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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 中】
55/208

11.不意打ち上手(下)





はたして櫻庭はこの場をどう軌道修正するのか。

野田は個人的な興味を隠して平静を装い傍観者に徹する。そんな彼をよそに、櫻庭はさらりと爆弾を投下した。



「おれ、結衣ちゃんのこと女として見てるんだけど」



おいいいぃぃ、あんたそれはないでしょ!


櫻庭の思わぬ一手に野田が顔を横に背けた。吹き出す寸前のところで口を引き締めて懸命に堪える。



「好きになった子が背負っちゃった暗い過去に当事者の君がそんな言い方してくると、俺に出来ることは何もないんだって突き付けられてるみたいでさすがに腹立つなー」



ほんっとに、この人は何でもありだな。

俺、ここで同意を求められても合わせられる自信がないぞ。


必死に平常心を保とうとする野田をよそに、綾音と櫻庭のやり取りは続く。



「面と向かって話しをする利点は、周囲の様子も把握できるというところもありますわね」


「………どーいうこと?」


「電話ですと、あなたの後ろに控える方の表情を見ることはできませんもの」



にっこり笑う綾音の目線は、櫻庭を通り越して野田に向けられていた。


櫻庭が再び背後へと振り返る。



「あーっく——ん!」


「……すみません。でも今のはさすがにやり過ぎかと」


「えー、俺の恋心が本物だったらどーしてんのさー」


「ああ……、まあ、その時はがんばってくださいとしか。俺は応援しませんけどね」


「うわー、真の敵は味方にいたよー。こんなオチってありなのー」



ソファの上でじたばたと櫻庭が暴れたせいで、張り詰めた空気はすっかり消えてしまった。



「交代するか?」



櫻庭を見下ろす日暮の視線は心なしか冷ややかだった。



「いんや、おふざけタイムはこれにて終了するよ。もー、結衣ちゃんの周りにはこんな子しかいないのかなー」


「あら、わたしなんてまだまだ序の口ですわ」



今ぽろっと嫌なこと言ったな。

野田は口元が引きつるのを必死に耐えた。



「試すようなことしてごめんねー。ぶっちゃけた話、さっきも言ったけど、皇龍と結衣ちゃんってこの数カ月でいろいろ関わりを持っちゃってるんだよねー、幸いなことに」


「そのようですわね」


「うん。だからあの子のぶっ飛んで歪んでねじれて壊れてしまってる中身はよーく知ってるんだよー。君たちモノトーンと繋がっていると発覚しても、たやすく糾弾するのをためらうぐらいにはねー」


「可愛いでしょう? 結衣のそういったところ」



遠い目をした野田が力なく笑う。

満面の笑みで同意を求めてきたところごめんだけど、それには賛同しないよ俺は。



「まあ感性は人それぞれだし、話を先に進めるねー。結論から言ってしまえば、君が来なくても皇龍は結衣ちゃんに手を出すようなことはなかったんだよねー」



このとき野田は、先ほど榎本が報告してきた出来事は櫻庭の耳に入っているのか、ふと疑問に思った。


皇龍の幹部が結衣の害にならなくても、自分たちの統率力不足で下の連中の不始末が結衣に及んでいるかもしれないのだ。


野田の危惧をよそに、櫻庭と綾音の話しは続く。



「結衣ちゃんのお友達の彼氏がさー、皇龍にいるんだ」


「……お友達、ですか?」


「意外かなー? ま、ひとりだけだけど」


「ひとりでも驚きですわ。菜月にも知らせてあげないと」



結衣ちゃん、君は仲間たちからどんな風に思われているんだろうね。



「自分の把握してないところでできたお友達に嫉妬しちゃったー?」


「まさか、お礼を言いたいぐらいですわ。……結衣は、ひとりじゃなかったのね」



ほっと息をもらす綾音は、心の底から安心した様子だった。



「ついでに水口凍牙君ともよくつるんでるよー。しかもなんと、現在2人は交際中でーす!」



櫻庭のかました大暴露に、綾音は目を見開く。



「凍牙くんと? あの子、また何か壊す気かしら」



あ、そっちの方向にいってしまうんだ。たぶん間違いじゃないけどね。

さすが、結衣のことはよくわかっている。


付き合いの長さは綾音ほうが野田たちよりも格段に長いのだから、結衣への理解度が自分たちより上なのは当然か。



「後悔してたよ。自分のせいで、大事な人を傷つけてしまったって」



野田の発した言葉に、綾音の瞳が揺れた。

嫌われて罵られたほうが遥かに楽だと言わんばかりの苦しい顔で、それでも綾音は笑みを浮かべる。



「……傷つけたのは、わたしのほうよ」



泣きそうな表情に、野田は今になってはじめて綾音が年相応の女子に見えた。


そういや一年下だったんだな。

結衣ちゃんも、鈴宮も。



「野暮でしたわね。これはあなたがたに漏らすことではありませんでしたわ」



しんみりした空気は綾音が5秒もしないで打ち消した。余韻もへったくれもない。


しっかし切り替えは非常に早いなと、野田は綾音に関心する。

涙を武器にして同情を誘おうとしないのはあっぱれだ。



「あなたがた皇龍の結衣に対する方針は、武藤に確かに伝えさせていただきます。現在、モノトーンの幹部といえる者たちは、四六時中どこかで誰かに監視されている状態だそうです。モノトーンを敵とする者たちが何を狙っているかははっきりしませんが、武藤は皇龍との争いを望んでいません」


「監視って、物騒だねー」


「夏休みで皆様暇を持て余しているようです。もうほんと、プライバシーも考慮しない探偵気取りには困ったものです」



やれやれと言わんばかりに告げた綾音に、野田がまったをかける。いやいや、懸念すべきはそこじゃない。



「君がここに来るのは、誰かにつけられたりしてないのか?」


「わたしはモノトーン自体とは一見無関係な立ち位置ですし。念のため他県にある母方の実家からタクシーでここまで来ましたので、問題ありませんわ」



……タクシー代はいくらかかったんだ、このお嬢様が。



「わたしを理由にモノトーンと皇龍が衝突するようなうわさが立つ場合、あなたがた側に何かしらの膿があると考えていただいて問題はないかと」



俺たちに食ってかかる度胸があって、頭も回る。

武藤の周りにはこういう奴しかいないのか。


結衣と綾音、ここに菜月という子が揃ったらどんなことになるのか、怖いもの見たさで少しだけ野田に興味が湧いた。



「高瀬とお前たちの仲は戻らないのか?」


「先のことはわかりませんわ」



日暮の問いに、綾音は寂しそうに首をかしげた。



「昔のような仲に戻りたい、とは言わないんだねー」


「それはわたしの望みであって実際にそうなれるかなんて、誰の知るところでもありませんもの」



未来は誰にもわからない、それは当然のことだ。

だが、それを理由に自らあの子に歩み寄ろうとしない綾音に野田は憤りを感じた。



「過ちがあると認めているなら、まずは君が結衣ちゃんに対して、謝るなりなんらかの行動を起こすべきなんじゃないのか」



こそこそ隠れて皇龍に結衣の無実を訴える前に、あの子をモノトーンに引き入れて守り通せばいいだろうに。


野田の言及に、綾音は何も返さない。

まるで部外者の言葉は耳に入れないというかのその態度が、ますます癇に障る。



「結局は結衣ちゃんに責められるのが怖いだけか」


「……あの子が責めてくれるなら、そんなに嬉しいことはありませんわ」



可愛い顔して変態なのか。

まくし立てようとした野田を止めたのは、櫻庭だった。



「ごめんなさいって言葉は、相手が自分に何かしらの感情を持ってないと意味がないもんねー。それが憎しみや嫌悪であっても、自分を意識しているってのが絶対条件だ。つまりはそういうことだよねー?」


「……わたしはあなたが一番怖いわ」



櫻庭に対し綾音は苦笑する。しかしちっとも怖がっているようには思えない。



「あの子にとって、君がどうでもいい人間になってしまっているのなら、君のごめんなさいなんて迷惑意外の何でもない」



一息ついた櫻庭は後ろに体を向け、口角をにやりと持ち上げた。


わけがわからず当惑している野田に苦笑して、ソファに深く座り直した。



「俺はむしろこのお嬢様の愛情が薄ら寒いよ。自分に無関心かもしれない女のためにこんなところまで乗り込んできちゃうんだからねー」


「お褒めに与かりまして嬉しい限りです。——と言いたいところですが、責任を感じているのも事実です。あの卒業アルバムは、わたしたちが勝手にしたことですので」


「あれ? あの集合写真考え付いたのって結衣ちゃんじゃなかったの?」


「悪だくみを思いつくのは大概武藤のほうですの。結衣は武藤の決めた最終目的にたどり着く過程を考えるのが上手なんです。……それに、あのころにはもう、結衣はわたしたちの前から姿を消していました」



櫻庭の言葉の意味を理解しきれない野田を置いて、ソファ2人の話は盛り上がる。



「写真と言えば、あの結衣ちゃんの仏頂面、ものすごく笑えちゃったんだけど。あれ、撮影の時にカメラマンに嫌味でも言われた?」


「写真は電話の次に苦手なものらしくて、カメラのレンズを向けられるだけで不機嫌になってしまうの。こっそり取ったらあの子すっごく可愛いのですよ。とっておき、見ます?」


「あー、見たいみたいー」


「女子かあんたらは!」



いや、鈴宮は正真正銘の女子なんだが、ここはそんなトークを繰り広げる場所じゃないだろ。

なんだこれ。もしかして俺、遠まわしにおちょくられてるのか。



「あっくんもまだまだ修行が足りないねー。あー、これ、なかなか気持ちよさそうだよー」


「……猫だな」



綾音のスマホを受け取った櫻庭が、画面を日暮に見せる。


野田も気になり覗きに行けば、日本家屋の縁側で猫と一緒に丸まって寝ている結衣の姿が映っていた。

写真の結衣の隣には菜月が座っていて、カメラに向かってはにかんでいる。


どこのお宅かは知らないが、安心しきった結衣ちゃんとは珍しいものを見た。



「そろそろおいとましますわ。少しほっとしました。こちらにも、結衣を気にかけてくださるかたがいらっしゃるみたいで」



野田に顔を向けながら綾音はにっこりと微笑む。

愛らしい笑顔にもかかわらず、彼女の中身を知ってしまった今となっては一切のときめきを感じなかった。



「ああ、武藤からの伝言をもうひとつ忘れていましたわ」



櫻庭から受け取ったスマホをショルダーバッグにしまった綾音が、思い出したように顔を上げた。



「折りを見て、今度はモノトーンとして皇龍に接触する、と。友好的な関係が築けないようなら、日奈守の地固めが終わり次第モノトーンは解散しても構わない、とのことでした」



一見皇龍に都合のいい提案に聞こえるが、これはそんなおいしい話ではない。



「そうなった場合うちと君たちの街の中間にいる、馬鹿な連中は……」


「もちろん、あとは任せたと言いたいのでしょうね」


「押し付けられてるよね、それって。解散するとか、脅しにしか聞こえないからね」



武藤が曲者だとはよくわかった。

対応するのは自分ではなく櫻庭だろうから、そこはまあよしとしよう。


お節介だと思いつつ、野田は皇龍の上層部が結衣に危害を加えなくても、それを下の連中にまで浸透させるのには時間がかかりそうだと鈴宮に伝えようとした。



口を開き出かかった野田の声は——。



「結衣!!」



部屋の外から聞こえたマヤの叫びにかき消された。








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