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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 下】
76/208

17.心に杭を⑷





車は通れない細い抜け道から商店街に出る。信号で大通りを横断して、脇道に入った。日中の人通りは少なく、小走りになっても誰かとぶつかる心配はない。


炎天下に早くも息が切れだした。汗で服が背中にまとわりつくのを不快に感じながらも先へ行くと、木造の建物が見えて来た。アークだ。


真夏の昼間だからか、建物自体が静まり返っている。

店の外には、不満げな表情でたむろする若者の姿が幾人か見てとれた。全員中の様子を気にしながらも、入口へ近づこうとしない。


彼らに構わず店の扉に足を進める。



「高瀬!」



あと3歩も歩けばアークの扉にたどり着けるというところで、左手首を掴まれた。気配も足音もわからなかった。

近いところからの大声と、知らない人の手に鳥肌が立つ。


一瞬体が硬直した隙にアークと隣の建物の間に引きずり込まれた。そのままアークの裏側へと連れて行かれる。



「……なんですか?」



手を掴む人の顔を見て気は抜けたものの、警戒はとかない。

わたしを見下ろしてくる男——日暮先輩は肩で息をしながらあっさりと手首を離した。どこから追いかけて来たんだろう。まったく気づかなかったよ。


日暮先輩の右目の下には青紫のあざができていた。

誰に殴られたのかはこちらの知るところではないが、男前な顔つきをしているだけに見ていて痛々しい。



「今は、アークに入るな」



感情を見せない声で端的に用件だけを告げられる。

反論は認めない。そんな口調だったけど、わたしだって承知しましたと素直に引き下がるわけにはいかない。



「モノトーンが皇龍所属者の恋人を攫った。みたいな情報でも掴まされましたか?」


「……何を知ってる?」



唸るような声。一気に剣呑な顔つきになった日暮先輩に内心安堵した。言葉で心を揺さぶれるなら、勝機はある。



「今日わたしの身にあったことと、水口凍牙がモノトーンの人間から聞いた話を合わせて推測しただけです。まさかあなたもモノトーンが皇龍と戦争しようとしているなんて思ってないでしょうね?」


「それは、ない」



歯切れが悪いのは、モノトーンを疑っているからではないんだろうね。リーダーって大変だねと、冷ややかに日暮先輩をねぎらっておく。



「中にいる奴には、モノトーンへの疑念を捨てきれてないのもいるんだ。そんな状態でお前が姿を見せれば、敵意を一身に受けることになるぞ」



それはいらない心配だ。100人の赤の他人が怒るより、仲間が悲しむほうがわたしにはつらい。

なにより今は日暮先輩や皇龍の人間たちに気を使っている場合ではないのだ。

どうでもいい悪感情など笑って受け流せる。



「日暮先輩は、この街が特殊な世界だってこと、自覚しているんですか?」



問いかけると、目の前の男は苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

過去にこのことで嫌な経験でもしたか。それはそれはいい教訓になっただろうに。



「……一輝は、お前や水口と同じ外から来た人間だ」



その事実に納得しかない。


そして櫻庭先輩は街の異常性を知りながらも皇龍に甘んじているということか。まったくもって、先輩らしい。



「わかっているなら問題ないでしょう。ちょっとそこら辺をつついて、皇龍の人たちが抱いているモノトーンの疑いを完全に取り払うだけです。こういうことは関係者のあなたよりも、部外者であるわたしの言葉のほうが効果はあると思いませんか?」



身内だからこそ説得が難しいなんてよくあることだ。近い関係になると言葉の真意を見逃したり、意味を取り違えたりしやすくなってしまう。

警戒された第三者は信用こそされなくても、反論の余地なく叩きのめす場合に限り説得力は絶大だ。


これから仲良くしていきたいとか、そういう思惑がないなら、なおさらに。わたしなら、皇龍との関係にわだかまりが残っても気にならない。



「さすがに、これ以上お前に手を出す奴はいないだろうが……味方もいないぞ」


「望むところです」



殴り合いの喧嘩にならなければ問題ない。



「皇龍の皆様のねじ曲がった正義感と、皇龍であることの優越感と。それらも含めて何から何までひっくり返してみせますよ」



口をつぐんだ日暮先輩はそっと体を避けた。

先輩の横を通ってわたしはアークの入口まで歩き出す。


建物の隙間から出ると、見知らぬ男が3人立っていた。

全員わたしを見ているだけで止めようとする者はひとりもいないので、気にせず彼らのあいだを通り過ぎる。



「いいのか?」



後ろから聞こえた声は、わたしに向けられたものじゃない。



「行かせてやれ。いい機会だ」



返したのは日暮先輩だ。

ため口で会話するところから、彼らも皇龍の中で上の立場にいるひとたちなのだろう。

ここにいるということは、さっきまで日暮先輩と行動を共にしていたのかもしれない。

いつからわたしたちの話を聞いていたかは定かでないが、彼らに敵意は感じなかった。


アークの入り口。アンティーク調の古い両開きの扉に手をかける。

ドアノブをひねって店に入ると、外の静けさが嘘のように建物内は人で溢れていた。

薄暗い店内には重苦しい空気が充満している。


入口付近にいた男たちがわたしに気づいて目を見開く。



「悪いけど、今日は営業してないんだよ」



声をかけてきたウェイターに苦笑して返す。



「客として来たんじゃないのでお構いなく」


「は?」



きょとんとするウェイターに構わず後ろ手で扉を閉める。がちゃん、と重い木と金属がぶつかる音は予想以上に大きく店内に響いた。



「皇龍の人たちに用事があるだけですから」


「へ、いやちょっと!」



ウェイターが止めるのも聞かず前へと足を動かす。

2階へと続く階段の前で、上階の吹き抜けを見上げた。



「好きにさせておけ」



わたしを店から出そうと後を追ってきたウェイターを諦めさせたのは、酒の並ぶカウンターから顔を出した熟年の男の人だった。



「オーナー、ですが」


「そいつは柳の秘蔵っ子だ。下手に手を出すと2日前の二の舞になるぞ」



それだけ言ってオーナーと呼ばれた男は奥に引っ込む。

ウェイターは息をのんでわたしから数歩後ずさった。


失礼な。わたしは化け物でもない、普通の女子高生だっての。そして柳さん、2日前にあんたはここで何をやらかしたんだ。


まあ邪魔されることもなくなったので今のところはよしとしよう。



「……何しに来た」



ウェイターが離れてすぐに2階から下りてきたのは、千里先輩だった。怒りを抑える声。余裕のない顔つき。これは相当焦っているな。



「恋人が行方不明にでもなりましたか」


「なんでお前がそれを知ってやがる」



かまをかけてみたら当たったよ。わかりやすくてなによりだ。



「それで、どこからか出所不明な情報でモノトーンが皇龍の女を攫ったみたいなことを知って、すぐにでも助けに行きたい。だけど上からストップがかかったおかげで何もできずにイライラしているってとこでしょうか」



周りで聞いていた男たちがざわつく。


千里先輩は細い目をさらに細くした。



「ソースは確かなんでしょうね。モノトーンが女を攫ったという情報が流れた時間と、彼女さんがいなくなったタイミングに不審なところはなかったんですか? 短絡的にひとつの情報を信じてしまうとあとで痛い目にあいますよ」


「……まるでモノトーンの仕業じゃないと言いたげな話し方だな」


「そう言ってるんです。あいつらはこんなマネしません」



千里先輩が黙ってわたしを睨みつける。近場にいる男たちのこちらを見る目も同じく、疑いを持ったわたしを敵とみなした目をしている。


迂闊に手が出ないのは、わたしと柳さんの関係を知ったからか。


そういや皇龍のみなさん顔がぼろぼろだね。2日前の祭りはさぞかし激しいものだったのだろう。



「疑いようがないんですよ。こんなのあいつらに確認するまでもない」


「……言い切っていいのかよ。調子乗って皇龍に勝てると思ってんじゃねえのか」



どこからか聞こえた声に、口の端をあげた。


この人たちは皇龍に勝って、なにが得られると思っているのか。モノトーンをはじめ、凍牙やわたしたちにとって、皇龍はそんなに価値のあるものじゃないんだよ。


あんたたちのその過度な自信と誇り、今ここで叩き潰してやろうじゃないか。


2階の吹き抜けを見上げると、知った顔が並んでいた。



「知ってのとおり、わたしはモノトーンのトップ、武藤春樹と少なからず面識があります」



三國翔吾や野田先輩も戻っているようだ。

その中には面白そうに笑ってわたしを見下ろす櫻庭先輩の姿もあった。



「以前お話ししましたよね。小学校時代のわたしの反抗期のこと。あの話に出て来た男の子、あれが武藤春樹です」



驚きを見せる野田先輩とは違い、櫻庭先輩は笑ったまま。



「地に足が付いた金持ちの息子が、一時の享楽のためだけに自分の将来を棒に振るようなことするわけないでしょう」



春樹がそこまで愚かでないことぐらい、わたしが一番よく知っている。……綾音の状況次第では、少し危ういことになるかもしれないけど。



「それとこれとどういう関係がある?」



今にも飛びかかってきそうな千里先輩に向き直った。

この人に伝わってないなんてことは承知している。



「まさかあなたたち、この街の常識が街の外でも通用するなんて、思ってませんよね?」



質問に対してぽかんと口を開けたまま固まったのは、千里先輩だけじゃなかった。


周りの男たちも瞬きを繰り返したり、互いに顔を見合わせて首をかしげている。






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