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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 下】
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2.悪魔が来た(上)






翌日。人手にならないかもと思ったけれど、いつもどおりに朝からカプリスへと出勤した。

急に仕事を休んだことを静さんに謝るも、逆に体は大丈夫なのかと心配されてしまった。


捻挫した右手首は事故から二日経っても腫れが引かず、思うように動かせない。重い物を持って運ぶことが難しい状態だった。


お客さんに片手で接客するのは失礼だし、しばらくバイトを休まざるをえないと思っていたわたしと違い、静さんは前向きだった。



「あら、だったら開店と閉店のお手伝いはできるわね。わたしひとりでするよりいてもらったほうが助かるわ。今日は土曜日で会社のお客さんも少ないでしょうし、店はわたしに任せて結衣ちゃんにはバックの伝票整理をお願いしようかしら」



やれることが制限されるなかで、彼女はわたしに任せられることをあれもこれもと挙げてくれた。



「ビルの清掃はしばらくはお休みね。そっちは虎晴くんがいろいろしてくれてるみたいよ。あとは、あいた時間は裏で宿題をやらなきゃね。学生の本分は忘れちゃだめよ」



静さんは人を甘やかすのがすごく上手かった。


開店作業を手伝い、釣銭の合計金額を確認してお金をレジに入れた。

時計を見ると時間は開店の5分前になろうとしている。


視界の隅に動くものを捉えてドアの横の窓に目をやると、ガラス越しに人の肩が見えた。


お客さんが開店を待っているようだ。静さんに知らせたら、厨房も準備ができたとのこと。全体のチェックを終えて少し早いが店を開くことにした。時間どおりに開店閉店しないのは、カプリスではよくあることだ。


鍵を解錠して外で待つ人を迎え入れるためドアノブに手をかける。


ゆっくりと20センチほど外に押し開けたドア。

待機していた客であろう人物の顔が見えた瞬間、わたしは考えるより先にドアノブを引いた。



「おおっと」



閉まりかけたドアの隙間に、スニーカーが挟み込まれる。悪徳セールスよろしくじつに鮮やかな足捌きだ。



「ひどいなあ。人の顔を見た途端入店拒否とか。この店は一見さんお断りなのかな?」



言いながら、そいつはわずかに開いた隙間からドアのふちに手をかけた。



「いいえお初の方でもお一人様でも、当店は気軽にご利用いただけますよ。ただ悪意を向き出しにしたストーカー予備軍の変態に関しては、多少なりとも難色を示すところがございますが」



全力でドアを引くが、靴を挟まれているため閉め出すことができない。



「ストーカー予備軍は違うだろ。もうとっくの昔に両思いになってるんだし」


「そうか変態は否定しないか。ならばいっそ常軌を逸した行動に愛想をつかされて、さっさと振られてしまえばいいものを」


「生憎と、彼女の心は海より広いからね。俺も、彼女だけは何があっても手放すことは絶対にない」


「ぬかせ。菜月を少しでも不幸にしてみろ。その瞬間にわたしがあんたたちの仲をぶった切る」


「そのセリフ、もう何十回と聞いたよ。まったく、久しぶりの再会なのに涙のひとつもないなんて俺ちょっと傷つくよ」


「こんな訪問販売の押し売りのようなやり方に感動なんて出来るかー!」



叫んだものの、こちらは全力といえど片手しか使えない身である。

対するドアの向こうにいる相手は両手。しかも男だ。



「まあ冗談のお遊びはこれぐらいにして」



わたしの必死の抵抗に遠慮の欠片も見せず、力の差を見せつけていとも簡単に入店した不意打ち男。



「改めて、久しぶりだね」



市宇成見は爽やかに微笑んだ。






      *







仲間にも決して弱みを見せず、他人に主導権を握らせない。番狂わせが得意な要注意人物。


険悪な仲というわけではないが、わたしとこの男、市宇成見の相性はことさらに悪かった。

成見は別にわたしのことを嫌っていない。たんにわたしがコイツに対する苦手意識を払拭しきれていないだけだ。


そんなやつがなぜ今ここにいるのか。


しばらく会わなかったのに、成見は気まずさを微塵も顔に態度に出さない。それどころか奇襲の成果に満足してほくそ笑んでいた。


成見がカプリスまで来れた理由はすぐにわかった。奴の後ろ、店の外に立っている情報提供者を睨みつける。



「凍牙、お前何こいつにわたしの仕事先をばらしてるのさ!」



わたしが怒りの矛先を向けた凍牙は気だるそうに口を開く。



「悪い。俺、こいつの粘着質なところ苦手なんだ」



謝ってはいるものの、悪びれた様子はまったくなかった。



「結衣ちゃん、どうしたの?」



大声に心配して、静さんが調理場から出てきた。

外ヅラだけはやたらといい成見がすかさずわたしを押し退けて静さんにおじぎする。



「はじめまして。結衣と凍牙君の小学校からの友人で、市宇といいます。柳先生には中学2、3年と担任を務めていただき、とてもよくしてもらいました」



成見の後ろでは凍牙が遠い目をしていた。

異論はあるが訂正すると後々面倒だから黙っておこうといったところだろう。

気持ちはわかる。わたしも、こいつに口出しするときは多大な覚悟が必要になるから。



「結衣のバイト先が柳先生の奥さんのお店だとは、ここに来るまでに凍牙君に教えてもらいました。こんな素敵な人と結婚しているのに俺たちに黙っているなんて、柳先生も隅に置けませんね」


「まあ」


「……ひとまず、君を付けて呼ぶのはやめろ」



成見に褒められてちょっと嬉しそうな静さんと、げっそりした声で告げる凍牙。


ふたりの空気に流されることなく、成見は我が道を行く。



「結衣も、別に仕事の邪魔をしに来たわけじゃないから、そんなに怒らないでよ」



怒ってはいない。呆れてるんだ。



「というわけで、ここのバイト終わる時間教えてよ、その時にまた来るから。結衣とは話したいことがたくさんあるからね」


「あら、だったら後ろの部屋を使ったらどうかしら。お店も開いたから、あとはわたしひとりで大丈夫よ」



静さんは人が良い。

そして成見は、人を味方につけるのが上手い。


わたしの伝票整理の仕事はどこにいった。



「静さん、こいつは甘やかしちゃだめです。付け入られます」


「いいんですか? よかった。実は結衣と話すのは半年ぶりなもので、とても嬉しいです」



わたしの声に被せるように、成見が言ってのけた。

最初からこいつは静さんの気遣いを期待していたに違いない。


静さんは成見に快諾してから、わたしに向かって首をかしげた。



「お友達、なのでしょう?」



確信を持った確認に、後ろめたさが込み上げて思わず言葉が詰まった。

ちらりと成見を見ると、笑みを深められただけで助言は期待できそうにない。



「……はい」



返事はしたものの、静さんの目が見れない。

胸を張ってそうだと言えない自分が恨めしい。


そんなわたしに、膝を曲げて静さんは目線を合わせた。



「だったら逃げちゃ駄目よ。ちゃんと話していらっしゃい」



無言で顎を引いたわたしに顔をほころばせ、静さんは調理場に戻っていく。



「紅茶でいいかしら?」


「お構いなく。あ、でも、水があればいただきたいです」


「わかったわ」



成見のリクエストを快く受けた静さんは、ミネラルウォーターを手早くグラスに注ぐ。


それをトレーに乗せるとキッチンから出て、バックルームに運んでくれた。



「ここまで来たんだから、逃亡はなしにしとこうか」


「包囲網を作っておいてそれを言うか」


「いやあ柳先生の奥さんが優しい人でよかったよ。甘やかしてはくれるけど、甘えは許さない。そういう意味では厳しい人なのかもしれないけどね」



バックルームから静さんが厨房に戻ってきた。


観念したわたしは成見を店の奥へと案内する。



「……来る?」


「行くわけがないだろ。俺を巻き込むんじゃねえ」



凍牙に仲裁人になってもらおうと思ったが、即座に拒否されてしまった。

柳さんと違って、どうやら凍牙に野次馬根性はないらしい。






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