18.心に杭を⑸
彼らにとって、皇龍の治めるこの街が世界そのものになっているとよくわかる光景だった。
「高校生の集まるチームの名前がブランド化して街の人たちに受け入れられるなんて、春成木の外ではありえないことなんですよ。憧れられるなんてもってのほかだ。あなたたち、いわゆる不良と呼ばれるガキを世間が見る目はどんなものか知ってます?」
知らなかったら教えてやるまで。
自分の基準でしか物事を判断できないなら、無理やりにでも世界を広げさせてやる。
「社会の恥、脱落者——。存在そのものが迷惑だと言いたそうな顔で、遠巻きに見てくる人たちに遭遇したことってありますか? 怖がられて、侮蔑されてたあげく、さぞかし悲惨な家庭環境で育ったんだろうって同情される。自由や強さに対し憧れをみせてくる人なんてごく少数です。嘘だと思うならこの街から離れた場所でコンビニの前にでもたむろして、周囲の反応をうかがってみたらどうです?」
硬直してしまった男たちの中、ひとりしゃがんでうずくまっているひとがいた。櫻庭先輩だ。笑いをこらえているみたいだけど、邪魔はしてこないようなので放っておく。
「高校生のチームがクラブを牛耳っていて、大人たちがそれを容認しているのだって外の街じゃ考えられません。この街じゃなかったら夜の10時過ぎた時点で警察が一斉摘発に乗り出して、18歳以下の学生は補導。高校生と知っていながら黙認していた店は営業停止。これが普通です」
そうならないのは吉澤先生や柳さんが創り上げた実績が、現在でも大きく影響しているおかげだろう。
大半の大人が好きになる子供は、自分の言うことを聞いてくれる、素直で物分かりのいいタイプだ。
はっきりとした意思を持って反発してくるガキなんて、可愛げがないし扱いづらいことこのうえない。
そんなガキが街の治安を守っているなんて、本来ならあり得ないことだ。言うことを聞かない子供が徒党を組んで権力を持つなんて、常識のある大人にとっては脅威以外の何でもないはず。
それを可能にしているのが、吉澤先生という皇龍に対する抑止力の存在。
そして吉澤先生のこの街における絶対的な信頼なのだ。
「あなたたちが憧れの対象でいられるのは、ここが春成木だからです。かたやモノトーンにはそんな優遇された環境なんて何もない」
わたしが十数年過ごした街で、皇龍のような存在がいるなんて聞いたこともない。
不良やチームといったものが集まる世界では、まとめ役みたいなものがいるのかもしれない。
しかしそれらが一般の世界に足を出してくることもなかったし、日奈守の市民にしてみれば、不良はどこまでいっても不良としか認識されていなかった。
「日奈守の街がどんなに混乱して治安が悪くなろうが、気にせず放っておいても誰もあいつらを責めません。むしろそのほうが約束されている将来が堅実になる。モノトーンにはそんな奴だっているんです」
それでも、春樹たちは動いた。
守るために、リスクを承知で。
これを馬鹿と言わずにいられるか。
「日奈守の混乱を収めるため、街の治安をよくするため。そんな大義名分を掲げられるからこそチームとしてモノトーンを名乗れている連中が、皇龍を倒して名を上げようなんて考えるわけがないでしょう。少しでも私利私欲に走って世間がモノトーンを見る目が変わったら、そこで終わりなんですよ。あいつらは馬鹿だけど愚かでないってことは、何年も一緒にいたわたしが保証します。何なら彼女さんを攫った犯人の引き渡しを約束してもいいぐらいです」
何度でも言える。この街は普通じゃない。
皇龍は特殊で特別な存在だからといって、その視点にわたしが合わせる必要もない。
それがたとえこの街に住んでいたとしてもだ。
「いい加減、ここの人たちは街を守るという体裁で街に守られているということ、少しは自覚したらどうですか?」
冷やかに言ってとどめを刺す。
見えるところでは憤る者やうろたえる者など様々な顔があったけど、反論は聞こえてこなかった。
感情的になって逆上してくるものがいないことに、安堵と同時に若干のつまらなさを覚える。柳さんが行った祭りという名の教育的指導は効果が絶大だったということか。
下手に手を出してこないのには感心するけど……、柳さんや吉澤先生といった、皇龍創設者たちに対する崇拝にも近い憧れは、はっきり言って気味が悪いよ。
アークの静まり返った店内に、木が軋む音が聞こえた。
それが足音だと認識するのと同時に、脳天に強烈な衝撃を受ける。
「いっ……」
「話が長い」
頭を抱えて前かがみになる。上からした声はよく聞き慣れたものだった。
いつの間にか到着していた凍牙を思い切り睨みつける。わたしの頭を殴った凶器はどう考えてもあいつが片手に持つヘルメットだ。
「毎回毎回人の頭をばこばこと、普通に声をかけることはできないの!?」
「多少脳細胞が死滅したほうが正常になるだろ、お前の場合」
「黙れこれ以上成績が落ちたらお前どう責任取るつもりだ」
「ああ、そっちは確かに深刻だな。悪い悪い」
こいつ。とりあえず謝っておけばいいとばかりに適当に抜かしやがって。
「ぶはっ」
どうやらここまで静観してくれていた櫻庭先輩が限界を迎えたらしい。声がしたほうを見上げると、吹き抜けの手すりを叩いてげらげらと笑っていた。
そんな櫻庭先輩の近くにいた三國翔吾は、凍牙を見るなり奥に引っ込んだ。
「とにかく行くぞ、時間が惜しい」
「お願いします」
皇龍の、特に千里先輩が言い返してくるなら徹底的にねじ伏せたかったけど、時間的に余裕がない。
「ねーえ、水口君。君が皇龍に入らなかったのって、結衣ちゃんの言ってたことも理由になるのかなー?」
櫻庭先輩は確信を持って訊いているようだ。
「そうですね」
受けて立った凍牙は容赦なく言い放つ。
「井の中の蛙と一緒になるのはごめんですから」
波打つようにざわつく空間。プライドをずたずたにされ、怒りをにじませた男たちが凍牙とわたしを射抜く。
「ひゃははははははは!」
だがそれも櫻庭先輩の大爆笑が木造の建物内にこだまするまでだ。殺気立った空気は、呆気なく霧散した。
「もーほんと、結衣ちゃんも水口君もサイコー!」
腹を抱えながら床をばんばんと叩く櫻庭先輩の周囲には奇妙な空間ができている。あなた、皇龍の仲間にも引かれてるよ。
気を取り直して立ち上がった櫻庭先輩は、嬉しそうに笑いながらまっすぐにわたしと凍牙を見下ろす。
「いつかはやらなきゃって思ってたこと、代わりにしてくれてありがとう」
おかげで手間が省けたとでも言いたげだな。
「心配しなくても、俺らがいなくなるまでにそこら辺も踏まえた特権階級の楽しみ方を叩き込むぐらいはしておくよ。街に守られているのは、別に悪いことじゃないからねー」
動揺する店内でも、2階にいる何人かは迷いのない顔つきでわたしたちを見据えている。櫻庭先輩と付き合いの長い人たちなのだろう。
「行くぞ」
凍牙に促され店を出ようとすると、扉の横で壁にもたれかかっている日暮先輩と目があった。
「礼を言う」
「……どういたしまして」
日暮先輩にとってもこの結果は望んだものだったということか。だったらもっと早く皇龍全体の意識改革を徹底しておいてほしかったよ。
先に外へ出た凍牙が店の前に止めてあるメタリックブルーのバイクにまたがる。
「言い忘れるところでしたが、攫われた人たちを回収するなら早いほうがいいですよ。モノトーンは多分その人たちを助けることはあっても、そのあとは駅かどこかに放置することが見込まれますから」
皇龍に連絡して被害者を送り届ける親切心は、あいつらにない。
わずかに眉を寄せた日暮先輩を置いて、わたしも凍牙のバイクに歩み寄る。
「結衣!!」
大きく開かれた扉から、マヤが出てきた。後ろには三國翔吾が連れ添っている。
「これ、使って」
そう言ってマヤはわたしにダークブラウンのヘルメットを差し出した。
「借りとけ。警察に追いかけられる心配が格段に減る」
凍牙は自分の持っていたヘルメットをかぶってバイクのエンジンをかける。
三國翔吾は受け取ってさっさと行けと無言で訴えていた。マヤに声をかけてくれたのはこの人だ。
「ありがとう」
渡されたヘルメットを装着し、凍牙の後ろに飛び乗る。
「これってどこ掴めばいいの?」
「どうせ片手しか握れないなら俺の腰に腕まわしとけ。加速した時に振り落とされるぞ」
言われたとおりにすると、大きなエンジン音とともにバイクは走り出す。体が置いて行かれそうな感覚に、慌てて凍牙を掴む腕に力を込めた。
信号が多い商店街の大通りを避けて、細道を何度も曲がる。やがて4車線の国道に出ると、バイクは一気に速度を上げた。
エンジンの重低音。近くを走る車の音。風の音。
爆音が押し寄せてとてもじゃないけど凍牙と話はできそうにない。
——答えを見つけたんだ。
その一言を凍牙に伝えてなかったことに、今になって気がついた。
◇ ◇ ◇
体のあちこちが痛い。
足が、お腹が、腕が熱を持っている。
なのに背筋は凍えるように寒かった。
絶えず感じる心臓の音で、綾音は自分が生きている自覚ができた。
髪を鷲掴みにされ、上を向かされる。
変ね。笑い声は聞こえるのに、目の前にあるはずの男の顔がよく見えない。
体に抵抗する力なんてものは残っていない。
でもね、力が入らなくても、最後の、とびきりの武器は取ってあるの。
破かれたブラウスの隙間から、男の手が胸に触れた。
頭の中はもうまともに動かないけど。
綾音はあらかじめ、そうなったときのために何度も脳内で繰り返した言葉を口にする。
「あらまあ。痛めつけた女でしか性欲を発散できないなんて、ずいぶんと欲求不満なのね。……おかわいそうに」
鳥肌が立つ中必死に笑みを作れば、馬鹿にされた男は舌打ちして綾音を地面に叩きつけた。
最後まで諦めるものか。口はまだ動く。
こんなやつらに、好き勝手させてたまるものか。
視界はかすんでいるけど、耳はまだ生きている。
砂利道を走る複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。
音が大きくなるのと反比例して、体の力が抜けていく。
あと数秒、もう少し——。
「ぐうっ」
腹を踏みつけられ、口から呻きが漏れた。
だけど口はどうしようもなくゆるんでいくのを自覚する。
「綾音!!」
久しぶりに機械を通さずに聞いた、愛しい人の声。
もう大丈夫。賭けに勝った。
わたしは平気。こんなのなんともないの。
だからどうか、怒らないで。無茶をしないでと。
たくさんたくさん伝えたいのに、口が動いてくれない。
おかしいわ。ほっとして耳まで遠くなってしまったのかしら。
わたしを呼ぶ声が、段々と小さくなっていく。
ごめんなさい。お願い、無理はしないでって……。
わたしは口に出して、ちゃんと言えたのかしら——?
◇ ◇ ◇




