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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 下】
71/208

12.不穏(中)




      ◇  ◇  ◇






『8月20日、14時にC館の入口に集合だって』



綾音がアークからタクシーで母方の実家へ帰る道中にて、そんなメッセージを受信した。

送ってきた相手は、現在身を置いている女子グループのひとりである。


彼女たちとは表面上仲良くしているが、綾音はそのグループの誰ひとり、友人だとは認識していない。あちら側にしてもそうだ。

現に綾音はスマホのメッセージアプリで、彼女たちのグループチャットへの参加をしぶられ、水面下ではつまはじきにされていた。



メッセージで示されたC館とは、日奈守市内にある大型娯楽施設を示す。


大きな建物が隣あって2つ、国道を挟んだ向かいに3つと同じ企業の施設があり、それぞれにパチンコ、ボーリング場、ゲームセンター、カラオケにバッティングセンター、ネットカフェなどが営業していた。


カラオケに行くとのことだったので、綾音は受けた連絡をひとまず春樹に転送した。


ここまでが4日前の出来事である。



そして今日、綾音は約束の時間に約束の場所へ足を運んだのだが——。

何やら様子がおかしい。


待ち合わせ場所には綾音にメッセージを送った女子と、グループの中でもリーダー格の女子が2人、そして見知らぬ男子が4人いた。


男女入り混じって楽しそうにおしゃべりしているあたり、男たちとは偶然待ち合わせ場所が重なったというわけではなさそうだ。



「あっ、綾音、遅いよー」



遠巻きに見ていた綾音に気づいた女子が手を振る。呼び声はいつもよりワントーン高く、口調がやけに甘ったるかった。



「ごめんなさい。道が混雑していて」


「またタクシー? 綾音ってホントにお嬢だよね」



どことなく蔑みを含んだ物言いにははにかんで返す。謙遜を言葉にしようものならあれこれ否定されて話が長引いてしまう。



「そちらの方たちは?」


「あれ? 綾音に言ってなかったっけ。今日のカラオケ、ミサちゃんのお友達も一緒なんだよ」


「ほら、綾音もついこの前彼に振られたところだし、そろそろ新しい出会い求めてるところかなーって思って」



つまりは合コンということか。



「え、その子振られちゃったの? こんなに可愛いのに」


「そうなんですよー。だからただ今絶賛彼氏募集中でーす」


「でも理想高すぎてなかなか見つからないのよねえ。まあ元カレがあの人じゃわからなくもないけど」



綾音が何かを言う前に、彼女たちが代わりの説明をしてくれる。

にこにこ笑って話を合わせながら、綾音移動中にこっそり春樹にスマホでメッセージを送った。



『ごめんなさい。合コンだったみたい』



表向きの交際関係を断って以降、綾音のスマホの電話帳に登録された春樹の名前は「秋野」に変更してあった。隙を見せれば勝手に人のスマートフォンを見るような女子がグループにいるからだ。


今のところ、彼女たちに春樹との繋がりはばれていない。



『さっさと切り上げて連絡してこい。もうそいつらに付き合う必要はないだろう』



カバンの中でスマホをこっそり覗き見て、メッセージはすぐに削除した。



取捨選択は生きていく上でとても重要なことだと、綾音は結衣との一件で痛いほどに理解した。


何を大切にして、誰に重きを置いて生きるかを明確にしないままでは、自分の立ち位置が定まることなどあり得ない。


すべてが大事だという八方美人は、大切なものを持っていないのと同じだ。人は何かを選択し、手につかむと同時に必ず何かを捨てている。



——あの時、わたしは選択を間違えた。



結衣かその他の人間か。どちらが大切かなんて、よく考えるまでもなく答えは出るはずなのに。


綾音が感情に任せて言った言葉を、結衣が真に受ける必要はなかった。あんなものはわたしの弱さと、弱いわたしでも受け入れてくれる結衣たちの優しさに甘えた、単なるわがままにすぎない。


間違えた代償は大きく、それでも傷を抱えて前に進もうというのなら、相応の覚悟が強いられる。


綾音の望むものはひとつだけ。


これ以上は迷っていられなかった。



わたしはあの子のためならなんでもする。——たとえ、それを結衣が望まなくても。


評価はいらない。知らないところからこっそりと手を貸すだけでいい。



——それがわたしの弱さと短絡的な感情で結衣から大切なものを奪ってしまった、わたしの償いよ。



女子グループに未練はない。


綾音の心は決まっていた。





      *






カラオケボックスの室内で、男子4人と女子4人がそれぞれ向かい合わせになって腰を落ち着けた。


簡単な自己紹介のあと、雑談で盛り上がる様子を眺めつつ、綾音はいつ抜け出して帰ろうかと思案する。


結衣の居場所はわかった。

状況が把握できた今、綾音がこうしてモノトーンと関係のないところで動く必要はなくなった。

きっと彼女たち女子グループと行動するのも今日が最後になる。



——わたしが春樹とヨリを戻したと知ったら、彼女たちはどんな反応をするのかしら。


想像を巡らせながら綾音は密かに冷笑した。



身の程をわきまえろ。


せっかくグループに入れてあげたのに。


恩知らずな裏切り者……。



きっとこんな感じに罵ってくるはずだ。

実際に彼女たちは自分のことを「武藤君に振られてひとりぼっちになった綾音をグループに入れてあげた優しい人」だと思っている。


綾音がグループを抜けるのは、裏切り行為とみなされるだろう。

春樹と綾音の交際を、ここにいる誰ひとりとして喜びはしない。


左隣の女の子を隔てて座るこのグループのリーダー格2人は、綾音と同じ中学の出身者だ。


彼女たちが春樹と別れた綾音に近付いて恩を売り、哀れな人間に手を差し伸べて優越感に浸っていることだって、綾音はとうに知っている。


忘れたものとして振る舞っているが、リーダー格の女子たちは中学時代に綾音を呼び出し集団で囲って罵倒したことだってある。体操着を土足で踏みつけられたことも、綾音はちゃんと覚えている。


たとえあなたたちが「その程度」の過去として忘れてしまっても、わたしは忘れない。

わたしの過ちも含め、過去は絶対に消えはしない。


会話の輪に入れずただ笑っているだけだった綾音のスマホが振動する。



『悪いがそっち行けそうにない。くれぐれも気をつけて帰れ』



端的だが心配してくれていることが伝わる文面に、思わず顔がほころんだ。



「さっきからスマホで誰と話してるの?」


「弟よ。今日家にひとりで置いて来たから」



横から画面を覗かれる前に、スマートフォンをポケットに戻した。

隣に座る女子はすぐに興味をなくして、みんなの会話に戻っていく。



「本当に綾音ちゃんって、武藤の元カノなの?」


「今じゃ街で有名だもんな、武藤って。あのモノトーンを作ったんだろ?」



男の人たちの好奇の視線に苦笑する。



「そうなんです。でも振られちゃったのよねえ。あの時街がごたついて、武藤君も忙しそうだったし」



やたらと綾音が振られたことを、ソファの一番奥に座る女子は強調する。



「でも、その前から結構ごたごたしてたわよねえ。中3の終わりごろとか」



奥から2番目に座る女子もうなずいた。


まるで関係者だったかのように、彼女たちは話題を盛り上げていく。綾音が口を挟まなくても、話は勝手に進んだ。





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