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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 下】
73/208

14.心に杭を⑴






わたしとマヤはショッピングモールのインフォメーションがある一番大きな入口で、彼らの到着を待った。

ここならば警備員が常駐している。おかしな連中がまた来たとしても、大きな声で騒ぎ立てれば対処してもらえるだろう。


三國翔吾たちはマヤが連絡を入れてから30分もしないうちに駆けつけた。



「マヤ!」



こちらを見つけるなりマヤに駆け寄る三國翔吾の後ろには、野田先輩と大原先輩の姿があった。

皇龍の男3人。全員顔にあざができていてなんとも痛々しい見た目になっていた。



「マヤちゃんも結衣ちゃんも、無事でよかった」



野田先輩が胸を撫で下ろす。



「……喧嘩中でしたか?」



どうしても変色した頬が気になって訊いてみると、野田先輩は困った顔で苦笑した。



「一昨日の夜に、ちょっとね」



そう言われて一昨日の朝に会った吉澤先生の言葉を思い出す。あの日、先生は夕方からアークで祭りがあると言っていた。



「喧嘩は祭りの花、ということですか」


「結衣ちゃんそれ、どういうこと? というか誰に聞いたの?」


「吉澤先生です。その日、夕方から皇龍の祭りがあるからアークには絶対近づくなと」



吉澤先生に告げられたとおりに伝えると、皇龍男たちは遠い目をしてしまった。



「………祭り、か」



三國翔吾が疲れた声で呟いた。



「ああ、たしかに祭りだった。花火の代わりに汗と血しぶきが宙に舞う、激しい祭りだったなあ」



どんよりと回想している大原先輩の様子から、吉澤先生の「祭り」という単語は正しい意味で使われていないことを察する。


彼ら顔のあざは、「祭り」の準備をはりきった柳さんか、はたまたあのお調子者に追従した誰かの仕業なのだろう。



「根性が腐っている人に根性叩き直されるのは、精神的にくるでしょうね」



3人の男は目を泳がせただけで、肯定はしなかった。皇龍にとって偉大な存在である柳さんの悪口は言えないようだ。



「悪かった。詫びて済まされるとは思っていないが、怪我の謝罪はさせてくれ。二度とお前に手出しさせないよう徹底させると誓う」



大原先輩がわたしに頭を下げる。

周囲を歩くショッピングモールの客たちは何事かと視線をよこしてくるものの、足を止めてまで観察する人はいなかった。



「いいですよ。わたしも言い方を間違えたところがありますので。次があるなら手を出されないように気をつけます」


「……次なんざあってたまるか」



苦々しい顔で大原先輩は自戒するように言い切った。責任感の強い人だ。

まるで皇龍幹部としての在り方を見せつけられたようだ。わたしと彼らでは、この街への思い入れも、街を見る目も全然違う。



「この街が特殊だということを、皇龍全体は自覚しているのでしょうか?」



素朴な疑問だったのだが、マヤを含めた全員がわたしを見返した。

きょとんとするマヤと三國翔吾、野田先輩と反対に、大原先輩は眉間のしわを深くする。


この差が答えだ。


大原先輩が少数派で、他の3人はわたしが何を言っているのかわかっていない。

というよりも、皇龍の取り仕切る街で、皇龍の存在が当たり前になっている環境で育ってきたなら、マヤたちのほうが普通の反応なのだろう。



「今のは忘れてください。郷に入っても郷に従いきれないよそ者の見解ですから」



地域独特の取り決めについていけないのは、わたしの頭が固いからだ。凍牙のように皇龍とほどほどの協力体制が取れるようなら、見知らぬところで敵意を受けることもなかったのだ。


結局のところ、どこへ行っても馴染めない。わたしが異質な存在だとはとうの昔に自覚済みだ。



「今日は楽しかったよ。次があるならもう少し落ち着いたところで遊びたいな」



迎えが来たのでマヤはもう大丈夫。わたしは床に置いていた紙袋を持ち上げた。



「じゃあまた。何かあったら柳さんの店のドアにでも伝言を貼り付けておいて。気が向いたら見に行くから」


「おいこらちょっと待て」



皇龍の人に失礼しますと言おうとした寸前で大原先輩に止められた。



「こんな状況でもひとりで帰ろうとするんだね、君は」



野田先輩は呆れているが、今回はわたしが危ないわけじゃなさそうだし、単独行動をしても問題はないはずだ。



「接触してきた男たちが求めたのは、三國翔吾の恋人であるマヤでした。どういうわけかわたしの顔も知っているようでしたけど、関わりたくないといった態度で去って行きました」



不安を隠しきれないマヤの肩を三國翔吾が抱く。



「何かが起ころうとしているにしても、敵にとってわたしは餌でもターゲットでも何でもない、部外者です。わたしなんか気にかけるよりも、マヤと同じ共通点を持つ人……、たとえば、皇龍に所属する人の彼女さんたちの安否を片っ端から確認したほうがいいんじゃないですか?」


「……どうしてそう思う?」



大原先輩が鋭い視線を向けてきた。



「声をかけて来たやつらの諦めが早すぎたんですよ。マヤが三國翔吾の恋人だという絶対的な自信がなかったのか、もしくは時間が限られていたというのも理由としては考えられますが。やつらにとってターゲットはマヤひとりじゃなかった。だからそこまで重要視せず見逃したというのも、可能性として思い浮かんだだけです」



一度計画に失敗すると、警戒されてしまい今後が動きづらくなる。もしもターゲットをマヤだけに絞っていた場合、やつらはもっと慎重になったはずだ。


おかげでわたしたちは危険を回避できたけど、敵の目論みはまだ続いている気がしてならない。



「心配なさらなくてもバスで帰りますよ。こんな暑い中荷物を抱えて家まで歩くなんてとてもじゃないけどできません」



商店街のバス停から柳さんの店までもそう遠くない。

小路は通るけれど、そんなところまでびくびくしてしまうと外出そのものができなくなってしまう。



「そういうわけなので、失礼します」


「あ、結衣!」



背を向けた途端マヤが焦った声をあげた。



「ありがとう。一緒にいてもらえて本当によかったわ」



マヤが言ったのは引きとめる言葉じゃなくて、感謝の意を表すものだった。



「気をつけなよ。どこに何が潜んでいるかわかったものじゃないんだから」


「それ、結衣もだから!」



慌てたマヤの切り返しに笑いながら手を振って、バス停へと移動する。


マヤの安全は確保され、ひとまずの心配事はなくなった。

わたし自身、ひとりでいても絶対に大丈夫だと確信しているわけではない。来るなら来いという覚悟があるだけだ。


成見には気にする必要はないと言われたが、向こうから仕掛けてきたものを叩きのめす分には、誰にも文句を言わせない。




——なんて、人がで身構えた時は、たいがい何も起こらないものだ。


定刻通りに運行していたバスに乗り、商店街の中ほどで下車する。


そこから小路を進んで、平和なまま柳さんの店までたどり着いてしまった。

つまらないと思ってしまうのは不謹慎だろうか。


鍵を開けて店に入り、カウンターの上に今日購入した荷物を置いた。


壁の時計は14時50分を指している。

凍牙との約束の時間まで余裕があるので、店の冷房を入れてカウンターに腰かけた。



——三國の女か。



そう言ったあの男は何を狙ってマヤに声をかけたのだろう。

やつらにとって、マヤはどんな価値がある?


人質、罠を張るための餌、マヤを傷つけることによって間接的に皇龍を攻撃する材料——。


女もまともに守れないチームと言いふらすための、つまりはネガティブキャンペーンの道具としての利用……とかも考えられるのか。


皇龍幹部の彼女となると使い道はいくらでもあるな。



思考が行き詰まりかけたので、考える角度を少し変えてみる。


やつらはなぜわたしを知っていて、顔を見るなりモノトーンと結びつけたのか。


情報の出所の最有力はあのSNSの投稿で、2番手は卒業アルバムだな。


SNSの拡散された投稿の場合、内容を見ただけでわたしと結びつくのは皇龍のはずだけど、過去に中学の同級生がそれを見てわたしに会いに来たという前例がある。凍牙が聞き出したことだから、これは確かな情報なはずだ。


日奈守の元同級生に探される過程で、西の奴らがわたしとモノトーンの繋がりを知った可能性は……低いけど、ゼロではない。西の連中がモノトーンについての情報を精力的に集めていたなら確率はぐんと上がる。


先程マヤに声をかけた男はわたしを見て、関わるなと言った。


なぜか。


わたしを通して奴らの企みがモノトーンに伝わったら困るから?


もしくは皇龍とモノトーンを同時に敵に回すのはまずいとした?


あるいは皇龍とモノトーンの両方を罠に嵌めて、奇襲で同時に潰そうとしている……?



……現段階で考えつくのはこれぐらいか。


思考の整理がついたところで、背中を反らせて伸びをする。


今日春樹に会えるようならこのことを伝えておこうと思うが、モノトーンにわたしと顔を合わせる余裕があるのかちょっと不安になった。


春樹の片腕という立ち位置を欲しがるわたしを、綾音はどう思うのだろう。


また不安にさせて苦しめてしまうのではないか。

春樹はわたしに、なんて返してくるのだろうか……。


向き合うことにしり込みしているうちに時間が過ぎていく。



先日成見が会いに来てくれてよかった。じゃないと今ごろ、春樹と綾音のことだけじゃなくて仲間のことでも延々と悩んでしまってたはずだ。


「モノトーン」という名前が安心材料になっていても、みんなのわたしに対する思いを知るのには勇気が必要だった。




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