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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 中】
57/208

13.虎か、狐か(下)







野田は柳の顔を、昨年の忘年会で見たことがあった。


吉澤をからかいながら上座で酒を飲んでいた柳は、長い金髪に丸いフレームの眼鏡が印象的な、明るい性格をした気さくな男だった。


——お気をつけて。結衣は柳先生のお気に入りでしたから。



綾音が意味のない言葉を自分たちに残すはずがない。



柳先生のお気に入り……?


あの人が、……先生だと?



頭の血が一気に下がる。

とにかく確認が必要だ。冷静になろうと努める野田を置いて、大原が動いた。彼は近距離にかかわらず、情報室まで脅威の瞬発力でダッシュして勢いよくドアを開く。



「おい、モノトーンのやつらの中学のアルバム出せるか」


「はっ、はい!」



大原に詰め寄られた情報室の島村という男は作業を中断してパソコンの画面を切り替えた。


フォルダが選択され、縮小されたアルバムの見開きページが並ぶ。


各クラスの集合写真、個人のバストアップ写真がクラスごとにレイアウトされたものが5つ。そして生徒会の集合写真——。

ひとつひとつ確認していくが、野田と大原の求めるページは見当たらない。



「なんで教員の集合写真は取り込んでねえんだ!」


「ええっ、それ必要でしたか!?」



うろたえる島村に罪はない。自分たちだってノーマークだったんだ。



「個々の生徒写真のページ、ひとクラスずつ順番に表示していってくれ」


「あ、ああ」



野田に言われた通り島村は1組から順にアルバムのページを広げていく。


生徒たちの顔写真が並ぶなか、ページの左上にそれぞれのクラス担任が生徒のものより少し大きく載せられていた。



「——っ、ちょ、ちょっと待て! 今のクラスもう一回頼む」



2秒と待たずに切り替わっていった画面を、島村はひとクラス前へと戻した。


3年4組のページが映し出される。


ウェーブのかかった長い髪を後ろでひとまとめにしている教師が、カメラ目線で、こちらに向かって微笑んでいる。

ダークグレーのスーツを着こなした美人は肩幅さえなければ女性と勘違いしてしまいそうだ。


野田の記憶と違って、その男は眼鏡をかけていない。髪の色は金色ではなく、明るめの茶色だ。


が、しかし………。



「このオネエ系教師がどうかしたのか?」



事情を飲み込めない島村が野田に聞く。


すると大原が無言で教員の名前を指差した。



4組担任 小柳 狐晴



何かを察した島村が、問題の写真と名前を拡大させる。

小柳狐晴の文字は、不自然な薄い線で四角く囲われていた。

上からシールを張り付けたような……、よく見るとこの名前だけ他と字体が違う気がする。


島村は画面に映し出された小柳狐晴の文字をひっかく動作をしたが、そんなことで下にある文字が見えるはずがない。



「このアルバム、誰が持って来たんだ?」



大原の質問に島村が答える。



「吉澤先生が高瀬結衣のことを忠告したとき、せめて武藤の顔がわかればって俺らがぼやいているのを聞かれたんです。そしたらその日のうちにこのアルバムを持ってきてくださって……。早めに返せって言われたんで、必要なところをスキャンして、次の日にはお返ししました」



うわあ、嫌な予感しかしねえ。



「なあ、この人って、まさか……」



恐る恐る訊いてきた島村に、野田は悲しい現実を突きつける。



「お前が一番そうであってほしくない人だと思うぞ」


「あ——! オネエとか言ってまじですいません!!」



島村はパソコンに向かって机に額をつけながら平謝りしていた。



「小柳狐晴とは、また微妙な名前の変え方だな」


「ばれてたら俺らが慌てふためいている姿が楽しめる、ばれなかったとしても、気づけなかった俺らをからかえる。そんな遊び心が満載ですね」


「わかるかこんなもん。タチが悪すぎるぞまじで」



頭を抱える事態が増えた。


とにかく胃が痛い。


カメラ目線、つまりは野田たちを見つめている柳の顔をじっと眺めていると、写真の表情が心の底から楽しんでいるようにしか思えなくなってきた。


写真の男の笑顔は微笑みじゃない。ただニヤついているだけだ。



「水口君、すぐに来てくれるってさー。……どーしたの?」



情報室の開いたままだったドアから櫻庭が顔を出す。

大原がかいつまんだ説明をして、櫻庭も問題の写真に食い入った。



「4組って、確か水口君のクラスだったよねー」



櫻庭の言葉に、島村が拡大していた写真を元の大きさに戻した。

出席番号順にレイアウトされた生徒の中に、水口凍牙は確かにいた。


野田は脱力してうなだれる。


……もはや笑うしかなかった。



「水口君ってほんと秘密主義者だねー。ここまですごいと感心するよ」



頭を抱える野田の隣で、櫻庭は人の悪い笑みを浮かべた。



「でもこれ、使えるね」



皇龍創設に関わる偉大な人を「使う」とは何事だ。

呆れ返る野田の視線を受けて、櫻庭はさらに笑みを深くした。



「一輝さん」



人口密度がやたらと高くなっている情報室に、次に現れたのは千里だった。



「水口来てます」


「ありがとちぃくん。にしてもすぐとは言ってたけど、早かったねー」



パソコンから離れた櫻庭が部屋を出る。

野田は櫻庭が何を企んでいるのか、訊くタイミングを逃してしまった。



島村を残して野田と大原も廊下に行くと、今まではアークに来ても決して2階へは上がろうとしなかった凍牙がそこにいた。



「どうしたの、ずいぶん早いじゃん」


「言うことがあってここに向かってる最中でしたから」



凍牙は機嫌の悪さを隠そうともせず、いつもより数段愛想のない声で告げた。



「そ。じゃあ結衣ちゃん回収する前に報告だけお願い」


「モノトーンを名乗る連中が俺と結衣に接触しました。正規のチームのやつじゃなかったんで蹴散らしましたが、殴り合いになったと同時にひとり逃げ出した奴がいます」


「結衣ちゃんに詰め寄った連中にも、どさくさに紛れて消えたやつがひとりいるよ。こっちは今絶賛追跡中ー」


「結衣は」


「こっち」



逃げたやつなどどうでもいいという凍牙の態度に、櫻庭は気にせず対応した。


仮眠室で眠る結衣の傍では、マヤが椅子に腰かけていた。マヤの後ろでは三國が壁に背中を預けて腕を組んで控えている。



「連れて行きますよ」


「そうしてあげてー」



凍牙は三國の補助を受けて、結衣を背負った。



「休ませる場所はあるのか?」


「つてならあります」



野田を一瞥した凍牙はそっけなく返し、さっさと店を出ようとした。



「あー、水口君、いっこだけいーかな」


「まだ何か?」



足を止めた凍牙が櫻庭を睨む。


敵意がむき出しだ。こいつ相当きてるぞ。



「柳先生って、知ってるよねー」


「……ああ」



とはいえ会話ができる程度の理性はあるようで、櫻庭が言いたいことを理解した凍牙はあっさりと言い放つ。



「中2、中3の時の担任でした」



………………こいつ。



「あの人ってずっと茶髪だったのー?」


「中3の3学期だけです。期間限定のイメチェンだと言ってましたね」


「……ふーん」


「ついでに言うと、俺の背負っているやつ、中2の時は同じクラスでしたから」



おいちょっと待て。

お前それを今このタイミングで暴露するか。


……綾音といい凍牙といい、これはどう考えても俺たちに対するささやかな憂さ晴らしだろ。



「2年の時のこいつの係りは柳さんの無茶ぶりの処理担当。クラス全員に押し付けられてしぶしぶこなしてましたけど、柳さんもこいつのこと、かなり贔屓してましたよ」



言い捨てた凍牙は唖然とする野田たちを置いて、とっととアークから出て行った。



……無茶ぶりの処理担当って、どんな係りだ?



「柳さんって?」



話についてこれず置いてけぼりをくらっていたマヤが三國に聞いた。



「この前、高瀬のバイト先で、俺の隣に座っていた人だと思う」


「——って、今も面識あんのか!?」



聞き捨てならない三國の発言に、野田は思わず叫んだ。



「柳虎晴さんなら、高瀬のバイト先の常連客なのだと本人が言ってたぞ」


「聞いてねえよ!」


「言ってないしな」



野田と大原の顔が引きつる。

さすがの櫻庭も苦笑いだった。


事情を知らない千里と三國は微かに首をかしげていた。


そんななか、事態を把握できずこの場でうろたえていたマヤが三國に告げた言葉は、野田たちにとってさらなる爆弾となった。



「あの人なら、静さん……あのお店の店長さんの旦那さんだって、結衣は言ってたわよ」



……結衣ちゃんや。どんな気に入られ方をしたら、こんな繋がりが出来上がるんだろうね。


精神ダメージが限界に達した野田は頭を抱えてその場にうずくまった。


結衣ちゃんも水口も。なんでそんな重要なことを今日まで黙っていたのかなあ。

くそう。あのふたりの俺たちに対する過剰な警戒心はいったい何が原因なんだ。



「だから、これもう使っちゃおーよ」


「……何にだ?」



提案する櫻庭も、聞き返した大原も、声音に疲労が滲み出ていた。



「結衣ちゃんに手を出すなって言っても、あの子がどんな子か知らないやつらは不満に感じるところも当然あるでしょ。自分たちを差し置いて特別扱いするとは何事だ―、みたいに。あれを口で説明するのは限界があるし」



確かに、と櫻庭の話に千里が口を挟んだ。



「俺も実際高瀬と対面するまで、あいつがあんな女だってわかりませんでしたし、正直なめてました」


「うん。だからねー、あの子よりはるかにこの街で影響力を持っている柳さんを持ち出してしまおうかなって。高瀬結衣には手を出すな。よりも高瀬結衣のバックには柳虎晴がついているってほうが、よっぽど効き目があると思うけどねー俺は」



そういうことかとうなずきながら、野田はのろのろと立ち上がる。



「勝手に使ってもいいですかね、あの人の名前」



何しろこの街にとって伝説となっている人だ。



「あんなふざけた工作してくるんだ。問題ねえと思うがな」



大原はあの卒業アルバムの煽るような写真をかなり根に持っているようだった。



「一応お伺いは立てるべきかもねー。結衣ちゃんこんなことになっちゃったし、顔に一発ぐらいは貰うかもしれないけど、あっくんがんばってね」


「俺が行くんですか、それ」



抗議はしたものの、もう喚く気力は残っていなかった。




その後、事後処理を任せきりにしている日暮のもとへ、大原は三國を引き連れて向かった。

櫻庭も綾音の約束を遂行すべく彼らの後を追いかけて倉庫へと行ってしまった。


他の幹部にアークを任せ、逃走中の男の所在を追うため、野田と千里も街へ出る。


野田が道中で結衣と柳の恐怖の繋がりを聞かせてやると、千里の顔はみるみる青ざめていった。





そして——。


櫻庭の示した手段は、2日後には街中に絶大な効果をもたらすこととなる。







      ◇  ◇  ◇






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