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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 下】
60/208

1.傷を抉り、痛みに笑う





      ◇  ◇  ◇




至急、倉庫へという連絡を成見から受け取り、有希はバイト終わりの洋人を拾ってモノトーンの拠点へと急いだ。


ふたりが海沿いの倉庫に到着したとき、内部には重々しい空気が充満していた。

大きなシャッター扉が開く入り口付近で4人の男がコンクリートの床に尻もちをついて、目の前に立つ春樹を見上げている。


春樹の後ろには成見と、普段は暴力沙汰に立ち会うことがない菜月の姿があった。


いつもは1階奥のスペースにて自由に過ごしているモノトーンの他のメンバーたちも、この時ばかりは固唾を飲んで入り口の様子をうかがっていた。


誰もが春樹の怒気に当てられて動けずにいる倉庫の内部へと、有希と洋人が足を踏み入れる。



「何があった」



春樹が激怒する原因になったと思われる4人に、有希は心当たりがあった。

モノトーンの活動に参加したいとしつこく言い寄ってきて、春樹がその申し出を却下した者たちだ。


彼らはモノトーンの発足時から、結衣に謝りたいのだと春樹たちへ訴えていた。——つまりここにいるのは、中学3年の冬、自分たちの目の届かないところで結衣に手を出した連中ということだ。


その謝罪を切望する必死な態度が春樹たちの神経を逆なでしていた事実を、本人たちは知る由もない。

有希と洋人は4人と春樹を避けるようにまわり込み、成見たちのもとに歩み寄る。



「有希、洋人もお疲れ」



到着したふたりに、成見は冷たい笑みを浮かべながら4人を顎で示した。



「勝手に接触してしまったらしいよ。結衣と」



有希の横で、洋人が目を見開いて息を飲む。


菜月は有希たちに見向きもせずひたすらに連中を睨み続けていた。


身長165センチを超える高身長ながらも華奢な菜月の、すらりと伸びた手に握られたこぶしは怒りで震えていた。

眉にかからないベリーショートの髪。

前髪で隠れることのない瞳には涙が浮かぶも、必死に歯を噛みしめて感情が決壊するのをこらえている。



「なるほど。で、余計な真似をしてくれた結果があれか」



有希は男たちの腫れた頰や半べその表情に、ことを察する。

有希と洋人が到着する前に散々春樹に痛めつけられたのだろう。

同情の余地はない。



「うん。でもまあ、あの不細工な顔をさらに不細工にしたの、7割は凍牙の仕業らしいけどね」


「凍牙が?」



意外そうに洋人が聞き返す。有希も想定外だったらしく、成見に説明を求めた。


成見が4人を見ながら目を細める。



「馬鹿が馬鹿な勘違いをして春樹に訴えて来たんだよ。水口凍牙が結衣に謝罪する機会を邪魔された。さらに水口は自分たちを攻撃してきた。水口は皇龍の味方で、裏切り者だとかなんとか」



成見の話を聞きながら有希が洋人のTシャツの裾を掴む。

手を離したら確実に、洋人は男たちに突進していくだろう。これ以上の面倒ごとは避けたい。



「それを俺たちに言いに来るなんて、馬鹿はどこまでいっても馬鹿みたいだったね。俺もあいつらがこんなに馬鹿だったとは思ってなかったよ」



馬鹿を連呼する成見を、気丈にも馬鹿どもが睨みつけてきた。



「——なんだ?」



ぶち切れ寸前の洋人に睨み返され、再び彼らはうつむく。


春樹が連中の中のひとり、有希たちに結衣のことを最も訴えかけていた小太りに近づいた。

震え上がる小太りに構わず、胸倉をつかみ無理やり立たせる。



「言ってみろよ」



低く唸るような声で春樹が告げる。



「そこまでしててめえが高瀬結衣に謝りたい事柄はなんだ。——中3の冬、てめえは結衣に何をした?」


「……あ、……う……」



小太りはうろたえながらも床にはいつくばる連中に助けを求めたが、3人は目を合わせようとしなかった。



「言え」



威圧感に耐えきれなくなった小太りが目を泳がせながら口を開く。



「……廊下ですれ違う時に嫌味を言ったり……、自転車をパンクさせた……」


「それだけか?」


「あ……ああ、それぐらいだ。放課後呼び出しても高瀬は来なかったし……。高瀬にしたことなら、俺なんかよりあいつらのほうがよっぽどひどいぞ。体育館倉庫に閉じ込めたり、すれ違いざまに足を蹴ったとか腹に一発入れたとか、自慢げに話してたのを聞いたことがある!」


「なっ!」



小太りの告発に、床にいる連中が焦りだす。



「お前だって、階段で高瀬の背中を押してやったって、笑って話してたじゃねえか!」



醜い暴露合戦が始まった。

聞くに堪えない結衣への仕打ちを知った菜月は眉間にしわを寄せて顔を歪ませた。彼女の頰に涙が伝う。

そんな菜月の肩を成見がそっと抱いた。


有希も冷静ではいられない。

加害者と被害者、両方の思惑によって隠された事実。

それだけのことが結衣の身に起こっていたのに、何ひとつ気づくことができなかった。

悔しさに奥歯を噛みしめる。


有希の洋人の服を掴む手にも力がこもった。

病院沙汰になりかねないので、この手は絶対に放すわけにはいかない。



「あれは……たっ、高瀬だって、少しバランスを崩しただけ、で……大丈夫だった……し……」



弁明する小太りの声は次第に途切れていく。

こちらに背を向けている春樹がどんな顔をしているのか、仲間たちには簡単に想像できた。



「あの騒動の原因は俺にある」



静まり返った倉庫の中に春樹の声が響く。



「面倒事を嫌うあいつが、いじめを甘んじて受け続けるなんざあり得ないことだ。その面倒事に自分から巻き込まれにいった先に、結衣の本当の目的があって、お前らがそれに利用されたのだってことぐらいわかってんだ。……だけどなあ」



胸倉をつかむ手に力を込め、春樹は小太りと目を合わせた。



「だからといって、大事なダチを傷つけたお前らを、俺たちが謝罪ひとつで許すなんてことあるわけねえだろうが」



決して大きな声ではない。それでも、苦々しい感情とともに喉の奥から捻り出した言葉の迫力は相当なものだった。


春樹が手を放すと同時に、小太りはコンクリートに崩れ落ちる。



「失せろ」



連中を見渡しながら春樹は言い放つ。



「二度と俺たちの前に姿を見せるな」



これだけ言われながらも、未練を捨てきれないのだろう。

男たちはしぶしぶ立ち上がり、去り際に春樹の後ろにいる有希たちを何度も振り返った。



「……かないから」



菜月の声に、連中は足を止める。



「あんたたちが明日事故で死んでも、わたしは絶対泣かないから」



怒りをあらわにした涙声で、菜月は最後まで言い切った。



「あぁ? んだと……」



連中はやり場に困った憤りをここぞとばかりに菜月に向けた。



「うん。俺も菜月に一票かな」



成見が菜月を抱きしめて男たちの視線から隠す。



「葬式はちゃんと行くよ? 世間体とかそういうのは大事だからね。だけどそこに別れを惜しむ感情がついてくると思ったら大間違いだ。いい加減自覚してほしいところだよ。俺たちにとって君たちはその程度のものなんだって」



みるみる顔を青くする連中に、成見は容赦なく畳みかける。



「中学が同じってだけで仲間意識をもたれるなんて、こっちからするとたまったもんじゃないんだよ。憧れて慕えば春樹も同じだけの友情を返してくれるとでも思ったのかな? 残念だけど、君たちみたいなのが千人集まったところで、結衣ひとりの存在価値のほうが遥かに重い。俺たちにとってはね」


「成見の言うとおりだが、こっちも反省すべきなんだろうな。こういうことは、もっと早くお前らに言っておくべきだった」



反省はあっても、それは自分自身に対するものなので男たちへの謝罪はない。



「次があるなら俺が蹴り飛ばす」



洋人のひとことがとどめとなり、血の気が失せた連中はそのまま倉庫から消えた。


有希が握っていた洋人のシャツを離す。洋人は無言で睨んできたが、これは素知らぬ顔で流された。



「連中が言ってやがった。結衣を捜していたあいつらを春成木まで誘導した奴がいる」



苛立ちをそのままにして、春樹が有希と洋人に言った。



「綾音から連絡があった。先走った皇龍の下の奴らが結衣をモノトーンの手先だと勘違いして、危害を加えたそうだ」


「結衣は……?」



険しい表情で洋人が尋ねた。



「外傷はあるが、大事には至らなかったそうだ。助けたのは皇龍の上層部らしい」



驚きを隠せない有希と洋人とは逆に、成見と菜月は冷静だった。先に話を聞いていたのだろう。



「綾音も皇龍と接触したようだよ。残念なことに」



成見が困った顔で苦笑すると、有希が苦々しそうに顔を歪める。


——ということは、俺たちの代の卒業アルバムが使われたわけか。


卒業生と教員分、軽く200冊は世に出回っている代物だ。利用されても不思議ではないと探っていたが、本当に皇龍がそこから情報を得てしまうとは。



「後悔してるかい? あんな小細工をしてしまったこと」



成見が試すように春樹に聞いた。


あんな(・・・)小細工。


卒業式の日に教員の戸惑いを無視して押し通した、集合写真のボイコットのことだ。


当時にしてみれば、あれは何も言わず勝手に逃げた結衣に対する、繋がりを残す苦肉の手段だった。




——生憎と、俺は妹が大事なんだ。自称お友達より結衣の意思を優先するのは当然だろ?



3学期の期末テストが終わると同時に、結衣は学校に来なくなった。


高校受験の会場にすら姿を見せなかった彼女を心配し、有希は菜月とともに結衣の家に行った。

その時に家人から告げられたのは、冷たい突き放しの言葉だった。


幼いころより結衣を知る菜月が、その人を年の離れた結衣のお兄さんだと有希に伝えた。


涼は結衣がどこの高校に進学するのか、今どうしているのかということを一切教えてはくれなかった。



——会いたきゃ自分らでなんとかしろ。無理ならその程度の縁だったと思って諦めろ。……まぁ、ここまで心配してくれるやつなんざ今時そうそういないだろうし、意固地になって逃げる結衣の頑固さにも問題はあるんだろうけどな。



有希たちを突き放しながらも、涼は意地の悪い子どものような笑みを浮かべた。



——結衣は卒業式には行かない。実家にも当分帰らない。俺も家族もお前らに行き先は言わない。


——けどなあ、お前らが結衣を捜すことを俺は止めるつもりはない。



涼が有希たちを見下ろす。



——うちの家訓だが、大人が子どもに口出しするのは一定の限度を超えた時だけだ。


——捜せるもんなら捜してみろ、前みたいな関係に戻りたいなら戻ってみろよ。



言うだけ言って、彼は家の中へと消えた。



その挑発が、有希たちに火をつけたのは言うまでもない。


そこまで言うならやってやる。

何が何でも絶対に見つけてみせる。


あいつが俺たちを見限ったとしても、勝手に消えた文句のひとつぐらいはぶつけやろう。


菜月と成見、洋人と有希の4人はそう心に決めた。




とはいえ有希たちは、結衣が春樹や綾音を含めた仲間をただの他人に切り替えたなんて、これっぽっちも思っていなかった。


心を許した者に限定されるものの、結衣も情の厚さは人並外れている。

そこに自分をどうでもいい駒のように扱ってしまう悪癖が合わされば、こっちの望まない自己犠牲をあっさりと実行してしまうのがしばし有希たちの悩みだった。


結局今回も、結衣は自分を犠牲にしたに違いない。





反省しろ、悩めばいいという意趣返しで、有希たちは春樹と綾音に黙っていたが、彼らの結論はそんなところだった。


自分たちが償わなければならないのは、結衣ひとりに仲間の関係性を背負わせてしまったことではない。


中3の冬、結衣の兄が言うところの「一定の限度を超えた何か」が結衣に起こっていたのに、自分たちは何もしてやれなかった。


何年結衣と一緒にいたんだ。

あいつがそういうことを隠す人間だとわかっていたはずなのに、結衣の兄——涼の言葉に引っかかりを覚えるまで、自分たちは学校で結衣に何があったのか、調べようとすらしなかった。


悔やんでも悔やみきれない失態だ。


結衣の行き先は誰も知らない。連絡を取る手段もない。


そんな結衣に残してやれる、何年たっても消えることがない有希たちからの意思表示。


卒業アルバムを結衣が見る可能性は低いが、ふと過去を懐かしんで振り返った時に、気づくことがあるかもしれない。あれはそれくらい小さな希望だった。



東の連中が暴れまわったりしなければ、あの卒業アルバムが表に出てくることはなかったはずだ。

こんなつもりじゃなかったと、言い訳ならいくらでもできる。


しかしながら、自分たちの行為で皇龍が結衣にあらぬ疑いをかけてしまった事実は覆せない。



春樹は成見に顔を向けた。



「後悔なんざ、するわけがねえだろ」



その言葉に、迷いはない。



「あの写真があいつを脅かすものになってしまったなら、害悪を潰して周り環境を変えるまでだ。反省も謝罪も、あいつの憎まれ口に付き合うのもそれからだ」



成見のあくどい笑みが深まる。

期待通りだと、言わずに顔で語っていた。


菜月も洋人も、そして有希も、前へ進むことに迷いはない。


振り返れても戻れない。それが過去だ。

だからこそ、次を考えて進むしかないのだと、かつて皮肉交じりに笑って言っていたのは結衣だった。



「手始めにいい加減うっとうしい東のあほどもを徹底的に黙らせるぞ。おかしなうわさを流される前に、皇龍とも正式に連携を取りたい」



モノトーンとしての話になると、遠くから見ていたメンバーも春樹たちのもとに集まりだす。



「夏休みが終わるまでに、少しは静かにしておきたいもんだ」



この街も、結衣の周辺もな……。そう春樹は静かに呟いた。







      ◇  ◇  ◇







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