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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 下】
72/208

13.不穏(下)





今日集まった男子はアタリらしく、彼女たちはいつも以上に饒舌だった。



——ねえ、それだけさくさくと話が進むなら、口を滑らせてくれるかしら?



綾音はひとりほくそ笑む。


ずっと知りたかったことがある。

ひょっとしてとは思っていた。

だけど疑念ばかりでは断定ができず、ずっとずっと確証を得る機会を待っていた。



——彼女たちといるのは今日が最後だから、大胆なことをしてもいいわね。



「あら、あなたたちがわたしの中学時代を語って大丈夫なの? だったら当時のわたしたちの関係も、彼らに教えてあげてはいかがかしら」



少しだけ、突いてみる。

今日まで過去について言及しなかった綾音の反撃に、奥にいる女子2人は目を泳がせた。

隣に座る子は中学が違うため、何を言っているのか理解できず首をかしげている。



「……綾音って、やっぱあのときのこと怒ってるのよねえ?」



計算された上目遣いと寂しげな口調。可哀想な女を演じようとする彼女たちを綾音はせせら笑った。



「あら、わたしは中学時代に何度もあなたたちから呼び出しを受けて、その度に武藤君と別れろと言われてきたのよ? あれを根に持ってないって……わたしのこと、そんなに優しい人だと思ってるのかしら?」



4人の男とわたしの隣の子がぎょっとして奥に座る女子2人を見つめる。さっきまでの盛り上がった明るい雰囲気は一瞬にして消え去った。



「ご、誤解よ綾音! わたしだって本当はあんなことしたくなかった!」


「そうよっ。あたしら高瀬さんに脅されてて、逆らえなかったの! 綾音もよく知ってるでしょ、高瀬さんのこと」



必死に弁明を繰り返す彼女たちに、男子が高瀬さんとは誰なのかと聞いてきた。


彼女たちは口々に結衣について話し出す。


高瀬結衣とは昔から武藤君に付きまとっていた女だ。

いつも何考えているのかわからなくて、不気味な空気を漂わせているちょっと怖い子。

人の弱みにつけ込むのが上手くて、綾音もずっと高瀬結衣に怯えていた。

綾音が武藤君と付き合っているのが気に食わなくて、わたしたちを使って2人を別れさせようとした。


嘘と誠と推測が入り混じる。呆れるぐらい誇張された結衣の人物像に、綾音は思わず失笑してしまう。



——わたしからしたら、結衣が春樹に付きまとっていたというよりも、春樹が結衣の首根っこを掴んで放さなかったというほうが正しいのだけど……。



結衣も春樹に振り回されることを楽しんでいた。ときどき強引すぎる無茶な要求にへそを曲げていたけどそこがまた可愛い。


結衣を悪者とした言い訳はまだ続いているけど、もういいわ。


やっとはっきりした。中学3年の3学期、結衣を陥れるために流されたうわさの出所は——彼女たちだ。


これで綾音がここにいる理由は、本当になくなった。



「確かに、弱みにつけ込んで目的の人を動かすことはよしてたわね。でも、人の精神的な強みを徹底的に壊してしまうのも、あの子はすごく得意よ。小者をけしかけるより自分で行ったほうがてっとり早いからって、真っ向勝負に出るのが好きな子でもあるわ。視野がすごく広いのに基本無欲で無趣味な子だから、自分で目的を見つけて動くことが滅多にない」



いきなり口数が多くなった綾音に、室内にいる全員の視線が集まる。

彼女はにっこりと笑ってさらに言葉を紡ぐ。



「みんなで遊園地に行っても、絶叫系は機械の故障を怖がって絶対乗ろうとしないの。だけどお化け屋敷の怖さに対しては最強よ。暗闇なんて関係なしですたすた行ってしまうもの」


「えっと……綾音ちゃん。それはいったい誰の……?」



正面の男が引き気味に問いかけてきた。



「誰って、さっき彼女たちの言っていた結衣のことよ。人混みが苦手だから、買い物に連れ出すまでが大変なの。でも人に酔ってしゅんとなった結衣もすごく可愛いわ。思わず抱きしめたくなるの」



思い出すだけで顔がほころぶ。


周囲が異常なものを見る目で見ているのは綾音も承知している。



——おかしいかしら? でもね、これが本当のわたしなの。



奥にいる女子2人に顔を向け、笑みを消した。



「わたしはあなたたちよりも、結衣を知っているわ。大好きなところを挙げたらきりがないぐらいに」


「だから……、それは綾音がすっと高瀬さんに騙されていたから!」


「もういいわ。あの子をけなす言葉なんてわたしはひとことだって聞きたくないの」



なおも言い訳を続ける彼女たちには見向きもせず、綾音は財布から5千円札を取り出してお金をテーブルの上に置いた。



「これ、わたしの分ね。おつりはいらないわ」



呆然とする彼ら彼女らを置いて、綾音はドアへと歩く。



「さようなら」



いまだに動こうとしない彼女たちに軽く手を振り部屋をあとにした。


もう友達なんて呼ぶこともないでしょう。






      *





1か月前の綾音だったなら、我慢してでも話に合わせていたかもしれない。


しかし結衣の居場所がわかって、綾音が春樹たちと離れている理由はなくなった。それと同時に、彼女たちと行動を共にする必要性も消えた。


受付に部屋番号とひとり抜けることを伝えて、カラオケ店を出る。



「千円札にすればよかったわ」



建物の出口へと向かうさなか、残してきたお金に5千円札を選んでしまったのを少し後悔した。

菜月あたりにもったいないことをと怒られそうで、そんな場面を想像してまた笑みがこぼれる。


やっとみんなに会える。


新学期になるとわたしは高校中で悪女の裏切り者とさげすまれるのは予想の範疇だ。そのことへの不安よりも、仲間たちと直接話ができることが綾音はどうしようもなく嬉しかった。


日奈守を荒らしていた東の連中は、今や活発に動く者のほうが少数になっているらしい。

ブームや流行に乗って発生したものは爆発的に広がる。しかしそのぶん、廃れるのも早い。


力では敵わないと悟った者。

人を傷付ける行為に対して将来の不安を覚えた者。

みんなが止めるなら……、と多数派に追随した者。


様々な理由によって離脱者が増え、混乱の規模は徐々に縮小の一途をたどる。


極めつけに先日、日奈守のモノトーンと春成木の皇龍が手を組んだ。


この事実による戦意喪失者は計り知れず、荒れた街を挟むふたつのチームが同盟を組んだだけで、特に共同戦線を張る必要もなく事態は沈静化しつつあった。


そうなれば、モノトーンが役目を終える日も近い。



——気をつけろ。後先考えず足掻いてる連中ほど、何やらかすかわからないからな。



綾音は昨日春樹に電話で言われたことを思い出した。


わたしが今みんなに会ってお荷物になるぐらいなら、顔を合わせるのはすべてが解決してからのほうがよさそうね。


そのころには、あの子の周りも静かになっているでしょう。






春樹に今から帰るとだけ連絡を入れ、タクシーを拾うため大通りへと歩く。



「綾音ちゃん!」



後ろから大声で呼ばれて綾音が振り返ると、こちらに走ってくる男性がいた。さっきまで一緒にいた人たちのひとりとはすぐに判断できた。



「どうしましたの?」


「あ……や、3対4じゃバランス悪いしさ、俺も抜けて来たんだ」



必死に追いかけてきた彼は汗だくの額を手でぬぐった。

人懐っこそうな目をした子犬のようなイメージの男子は、綾音と年が同じかひとつ上といった印象だった。



「ごめんなさい。楽しんでいたところを台無しにしてしまって」


「いや、いいよ。綾音ちゃんにも事情があるんだろうし。それよりこれから、どうかな? 抜け出した者同士で遊びに行かない?」


「せっかくですけど、今日はもう家に帰ります」


「そっか……」



しゅんとする彼に苦笑しつつも帰路につこうとする。

申し訳なさそうな態度を見せてる相手に付け入る隙を与えないくらいには、綾音も成長したつもりだと自負していた。



「失礼いたします」



次はないでしょうから「また機会があれば」なんて世辞も必要ない。

会釈して彼に背を向けた。



「——綾音ちゃんてさ、まだ武藤のこと好きなの?」



唐突に言われた言葉に立ち止まる。

綾音が再び彼を振り返ったのは、聞こえてきた声の雰囲気が数秒前とあまりにも違っていたからだ。


見上げた彼の顔に、綾音は一瞬どう答えを返そうか迷ってしまう。

欲望と思惑の見え隠れするぎらついた目。子犬じゃなくてハイエナだったのかと、心の中でため息をついた。



「……好きよ。早々に諦めきれる人じゃないもの」


「そっか」



感情をこらえているようだが、男は随分と嬉しそうだった。口の端が徐々に吊り上がってきている。


話を切り上げてさっさと帰るか。そうでなくても春樹に連絡を入れるべきだろう。

さっき自己紹介をした時に彼の名前を聞き逃してしまったことを綾音は後悔した。



「俺さ、実は今日綾音ちゃんが合コンに参加するって聞いて、無理やり友達に変わってもらったんだよね。武藤の元カノだってことも、前から知ってたんだ」


「あら、そこまでしてわたしに会いたかったの?」



にたりと、男は笑う。



「武藤とヨリを戻したくない? 協力するよ、俺」



そうくるのか、というのが綾音の率直な感想だった。



「それは、どういうことなの?」



興味を示してみると、男は笑みを深めた。



「君に、武藤にとって有益になる手柄をあげる。武藤は成果を喜んで、絶対君に惚れ直すよ。タイミングが重要でね、今日じゃなきゃだめなんだ」



——それは、わたしとあなたが会う日が決まっていたから?


——だから今日、あなたたちは何かを仕掛けたというの?


手柄というならわたしを使わず、自分で春樹に報告すればいい。それをせずにわたしに接触して来た時点で、この男はモノトーンの敵である可能性が高い。



「綾音ちゃんが断るなら、残念だけどこの手柄は他の女の子に譲ることになる。武藤に近づきたいって子は、かなりいっぱいいるからね」


「それはっ」



無関係者を巻き込むのかと綾音が焦る。

同時に彼の視点では、綾音もモノトーンの関係者とみなされていないのだと思い出した。



——わたしがここで断ったら、この男は春樹を餌にして、街にいる女の子を手当たりしだい釣り上げようとする。



モノトーンとしての活動を、春樹たちはリスクを承知で行っている。

ただでさえ命綱を付けずに綱渡りをしている状況なのだ。無関係者を巻き込んで大きな被害が出た場合、春樹の立場が今以上に危うくなる。



「……本当に、春樹はわたしのところに戻ってきてくれるのかしら?」


「そこは綾音ちゃんの頑張りしだいだね。でも、俺たちは君にチャンスをあげられる」



視線を揺らしながら、綾音は意を決してゆっくりと男に一歩近づく。

それが承諾の合図となった。






綾音は男に案内されて、娯楽施設の駐車場に待機しているという、彼の仲間のところまで移動する。


紺色の軽自動車に促されるも、綾音は立ち止まってスマホを取り出した。



「ごめんなさい。連絡を取りたい人がいるのだけど、少しだけいいかしら」


「誰に?」


「弟よ。ついさっき、今から帰るって伝えてしまったから、遅くなるってことを言っておきたいの」



スマホを操作して、電話帳の名前から「有希君2」を探す。


電話が繋がった途端に、綾音は向こうが用件を訊く間を与えず話し出した。



「わたし。ごめんなさい、メールしたのだけど、やっぱりもう少し遊んで帰るわ。……ええ、今日会ったばかりよ。とても優しそうな人だから大丈夫。わたしはこのまま行くけど、ちゃんと静かに待ってなさいね。ご近所さんに迷惑はかけちゃだめよ」



一方的に喋った後、通話を切るふりをしてスピーカーのアイコンをタップする。

スマホはポケットにしまった。


前線で動くはずの春樹のスマホを使えない状態にするのは避けるべきだ。

だから綾音は予備の携帯電話を持ち歩いている有希に連絡を入れたのだった。


有希ならば電話の意味を理解して、臨機応変に動いてくれるはずだ。



「弟って大きいの?」


「中学2年生なんだけど、過保護過ぎて時々困っちゃうのよ」


「まあこんなに可愛いお姉さんがいたなら仕方ないんじゃないかな」



話しながら、綾音はハイエナと一緒に車の後部座席に乗り込んだ。







      ◇  ◇  ◇






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