、卑怯だ!」
あまりにも滑稽な叫びに、その場にいた皇龍メンバーが白い目を向ける。
「君たちさー。自分のやったこと棚にあげてそれはないでしょー。女攫ったことはひょっとして頭の中から吹っ飛んでるとか?」
失笑する櫻庭が成見の隣に並ぶ。
野田はそのふたりから半歩距離を置いた。
ひょっとして……一番あってほしくない凶悪なコンビができてしまったんじゃないのか。まじでお前らのせいだぞ。
「……俺たちをどうする気だ?」
「えー、どうしよっかー? モノトーンさん側としてはどーする気だったの?」
「俺らは皇龍さん側に従いますよ。お気になさらず指示して下さい」
「遠慮しなくていいよー。今回だって活躍したのはモノトーンなんだし、やり方ぐらいは決めさせてあげる。別にモノトーンだけに今からすることを押し付けようってわけじゃないし、何なら念書も書くよ。総長が」
「必要ありませんよそんなもの。こうして場所をお借りできるだけでも満足ですし。まあそう言ってくださるなら遠慮なく行かせていただきましょうか」
2歩、3歩と成見は連中に近付くと、しゃがみ込んで目線を合わせた。
「そうだねえ……。選択肢はふたつ、好きなほうを選んでいいよ」
人差し指を立てた手を、成見は自身の顔の横に持っていく。
「ひとつはここにいる俺たちによる、憂さ晴らしも含めたけじめを受け入れるやり方。もうひとつは、君たちが普段から見下している、大人と社会から裁きを受ける方法」
ふたつ目の選択肢にやつらは一縷の望みを見つけたのだろう。わかりやすいぐらい目に生気が戻った。
「俺たちによるけじめは、予想できてるかもしれないけど容赦なくぼっこぼこにするよ。少なくとも、俺の仲間が負った痛みは知ってもらわないとね。社会による裁きってのは、ひとまず君たちを警察に突き出す」
それで済むならそのほうがいいと考えた者もいるようだ。成見に向けて数人が無意識にうなずく。
口を合わせれば罪は軽くなる。ちょろいものだと成見を食い入る連中の顔が物語っている。
甘い。
短い付き合いの野田でも知ってる。成見はそんな優しい男じゃない。
案の定、安心させたところから成見はやつらを突き落とした。
「あとそれから、君たちの通う学校、親の勤め先、親族云々、関わりのある人間全員にこれまでしてきた行為は報告させてもらうよ。君たちが自分で証拠を残しておいてくれて、本当に助かったよ。赤の他人の言葉以上に写真や動画は説得力があるからね」
地面に転がる電子機器を成見が示すと、連中は唖然とした。
「借家住まいのやつがいたら大家さんにも一報入れないとねー。あなたは犯罪者に家を貸してますって」
「あ、そこも外せませんね」
一櫻庭の補足に成見は楽しそうに同意した。
「出来心とはいえ、君たちが敵に回したのは『武藤』だということも忘れてはいけないよ。そして手を出したのは、未来の武藤の嫁だ」
——武藤。
この国だけでなく、世界的に有名な名前だ。企業としても、家柄も。
「君たちの想像力がどこまで働くかは知ったとこじゃないけど、お金も権力も、社会に対する影響力だって、あるところには密集している。この先世の中を笑って生きられるなんて思わないほうがいい」
成見の言う大人の裁きとは、連中を社会的に殺すものだ。立ち上がった成見は思いっきりいい笑顔で首を傾ける。
「自分の家にどんなに財と力があっても、上には上がいる。日本の格差社会をなめちゃ駄目だよ」
「そーゆーことなら俺からもねー」
ぴんと手を挙げた櫻庭が成見の話に上乗せする。
「表で生きられないからって裏の社会に希望を持つのは止めとこーね。皇龍にはそっち系の家の坊が何人もいるから。——アングラに逃げてきたらそれなりの使い方をしてやるよ」
櫻庭が加虐心を隠さず舌なめずりをする。普段被っている猫はどこに行った。
「というのがまあ、大人と社会を選んだ結末なんだけど、俺たちにぼこられるのとどっちがいいかな? 好きに選んでくれていいよ」
問いかけるも、連中はうつむいたまま答えを出さない。選べるわけがなかった。
「時間もったいないからカウント取るよー。10、9、6、4、1、ゼロ。タイムアウトー」
櫻庭の秒読みは明らかに数字が歯抜けだった。
自由に選ばせる気などない最初からないのだろう。
「仕方ない。どっちもがいいなんて、物好きさんがいたもんだねー」
「まったく、欲張りな人たちですね。そうと決まれば俺たちも腹をくくるとします」
悪魔だ。目の前に悪魔がふたりいる。
——などと考えたものの、櫻庭と成見を好きにさせている野田も、結局は同類なんだろうと思いなおす。
獲物へと踏み出すふたりに、拘束された連中は尻もちをついたまま後ずさった。
「……お、お前ら、こんなことして許されると思うのか。自分たちだってケーサツ行きになるんだぞ」
「あはっ、君たちもよーく知ってることじゃんかー」
櫻庭は床に散らばった携帯のひとつをつかむ。
「脅しと口止めのために、こうやって残してるんでしょ? やった女の子たちの写真。同じことだよ」
携帯の画面を連中に見せながら、櫻庭は黒い笑みをこぼした。
「ここに君らの味方になる証人はいない。俺らがどこかに訴える隙を作ったまま、お前らを帰すとでも思ったか?」
とうとう櫻庭の本性が丸出しになった。
「床のスマホのデータ、すべて吸い上げといてくれ。本体からデータを消す必要はない」
後ろにいる仲間に指示を出し、野田も前に出る。
成見の横に立った洋人も、全身から怒りと獰猛さをみなぎらせていた。
「……許してくれ」
最後の頼みの綱とばかりに、やつらは皇龍総長、日暮に懇願する。腕を組んで櫻庭たちを見届けていた日暮が静かに口を開いた。
「今が終われば俺たちが貴様らを許すと思っているなら大きな間違いだ。お前たちのしたことを、誰かが許すことなど一生ない。そしてお前たちは、俺たちを許す必要もどこにもない」
まるで死刑宣告を受けたように、連中の顔から血の気がなくなる。
完全に望みは失せた。
「ていうかさあ、君たちって何で許してほしいの? 自分たちがしたことを心の底から悔やんで反省してるから? 違うでしょ。今この状況が怖いからなんて、君たちが許される理由になるとでも?」
成見がテンションを上げて言ってのける。
あはははは、と声をたてて笑いながら、やつらの中のひとりを見据える。
「君も、モノトーンを騙った馬鹿どもをこの街に誘導した時、大人しく凍牙にぼこられていればいいものを。尻尾を巻いて真っ先に逃げたりするから顔を覚えられるんだよ」
「それを言うなら右側にいる君もだよー。なーんであの時からずっとこの街に来てくれなかったのかなー。上手く逃げたようだけど、次に一歩でも街に踏み入れるものなら確実に捕らえてやろうって、ずっと待ち構えてたのにー」
「……何のことだよ。知らねえよ」
一輝さんに指名された男はぎこちなくしらを切る。
「あれれー、忘れちゃったのー? 皇龍の下っ端を結衣ちゃんのところに誘導したの、顔の特徴からして君でしょ。ほら、黒い髪の女の子が公園の階段から落ちた時のことだよ。何なら君が声かけたうちの下っ端に確認してもらおっか?」
「必要ないでしょう。今からたどる道は同じなんですから」
「まあそれもそうだねー」
時間がかかるうえ面倒なので野田が進言する。櫻庭はあっさり受け入れたみたいだ。
「さあ、いい加減始めましょうか」
成見の宣告に、日暮が、野田が。そして後ろにいる仲間が連中へと足を進める。
絶望する奴らに同情する者はここにいない。
この場所に善人はいない。ゆえに奴らに救いはない。
狂気混じりの一方的な暴力が、始まった。
◇ ◇ ◇




